チョコレートの季節

けろよん

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第3話 音羽の住む所

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 街から少し離れた場所にある小高い丘の上に音羽の住む豪邸は広がっている。
 家に着き、玄関前に並ぶメイド達へのあいさつもそこそこに廊下を歩いていった音羽は厨房への扉を開けた。

「料理長-! 料理長はいらっしゃいますか!?」

 両手を打ち鳴らしながら呼び立てると、料理長は部下のコック達を引き連れてすぐにやってきた。

「このようなところに何の御用でしょうか、音羽様」
「料理長以外の方達には用はありませんわ。下がりなさい」

 音羽が手を振り、料理長が目配せを送ると、部下のコック達はすぐに下がり、元の作業へと戻っていった。
 料理長に案内され、音羽は近くにあるテーブルの椅子へと腰を下ろす。
 音羽はもじもじと手をいじってから思い切って思いを口にした。

「実は料理長を古今東西のありとあらゆる食を知りつくしたプロの料理人と見込んでお願いがありますの」
「ここで働いている者はみんなプロ中のプロばかりですが、わたしでよければ力になりますよ」
「えっと……実はね……チョコ……チョコの作り方を教えてほしいんですの。それもただのチョコじゃありませんわ。とびっきりおいしくて凄いチョコじゃなきゃいけませんわ!」

 顔を赤くしながら思い切って言った音羽に、料理長は眉を上げ下げしてから答えた。

「ははーん、さては音羽様。好きなボーイフレンドが出来ましたね」

 ズギューーーーン!! と胸を貫かれる思いだった。

「ななな、そんなことありませんわ! わたくしたちまだろくに口を聞いたこともなくってよ!」
「あはは、いいですとも。音羽様の恋のため、この料理長一肌脱ぎましょう!」
「もう、違うって言ってますのに! まあいいですわ。わたくしはチョコの作り方さえ教えてもらえればそれでいいんです。でも、このことはお父様やみんなには絶対に内緒よ」

 料理長は全てを知っているかのような優しい顔でうなづいた。

「分かっていますとも。さあ、どうぞこちらへ」

 料理長に促され、台所へと回る音羽。その途中で、

「音羽!」

 呼び止められて、音羽はびっくりした顔で振り向いた。

「お兄様!」

 そこにいたのは音羽の兄、桐生光一(きりゅうこういち)だった。すらりとした長身でいかにも秀才と言った感じの風格を漂わせる彼は、中学二年生にして音羽の学校の生徒会長を努めている。
 とりあえず、一番厳格な父では無かったことに安心の息をつく音羽。

「こんなところで何をやっている? ここはお前のようなレディが来るようなところでは無いぞ」
「お兄様こそ、どうされたんですの?」
「僕は腹が減ったから来ただけだ。お前は駄目だぞ。レディは礼儀正しい生活をしなくちゃ駄目だ」

 きっとコックに食べ物の催促に来たのだろう。兄は学校では几帳面な生徒会長を装っているが、家ではわりと自由な人間だった。音羽は首を横に振った。

「ご心配なく。わたくし、料理長にチョコの作り方を教えてもらいに来ただけですわ」

 厳格な父には言えないが、優しい兄になら言ってもいいと音羽は思った。光一は眉目秀麗な顔に満足気な笑みを浮かべて答えた。

「そうか、音羽ももうそんな年になったんだな。この兄のために手作りのチョコを作ってくれるというのだね!」
「あら、お兄様にじゃありませんわ」

 音羽の前では何事にも動じたことのない兄が、その時ばかりはほんの少したじろいだ感じがした。

「ぼ……ぼくじゃないって……じゃあ、誰に……?」
「それはお兄様にも言えないことですわ。わたくしあの方のために精一杯頑張る所存でございますわ。お兄様もどうか音羽のことを応援していてくださいませ」
「そ……そう、まあ頑張って……僕はいつでも音羽の味方だからね。あはは」
「今年はこれに集中して、義理チョコは無しにしようと思いますから」
「うっ」
「お兄様かまいませんわよね?」
「ああ、僕はいつでも音羽のことを応援しているからね。悔いのないように頑張るんだよ」 
「はい! ありがとう、お兄様!」

 音羽の笑顔に見送られ、兄光一はその場を後にしていった。
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