天使は愛を囁く

けろよん

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第二章 学校に来た

動き出す悪意

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 午後の授業も無事に終わり、放課後になった。
 授業から解放された生徒達で賑やかになる教室。
 正樹は久しぶりに充足した日が送れたなと思った。
 それは隣で猫のように伸びをしている少女のおかげだろうか。 
 微笑ましく思いながら、彼女に声を掛けた。

「お疲れさま。今日の授業は終わったよ。じゃあ、帰ろうか。ミンティシア」
「はい」

 いつものように元気に返事をするミンティシア。その顔も輝いている。

「ええと……みっちゃん」
「はい」

 正樹は少し考えてから言い直したが、彼女の反応は同じだった。
 帰るクラスメイト達がミンティシアにも声を掛けていく。

「ばいばい、みっちゃん」
「また明日ねー、みっちゃん」
「はい、ばいばーい」

 ミンティシアは普通に元気に挨拶していた。呼び方を気にしていたのは自分だけか。
 内心で良く分からない落胆したものを感じながら、正樹は鞄を肩に掛けて立ち上がった。

「じゃあ、帰るか。ミンティシア」

 いつものように呼んでやる。

「はい」

 どんな呼び方でも彼女は喜んで返事をしてくれる。もう何も気にする必要は無いのかもしれない。
 諦めにも似た密かな気持ちを感じながら、正樹は彼女と一緒に帰ることにした。



 教室を出て歩いていく。
 放課後の廊下は生徒達で賑わっている。
 帰る人もいれば、これから部活の人もいる。用事が無いのに雑談している人もいる。
 ミンティシアは珍しそうにそんな風景を見て、キョロキョロと顔を動かしていた。
 やがて、観察に満足したのか、正樹の方を見上げて言った。

「それにしても、これだけの人数がいて、誰か正樹さんを愛してくれる人はいないんでしょうか?」
「いや、知らない人に愛されても困るだろ」
「ふーん、正樹さんはやはり愛が薄いんですね」

 そんなことを今気になっている彼女から言われても、正樹は苦笑してしまうのだが。
 考えていたミンティシアは再び顔を上げて言った。

「正樹さんはこの中で、『誰かこの人が俺の事を好きになってくれたら良いのになあ』って思える人はいませんか?」
「そうだなあ」

『お前だよ!!』と言えればどれだけ楽だろうか。でも、ニコニコと邪気の無い純粋な顔をしている彼女を見てはとても言う気にはならなかった。
 ミンティシアは好意で言ってくれているのに、付け込むような男らしくないことを正樹は言いたくは無かった。
 それに今の関係も気持ちがいい。優とも仲良くやっている。
 ミンティシアもこの学校に転校してきたばかりで大変だろう。
 もう少しこのままでいても良いかと正樹は思った。

 言いたい言葉はあったが、ぐっと呑み込むことにして。
 正樹は代わりにボソッと呟いた。ごく普通のどうでもいいことを。

「優がいるしな」
「ああ、優さんがいますもんねえ」

 ミンティシアも軽く微笑んで流してくれる。
 いつもと変わらない日常の光景。日常の時間だ。そのことに安心を覚える。

 正樹とミンティシアは昇降口で靴に履き替え、外に出た。
 太陽は午後を示している。夕暮れにはまだ掛かる、明るい時間だ。
 正樹はこのまま真っ直ぐ家に帰ろうかと思っていたのだが、校門のところでミンティシアが立ち止まった。
 正樹は振り返って訊ねた。今はここの学生をしている天使の少女に。

「どうしたんだ?」
「優さんを待たないと」
「え? あいつは部活に行くだろ?」

 正樹は帰宅部だ。今日は助っ人も頼まれてない。ミンティシアもまだ部活に入っていない。
 でも、優は部活をしている。いつも頑張っている。
 正樹は今日もいつも通りだと思っていたのだが、ミンティシアは言った。

「一緒に帰るって言ってましたよ」
「そうなのか」

 どうも二人は正樹の知らない所で連絡を取り合っているようだった。
 彼女が待つというので、正樹も待つことにした。



 二人で待つ無言の時間。
 時折、通り過ぎる生徒がこちらを見るのが気になった。目立つ転校生が気になるのだろう。
 少し待って、正樹は校門の側で立つ彼女に訊こうと思った。

「なあ、俺達って」

 どう見えるかな。天使から見て。正樹はそんな感じでどうでもいいことのように訊こうと思ったのだが。
 その前にミンティシアが反応して、パッと笑顔になっていた。

「あ、優さんが来ました。優さーーん」

 手を振って呼びかける。気づいた優はすぐに走ってやってきた。

「ごめん、授業が長引いちゃって。あの先生長いんだよ」
「それは大変でしたね」
「ん? お兄ちゃん、どうかした?」
「いや、別に。じゃあ、帰ろうか。優」
「うん!」

 三人で歩き出す。
 優のことを邪魔だと思うなんて何年ぶりのことだろうか。いけない感情だ。
 正樹は考えを改めることにして、優とミンティシアと一緒に歩いていった。



 町に変わらない風が吹いている。
 数年前にも感じた人間界の風だ。

「この町に来るのも随分と久しぶりですね」

 少女は足を止めて町の景色を見ていた。
 数年ぶりに訪れた町は少しは発展しているように見えたが、たいして変わりが無いように思えた。
 悪魔の少女トウカ・ヴァイアレートは人間の少女、村咲灯花として子供時代以来に再びこの地を訪れていた。

 思い出に残る風景が見えるからと言って、それで彼女の中で何かが動かされることは無い。
 花のように優しい微笑みに彼女は気の優しい少女なんじゃないかと騙される者もいるが、普段の灯花は氷のように冷酷な少女だった。

 平凡な住宅街には家が建ち並び、どうでもいい道路が走っている。
 空を見上げても、活動しているらしい天界の者達の姿は無い。
 灯花は資料を取り出して見た。
 そこには天界が優秀と判断した、かつて見知った少年の今の姿がある。

「もうすぐあなたに会いに行きますね。待っていてください。フフ」

 どう遊んでやったら彼は喜ぶだろうか。
 灯花は優しい顔に不吉な黒い笑みを浮かべ、悪魔の翼を広げて飛び立った。
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