幸せになりたい貧乏神

梅千野 梅雄

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炬燵という道具 蜜柑という果実

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 そのまま座ったまま寝てしまったため体中が痛くなった。大きく背伸びをすると急に血が巡り痛みが増す。紫苑になぜそうなったのか問われたが疲れて寝落ちしてしまったとだけ言った。
 ちなみに買っておいたプリンは紫苑が幸せそうに一口づつ味わって食べていた。これも初めて食べたようだ。
 買ってよかったと心の底から思えた。最初少し高いんじゃないかと言っていた自分を殴ってやりたい。これからもたまに買ってきてやろう。
 
 その後も水木金と日がたち、土曜日になった。土曜日出勤もなくてよかった。今は紫苑との時間のほうが大切だ。もともと仕事に魂かけてるつもりはないが。
 あの子をどうにか、幸せにしてあげたい。しかし目的自体は簡単なものの、それを達成するのは難しい。それでも諦めるわけにはいかなかった。放っておけないから、僕はお人よしだから。

 寒さがひどくなってきた、ここまで寒いのが続けばさすがに凍えてしまいそうだ。本格的に布団の中から出たくない。
 遂にあの道具を出さなくてはいけない日が来てしまったのか、いや、あの道具は危険だ。一度取り込まれたらもう出れなくなる。然し寒さが限界だ。仕方ない、出すことにしよう。
 その道具とは、炬燵こたつという。
 
 朝食をとった後、準備を始めた。

「昴さん、何を出しているのですか。机みたいですけど、なぜ布団の一緒に。」
「炬燵という道具でね。まあもう少し待っててくれないか。きっと気に入るだろうから。」
 紫苑も寒そうだ。やはり今年は異常な気がする。関東はこんなに寒くなかったはずだ。

 炬燵は出すのもそんなに大変ではないのですぐに終わった。早速電源を入れる。グオゥっと音がして炬燵が温かくなっていく、芯まで冷えた足をゆっくり熱でほぐしていく。

「紫苑も、入ると暖かいよ。」
 初めて見るものに恐る恐る足をいれる紫苑、最初はびっくりしたようだったがすぐにリラックスした表情を見せた。

「気に入ってもらえたかな。」
「昴さん。これいいですね。温かくて気持ちいいです。」
「それはよかった。」
 紫苑も気に入ってくれたみたいだ。寒い日にはこうしてゆっくり炬燵に入るのがいい。紫苑がそれで幸せを感じでくれたならば、結果オーライでだ。少しでも彼女に寄り添ってあげたい。
 いろいろとこれからについて考えようとしたが仕事の疲れがたたってあまり頭が働かなかった。先を急ぐ必要はない。僕の目標はただの数日で達成できるようなものでもないから。

 二人そろって炬燵でゆっくりとテレビを見ていた、休日にこういうゆっくりと過ごすのもいいものだ。娘がいたころは大変だった(今もいろいろな意味で大変だが)、よくいろんなところに連れて行ってあげていた。週に一回以上はどこか出かけて二か月に一回水族館や動物園なんかにも行っていた。
 当時は少し焦っていたのだろう。僕が、普通ではないこの僕が、家庭というものに憧れ、家庭を持ってしまったがばかりに余計な焦燥感に苛まれていたのだろう。もっと絵に描いたようなを謳歌しているものになろうとしていた。
 それに比べたら今こうしてゆっくりしているのはとても穏やかで気持ちにゆとりができる。本来はこうあるべきなのかもしれない。だが紫苑がどうしたいかはわからない。彼女も昔の僕のように絵に描いたような家庭なんかを望んでいるかもしれない。逆に、そうでないかもしれない。彼女の価値観は自分の物差しで判断をしてはいけない。
 とにかく紫苑が望んでいることが僕の力で解決できるのならば、いくらでも力を貸してあげたい。


「どうしました。昴さん。」
「いや、とくに、どうかした。」
「なんだか、テレビを見ているのにそれとは別のことをずっと考えてるみたいだったので。表情がすごく険しかったですよ。」
 考えすぎて紫苑に心配されてしまった。こういう考え事は紫苑の前ではしないほうがいいだろう。


「昼だけど。何か食べる。」
 ちょうど番組が昼の放送に変わったので訪ねた。正直あまり動いていないからあまり空腹を感じない。
「いえ、今日ずっとここにいるのでそんなにおなかすいてないんですよね。寒い外でじっとしてるのと炬燵に入ってじっとしてるのとでは全然違います。」
「そうだよな。でもこのまま夕食まで持つかと言われても微妙だから何か軽く食べようか。」
「そうですね。」
 炬燵から出たくないという惰性を抑えて立ち上がる。何かあっただろうか。今日はまだ買い物を済ませていないので、物はあまりない。ふと、ある果実が目に入った。蜜柑みかんだ。これにしよう。炬燵で食べるものといえば蜜柑、そういうイメージを持つ人は少なくないだろう。
 蜜柑をネットごと持っていき炬燵の上に置く。やはりこれだ。冬といえば炬燵で蜜柑。
 
「蜜柑ですか。」
「じゃあ食べようか。」
 各々皮をむき食べはじめた。程よく酸味があっておいしい。やわらかく、噛むと果汁があふれる。柑橘系の果物がはほかの果物に比べて好きだ。
 一口食べて味を堪能していると紫苑がようやく皮をむき終え食べようというときに異変が起きた。目に涙を浮かべ絶望したような表情になり言葉をこぼした。

「うう...。いくら貧乏神だからってこんなことないじゃないですか。」
「紫苑。蜜柑の汁が目に入ったからってそんなに落ち込まなくたっていいだろう。」
 確かに蜜柑の汁がめにはいったらしみるだろう。とはいえそこまで悲観的になられてもどうしていいのかわからない。

「蜜柑を食べるときいつも皮がへばりついてむきにくいやつばかりで全部味薄いのにあたるんですよ。この気持ちわかりますか。」
 なぜ僕は紫苑に怒られているのだろう。初めて紫苑に怒られた。娘もこの年頃の時によくわからないことで怒られた。この年頃の女の子は難しいものだ。一体僕が何をしたというのだ。何か悪いことをしただろうか。

「地味で同情しずらいよ。とりあえず僕がむいたちゃんと味のあるやつを食べな。ほら。」
 紫苑は僕がむいたやつを一つ口にして衝撃を受けた顔をしていた。ちゃんと味のする蜜柑に出会えたことがなかったのか、ここまでくると本格的に運が悪いといわざるを得ない。むしろ味のしない蜜柑が紫苑に向かうから僕らが味のあるものを食べられているだけなのかもしれない。そう思いながら紫苑とゆるりとした土曜日を過ごすのだった。
 今までろくにものを食べてこれなかった、プリンすら知らない紫苑がなぜ蜜柑だけは認知しているのかということについて、疑問に思ことはなかった。紫苑の満足そうな顔を見てそんな些細なことはどうでもよくなってしまった。


 私は疑問に思った。昴さんといるのは楽しいし美味しいものも食べられて初めてのものも見ることができた。それは私にとってとても大きな変革なのだ。
 しかし昴さん、あの人は全くと言ってもいいほどに私の不運の影響を受けない。さらに言えば私の不運が少し緩和されている。私はいつもなら目の前に食べられるものがあっても急に動物に持ってかれる、皿から落ちる、挙句の果てには急に腐りだす。それなのにここにきてから私が何かを食べようとしても何も起きない、私の着ている服がこんなに長持ちすることだってなかった。に過ごすことができてしまう。
 普通の人であればほんの数日、私といるだけで、職を失い、食べるものを失い、住む場所を失い、さらには家族さえ失うというのに、昴さんはというと何も変わらない。きっとこの人もき多くのものを失い、豹変したように私を血眼になって追い出すと思っていた。でも昴さんは私と話しているときも幸せそうで、私のことを思ってくれている。私には両親の記憶がないからよくわからないけど、もし、お父さんがいたらこんな感じだったのかもしれない。
 この人が底抜けのお人好しなのは間違いない。
 道端で見つけた人を心配し、知らない人なのにもかかわらず現金を渡そうとする、それで最終的には自分の家に住まわせている。こんなの、普通の人ではできない。裏もなく、完全な善意で動いている人だ。そんな人世界中を探してもまず見つからない。
 でも、それ以上にあの人にいい意味で何も起きないのが疑問でしょうがない、あの人は何者なのだろうか。本当に、ただの優しい人なのだろうか。
 私は、あの人のそばに居続けてもいいのだろうか、あの人と日常を送って行っていいのだろうか、一緒にご飯を食べて、一緒に炬燵に入って、そんな毎日をってもいいのだろうか。

 私は...私は...

 幸せになりたいと願ってもいいのだろうか。



 私は、
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