幸せになりたい貧乏神

梅千野 梅雄

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今日は特に、何もしない日

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 日曜日になった。また明日仕事があると思うと気持ちが落ちるのでできるだけ明日のことは考えないようにする。昨日はそのあとも家でゆっくりと過ごした。炬燵で蜜柑を食べ、テレビを見て、紫苑と話して。疲れも取れて英気を養えたので、今日は何をしようかの内心楽しみである。
 たまには紫苑をどこか得連れて行ってあげたい気もするが、外にいるときに彼女の不運力(適切な表現が思いつかなかったためこう呼んでいる)が働いて、彼女や僕に何かが起きないだろうか、最悪関係のない人をまき混んでしまわないだろうか。それが気がかりだ。気にしないでいいといっても彼女は気にするだろう。あの子は、そういう責任を感じやすい。

 いつも通りに朝食を食べ終え、皿洗いをする、その時に紫苑と話すのが決まりのようになっていた。

「今日は日曜日だから、どこか行きたいところはない。せっかくだから紫苑も久しぶりに外に出てみないか。」
「いえ、結構です。私がここに来てから、何故かあまり不運なことが起きていないですが、正直外に出るのはまだ気が引けます。私は、昴さんといることができれば、それで十分です。」
「そうか。なら無理にどこに行こうとは言わない。でも今日はさすがに買い物をしないと夜食べるものがないから、僕は商店街に行って買い物をするよ。留守番を頼んでもいいかい。」
「ええ、もちろんです。」
 紫苑はまだ外に出ようとはしてくれなかったけど彼女にとってこの家がいい居場所になっているのならうれしいものだ。一人暮らしになってからも手放さなくてよかったと思える。
 皿を洗い終える。手の水をふき取りスマホを手に取る。普段通知の少ない僕のスマホに珍しくメールが届いていた。雨水からだった。
 もともと雨水とは職場で話すので連絡手段を使っての通話連絡は滅多にしない。使うのはそれこそ仕事の関係があった時くらいだ。名のおできっと明日の仕事について何か連絡があったのだろうと思ったが違った。
 だが予想に反しあいつは仕事とは全くの無関係な、それこそ僕にとって何の利益もないようなことがそのメールには書いてあった。
 あいつなぜ僕を合コンなんかに連れて行こうとするのだ。本当に勘弁してほしい。第一雨水はすでに三十を優に超えている、いい年してそういう面倒ごとに僕を連れまわそうとするのは勘弁してほしいものだ。これでも入社したのはあいつよりも遅いが年上なんだ。年上を敬うとか、雨水にはそういう思考は備わていないのだろうか。
 第一雨水は僕が妻に先立たれた#寡__やもめ__であることを知っている。結婚願望がないことも知っている。僕を誘うのはやめてもらいたいものだ。今日の夕方までに断りを入れなくてはならない。
 ただ、普通に行かないと言った所と断ったところで諦めないのが雨水秦という男だ。その諦めの悪さは取引先との交渉やその他様々な仕事で役に立つのだがこういう時に面倒になる。
 
「昴さん、また悩んだ顔してますよ。どうされましたか。」
 紫苑に声をかけられた。この前のこともある、僕はおそらく顔に出やすいタイプなのだろう、自覚はないが。それとも紫苑が聡いのか。
 紫苑には何でもないと答え、買い物をしに出掛けることにした。いつもの駅近くにある商店街に向かう。自転車で行ったほうが早いがこの時間は人が多いので安全第一ということで徒歩で行くことにする。何かがあってからでは遅いから。
 商店街までの道を歩く。息を吸うと冷たい空気が鼻を刺す。コートが薄地のものだったので厚手のものを出しておけばよかったと今更になって思った。
 平坦てまっすぐな一本道の横に公園がある。そこにあ多くの子供たちが、その保護者と思われる大人たちが、それを眺めてほほえましそうにしている老人もいる。日曜日の公園ともなると多くの人で賑わうようになる。こんなに寒い日でも、子供たちは楽しそうだ。
その中に小学生と思われる子供たちがボール遊びをしているのが目に入った。それを見て昔のことを思い出した。最近になってよく昔のことを思い出すことが多くなった気がする。紫苑の影響だろうか。

 春休みにクラスのみんなで集まってボール遊びをしていた時に僕の友達は道路に出て行ったボールを拾いに行った。しかし、まわりをよく見ないで飛び出していった。その道路は車通りの多い道だった。
 後のことは鮮明な記憶がなかった。気が動転していたのだと思う。12歳にはまだ冷静に考える力はなかったのだろう。記憶が鮮明なものに戻った時には僕はその事故以降、心を閉ざしてしまった。というわけではなく、学校には通っていた。
 ただ神というものに絶望を覚えたのだ。そう、信じていた、神様というものを信じていればいつ絶望するような局面で救ってくれると信じていた子供を無残にも見殺しにしたのだ。だから、それ以来、神という言葉を一歩的に嫌うようになった。神など、人間が想像し、創造したものにすぎないと、そう、中学に入ってからも、高校に入ってからも、大学に入ってからも、社会人になってからも。
 そして、妻と娘が亡くなった日、それ以上の絶望をに感じた。正確には薄々感じていたことが確信になったというほうが近いだろうか。
 
 商店街で買い物を済ませる、日曜日なのでこの商店街は特売をする、安く買い物ができた。つい多く買ってしまったので荷物が多く重くなってしまった。しかしその分今日の夕食は少し立派なものを作れそうだ。きっと紫苑が喜んでくれる。そう思うと楽しみになった。
 帰り道、あの公園にはまだ多くの人がいた。時刻は間もなく正午といったところだろうか。昼食をとるために帰る人も見え始めた、公園を通り過ぎ自宅に向かう。ただいま。そう口にすると紫苑がお帰りと返してくれた。
 紫苑は家の手伝いをしない(正確にはさせない)が、僕は紫苑に依存してしまっている、最近は紫苑中心で生活している。家族がいた時でもこうはならなかった。何が僕をそうさせるかはわからないが、家で紫苑が待ってくれるから頑張ろうと思える。これまでで一番日常を楽しいと思えている。娘がいたころはカラ元気を出しているに過ぎなかったので今思い返すとに充実感はなかった気がする。

 昼過ぎ、外は寒いままだ。紫苑も根が生えたように炬燵から出ようとしない。何か理由をつけて炬燵から出たくなかっただけかもしれないなと思った。そのあとは代り映えもなく炬燵でテレビを見るだけだった。特別何かしているわけではないがこうしている時間のほうが楽しい。
一つ忘れていたことを思い出す。雨水の件はどう断るべきか、だがそんなのどうだっていいか。適当に断っていかなければいい話だ。明日なにを言われようと知ったことではない。
それにしても、今日は特に何かをしたわけではない。そもそもこれが普通なはずなのだ。特筆するような、特別な何かが起きない日常が。つい最近は

 僕は、一つ紫苑に嘘をついている、僕の妻と娘が虚弱ゆえに亡くなったと言った。しかしそれは違う。僕は、自分の秘密を、彼女にまだ明かしてはいない。だが、本当のことを言はなくてはならない時が、必ず来てしまう、その時、僕は彼女にちゃんと言えるだろうか。

 僕の妻と娘は、虚弱ゆえに早く亡くなったわけではないということ、そして僕の本当の姿を。
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