20 / 50
制服だけが知っている。
揺れる噂と、裁ちばさみの音。
しおりを挟む
学園内――
リルベーラとヘルミーナは二人で廊下を歩いていた。
すると、どこからともなく、一人の女性が現れた。
薄い金髪が揺れ、垂れ目がちな大きな瞳がこちらを向いた瞬間、
廊下の空気が一瞬、止まった。
――そして。
近くを歩いていた男子生徒が、全員振り返った。
「おい…あの子って。」
「あぁ~…噂の子だよな…」
「誰か、声かけてみろよ。」
コソコソと話す男子生徒の視線。
そして、その視線を羨むように、女子たちからは別の圧が向けられていた。
ふっと、そこにあったはずの存在感が揺らぐ。
誰かが声をかけようとした、その瞬間――
廊下には、何事もなかったかのような日常だけが残った。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。
「あれ……いない……」
誰かが小さく呟いた。
その声は、喧騒の中に溶けて消えていった。
***
「いい感じに広まってるわね。」
声に出した言葉とは裏腹に、ヘルミーナは足取りを緩めることなく、廊下を歩き続ける。
「まさか、こんなにうまくいくとは思っていなかったけど……」
その先には、遠くから様子を窺っていたかのように、リルベーラが立っていた。
「リル。あなたも来ていたのね。」
「た、たまたま通りかかっただけよ。」
少しとげとげしい言い方をするものの、その視線には、隠しきれない心配が滲んでいる。
ヘルミーナは小さく息を吐いてから、続けた。
「それよりも……さっきね――
あなたに向けられていた視線の中に、少しだけ“違うもの”が混じっていたわ。」
リルベーラが、わずかに眉をひそめる。
「恨み……というか。 怒りに、執着が絡みついたような……そんな感じ。」
その言葉を聞いたヘルミーナは少しばかり口角を上げた。
(ふふ…もう少しで釣れそうね。)
その顔を見てリルベーラは一瞬顔を青くする。
「ミーナ…。貴方…演技していないときに笑うと…怖いわね。」
二人の間に一瞬沈黙が落ちる。
「えっ!?うそっ!?今までそんなこと言われたことなかったんだけど…」
ヘルミーナはガクッと肩を落とした。
普段周りから見えていないヘルミーナ。顔を見て話すのが家族ばかりだったこともあり、誰一人として笑顔に言及したものはいなかった。
リルベーラは、自分の言葉が遅れて胸に刺さった。
(……違う。そういう意味で言ったんじゃないのに。)
慌てて言葉を探すが、うまく続きが見つからない。
「……ごめん。今の、変な言い方だったわね。」
そう言って、そっとヘルミーナの方を見た。
しかし――
「えっ!?何が!?」
目の前に落ち込んでいるはずのヘルミーナはおらず、そこには目をキラキラさせた彼女が立っていた。
「え…あなた落ち込んでたんじゃ…!?」
「大丈夫よ!むしろ本音言ってくれる友達ができたって嬉しいじゃない。さ、それよりも早く行きましょ。次の目的地に。」
そう言って笑うヘルミーナは先ほどの怖い笑顔ではなかった。
(……ちゃんと、誰かに向けて笑えるんじゃない。)
リルベーラは小さく息を吐き、彼女の後を追った。
***
「ハハハ……次は、あの女だ。」
裁縫室――
人の気配はない。
だが、部屋の奥には灯りが一つだけ残されていた。
作業台の上には、畳まれた布。
どれも学園の制服と同じ色、同じ質感。
裁ちばさみを手に取ると、
その重みを確かめるように、ゆっくりと指を動かした。
ジョキン、ジョキン……
刃が布を裂く音が、静かな室内に不自然に響いた。
「……最近の学生は、身だしなみを“軽く扱いすぎる”。」
誰に聞かせるでもない声。
「規律を乱し、噂に踊らされ、注目されることを、疑いもしない。」
切り落とされた布の端が、床に落ちた。
ジョキン。
ジョキン。
乾いた音が、胸の奥まで沈んでくる。
「そうやって学園の秩序を乱すから……“余計なもの”が入り込むんだ。」
ふと、手を止めると手に持っていた裁ちばさみを見た。
「……あの子もそうだ。」
刃先が、わずかに震えた。
「目立たず、学園の通りにしていれば――綺麗なままでいられたのにな。」
制服を見つめるその目は、まるで恋をしているかのようだった。
ジョキン、ジョキン……
音は次第に荒くなっていく。
「あいつらは何もわかっていない。服を作る大変さも、どんな思いで作っているかも。」
ジョキン……
「だからこんなことができるんだ。こんな……こんな……ことを……」
「この学園だってそうだ…。臭いものには蓋をする。」
切り刻まれた布の山を見下ろしながら、その口元は、満足そうに歪んだ。
「あいつも消えた。 ……次は、あの女だ。」
裁縫室の灯りが、小さく揺れた。
「いくら追いかけても消えてしまうから、制服を手に入れるのに苦労したよ。」
そしてどこから持ってきたのか……
一着の制服を取り出し、うっとりと見つめる。
次の瞬間――
眉間に皺を寄せて制服をぐしゃぐしゃにした。
「あ、あぁ…いけない。」
彼は自分で皺にした制服を伸ばした。
「布は……綺麗にしておかないとな。」
それだけ言うと、今度は裁ちばさみを取り出して、
制服に刃を入れた。
ジョキン、という音だけが、裁縫室に残った。
リルベーラとヘルミーナは二人で廊下を歩いていた。
すると、どこからともなく、一人の女性が現れた。
薄い金髪が揺れ、垂れ目がちな大きな瞳がこちらを向いた瞬間、
廊下の空気が一瞬、止まった。
――そして。
近くを歩いていた男子生徒が、全員振り返った。
「おい…あの子って。」
「あぁ~…噂の子だよな…」
「誰か、声かけてみろよ。」
コソコソと話す男子生徒の視線。
そして、その視線を羨むように、女子たちからは別の圧が向けられていた。
ふっと、そこにあったはずの存在感が揺らぐ。
誰かが声をかけようとした、その瞬間――
廊下には、何事もなかったかのような日常だけが残った。
まるで、最初から誰もいなかったかのように。
「あれ……いない……」
誰かが小さく呟いた。
その声は、喧騒の中に溶けて消えていった。
***
「いい感じに広まってるわね。」
声に出した言葉とは裏腹に、ヘルミーナは足取りを緩めることなく、廊下を歩き続ける。
「まさか、こんなにうまくいくとは思っていなかったけど……」
その先には、遠くから様子を窺っていたかのように、リルベーラが立っていた。
「リル。あなたも来ていたのね。」
「た、たまたま通りかかっただけよ。」
少しとげとげしい言い方をするものの、その視線には、隠しきれない心配が滲んでいる。
ヘルミーナは小さく息を吐いてから、続けた。
「それよりも……さっきね――
あなたに向けられていた視線の中に、少しだけ“違うもの”が混じっていたわ。」
リルベーラが、わずかに眉をひそめる。
「恨み……というか。 怒りに、執着が絡みついたような……そんな感じ。」
その言葉を聞いたヘルミーナは少しばかり口角を上げた。
(ふふ…もう少しで釣れそうね。)
その顔を見てリルベーラは一瞬顔を青くする。
「ミーナ…。貴方…演技していないときに笑うと…怖いわね。」
二人の間に一瞬沈黙が落ちる。
「えっ!?うそっ!?今までそんなこと言われたことなかったんだけど…」
ヘルミーナはガクッと肩を落とした。
普段周りから見えていないヘルミーナ。顔を見て話すのが家族ばかりだったこともあり、誰一人として笑顔に言及したものはいなかった。
リルベーラは、自分の言葉が遅れて胸に刺さった。
(……違う。そういう意味で言ったんじゃないのに。)
慌てて言葉を探すが、うまく続きが見つからない。
「……ごめん。今の、変な言い方だったわね。」
そう言って、そっとヘルミーナの方を見た。
しかし――
「えっ!?何が!?」
目の前に落ち込んでいるはずのヘルミーナはおらず、そこには目をキラキラさせた彼女が立っていた。
「え…あなた落ち込んでたんじゃ…!?」
「大丈夫よ!むしろ本音言ってくれる友達ができたって嬉しいじゃない。さ、それよりも早く行きましょ。次の目的地に。」
そう言って笑うヘルミーナは先ほどの怖い笑顔ではなかった。
(……ちゃんと、誰かに向けて笑えるんじゃない。)
リルベーラは小さく息を吐き、彼女の後を追った。
***
「ハハハ……次は、あの女だ。」
裁縫室――
人の気配はない。
だが、部屋の奥には灯りが一つだけ残されていた。
作業台の上には、畳まれた布。
どれも学園の制服と同じ色、同じ質感。
裁ちばさみを手に取ると、
その重みを確かめるように、ゆっくりと指を動かした。
ジョキン、ジョキン……
刃が布を裂く音が、静かな室内に不自然に響いた。
「……最近の学生は、身だしなみを“軽く扱いすぎる”。」
誰に聞かせるでもない声。
「規律を乱し、噂に踊らされ、注目されることを、疑いもしない。」
切り落とされた布の端が、床に落ちた。
ジョキン。
ジョキン。
乾いた音が、胸の奥まで沈んでくる。
「そうやって学園の秩序を乱すから……“余計なもの”が入り込むんだ。」
ふと、手を止めると手に持っていた裁ちばさみを見た。
「……あの子もそうだ。」
刃先が、わずかに震えた。
「目立たず、学園の通りにしていれば――綺麗なままでいられたのにな。」
制服を見つめるその目は、まるで恋をしているかのようだった。
ジョキン、ジョキン……
音は次第に荒くなっていく。
「あいつらは何もわかっていない。服を作る大変さも、どんな思いで作っているかも。」
ジョキン……
「だからこんなことができるんだ。こんな……こんな……ことを……」
「この学園だってそうだ…。臭いものには蓋をする。」
切り刻まれた布の山を見下ろしながら、その口元は、満足そうに歪んだ。
「あいつも消えた。 ……次は、あの女だ。」
裁縫室の灯りが、小さく揺れた。
「いくら追いかけても消えてしまうから、制服を手に入れるのに苦労したよ。」
そしてどこから持ってきたのか……
一着の制服を取り出し、うっとりと見つめる。
次の瞬間――
眉間に皺を寄せて制服をぐしゃぐしゃにした。
「あ、あぁ…いけない。」
彼は自分で皺にした制服を伸ばした。
「布は……綺麗にしておかないとな。」
それだけ言うと、今度は裁ちばさみを取り出して、
制服に刃を入れた。
ジョキン、という音だけが、裁縫室に残った。
90
あなたにおすすめの小説
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』
アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた
【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。
カクヨム版の
分割投稿となりますので
一話が長かったり短かったりしています。
『お前を愛する事はない』なんて言ってないでしょうね?
あんど もあ
ファンタジー
政略結婚で妻を娶った息子に、母親は穏やかに、だが厳しく訊ねる。
「『お前を愛する事は無い』なんて言ってないでしょうね?」
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章をゆっくり更新中です。書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
落ちこぼれ公爵令息の真実
三木谷夜宵
ファンタジー
ファレンハート公爵の次男セシルは、婚約者である王女ジェニエットから婚約破棄を言い渡される。その隣には兄であるブレイデンの姿があった。セシルは身に覚えのない容疑で断罪され、魔物が頻繁に現れるという辺境に送られてしまう。辺境の騎士団の下働きとして物資の輸送を担っていたセシルだったが、ある日拠点の一つが魔物に襲われ、多数の怪我人が出てしまう。物資が足らず、騎士たちの応急処置ができない状態に陥り、セシルは祈ることしかできなかった。しかし、そのとき奇跡が起きて──。
設定はわりとガバガバだけど、楽しんでもらえると嬉しいです。
投稿している他の作品との関連はありません。
カクヨムにも公開しています。
ラウリーは夢を見ない
ひづき
ファンタジー
公爵家に生まれたラウリーは失敗作だと両親に評価された。
ラウリーの婚約者は男爵家の跡取り息子で、不良物件を押し付けられたとご立腹。お前に使わせる金は一切ないと言う。
父である公爵は、ラウリーの婚約者の言い分を汲んで清貧を覚えさせるためにラウリーへの予算を半分に削れと言い出した。
「───お嬢様を餓死でもさせるおつもりですか?」
ないものを削れだなんて無理難題、大変ね。と、ラウリーは他人事である。
奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!
よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。
結婚して3年経っても子供ができないという理由で離縁されたエマは、前世の記憶を思い出して幸せになる。周りが勝手に復讐してくれました。
山田 バルス
恋愛
結婚三年目の春、エマは伯爵家の夫アンドレオから突然、側室を迎える話を告げられる。子をなせなかったことを理由に、彼女は僅かな補償のみで離縁された。妻として過ごした三年間は「無価値だった」と突きつけられ、エマは貴族社会から静かに切り捨てられる。
また実家の父母の墓参りに行くと、当主になっていた兄に離縁金を奪われてしまう。
大ピンチのエマには、秘密があった。なんと彼女は幼少期に前世の記憶を思い出していたのだ。
かつて観光地で石を磨き、アクセサリーを作り、人に喜ばれる仕事をしていた人生。何も持たない今だからこそ、もう一度「自分の手で生きる」ことを選び、あの人が住む商業国家スペイラ共和国へ向かう決意をする。
国境への道中、盗賊に襲われるが、護衛兵ロドリゲスの活躍で難を逃れる。彼の誠実な態度に、エマは「守られる価値のある存在」として扱われたことに胸を打たれた。
スペイラ共和国では身分に縛られず働ける。エマは前世の技術を活かし、石を磨いてアクセサリーを作る小さな露店を始める。石に意味を込めた腕輪やペンダントは人々の心を掴み、体験教室も開かれるようになる。伯爵夫人だった頃よりも、今の方がずっと「生きている」と実感していた。
ある朝、ロドリゲスが市場を訪れ、エマの作ったタイガーアイの腕輪を購入する。ところがその夜、彼は驚いた様子で戻り、腕輪が力を一・五倍に高める魔道具だと判明したと告げる。エマ自身は無意識だったが、彼女の作るアクセサリーには確かな力が宿っていた。
後日二人は食事に出かけ、エマは自分が貴族の妻として離縁された過去を打ち明ける。ロドリゲスは強く憤り、「最悪な貴族だ」と彼女と一緒になって怒ってくれた。その気持ちが、エマにとって何よりの救いだった。彼は次に防御力を高める腕輪を依頼し、冒険者ギルドで正式な鑑定を受けるよう勧める。
翌日、冒険者ギルドで鑑定を行った結果、エマの腕輪は高い防御効果を持つことが判明。さらに彼女自身を鑑定すると、なんと「付与特化型聖女」であることが明らかになる。聖女が付与した魔道具は現実の力として強く発現するのだ。
価値がないと切り捨てられた人生は、ここでは確かな力となった。スペイラ共和国で、聖女エマの新しい人生が、静かに、そして輝かしく始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる