酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう

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なにかしましょう!!

優先順位。

「せっかくだし、お茶にしましょうか。」


エヴァンジェリンがパンパンと手を二回たたくと、数名の侍女が紅茶とお菓子を持って部屋の中に入ってくる。


執務室に隣接している応接室に移動すると、重厚な扉が静かに閉まり、柔らかな香りの紅茶が湯気を立てる。


エヴァンジェリンは、カップを手に持つとそのまま口をつけた。


温かい紅茶が喉を潤す。


「それで……?ジークが来るなんて久しぶりじゃない。最近は手紙ばかりだったのに、どうしたの?」


カチャリとカップをテーブルの上に置くと、前に座るジークハルトを見据えた。


「あぁ……今日はね、受け入れて欲しい人達がいて、連れてきたんだ。」


「受け入れて欲しい人?」


エヴァンジェリンの問いに、ジークハルトは小さくうなずいた。


「王都で居場所が無くなった者たちと言えばいいだろうか。」


ユリウスの眉がピクリと動く。


「居場所が無くなった……?」


「そうだ。父上が気に入らなかった人や刃向かった人達だ。」


エヴァンジェリンはジークハルトの言葉の意味を少し考える。


「優秀すぎたって事ね……その所為で目をつけられて、無理難題を押し付けられた……ってところかしら?」


ジークハルトは、エヴァンジェリンの言葉にゆっくりとうなずくと、目を細めた。


「その通りだ。優秀で誠実。セレニア国に住む国民たちの未来を真面目に考えてくれていて人たちだよ。」


カップを持つ手に力が入り、小刻みに震える。


「……それが、罪か。」


ユリウスの視線が紅茶の中に写る自分を捉えた。


「今の王都ではね。」


ジークハルトは紅茶を一口含む。


「前国王陛下が亡くなってから父上は好き放題している。」


「最近では、『仕事を失いたくないのであれば娘を連れてこい』と言っているようだ。」


「娘を連れてこい……?」


エヴァンジェリンのコメカミがピクリと動く。


いつもより低い声で問い返すと、ジークハルトは視線を伏せたまま続けた。


「“王宮で預かる”という名目だ。」


「預かる……?」


ルカリオスが静かに繰り返した。


「教育のためだとか、王都の作法を学ばせるためだとか……理由はいくらでも付けられる。」


ジークハルトの指が、カップの縁をなぞる。


「だが実態は違う。自分の欲の捌け口にしたいんだ。」


「自分の父親ながらに本当にクズだと思うよ。」


部屋の空気が、凍りついた。


紅茶の湯気だけが、場違いなほど穏やかに揺れている。


ユリウスの指が、カップの取っ手を強く握りしめる。


「……兄上。」


その声には、否定も肯定もなかった。


「アルベルト兄上もヴァルターも、今は幽閉されて檻の中だ。元々王太子派として動いていた者たちの大半は父上の下に付いている。」


「……付いた?」


ルカリオスが低く問い返す。


「あぁ。命が惜しいからね。」


ジークハルトは淡々と続けた。


「従わなければ失脚。家の取り潰し。最悪は処刑だ。家族がいる者ほど、逆らえない。」


カップの底に残った紅茶が、小さく揺れる。


「王都は今、恐怖で縛られている。」


ユリウスは視線を落としたまま、静かに言った。


「……俺が王都にいた頃より、酷いな。」


「ユリウスがいた時は君の派閥が頑張っていたからね。まぁ、その時の派閥の人達は……」


「第三王子を守れなかったとして、ありもしない罪でほとんど残っていないが……」


ジークハルトはルカリオスに視線を移すと話を続ける。


「残っているのは、伯爵家以上の一部の家柄のみかな。その辺りは居なくなると大変になるってわかってるんだろうね。父上も……」


「つまり、“利用価値”があるから残しているという事ね。それで?何人くらい連れてきたの?」


エヴァンジェリンは感情を削ぎ落とした声で問いかけた。


その言葉には怒りもなければ、同情も感じられない。


そこには、シルヴァリア公爵家の次期領主としての
顔をしたエヴァンジェリンが座っていた。


「……百人弱だ」


「……」


ジークハルトの言葉にその場にいた誰もが言葉を失った。


それもそのはず――


予想していたよりも遥かに人数が多かったからだ。


しかしそんな中で、エヴァンジェリンだけは顔色一つ変わらない。


「あら、思っていたよりも少ないわね。もう少し多いと思っていたんだけど……」


さらりと言い放つと、ジークハルトの目がわずかに見開かれた。


「……少ない?」


「えぇ。王都の現状を聞く限り、追い出されている人はもっといるはずでしょ?」


目の前にある菓子を手に持つと口に運ぶ。


「あら、これ美味しいわね。」


指先についた粉砂糖をペロリと舐める。


重い空気の中で、その仕草だけがやけに日常的だった。


「まっ、いいわ。人数のことについては置いておきましょ。百人弱……と、いうことは、労働可能な人材は七十人弱ってところね」


「……よく分かるね。」


「当然でしょ?」


菓子が気に入ったのかもう一つ手に取るとパクッと口に含んだ。


「百人ってことは、その家族もいるってことだろうし……まだ小さい子供やご高齢の方もいるんじゃないかと思ったのよ。」


「それで……?若い娘さんを連れている人達は……皆助けられたの?」


ジークハルトは一度動きを止めると、首を横に振った。


「……全員ではない。間に合わなかった者もいる。」


ジークハルトは視線を落としたまま続けた。


ユリウスは普段の毅然とした態度からかけ離れている兄を見て、胸の奥がざわついた。


第二王子として常に余裕を纏っていた兄。


皮肉を言い、飄々と振る舞い、何を考えているのか分からない男。


だが今、目の前にいるのは――


ただの、疲れた兄だった。


(兄上がここまで言うなんてな)


「そう。間に合わなかった人もいるのね……」


「あぁ。僕が気付いた時点で、既に娘を差し出していた人がね……僕がもっと早く気づいていれば……」


悔しそうに下を向く兄を見て、ユリウスも同じように下を向いた。


室内に沈黙が流れる。


ガタガタ


窓の外の風音だけが部屋を満たしていく。


そんな空気をぶち壊すように、エヴァンジェリンがパンッと手を叩いた。


「今反省したところで何も変わらないわよ。それで?連れて来られなかった娘は、王宮にいるのね?」


「あぁ。」


「何人?」


「把握しているだけで……三十は下らない。」


「兄上、それは……」


ユリウスの言葉を遮るようにジークハルトは話を続ける。


「王宮の奥だ。正式な側室でもない。記録にも残らない。」


ジークハルトは唇を噛み締めた。


「だからこそ、救いようがない。」


しばらく誰も言葉を発さなかった。


それからしばらくして、エヴァンジェリンが、静かに立ち上がった。


「そう……」


言葉とも言えないたった二文字。
 
しかし、どんな言葉より信じられる二文字に、その場にいた全員がエヴァンジェリンを見た。


「なら、優先順位が決まったわね。」


「優先順位?」


ルカリオスが首を傾げると、彼女はこくりとうなずいた。


「えぇ。優先順位よ。」


「ルカ。闘技場より先にやることが出来たわ。その設計はヴィオラにお願いしてくれる?あの子なら問題なくやってくれるはずだから」


「それはいいが……俺は何をすればいいんだ?」


「ジークが連れてきた人たちを受け入れるわ。職の割り振りは三日以内に、住居は仮設で構わないから一週間で整えてちょうだい。」


「わかった……」


ルカリオスが執務室から出ていくのを確認すると、今度はジークハルトを見る。


「ジーク。王宮内部の情報をちょうだい。」


「……何をする気だい?」


エヴァンジェリンが薄く笑う。赤い瞳と赤い唇がきらりと輝いた。


「もちろん、救うに決まっているでしょう?」


エヴァンジェリンの揺るがない自信。

その姿をみてユリウスは思わず息を呑んだ。


「王宮だぞ。」


「えぇ。だから面白いのよ。それに……」


「これでかけていたピースが綺麗にはまるわ!」


「かけていたピース?」


エヴァンジェリンは王都を真っ直ぐ見据えると、楽しそうに笑った。


「そう……何か一つ足りないと思っていたのよ。イベント……というか……ね?」


その笑みが向けられた先にあるのが王宮だと知りながら、ユリウスは止める言葉を持たなかった。


これから起こるであろう王宮の未来を思い、ただ静かに、息を吐いた。
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