蛙のスミスの代筆

のやなよ

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相棒は傘

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 雨蛙は男の体を乗っ取るとコンテナハウスの方を見た。
するとコンテナハウスの壁に掛けられている垂れ幕から、それが何で、どんな味なのか男の体から中の雨蛙に情報として降りてきた。
「なんだ……そんな味なら私の好みではないな」
雨蛙男は、独り言を呟くと駅の方へと足を向けた。
「私の好む味も。お前の好む味も。
お前の巣にあるみたいだ」
雨蛙男は、アジサイの葉の上に倒れている蛙を一瞥すると口元に笑みを浮かべた。
「お前の憧れてた夢、思い出せるといいな……」

          ※

 一方、いきなり人間から蛙になった男の頭の中はパニックを起こしていた。
雨蛙は2本足で立ったまま口を半開きにして固まっている。
 夢だろう?
 夢だよなぁ!?
 夢なのに、どうして激しい動悸を感じるんだぁーー!?
雨蛙の心臓は平均心拍数45~60回を優に超え、ガマの油が採れそうな異様な青緑色の体に変色していた。
その雨蛙の頭の上に今朝事務所内で『ハズレたな』と囁かれていた大雨予報の始まりの一粒が雨蛙の頭の上に命中し、水飛沫となって飛び散った。
「夢じゃなーーーーーい!!」
雨蛙は、時代劇俳優の殿様のような声色で叫んだ。
時を移さずして雨蛙が肌に感じ始めた湿気の急上昇と稲光の轟。
目を見開いた雨蛙は虹色のパラソルをさし上げ、人間に戻る唯一の手段である紙の束を胸に掻き抱いた。
 雨は激しく降ったものの30分程で収まりを見せ始め1時間後には雲の切れ間から夕日が顔を覗かせていた。
プラスチックに似た細い骨組みの傘だが豪雨相手に、たわむ事も、風に煽られて飛ばされる事もなく、それは雨蛙の手の中にあった。
車を修理に出し雨風の中徒歩通勤している男は、すぐにその傘の不可思議さに気が付いた。
「蛙は車が傘だって言っていたが……
このサイズの傘じゃ水に浮かべて私が乗り込んだ時点でバランスを崩して、ひっくり返りそうだしな~」
雨蛙男は虹色の傘を広げたまま、上から下から横からと観察した。
「それとも不思議な力が働いて水平に保たれる様になっているのか?!」
雨蛙は首をひねった。
紙同様に人間の傘を観察して作ったのだろう傘の構造は、男が使っていた傘と変わらなかった。
しかし、川下りは木葉って言ってたしな~
 郵便ポストに投函するって郵便ポストより高い場所からダイブするのか?
 それとも地面から手足の吸着力でクライミングしていって投函するのか?
 それに、道路、人、車、自転車色々な危険が付き纏う、雨蛙を取り巻く状況は、とても娯楽のために郵便ポストを目指して行こうとかいう状況ではない。
「まさか空が飛べるとか言うんじゃ?!」
蛙は傘の柄を持ち、雲の切れ間から顔を覗かせる夕日に向かって傘を差し上げた。
すると雨蛙の体が傘の影で赤、青、黄に変化した。
雨蛙はアジサイの影に隠れていた敷地境界線のブロック塀の上にアジサイ伝いに移動した。
「駅の郵便ポストまで私を連れて行ってくれ」
雨蛙は、そう言うとブロック塀の上を傘を差したまま2本足で走った。
すると3歩も駆けない内に横から吹いてきた風に煽られて傘ごと雨蛙は空中へと放り出された。
「うわーーーーっ!!」
豪雨に伴う風にも煽られなかった傘が、そよ風に煽られ、それを持った雨蛙ごと運んで行く。
その後も傘と雨蛙は風の力に煽られて駅のホームを渡る跨線橋の波板の屋根の上まで飛ばされた。
雨蛙は確信した。
この傘は行きたい所まで運んでくれる魔法の傘なのだ。
「それなら話は早い。
さっさと夢を見て人間に戻ろう」
雨蛙は左手で傘を持つと下にある郵便ポストに向かって屋根の上から飛び降りた。
再び雨蛙の周りに風が吹き始める。
傘はフワリ、フワリと落下傘のように彼をポストの上へと運んだ。
「さぁ、投函だ。
とっとと見て人間に戻るぞ!」
雨蛙は白紙の紙の束を見て、いつもの習慣で胸ポケットに忍ばせているボールペンの行方を探した。右手が空をさ迷い固まった。
「一体、何を書けば夢を見られるんだ?
それに紙に書くペンがない」
雨蛙は考えを巡らせた。
しかし、その時間は長い物ではなかった。
雨蛙は何か思い付いた顔を見せると、紙の束から1枚抜き取り両手で挟み念じた。
「まずは手堅く小学1年生緒方直人の夢」
雨蛙は傘にホバリングするように言ってポストへ、それを投函した。
「これで、夢を見れなければ方法に誤りが有るって事だ」
雨蛙は、当座の予定が埋まったので気持ちが少し楽になり目を弓なりにして笑みを浮かべた。
 笑ったのは、いつぶりだろう……
 好奇心に心踊らせたのは……いつだったろう。
雨蛙は陰に籠りそうな思考は一旦心の片隅に仕舞い込む事にした。
「後は風任せ。
傘よ!
私をポストとペンのある所に運んでくれ!」
雨蛙がお願いすると傘は風をつかまえて跨線橋より高い位置まで彼を運んだ。
地平線には沈みかけた夕日と港が見え、大型フェリーが停泊しているのが見えた。
程なく傘は方向を定めて、ゆっくりと降下し始めた。
「見つけたのか?!
君の様な傘があって助かったよ!
私だけだとどうなっていたことか……」
雨蛙が、傘に礼を言うと傘の仕様がワンランク上位に良くなった。
 持ち手部分が傘の柄のプラスチック?の延長ではなくハンドルに変わったのだ。
どうやら、褒められると進化する傘らしい。
「有難う。
持ちやすくなったよ」
傘は夕日に染まる町の中へ降下して行った。

         ※

傘はアパートの1室の窓枠に雨蛙を降ろした。
その部屋の窓は縦開き戸で部屋の住人が閉め損なったのか5cm程空いた隙間から出たカーテンが風に踊っていた。
雨蛙が覗くと机が窓際に寄せて置いてあり、ペンが机の上に転がっている。
蛙の顔に笑顔が浮かんだ。
更に奥に入ると旧型郵便ポストの赤い貯金箱が
置いてあった。
雨蛙は「はぁー」と口を開けて見上げた。
「貯金箱もいけるのか?」
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