ヤドカリ

のやなよ

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ヤドカリ旅に出る

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 朝7時から休日恒例の電動工具の音楽会が始まった。
「はうっ!」
山田が、その音に反応してベッドから飛び起きた。
その後から眠気眼の彼女に追い討ちを掛ける様に電子音の目覚まし時計が鳴り出した。
山田は、バシッとその頭を叩いた。
今日から蔵前の会社も山田のスーパーもお盆休みに入ったのだ。
「頑張るな~蔵前さん」
山田は、学生時代の赤色のジャージに着替えると髪を後ろに縛った。
「さ、私も行くか!」
山田は両腕を振り上げて背伸びをした。

           ※

 場所は変わって3階。
階段を上がって右側曲がり、廊下を挟んで突き当たりの右手の部屋のノブに山田は手を掛けた。
「あれ?」
山田がノブを回すも鍵が閉まっていて開かない。
今、蔵前がリフォーム中の部屋が、この部屋である。
山田は、塗装の手伝いをしようと、やって来たのだ。
手当ては、蔵前のお手製のカレーライス。ボランティアである。しかし、このカレーというのが牛肉のゴロゴロ入ったカレーライスで職人を募集しているワークショップ内で話題となっているらしい。お陰で既に部屋の7割のリフォームが完了していた。
もう、そろそろ電動工具の音が休日に大音量で鳴り響く事はなくなるだろう。
山田が再び回したドアノブの開閉音に重なってボルトを締める電動工具の音が重なった。
廊下に反響しながら後方から聞こえる音に山田は体を翻した。
「外?!」
学校の上靴を室内履きにしている山田の足取りは軽快で3階から1階まで、ものの数十秒で駆け降りる事が出来た。この家は元魚屋という事もあり店舗正面から見て右側元店舗スペースと『くつろぎスペース』に挟まる形で6畳の台所があった。
階段を降りて、直ぐにある台所を前に、山田は手にマグカップを持った金田と鉢合わせした。
 おっと!
山田は、勢いを殺すため階段の手摺りを握った。
しかし、驚いた金田の手が揺れてマグカップの液体が若干溢れて彼のスリッパを濡らした。
 あっ!
それは山田の目にとまった。
「おっ!おはようございます。山田さん。
お盆休みなのに早いですね」
「スミマセン。驚かせて!
さっき、スリッパに飲み物が!」
山田の視線が金田のスリッパに落ちた。
金田が狼狽えて一歩後退る。
「あ……大丈夫ですよ。
中身は水ですし、私も少し欲張って入れ過ぎてました。
この位なら直ぐに乾きますよ。
それより、その懐かしさ漂う出で立ちは……?」
金田の視線が山田の頭から足先まで移動して再び2人は向かい合った。
「もうとっくに賞見期限切れしてるんですが、勿体なくて置いてたんです。
これなら、ペンキが飛んでも惜しくないですし……」
山田は、その場で駆け足をした。
「動きやすいですし……」
「私は、また流行りのコスプレかと思いました。
黒縁メガネを掛けたら喜ぶ方結構いらっしゃると思いますよ?」
「あ、そう言われて見れば。
あのドラマと同じジャージ……ですかね?」
「私には、そう見えましたよ?」
金田は唇の端を吊り上げた。
そこに、また電動工具の音が2人の会話に入ってきた。
2人の視線が音が入ってくる玄関通路に向かった。
「蔵前さん、じゃ、なかったんですね?
何かあるんですか?」
金田は笑った。
「もしかすると、蔵前さんが工具を使っているのかもしれませんが……」
 え?!蔵前さんも作業してる?
「……この町の子供会と婦人会主宰の盆踊り大会です。
今は太鼓ヤグラと出店屋台の設営中ですかね?
この商店街の中にも出店屋台が並ぶんです。
1年ぶりに灯りがともるんですよ。
通路の真ん中には琉球畳が置かれて50mのアーケードの下は飲み会場です。
もう、予約だけでいっぱいらしいですよ」
この商店街の年に1度の掻き入れ時というヤツです。と金田は話を締めくくった。
 山田は、酒には飲まれるタイプで飲まないが、ツマミになるオカズは大好きだった。彼女は唾を飲み込んだ。
「何かオススメってありますか?!」
金田は顎に手を当てて首を傾けた。
「やっぱり、松野屋さんの牛串ホルモンでしょうか?
毎年甘辛いタレの香りに誘われた人の行列が毎年出来てますからね。
性別、年齢問わず人気ですよ」
 それは、是非とも味わってみないと!
「1本500円です。大きいですからね」
山田は階段の手摺にもたれかかりツップした。
 その値段金欠の今の私には厳しいー!

         ※

「尚の好きなオモチャ1つ買っていいよ。
此処で選んで待ってな。
買ってやるから!」
スーパーのオモチャ売り場に尚を連れて行って母親は彼の首から小さな丸い財布ポシェットをぶら下げた。
買ってやると言いながら、財布を持たせる母親の行為に小学1年生ながら違和感を覚えた。
売り場から離れて行く母親の後ろ姿に尚の頭の中で警告音が鳴り響いた。
 また、捨てられた。
母親のアルコール依存性が、彼女自身に育てる事が不可能、誰かに拾って貰わなければという強迫観念の下、そうさせるらしい。
その時、母親は病院に入院、尚は施設預かりとなった。
他に身寄りがいなかったからだ。
 尚は、まただと思っていた。
また、店の従業員とお巡りさんに腕を掴まれて僕の下に帰ってくるものだと思っていた。
しかし、尚がまるで迷路の様な通路が入り組む売り場を何十回探検して母親と別れた売り場のゴールにたどり着いても、母親の姿はなかったのである。
店内にホタルの光の曲が鳴り始めても、母親は帰って来なかった。
尚は財布ポシェットのチャックを開けた。
「千円札が2枚も入ってる……」
 やっぱり、捨てられた!
尚の頭の中に、預け入れられた施設でイジメられた記憶がよぎった。尚の足は、その時には店の出口に向かって走っていた。
従業員の横を通る時には「お母さん、待ってよ~!」と逆に声を上げながら……
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