和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

椿こころ

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「えっと、じゃあ、まずお前の名前を教えてくれるか?」

「そっか。私、まだ自己紹介してなかったね。私は2-C組の椿つばきこころ。虎藤くんも知っての通り、元下働き組所属で……今は遊女になっちゃった」

「どうしてそうなっちまったんだ? お前に何があったってんだよ?」

 奴隷に近い生活だったとはいえ、元々は安全な学校で暮らしていたはずのこころが何故だかこの輝夜で遊女にまで身を窶している理由を改めて燈が問うてみれば、彼女は小さく首を振って、恐ろしい記憶を振り返りながら衝撃的な答えを口にする。

「……売られたの、竹内くんたちに。奴隷商人の所に売られて、そこからこの『黒揚羽』のご主人に遊女になるために買われて……こんなことになってる」

「竹内の奴が!? あの野郎、そんなことまでしてやがるのか!? 何で学校も騒ぎになってない!? 神賀の奴や先公はどうしてんだよ!?」

「……誰も、私がこんなことになってるだなんて知るはずがないよ。竹内くんは今、元下働き組の皆を率いる立場になってるの。元って言ったのは、もう皆も武神刀を貰って、戦力に数えられるようになったから……それも全部竹内くんが上手く裏で糸を引いて、そうなるように仕組んだからなんだよ」

 くしゃりと着物の端を握り締め、悔しそうに声を搾り出すこころ。
 その瞳からは涙が零れ、これまで堪えてきた悲しみが堰を切ったかのように溢れ出している。

 こころの話を聞いた燈は、自分がいなくなってからの一か月の間に学校で何があったのかを知るべく、心苦しく思いながらも彼女により詳しい説明を求めた。

「竹内の奴が元下働き組のリーダーだって? 一体全体、どうしてそうなったんだ?」

「……竹内くんは、虎藤くんの死を上手く利用したの。学校では、虎藤くんは妖に食べられて死んだってことになってる。竹内くんや、彼の協力者たちが口裏を合わせて、都合の良い嘘をみんなに広めたから……」

「あ、あの野郎! 人のことを崖から突き落としといて、何が妖に食われただ!! ……って、あれ? お前、どうして竹内が嘘をついてるって知ってるんだ?」

「……聞いちゃったんだ。竹内くんと下働き組の男子たちが揉めてるところにばったり出くわして、そこで……竹内くんたちが、虎藤くんを殺したって言ってるのを聞いちゃったの。その男子は、お前の言う通りに虎藤を崖際まで連れて行って、あいつを殺す計画に協力したじゃないかって、はっきり口にしてた。そ、それを聞いて、私、私……っ!!」

 ガタガタと、こころの体が震え始める。
 見知った顔の友人が、同じ学校の生徒を殺したなどという会話を聞いてしまった彼女のショックは計り知れないものだろう。
 しかも、犯人たちはそのことを仲間たちに隠し続け、今も何食わぬ顔で普通の生活を送っているのだ。そんな異質な存在がすぐ傍にいると知ってしまったこころが凄まじい精神的ショックを受けてしまったことなど、容易に想像出来る。

「わ、私、怖くって、動けなくなって……そこで物音を立てたせいで、竹内くんたちに見つかっちゃって……そ、それで、それで――!!」

「……売られたってわけか? 都合の悪い事実を知ったお前を、学校から追い出すために?」

「うん……殺すくらいだったら、俺たちの装備を整えるための金策に役立ってもらおうって、そう竹内くんは言ってた。それで、その日の内に学校の外に連れて行かれて、コネがあった奴隷商人の所に売られて……今、ここにいるの」

「あの野郎……!! 俺を殺そうとしただけじゃ飽き足らず、女にまで下種な真似しやがって!! しかも奴隷商とコネを作ってただぁ? あいつ、何考えてやがる……!?」

 少しずつ、燈は学校の現状について理解し始める。
 竹内は恨みのまま、燈に憎しみをぶつけてきただけだと思っていたが、彼はその後の展開までしっかりと考えてあんな真似をしたらしい。
 今、彼が下働き組の人間たちをまとめ、一つの軍団として配下に置いているのも、全てはその策略が上手く成したからだ。

 燈の死を理由に、戦力の増強を王毅や教師たちに進言する。人のいい王毅のことだ、涙を浮かべた竹内に「もうこれ以上の犠牲は出したくない」などと言われたら、あっさりその言葉を信じてその計画を大和国側に提言するだろう。
 大和国も英雄として祭り上げている王毅の提案を却下するはずがない。あれよあれよという間に下働き組の待遇は改善され、今や武神刀を与えられた立派な戦士の仲間入りというわけだ。

 しかし、その裏では燈やこころのように、彼らの野望の実現のための犠牲になった存在もいる。その罪すらも糧にして、彼らは結束を深めているのだ。

 許せない。到底許していい所業ではない……自分勝手な憎しみで他人を殺そうとした挙句、その事実を知った女子でさえも闇に葬ろうとする竹内を、許していいはずがない。
 そして、そんな彼の悪行に協力し、真実を隠蔽し続けている下働き組の面々も同罪だ。と、燈が思った時、彼はふとある男子の顔を思い出す。

「な、なあ! 下働き組の中に、田中正弘って奴がいただろ!? あいつ、今は元気にしてるのか?」

 苦しい毎日の中で、唯一絆を育めた正弘が無事でいるかが気になった燈は、自分よりかは学校の状況に詳しいであろうこころへとその疑問をぶつけてみた。
 他の下働き組の男子たちが燈を嵌めようとする中、彼だけは普段と何ら変わらない雰囲気で接してくれていたことから考えても、正弘は竹内の計画に協力していないはずだ。なら、燈殺しの罪を背負う他のメンバーたちとは、心に若干の隔たりがあるのではないだろうか?
 それに加え、体が弱いと自分で言っていた正弘が剣士として活躍出来るのかを不安に思う燈に対して、こころは小さく首を振ると静かにこう答える。

「田中くんは、虎藤くんが死んだって聞いてからずっと塞ぎ込んじゃってたよ。凄く、凄く……ショックを受けたみたいだった」

「そう、か……正弘……」

 自分を慕い、過酷な日々の中でも少しずつ笑顔と活力を取り戻しつつあった正弘が自分の死(死んではいないが)を契機に再び暗い性格に戻ってしまったと聞き、燈もまた少なからずショックを受けた。
 この一か月、修行だなんだと自分のことで頭が一杯になっていたせいで彼のことを気にかけることもなかったことを心の中で詫び、いつかは必ず自分が生きていることを知らせてやろうと燈は心に決める。

 そうして、こころの話を聞いた燈は、竹内は上手く立ち回り、良いポジションと戦力を得ているということを知って不快な感情を表す唸り声を上げた。
 仲間を傷つけ、騙し続ける男が相応の力を持ってしまっている現状に危機感を抱きながらも、学校外にいる自分にはどうすることも出来ない。

 王毅や教師たちが竹内の本性に気付いてくれればいいのだが……と、腕を組んで考えていた燈は、そこで自分の肩に何かが触れる感触を覚えてふと顔を上げた。
 すると、そこには間近にまで迫っていたこころの顔があり、女子の顔がすぐ近くにあることに気が付いた燈は、慌てた様子で彼女を引き剥がそうとする。

「お、おい、どうしたんだ!? お前、なにやって――!?」

「……虎藤くん、お願い、私の頼みを聞いて……!」

 今の今まで涙を流していたこころが、何か覚悟を決めて燈の腕の中へと飛び込んできた。
 その声は震え、緊張によって声も強張っており、握り締めている拳もぶるぶると小刻みに痙攣している。

 一方、そんなこころを抱き締める燈もまた、生まれて初めての女子との抱擁に心臓が飛び上がらんばかりの緊張を感じていた。
 やや布地が厚い着物越しでも伝わる柔らかい女子の体と、二つの山の感触に顔を赤くしつつ、改めてこころへと視線を向けてみれば、自分を見上げるようにして視線を向けていた彼女と目が合った。

 何かを諦めたような、それでいた覚悟を固めたような……そんな、複雑な感情を入り混じらせた瞳をしているこころは、紅を塗った綺麗な唇を開き、燈へとこう告げる。

「お願い、虎藤くん……私を、抱いて……!!」


「な、なに言ってんだよ……? 冗談にしたって笑えねえぞ、おい」

「……私は本気だよ。本気で、あなたに抱いて欲しいって思ってる」

 唐突に、何の前触れもなく、こころが口にした信じられない申し出を燈はやんわりと断ろうとする。
 自分の腕の中に飛び込んできた華奢な体を優しく引き剥がし、努めて明るく、彼女の言葉を本気で受け止めていない風を装ってこの場を濁そうとした燈であったが、半泣きの表情のまま、自分のことを真っ直ぐに見つめるこころの真剣さに声を詰まらせてしまった。

「お、おいおい! いったいどうしたってんだよ!? なんでそんな急に……」

「……だって、ここに売られた時点で私の運命は決まってるじゃない。このままこのお店で、遊女として働き続けなきゃならない。やって来るお客さんにお酌して、お酒の相手をして、芸も見せて……望まれたら、夜の相手もしなきゃいけない。ここは、そういうお店なんだから」

 自分で自分を抱き締めるようにして、こころが両腕を肩に回す。
 この先に待つ、自分の運命を想像したであろう彼女は、ぶるりと体を震わせるとその未来を否定するかのように何度も首を左右に振った。

「嫌だよ、そんなの……私、まだ彼氏だって作ったこともない。好きな人だって出来たこともない。それなのに売り物になって、初めてを見ず知らずの人に奪われるだなんて絶対に嫌! そんなの、あんまりだよ……!!」

 ポロポロとつぶらな瞳から大粒の涙をこぼしながらそう語るこころに対して、燈はなんと声をかけたら良いのかわからなかった。
 つい一か月ほど前までは普通の女子高生として生きていた彼女が唐突にその環境から放り出され、しかも自分の体を売る仕事に強引に就かされる羽目になったのだ、こころの苦しみは燈の想像を絶するものなのだろう。

 彼女は目立たないが、十分に可愛らしい顔立ちをしている。スタイルだって悪くないし、性格だってきっとそうだ。
 普通の生活を送っていたならば、きっと素敵な恋人が出来ていただろう。彼女にお似合いの優しい男性と、甘く幸せな恋人としての日々を過ごしていたに違いない。

 それなのに……今、美里はこの『黒揚羽』に売られ、遊女になっている。
 仲間に裏切られ、売られた結果、男を接待し、場合によっては体を明け渡すこともある職業に就くという、元の世界ならば絶対にあり得ない状況に追いやられてしまっているのだ。

 そんな彼女に、何と声をかければいい?
 無責任な励ましの言葉も、同情の言葉だって、こころの心を抉るだけだ。

 竹内に裏切られ、どん底まで落ちたとしても、燈には宗正がいた。蒼がいた。
 彼らに拾ってもらえたお陰で希望を見出せたし、今、こうして胸を張って生きていられる。燈には、手を差し伸べてくれた誰かがいたのだ。

 だが、こころにはそんな人間はいなかった。彼女の危機を救ってくれる人物は、現れなかった。
 親も兄弟も遠く離れた異世界でなら、それが当たり前だ。こころが不幸だったのではない。燈が群を抜いて幸運だった。何か一つでも歯車が狂っていたら、燈だって彼女に負けないくらいの悲惨な運命を辿っていただろう。

 天上から垂らされたか細い蜘蛛の糸を掴めたからこそ、燈はこうして客として『黒揚羽』を訪れることが出来た。
 そこで苦しみ、悩み続けている美里からすれば、燈はとても幸運な人間に見えるし、実際にそうなのだろう。

 今の自分が何を言っても、きっとこころには嫌味や中身のない空虚な言葉に聞こえてしまう……自分たちを呼び寄せた大和国の人々の身勝手さに振り回され、仲間であったはずのクラスメイトたちから裏切られ、そのせいで少女らしい幸せで温かな夢を奪われた彼女の苦しみがどれほどのものかを理解出来たからこそ、燈はこころに何も言えなかった。

「もしかしたら明日にもお座敷に上げられて、男の人たちの相手をさせられることになるかもしれない。それで……そういうことを、命じられるかもしれない。その日初めて会った、何倍も年上の男の人に初めてを捧げることになるなんて、絶対に嫌だよ……!」

「……だから、俺に抱いてほしいってのか? そうなるくらいなら、まだ顔見知りである俺の方がマシだってことか?」

「うん、そうだよ。ごめんね、こんな我儘言っちゃって……でも、虎藤くんなら別に良いかな、って思えるんだ。前に助けてもらった時から、ちょっと格好いいかもって思ってたしさ……あなたとここで再会出来たのも、何かの運命じゃないかって思えるの。だから、お願い……!」

 しゅるりと帯を解き、あまり派手な柄をしていない黄色の着物を脱ぎ捨てる。
 その下に纏う、白色の裸襦袢はだかじゅばんを露にしたこころは、その帯をも緩めながら部屋の中に用意してある布団の上へ膝をついた。

「来て、虎藤くん……!!」

 薄く丈の短い和装の下着だけの格好になったこころの露出は、現代のそれと比べれば控えめではあるが十分に刺激的だ。
 胸部分を押し上げる形の整った丸い膨らみも、いやらしい妄想を掻き立てる胸の谷間も、ほっそりとした艶めかしい脚も、全て丸見えになっている。

 同級生の女子が見せる妖艶なその姿を目の当たりにした燈は、自分の血が沸騰していくような興奮と、逆に心が凍えるような消沈も感じていた。

 本当に、これでいいのだろうか?
 確かに自分はそういうことをするために輝夜にやってきた。そして、そこで同じ世界の住人であるこころと再会し、彼女に請われて関係を持とうとしている。

 燈もこころも、これが初体験だ。知り合いなどいるはずもない異世界で初めてを済ませるならば、当然顔見知り同士の方がいい。
 燈はともかく、見ず知らずの男に処女を奪われる可能性があるこころからしてみれば、これは千載一遇の好機なのだろう。

 だが、それは諦めの境地に至ったが故の発想……決して、こころが真に望んだことではない。
 自分は好きな人と愛し合うことは出来ない。元の世界に戻れるかどうかも、この店から抜け出すことが出来るかもわからない。ならば、せめて少しでも心の傷を浅くしたいと、ほんの少しでも自分の望みが叶えられる道を辿りたいと、最悪の中でも見出せる微かな願望にすがった末に出した結論だ。

 本当は、こんな店で売り物として初めてを散らしたくはない。まともに話すのも初めてな男に抱かれたくはない。こころだってもっと幸せで、満ち足りた初体験がしたかったはずだ。 
 何故、そんな当たり前の願いが踏み躙られなければならない? 年頃の少女が、あまりにも辛い現実に直面しなければならないのだ?

 ……決まっている。こころに力がないから、だ。

「っっ……!!」

 燈は気が付く、瞳を閉じ、布団の上で彼を待つこころの瞳から、静かに涙が零れ落ちていることに。
 握り締めた拳は震え、悲しみと恐怖の感情に彼女の心が支配されていることを感じ取った燈は、自分自身に問いかけを始めた。

 本当にこれでいいのか? 彼女自身が望んだこととはいえ、あんな風に怯え、震える少女を抱くことに納得が出来るのか?
 こころは仲間に裏切られ、どん底まで落とされた。彼女には力がなく、抗う術もなかったから、こうなってしまった。

 強い立場の人間たちに蹂躙され、悲しみの涙を流すこころを見て、何も思わないのか?
 ……思うに決まっている。助けたいと、こんな結末に納得出来るはずがないと、そう思うに決まっているではないか。

 自分がこの一か月間、宗正の下で修業を積んだのはこころのような弱い立場に立つ人間を救うためではないのか? 
 弱き人を救えと、苦しむ人を助けろと、師は言っていた。それが燈のすべきことだと、目標を与えてくれた。

 ならば、ならば、ならば――自分のすべきことは、たった一つだ。

「と、虎藤くん!?」

 畳を強く叩き、大きな音を立てながら立ち上がる。
 困惑するこころの声を背に、襖を開けて宴会場に戻った燈は、そこで蒼と何事かを話し合っていた『黒揚羽』の主人にずかずかと大股で近寄ると、彼の前で静止し、その場で床に額を擦り付けんばかりの勢いで土下座した。

「お、お侍さま!? 突然、なにを……!?」

「ご主人! あの遊女は俺の知り合いだ! 元々は遠い場所にいたんだが、仲間に裏切られてああなっちまった! 俺は、そんなあいつを見捨てられねえ!」

 吼えるように、宴会場に響き渡る大きな声で困惑する『黒揚羽』の主人にそう言った燈は、深々と頭を下げた体勢のまま、彼に向かって続けてこう叫ぶ。

「手前勝手な望みだってのはわかってる! こっちの事情なんざ、あんたに関係ないこともだ! だけど、だけどよ……頼む! あいつのこと、自由にしてやっちゃもらえねえか!?」
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