和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第一章・はじまりの物語

燈VS猿鬼

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「グルオオオオオォォッ!!」

 燈の挑発的な態度に応えるようにして、猿鬼が咆哮を上げる。
 爆発にも等しい声量を誇る猿鬼の叫びは、文字通り空気をびりびりと震わせ、聞く者の身を竦ませるほどの威圧感を誇っていた。

 事実、間近でそれを聞いた正弘も、やや離れた位置にいる冬美も、生物の本能を刺激する恐怖感に身を包まれ、思わず体が硬直してしまっている。
 しかし、その叫びを最も近い位置で聞いているはずの燈はというと、そんなものに臆することはないとばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

「おーおー、やる気十分じゃねえの。そんじゃ、始めるかっ!」

「グルフッ!!」

 正眼の構えを取り、武神刀の切っ先を猿鬼へと突き付ける燈。
 自分よりも二回りは大きい妖を相手しながらも、彼は何処か落ち着いた様子を保っていた。

 先ほどまで、戦の中で無数の狒々たちを蹴散らした高揚感もあるのだろう。
 しかし、それ以上に今の燈を落ち着かせていたのは、猿鬼が持つ武器の種類に理由があった。

(鬼に金棒、つーのはよく聞くが、要するにデカい金属バットだろ? そいつの相手なら、腐るほどしてきたんだよ!)

 赤の猿鬼の得物は、人の身の丈ほどはありそうな巨大な金棒。アニメや漫画作品などでよく見る、鬼の金棒といえばその形状が想像出来るかもしれない。
 持ち手も打撃部分も鋼鉄製の、至る所に棘が付いた、如何にも破壊力抜群でございますといった形の金棒であるが、究極的に突き詰めて考えてしまえば、かつて燈が相手した不良たちが武器で用いていた金属バットとそう変わりはないのである。

 確かに、不良たちが使っていた金属バットにはあんな大きさはなかったし、不良たちと猿鬼では倍以上も背丈が違う。だが、同じような武器を使っている以上、その攻略法もまた同じだ。
 長年の経験を活かし、こちらから仕掛けることにした燈は、ふっと短く息を吐くと一気に猿鬼との距離を詰め、その懐へと飛び込む。

「グギッ!?」

「はっ! あめぇんだよ!!」

 日村の突撃とは比較にならない速度で接近してきた燈に対して、慌てた様子の猿鬼が自身の武器を振り下ろす。
 しかし、既に完全に猿鬼の懐に入ってしまっている燈には最も威力の出るスイートスポットとでも呼ぶべき場所の打撃は当たらず、持ち手に近い部分での攻撃を武神刀で防がれながら更に間合いの中へと滑り込まれてしまう始末だ。

「そういう武器はなあ! びびって遠巻きに相手するのが一番あぶねえんだよ! 逆に言えば、相手に思いっきり近づかれちまうと、もう攻撃の手段がねえだろうが!」

 フルスイングされたバットが直撃した時、一番のダメージを喰らってしまうのは言わば芯と呼ばれる部分での攻撃だ。
 大きく膨らんだ太い部分で遠心力を活かした一撃をぶちかまされれば、それは勿論痛いだろう。
 しかし、骨が折れ、頭がかち割られるだけの威力を誇る金属バットでの攻撃を恐れるあまり、その間合いに踏み込めないというのは逆に悪手なのだ。

 バット然り、ナイフ然り、武器を使用して戦うことで得られる最大のメリットとして、攻撃力と攻撃範囲の増大というものが挙げられるだろう。
 拳で殴るよりもナイフで刺した方が殺傷能力は高く、射程に関しても持っている武器のリーチの分だけ伸びることが自然だ。

 しかし、それらのメリットを得る代わりに、武器を用いる人間は素手の時に有していた器用さを失ってしまう。
 武器を掴んでいる手では相手を掴み、投げることは出来ない。急接近された時、防御の構えを取ることも難しくなる。
 対武器での戦いにおいて重要なのは、恐れずに接近戦に持ち込むこと。その武器が最も威力を発揮する間合いを突き抜けることだ。

 武器を持つ者の体が大きく、腕が長く、扱っている武器が大きければ大きいほど、攻撃範囲は広がるが……逆に、何の攻撃も行えない間合いも大きくなる。
 自分の腕の内側。得物の芯での攻撃が繰り出せない範囲。その位置にまで踏み込んでしまえば、例え鉄製の巨大な金棒であったとしても何も恐ろしくはないのだ。

「せえええいっ!!」

 左側から繰り出される金棒での攻撃は、難なく防ぐことが出来た。
 受け止めるのではなく、受け流す。武神刀の刃が金棒の肌を擦り、ギャンギャンという耳障りな音と共に火花を散らしている様を見ながら、燈は攻撃の体勢を取る。

 突撃の勢いと、受け流しに利用した滑りの流れ。自身が取った全ての動きを繋げての切り抜けを振るい、猿鬼の胴を両断するべく一刀を繰り出す。
 幾ら猿鬼の肉体が頑健といえど、この無防備な腹に渾身の斬撃を喰らってはただでは済まないだろう。
 蒼と宗正に習い、完璧な習熟を成したとは言えない燈の剣技ではあるが、業物である『紅龍』と今の勢いがあれば、十分な痛手は負わせられるはずだった。

 しかし、この猿鬼は狒々たちとは違う、数々の戦いを潜り抜けてきた猛者である。
 そう容易く、彼が斬り伏せられるはずがなかった。

「グルルルウッ!!」 

「なっ!?」

 突如として、『紅龍』と猿鬼の胴体との間に太い腕が割り込む。先ほど、日村の一刀を防ぎ、弾いた具足付きの左腕が、繰り出された燈の一撃を見事に受け止めてみせた。

 そのまま、染みついた反撃の動きとして、猿鬼が左腕を振るい、燈の武神刀を払う。
 敵の反撃の気配を察知した燈は、その弾き返しの動きに逆らうことはせず、逆にその勢いを利用して後ろに飛び退き、一度猿鬼との距離を取った。

 瞬間、鼻先を掠める黒い鉄塊の振動が空気を揺らす。
 日村同様、燈の頭を叩き割るために繰り出された猿鬼の一撃は、あわやというところで空を切った。

「あっぶねぇ! そりゃあ、そうか。そう簡単に勝たせちゃくれないよな……!」 

 ズザザと地面を滑り、刀を構え直しながら、燈は忌々し気に吐き捨てた。
 どうやら、猿鬼は間合いの弱点への対策は済ませているようだ。あの左腕の具足は、相当に厄介な盾になっている。

 敵の戦術は至極単純。右手の金棒で攻撃し、盾と化した左腕で防御する。ただ、それだけ。
 だが、猿鬼の剛力と反射神経がそこに合わさると、単純であるが故に突破が困難な構えとなるのだ。

 巨体と長い腕を活かした金棒での一撃必殺の攻撃。超が付くレベルの馬鹿力と武器の破壊力は、猿鬼に叩きのめされた日村が証明してくれた。
 その猛攻を潜り抜け、懐に潜り込んだ者の攻撃も猿鬼の硬く太い腕の防御に阻まれる。
 盾よりも器用に操れる左腕の防御で攻撃を弾き返し、強引に相手を金棒の威力が出せる位置にまで押し戻すことで、これまた一撃必殺のカウンターを決めることが可能という攻防に優れた戦術となっているのだ。

 それは仲間内での戦いでは身に着けることが出来ない、戦闘の技術。人間との戦いを想定して編み上げられた、自身の強みを存分に活かした戦法。
 猿鬼は、戦い方を知っている。人を狩ることしか知らない狒々たちとは違い、人と戦う術を知っている。

 純粋に力が強いからでも、俊敏だからというわけでもない。他の個体が知らないことを知っているからこそ、猿鬼は狒々たちを率いる武将としての立場に就いているのだと、その恐ろしさと強さを理解した燈は、上位個体である妖の脅威を再認識すると共にその攻略法を模索し始めた。

(後ろに回り込む、また馬鹿デカい炎で攻撃する、防御を躱して攻撃する……どれもいまいちしっくりこねえな)

 シンプルな戦法に対抗するには、こちらもシンプルなのが一番。即ち、防御を無視出来る強烈な一発で決めるか、そもそも防御されないようにして攻撃するかの二択だ。

 だが、燈は自分が思いついた作戦に対して、猿鬼も対応出来るだけの策を練っているような気がしてならなかった。

 後ろに回り込もうとすれば、必要最低限の動きでそれに追いつかれる。そうなったとしたら、幾ら余裕があるとはいえ、気力と体力を無駄に使うだけだ。

 最初のように巨大な火柱を使っての攻撃もまた、回避に専念されて無駄打ちになる可能性が高い。そもそも、近くにいる正弘や冬美を巻き込む可能性がある以上、そう易々と使うわけにはいかないだろう。

 防御を躱すフェイントを入れるという選択肢が一番実用的だが、残念ながら今の燈にはそれだけの技量はなかった。これが蒼だったならば間違いなくこの択を取っただろうにと苦笑しながら、燈は改めて自分にも実行可能な突破方法を考える。

 宗正の下で学んだ技術。余りある膨大な量の気力。それを活かした身体強化。
 燈自身が持ち得る全てを重ね、この一か月の記憶を思い返して突破口を探っていた燈は、ふとあることを思い出し、ぽんと手を叩いた。

「そうだ。あれ、やってみるか。え~っと……確か、こんな感じだったよな……?」

 正眼の構えから、腕を上へ。真正面に構えていた『紅龍』を掲げるようにして持ち上げ、頭上に構える。
 左足を一歩前に出し、左手で刀の縁頭ふちがしらの部分を握り、見よう見まねで記憶の中にある宗正の姿を模倣した燈は『紅龍』へと気力を送りながらその体勢を維持した。

「はあぁぁぁぁ……っ!!」

 研ぎ澄まされる集中力。それに呼応して赤熱する刃。
 猿鬼の剛腕と咆哮によって震わされた戦場の空気が、焦げるように熱せられていく。
 上段に『紅龍』を構えた燈の周りには陽炎が生み出され、彼が発している熱が尋常ではないことを表していた。

「研ぎ澄まし、高める……振り下ろしの瞬間に、それを解き放つ……」

 宗正から聞いたコツを、技の原理を、何度も口ずさんで確認する燈。
 包帯の間から覗く双眸に炎を燃え上がらせ、その瞳で討ち果たすべき猿鬼を見やる彼は、どんな攻撃でも受け止めてやるとばかりに自分を待つ妖の姿に小さく笑みを浮かべ、そして――

「……行くか」
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