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第三章 妖刀と姉と弟
謎の少女
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昇陽の街から伸びる街道を駅馬車で二日。そこから軽く徒歩で一日歩き、また馬車に乗り換えて一日。
合計日数四日という時間をかけて、燈たち一行は無事に磐木のすぐ近くの町にまで辿り着いていた。
やはり、交通機関や街道が整備されている街からの移動は楽で済むなと思いつつ、未だに山奥の辺鄙な場所に住んでいる宗正はあれでよく不便に思わないなと燈は思う。
酪農や農耕が盛んらしい北の大地は、肥沃で広大な土地に反して決して人口が多くはないことも関係してのんびりとした雰囲気を有していた。
政治の東、商業の西ときて、農業の北とでもいうべき区別分けになっているのだろう。
この争いとは無縁そうな土地で待つ新たな仲間は、いったいどのような人物なのだろうか?
のどかで穏やかな旅を楽しみながら、その方面でも期待を膨らませ続けた一行は、もうすぐそこにまで迫った邂逅を待ち遠しく思いながらも、本日は宿を取って休むことにしたようだ。
食事を終え、風呂にも入り、後は休むだけとなったところで宿屋の主人に何やら蒼が呼び出されてしまったため、男女別となっている部屋で独りぼっちになっていた燈は、窓の外から見える夜空を眺めながら深く息を吐く。
「いよいよ明日、か……」
明日、磐木の街にて、同じ目的を持った師に育てられた弟子たちが遂に集う。
それは即ち、最強の武士団のメンバーが一堂に会するということであり、ここから自分たちの活動が本格的に始まるということだ。
思えば、この大和国にいきなり召喚されてから様々な出来事を経験した。
仲間に裏切られ、宗正に拾われ、己の才を開花させてもらって……そんな密度の濃い出来事が、つい昨日起きたことのように思い返される。
「でも、ここからなんだよな。元の世界に戻るためにも、竹元の馬鹿にやり返すためにも、こっからが本番なんだ……!」
英雄の地位に胡坐をかき、好き勝手に暴れ回る順平のことを思いながら、燈が呟く。
自分を陥れ、こころを遊郭に売り飛ばしたあの男のことは許せないが、復讐のために奴と同類に堕ちてしまっては元も子もない。
手にした力は、正しいことに使う。
誰かを助け、困っている人たちを救い、自分のためではなく他人のために培った力を振るおうと改めて決心した燈が、夜空に煌々と輝く満月を見上げた時だった。
「ん……!?」
がさりと、庭の草木が揺れる音。
それと同時に人の気配を感じた燈は、咄嗟に近くに置いてある『紅龍』へと手を伸ばす。
ただ夜風が吹き抜けただけで、感じている気配も猫かなにかのものなのかもしれない。
だが、用心に越したことはないと判断した燈は、いつでも武神刀を抜けるようにしながら大声で宿屋の庭に向けて叫ぶ。
「そこに誰かいんのか!? 後ろめたいことがないなら、素直に出て来た方が身のためだぜ?」
脅し半分、説得半分の燈の声は、静寂とした庭によく響いた。
この宿の従業員か、あるいは自分の勘違いであってほしいと思いながら、油断なく『紅龍』を構える燈は暗闇に目を凝らして不審な人物の姿を探す。
景観を良くするために整えられた草木が茂る、そこまで広くもない庭。
隠れられそうな場所はそれなりにあるが、どれだけ探ってみても人の姿らしきものは見つからない。
一分、二分、三分……と、そのままの状態で睨めっこをしていた燈は、まったく動きがないこの状況に対して、やはり自分が勘違いをしていたのだろうと結論付けた。
そうやって、ようやく彼が肩の力を抜いて、警戒を解こうとすると――
「……ごめん。驚かせるつもりは、なかった」
「っっ!?」
――ひゅるりと、風が部屋の中に流れ込んだ。
その風に乗って聞こえてきた小さな呟きを耳にした燈は、はっとした表情を浮かべると共に顔を上げる。
すると、つい先ほどまで注視していた庭に、その時には見受けられなかった人の影があるではないか。
「本当に、ごめん。気付かれると思ってなかったから……」
謝罪の言を述べるのは、銀色の髪をした美しい少女。
夜の闇の中でもはっきりと見える銀髪を耳に掛かる長さに切り揃えたその少女は、まるで表情を変えないままに翡翠のような緑色をした瞳を燈が握る『紅龍』へと向ける。
「……それが、あなたの刀ね。なら、あなたに用はないわ」
「おいおい、人様がくつろいでるところに顔出して、随分な言い草じゃねえか。何者だ、お前?」
「あなたに危害を加えるつもりは、ない。それだけ知れれば、満足でしょう?」
淡々と、感情を込めずに……謎の少女は、燈を見つめながらそう返した。
一切の感情を見せず、平坦な喋り方をする彼女の緑色の瞳から視線を逸らした燈は、その腰に一本の刀が差されていることに気が付く。
「武士か、お前? だとしたら、どうしてこんな真似を?」
「……人を探してる。ただ、それだけ。それ以上、話す義理はないわ」
流石にこのまま姿を消すのは悪いと思ったのか、少女は自分の目的を簡潔に話した。
そうした後、彼女が一歩後退った瞬間、猛烈な突風が窓から吹き込み、燈を襲う。
「うおおっ!?」
体が吹き飛ばされるような風ではないが、その強さに目を瞑り、顔を庇う燈。
数秒後、吹き込んでいた風が止んだことを感じ取った彼が顔を上げれば、庭に居た少女は姿を消してしまっていた。
「くそっ! なんだったんだ、あいつ? 今の風もあいつがやりやがったのか……?」
突如として姿を現した謎の少女に対する疑問を呟き、彼女の姿を探して燈が庭を眺める。
丁度その時、部屋の扉が開き、宿屋の主人に呼び出されていた蒼が戻ってきた。
「どうかしたの? なんか、大きな音が聞こえたけど……?」
「ああ、実はな――」
たった今、起きたばかりの出来事を蒼へと話せば、彼の表情はみるみるうちに神妙で疑念を抱くようなものに変わっていった。
燈から話を聞き終え、何かを考えていた蒼は、真面目な表情を浮かべたまま、燈へとこう話を切り出す。
「人を探してると、その女の子は言っていたんだね? もしかしたら、今、この宿のご主人から聞いた話が関係しているのかもしれない」
「なんだ? なんかこの近くで事件でもあったのか?」
「ああ。みんなに話すまでもないと思っていたけど、燈が見た女の子が気になる。やよいさんたちにも一緒に話を聞いてもらった方がよさそうだ」
「なら、今から向こうの部屋に行くか。まだあいつらも起きてるだろうし、話は早めにしておいた方がいいだろ」
燈が出合った謎の少女と、蒼が聞いたこの付近で起きている事件。
どうにもきな臭いものを感じた二人は、女子たちとも情報を共有した方がいいと判断し、話をするべく彼女たちの部屋へと向かった。
合計日数四日という時間をかけて、燈たち一行は無事に磐木のすぐ近くの町にまで辿り着いていた。
やはり、交通機関や街道が整備されている街からの移動は楽で済むなと思いつつ、未だに山奥の辺鄙な場所に住んでいる宗正はあれでよく不便に思わないなと燈は思う。
酪農や農耕が盛んらしい北の大地は、肥沃で広大な土地に反して決して人口が多くはないことも関係してのんびりとした雰囲気を有していた。
政治の東、商業の西ときて、農業の北とでもいうべき区別分けになっているのだろう。
この争いとは無縁そうな土地で待つ新たな仲間は、いったいどのような人物なのだろうか?
のどかで穏やかな旅を楽しみながら、その方面でも期待を膨らませ続けた一行は、もうすぐそこにまで迫った邂逅を待ち遠しく思いながらも、本日は宿を取って休むことにしたようだ。
食事を終え、風呂にも入り、後は休むだけとなったところで宿屋の主人に何やら蒼が呼び出されてしまったため、男女別となっている部屋で独りぼっちになっていた燈は、窓の外から見える夜空を眺めながら深く息を吐く。
「いよいよ明日、か……」
明日、磐木の街にて、同じ目的を持った師に育てられた弟子たちが遂に集う。
それは即ち、最強の武士団のメンバーが一堂に会するということであり、ここから自分たちの活動が本格的に始まるということだ。
思えば、この大和国にいきなり召喚されてから様々な出来事を経験した。
仲間に裏切られ、宗正に拾われ、己の才を開花させてもらって……そんな密度の濃い出来事が、つい昨日起きたことのように思い返される。
「でも、ここからなんだよな。元の世界に戻るためにも、竹元の馬鹿にやり返すためにも、こっからが本番なんだ……!」
英雄の地位に胡坐をかき、好き勝手に暴れ回る順平のことを思いながら、燈が呟く。
自分を陥れ、こころを遊郭に売り飛ばしたあの男のことは許せないが、復讐のために奴と同類に堕ちてしまっては元も子もない。
手にした力は、正しいことに使う。
誰かを助け、困っている人たちを救い、自分のためではなく他人のために培った力を振るおうと改めて決心した燈が、夜空に煌々と輝く満月を見上げた時だった。
「ん……!?」
がさりと、庭の草木が揺れる音。
それと同時に人の気配を感じた燈は、咄嗟に近くに置いてある『紅龍』へと手を伸ばす。
ただ夜風が吹き抜けただけで、感じている気配も猫かなにかのものなのかもしれない。
だが、用心に越したことはないと判断した燈は、いつでも武神刀を抜けるようにしながら大声で宿屋の庭に向けて叫ぶ。
「そこに誰かいんのか!? 後ろめたいことがないなら、素直に出て来た方が身のためだぜ?」
脅し半分、説得半分の燈の声は、静寂とした庭によく響いた。
この宿の従業員か、あるいは自分の勘違いであってほしいと思いながら、油断なく『紅龍』を構える燈は暗闇に目を凝らして不審な人物の姿を探す。
景観を良くするために整えられた草木が茂る、そこまで広くもない庭。
隠れられそうな場所はそれなりにあるが、どれだけ探ってみても人の姿らしきものは見つからない。
一分、二分、三分……と、そのままの状態で睨めっこをしていた燈は、まったく動きがないこの状況に対して、やはり自分が勘違いをしていたのだろうと結論付けた。
そうやって、ようやく彼が肩の力を抜いて、警戒を解こうとすると――
「……ごめん。驚かせるつもりは、なかった」
「っっ!?」
――ひゅるりと、風が部屋の中に流れ込んだ。
その風に乗って聞こえてきた小さな呟きを耳にした燈は、はっとした表情を浮かべると共に顔を上げる。
すると、つい先ほどまで注視していた庭に、その時には見受けられなかった人の影があるではないか。
「本当に、ごめん。気付かれると思ってなかったから……」
謝罪の言を述べるのは、銀色の髪をした美しい少女。
夜の闇の中でもはっきりと見える銀髪を耳に掛かる長さに切り揃えたその少女は、まるで表情を変えないままに翡翠のような緑色をした瞳を燈が握る『紅龍』へと向ける。
「……それが、あなたの刀ね。なら、あなたに用はないわ」
「おいおい、人様がくつろいでるところに顔出して、随分な言い草じゃねえか。何者だ、お前?」
「あなたに危害を加えるつもりは、ない。それだけ知れれば、満足でしょう?」
淡々と、感情を込めずに……謎の少女は、燈を見つめながらそう返した。
一切の感情を見せず、平坦な喋り方をする彼女の緑色の瞳から視線を逸らした燈は、その腰に一本の刀が差されていることに気が付く。
「武士か、お前? だとしたら、どうしてこんな真似を?」
「……人を探してる。ただ、それだけ。それ以上、話す義理はないわ」
流石にこのまま姿を消すのは悪いと思ったのか、少女は自分の目的を簡潔に話した。
そうした後、彼女が一歩後退った瞬間、猛烈な突風が窓から吹き込み、燈を襲う。
「うおおっ!?」
体が吹き飛ばされるような風ではないが、その強さに目を瞑り、顔を庇う燈。
数秒後、吹き込んでいた風が止んだことを感じ取った彼が顔を上げれば、庭に居た少女は姿を消してしまっていた。
「くそっ! なんだったんだ、あいつ? 今の風もあいつがやりやがったのか……?」
突如として姿を現した謎の少女に対する疑問を呟き、彼女の姿を探して燈が庭を眺める。
丁度その時、部屋の扉が開き、宿屋の主人に呼び出されていた蒼が戻ってきた。
「どうかしたの? なんか、大きな音が聞こえたけど……?」
「ああ、実はな――」
たった今、起きたばかりの出来事を蒼へと話せば、彼の表情はみるみるうちに神妙で疑念を抱くようなものに変わっていった。
燈から話を聞き終え、何かを考えていた蒼は、真面目な表情を浮かべたまま、燈へとこう話を切り出す。
「人を探してると、その女の子は言っていたんだね? もしかしたら、今、この宿のご主人から聞いた話が関係しているのかもしれない」
「なんだ? なんかこの近くで事件でもあったのか?」
「ああ。みんなに話すまでもないと思っていたけど、燈が見た女の子が気になる。やよいさんたちにも一緒に話を聞いてもらった方がよさそうだ」
「なら、今から向こうの部屋に行くか。まだあいつらも起きてるだろうし、話は早めにしておいた方がいいだろ」
燈が出合った謎の少女と、蒼が聞いたこの付近で起きている事件。
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