和風ファンタジー世界にて、最強の武士団の一員になる!

烏丸英

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第三章 妖刀と姉と弟

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「く、はは……っ! 凄い、凄いぞ! この力があれば、みんなの仇だって……!!」

 王毅たちを一蹴し、泥の塊の中へと閉じ込めた鼓太郎は、自分が手に入れた力に心酔したかのように恍惚とした声を上げる。

 これまで刀を握ったことすらなかった自分が、こうもあっさりと武士を倒してしまった。
 『泥蛙』の力を実感し、その魔力に心を惹かれ始めた鼓太郎は、狂気じみた笑みを浮かべて勝利の余韻に浸っていたのだが……?

「はあっ!!」

「なにっ……!?」

 気合一発、王毅の叫びが泥の中から響く。
 それと同時に爆発音が響き、彼を包んでいた泥がびちゃびちゃと音を立てて吹き飛んでいく様を目にした鼓太郎は、『泥蛙』の拘束から抜け出した王毅へと忌々し気な視線を向けて舌打ちをした。

(危なかった……! 全身から気力を放出して泥を吹き飛ばすことに成功したけど、何度も使える技じゃないぞ……!!)

 体の所々に泥をこびりつかせながら、改めて『武神刀』を構えた王毅は少なからず消耗した自分自身の状態を確認しながら息をのんだ。

 大量の気力を一気に放出し、爆発させることで泥の拘束を弾き飛ばすことに成功した彼であったが、それはあくまで大量の気力を持つ王毅だからこそ出来る芸当。
 一般の武士には難しいことであるし、王毅であったとしても気力の消耗を考えると何回も行えるような技ではない。
 
 完全なる油断のせいで必要外の気力消費を行う羽目になってしまった自分自身の愚かさを悔やみながらも気を取り直した王毅は、鼓太郎の動きに警戒を払いながら、まだ泥の中に囚われている花織と順平へと視線を向けた。

(まずは二人を助け出さないと! だが、どうすればいい?)

 順平も花織も、王毅と同じように大量の気力を放出するなんて芸当を行うには保有している気力が足りない。
 かといって、中で暴れまわっても粘着力と流動性を兼ね備えている泥の前では斬撃も打撃も意味はなく、無駄に体力を消耗するだけだ。
 となれば、外部から自分が彼らを助け出すしかないが……その方法が判らないでいる。

 気力属性で考えるなら、あの泥の属性は土と水の複合属性だ。
 水は土に弱く、土は風に弱い。順当に考えるならば、風属性の剣技で攻撃を行えば、あの泥をどうにか出来るはずなのだが、果たして本当にそうだろうか?

(土ならともかく、泥だぞ? 風の技が通用するのか? それに、威力を間違えたら中にいる二人にも被害が出てしまう。本当にそれでいいのか?)

 荒れ狂う暴風ならば泥の拘束を吹き飛ばすことが出来るかもしれない。
 だが、そのせいで花織と順平までもを吹き飛ばしてしまったら、何の意味もない。

 そもそも、気力が複合した属性は、通常の相性が適用されない場合が多い。
 『泥蛙』の能力も水と土だから風が無難に有利、などという単純な話で済む気がしていない王毅が、どう鼓太郎に対処すべきか苦悩し続けていると――

「『極光・太陽拳サンバースト・ナックル』!!」

「むうっ!?」

 夜の静けさを破るような咆哮が響き渡ると共に、鼓太郎の背後から橙色の光球が唸りを上げて飛来してきた。
 突如として繰り出された攻撃に気が付いた鼓太郎は、咄嗟に『泥蛙』の能力で泥の壁を作り出し、その光球を防御する。

 が、しかし、太陽光の熱を誇る輝きを持つその光球が接近した途端、彼が操る泥は水気を奪われてただの土くれへと変貌してしまい、泥が持つ柔軟さと流動性が失われたただの土壁へと成り下がった防御壁はいとも容易く光球によって破壊されてしまう。

「なっ!? うぐわあっっ!!」

 泥から土へ、防御力を一気に低下させられた壁が打ち砕かれ、放たれた光球が鼓太郎を直撃する。
 その熱と威力に悲鳴を上げ、大きく吹き飛ばされた鼓太郎の背後から、拳を振り抜いた大柄な男子と他数名の人間が姿を現す。

「王毅、無事かっ!?」

「慎吾か! すまん、助かった!!」

 別行動していた慎吾、冬美、正弘の三名が自分たちに合流してくれたことに安堵しつつ、それ以上の収穫を得た王毅は強く武神刀の柄を握り締めて気力を注ぎ込む。
 単純な話だ。泥は乾燥してしまえば、ただの土となる。
 あの武神刀は周囲の地面を泥と化させ、それを操る能力を持つが、滑らかさを失ったただの土では、攻撃力も防御力もてんで問題にならないのだ。

 つまり『泥蛙』の弱点は風ではなく
 熱によって水気を奪い、泥から土へと性質を変化させてやれば、それだけで片が付く問題だ。

 そして、その大弱点ともいえる光属性の剣技は、無数の気力属性を持つ王毅が最も得意としているものである。
 幕府お抱えの名刀匠が打ち上げた当世最強の武神刀『虹彩』は、王毅の手から流れ込む気力を受けてその刀身を美しい銀色に輝かせていた。

「ぐうぅぅぅっ! こ、これは……っ!?」

 王毅が掲げる『虹彩』を中心にして放たれる光に目を焼かれ、熱量に苦しむ鼓太郎が苦悶の声を漏らす。
 その輝きによって泥を乾燥させ、花織と順平を包んでいた拘束も中の二人に影響を与えることなく崩した王毅は、仲間の無事を確認すると即座に指示を飛ばした。

「慎吾、敵の弱点は光だ! 俺とお前の武神刀なら有利に立ち回れる! この戦いは俺たちが中心になって動くぞ! 冬美は後方から俺たちの援護を! 田中くん! 君は動けなくなってる順平と花織を連れて、戦線から離脱してくれ! タクト、君はまだ動けるな? 無理だと思ったら、田中くんと一緒に撤退を!」

 それぞれの特性と得意な技術を元に的確な指示を送り、陣形を改める王毅。
 敵の能力は割れ、数の有利は更に強まった。何より、先ほどまで王毅の心の中にあった油断の感情が妖刀の恐ろしさを身をもって経験したお陰で完全に消え去っている。

 危ないところであったが、状況はこちらに傾いた。
 油断無く『虹彩』を構え、相棒である慎吾と並び立つ王毅。
 いつでも戦いを始められる体勢を取った彼らの中から、慎吾が怒声にも近い大声で鼓太郎を挑発する。

「観念しろ、辻斬り! その妖刀も返してもらうぞっ!」

「だから、俺を、あいつと一緒にするんじゃねえぇっ!! ああ、もう! 本当にうざったい奴らだ!」

「……神賀、何かおかしくない? 彼、本当に辻斬りなの?」

「本人は否定しているが、彼が手にしているのは妖刀だ。あれを回収するためにも倒すしかない!」

 自分と同様の違和感を覚えた冬美にそう返した王毅であったが、心の中ではまだ迷いがあった。

 自分たちが探している『禍風』とは明らかに違う妖刀が、どうしてここに存在しているのか?
 あの刀と『禍風』が別物だと考えるならば、もう一人の妖刀使いがこの磐木に潜んでいるはずだ。
 ということは、この町には二人の妖刀使いが集結しているということになる。

 そんな偶然が、本当にあり得るのだろうか?
 それに、鼓太郎の口振りから察するに、彼は辻斬りに対して敵意を抱いている様子。
 二人の妖刀使いは仲間同士ではないのか……? と考えを巡らせていた王毅であったが、そうして考えを深めている間に不意打ちを食らってなるものかと、今度はしっかりと目の前の戦いに意識を集中させることが出来ているようだ。

(今はとにかく彼を倒すんだ! 感じた違和感の答えは、その後に導き出せばいい!)

 決して油断出来ない相手である鼓太郎を前にして、他の物事を考える余裕などあるはずがない。
 今はただ、彼を倒して妖刀を奪取することだけを考えなければ……と、考えた王毅の頬を、ひゅるりと冷たい風が撫でた。

「邪魔を、するんじゃねえ……! 俺は、みんなの仇を取るんだよぉぉっっ!!」

(来る……っ!!)

 爆発する闘気と、鼓太郎の全身から溢れる殺気を感じ取った王毅が『虹彩』の柄を強く握り締める。
 泥による防御と変幻自在の攻撃、拘束。
 それら全ての択に対する防御案を頭の中で弾き出しながら、『泥蛙』のねっとりとした全身に纏わりつくような邪気に負けぬよう、王毅が自身の気力を練り上げたその時だった。

「なんか、楽しそうなことをしてますね」

 ひゅるりと、また風が王毅たちの間を吹き抜ける。
 だが、今度はその風に乗って、戦いの場に似つかわしくない呑気な声が響いた。

 自分たちの中の誰のものでもないその声に驚き、一瞬体を硬直させた王毅たちと同様に、鼓太郎もまた突如として聞こえてきた謎の男の声に動揺しているようだ。
 そうして、この場に集まる者全員が声の主に翻弄される中、三度弱い風が彼らの合間を縫うようにして吹き抜ける。

「ふ、ふふ……! 楽しそう、だな。面白そうだな……!!」

 上か、下か、前か、後ろか。
 風に乗って届けられるその声は、出所がまるで判らない。
 すぐ近くにいるようにも聞こえるし、何処か遠くからじっと王毅たちのことを見つめているようにも感じられる。

 命のやり取りを行っていたはずの王毅と鼓太郎は、いつしか相手ではなく姿を見せない謎の声の主に対する緊張感に心臓の鼓動を逸らせるようになっていた。
 一同が異様な緊張感に包まれ、ぎりぎりと心を万力で徐々に締め上げられているような焦燥感に苦しめられる中、四度目の風が吹く。

 頬を撫で、髪を靡かせ、生暖かい空気を巻き上げて吹き抜ける夜の風。
 王毅も、鼓太郎も、慎吾も冬美も他の誰も彼も、決して油断などせず、本気で警戒を強めていた。
 ……はず、なのに。

 それは、突如として彼らの前に姿を現した。
 月明かりに煌く銀色の髪を揺らし、音もなく王毅と鼓太郎の前に風と共に降り立ち、深緑色の鞘に納められた刀の柄を握りながら顔を上げた彼は、ゆっくりと瞳を開いてその双眸で王毅を捉える。

 彼の瞳の色は、濁った赤に染まっていた。
 狂気が、殺気が、暴力的な意識が、どす黒い感情と共に入り混じって血の色へと染まったその瞳を目にした王毅は、蛇に睨まれた蛙のように全身を硬直させる。

 あれは、違う。自分たちとは一線を画す、異常な何かだ。
 一目で異常性に気が付いた王毅は、彼こそが自分たちが探している『禍風』の持ち主にして、磐木の町で辻斬りを行っている張本人……鬼灯嵐であることを悟る。

 しゅるりと、王毅たちの前で静かな動きを見せながら『禍風』を引き抜いた嵐は、くくっと喉を鳴らすと楽し気に笑いながら、まるで子供が遊びに加わるような無邪気な雰囲気で、その言葉に反した狂った声を上げる。

「僕も、混ぜてもらおうかな……! 楽しい楽しい、殺し合いにさぁ……!」

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