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第三章 妖刀と姉と弟
覚醒する鼓太郎
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「……お喋りはそこまでにした方が良さそうだ。お前がのろのろと話をしているから、向こうの体勢が整ってしまったようだぞ」
緊張感を漂わせる栞桜の言葉を耳にした王毅がはっと顔を上げれば、視線の先でゆっくりと立ち上がる鼓太郎の姿が見えた。
嵐からの手痛い一撃によって受けたダメージを回復させ、再び起き上がった彼は、先ほどよりも異様な雰囲気を纏って血走った眼を王毅たちに向けている。
嵐から続く乱入者の登場で鼓太郎の存在を失念していたことや、彼を捕らえる絶好の機会を逃してしまったことに歯噛みしながらも、王毅は再び仲間たちに指示を飛ばし、戦いの陣形を整えた。
「慎吾! やり方はさっきと同じだ! 俺たちが前に出て、奴を攻撃するぞ!!」
「ああ、わかったぜ!! お前らは手を出すんじゃねえぞ! 妖刀使いは、俺たちが倒す!」
慎吾ともに前衛を張り、自分たちが鼓太郎と戦うという意思表示を行う王毅。
それは暗に、蒼たちには手出しをさせないという意思を表明しており、慎吾もまた王毅のその決定を後押しするかのように大声に出して部外者たちへと吼えている。
退くべき状況なのかもしれないが、自分たちには退くわけにはいかない理由がある。
自分たちに隠し事をしていた花織のことも、今は置いておこう。まずは鼓太郎と嵐を何とかしなくては……と考え、彼と対峙する構えを見せた王毅であったが、彼に敵意を向けられている鼓太郎はというと、どこか生気のない立ち方でふらふらとおぼつかない足取りをしていた。
「王毅、どうやらあいつはまだ回復しきってないみたいだぜ! 仕掛けるなら今だ!」
「ああ! だが、不用意に仕掛けるとまた泥の餌食になる、まずは遠距離からの攻撃で体勢を崩させてから――」
その様子に、まだ鼓太郎が回復しきれていないと判断した王毅が自身の作戦を慎吾へと伝え、連携を取ろうとしていた時だった。
不意に、何かの塊のような物が彼の頬を掠める。
耳すれすれを飛び、背後の壁にぶつかってめり込んだそれの存在に気が付くまで、王毅たちには一瞬の間が必要だった。
「な、なんだ!? 今、何を……!?」
王毅が、慎吾が、タクトと花織が、自分たち目掛けて飛んで来た何かを確認するために着弾地点へと視線を向ける。
そうして、そこにあった泥団子が徐々に丸い形状からただの泥へと戻っていく様を目にして、再び鼓太郎へと視線を戻すと……。
「なる、ほど……! こう、やるのか。気力の使い方、こいつの扱い方……一つ、勉強になった……!!」
『泥蛙』の切っ先で地面を擦り、そこに大量の泥を付着させた鼓太郎が独り言を呟く。
ゆらり、ゆらりと妖しい動きを繰り返していた彼が、その脱力から一気に力を籠めて妖刀を振るえば、気力によって圧縮された泥が弾丸となって王毅たちへと襲いかかった。
「う、おおおおっっ!?」
今度は確実に攻撃が自分に命中することを悟った慎吾が、雄叫びを上げながら防御の構えを取る。
両手に装着された手甲で泥団子を防ぐように腕を交錯した彼であったが、予想以上の威力を誇る鼓太郎の一撃によって、大柄な慎吾の体が大きく吹き飛ばされ、背後の壁へと激突した。
「し、慎吾! 無事か!」
「あ、ああ……ガードは出来たからダメージはそうでもねえ。だが、この威力は……!!」
べっとりと泥が張り付いている手甲を下ろしながら、慎吾は今、自分が喰らった攻撃の重さに拳を震わせる。
掌に収まる程度の大きさしかなかった泥団子だが、受け止めた際の衝撃はまるで鉄球を喰らったかのような重さがあった。
サッカー部の正ゴールキーパーとして体を鍛え、鋭く早いシュートを受け続けている自分が、ここまで吹き飛ばされる威力だ。
もしも、もっと大量の泥を圧縮して、攻撃として放ったら?
弾の速度を上昇させ、団子の数を増やし、回避や防御を困難にされたら?
その時には、自分はただ吹き飛ばされるだけで済むだろうか? こうして大したことはないと仲間に言えるのだろうか?
「い、今の技は、土の剣技、『土弾』の亜種……!? まさか、初歩的な技で、これほどまでの威力が発揮されるだなんて……!!」
土、石、あるいは泥。地面に存在するそれらの物質を気力によって吸い寄せ、武神刀に纏って圧縮し、弾丸として放つ土の剣技の遠距離技『土弾』。
剣技でいえば、初歩の初歩。土の気力を用いた剣技は遠距離戦向きではないことも合わせて考えると、大柄な体躯の慎吾を吹き飛ばした今の技の威力は、信じ難いレベルのものになるのだろう。
しかして、真に警戒を払うべき点は、著しい鼓太郎の成長速度の方だ。
彼は元々はただの農民で、武神刀を用いた剣術はおろか、刀の振り方すら知らなかった男だ。
そんな彼が、戦いを始めてからわずか十分そこらで気力の扱いを習得し、初歩とはいえ技を扱えるようになったということは、相当に恐るべき事態なのである。
あり得ない、あっていいはずがない。
あの成長速度は、天才だとか素質があるだとか、そういった次元を遥かに超えている。
そう、彼の成長に対して怖れにも似た感情を抱いた王毅たちの目の前で、鼓太郎は小さく笑いながら延々と独り言を呟いていた。
「そうか、そうすれば、いい、のか……! もっと人を殺せば、俺はあいつにも負けないくらいに強くなれるんだな……!?」
誰かと会話を交わすようにして、言葉を発し続ける鼓太郎の姿に王毅が違和感を抱いたのも束の間、彼の殺気が自分たちではなく、別の方向へと向けられていることに気が付いた王毅がはっとした瞬間には、鼓太郎は次の動きを見せていた。
先ほどと同じく、地面を剣先で擦って泥を付着させる。
三発目の『土弾』を放つ構えを見せた鼓太郎であったが、その狙いは王毅たちではなく、彼らから離れた位置にいる正弘と順平であった。
「ま、まずいっ! 逃げろ、田中くんっ!!」
気絶している順平に肩を貸し、戦いを離れている位置から見守っている正弘へと王毅が叫ぶ。
自分と戦っている王毅たちではなく、彼らよりも実力が一歩劣る者を狙って攻撃を繰り出すという鼓太郎の戦法の変化に追い付けなかった王毅には、それが出来る限界であった。
「死、ねぇっ!!」
鼓太郎が放つ、どす黒い殺意を纏った咆哮。
一発目、二発目よりも大量の泥を圧縮させ、人体を貫かんばかりの威力を有している『土弾』を繰り出しながら、人を殺すことに何の躊躇いも見せなくなった鼓太郎が吼える。
王毅は、握り拳大の『土弾』がまるで反応出来ていない正弘たちに向かい、その顔面を打ち砕かんとしている様をただ見守ることしか出来なかった。
何とかして、あの攻撃を回避してくれ……と、難しい注文を心の中で正弘に送る王毅。
だが、幾ら努力を重ねても元々の気力が低い正弘がそんな無茶な要求に応えられるはずがなく、自分目掛けて飛び来る『土弾』に対して、正弘はその軌道を見切ることも出来なかったのだが――
「しっっ!!」
鋭い息吹と共に、夜の闇を斬り裂く紅刃が舞った。
その刀身に僅かに炎を灯らせ、刃を赤熱させながら、正弘を庇うようにして彼の前に立った燈が、猛スピードで飛来する『土弾』を切り払ってみせたのだ。
炎の熱で硬質化した泥は、『紅龍』の刃に触れると共に硬質化してただの土塊となり、真っ二つに斬り捨てられると同時に細やかな砂の粒となって雲散霧消する。
暗闇に映える赤い刃を持つ武神刀と、それを手にする包帯男の鋭い眼光を目の当たりにした鼓太郎は、自分に向けられる重いプレッシャーに心臓が潰されたのではないかと錯覚するほどの息苦しさを感じ始めた。
「はあっ! はぁっ! なん、だ……!? おま、え……!?」
例えるならば、手傷を負いながらも我が子を守るために敵の前に立ち塞がった獅子と相対した時の感覚。
自分の方が強く、優位であるはずなのに、どうしてだか勝てるイメージが湧いてこない相手と出会ってしまった時に抱く不可思議な想い。
理屈では自分の方が勝利に近いと、そう判断出来るはず。だが、生物の性が、本能が、目の前に立ち塞がる男に対して絶大な恐怖を抱くことを止めることが出来ない。
『泥蛙』の扱い方を学び、みるみるうちに実力を付けているはずの自分に対して畏れも恐怖も感じさせない眼差しを向けて睨む燈に対して、鼓太郎は猛烈な不快感と底知れぬ恐怖を覚えていた。
「お、れを……その目で、見るなああぁぁっ!! ぐああああっっ!!」
自分のことを憐れむような、それでいて倒すべき敵として認識しているような、そんな燈の視線を受けた鼓太郎は、不安定になっていた精神を暴走させて咆哮を上げた。
『泥蛙』を地面に突き刺し、そこに大量の気力を注ぎ込み、自分を中心とした周囲の地形に大きな変化を及ぼす技を放とうとしている彼の動きを察知した蒼が、血相を変えて仲間たちへと叫ぶ。
「全員、跳ぶんだっ!!」
その言葉に、栞桜ややよいをはじめとした仲間たちが間髪入れずに脚に気力を込め、天高く飛び上がるような跳躍を見せる。
少し遅れてタクトや慎吾もその動きに倣い、花織を抱えた王毅もまた彼らと同様にジャンプを行い、最後に気絶している順平を技の範囲外へと思い切り蹴り飛ばした燈が正弘を連れて上空へと回避運動を取った瞬間、彼らの足元にあった地面が地響きと共に隆起し始めたではないか。
地面を泥状に溶かす『泥蛙』の能力を駆使して、その形状をまるで針山のような無数の棘を生やした物に変化させた後、今度は逆にその地面を硬質化させる。
そうすれば、一瞬のうちに地面は鼓太郎の敵を刺し貫く土の槍と化し、相手を股下から串刺しにする凶器へと変貌するのだ。
「こんなのってあり!? 広範囲即死技とか、簡単に撃っちゃダメなやつでしょ!?」
蒼に言われて跳躍していなかったら自分たちが土の槍に貫かれていたことを察したタクトが青い顔で叫ぶ。
数の有利、経験の差、それらを簡単に埋め合わせ、王毅たちと互角以上に戦うだけの実力を身に着けた鼓太郎に向け、王毅たち同様に土の槍を跳躍することで回避した嵐が、興味深そうに呟いた。
「へぇ、ただの雑魚だと思ってたけど……どうやら、彼は『泥蛙』と相性が良いらしい。扱い方を習得したら、結構厄介な相手になるかもね」
緊張感を漂わせる栞桜の言葉を耳にした王毅がはっと顔を上げれば、視線の先でゆっくりと立ち上がる鼓太郎の姿が見えた。
嵐からの手痛い一撃によって受けたダメージを回復させ、再び起き上がった彼は、先ほどよりも異様な雰囲気を纏って血走った眼を王毅たちに向けている。
嵐から続く乱入者の登場で鼓太郎の存在を失念していたことや、彼を捕らえる絶好の機会を逃してしまったことに歯噛みしながらも、王毅は再び仲間たちに指示を飛ばし、戦いの陣形を整えた。
「慎吾! やり方はさっきと同じだ! 俺たちが前に出て、奴を攻撃するぞ!!」
「ああ、わかったぜ!! お前らは手を出すんじゃねえぞ! 妖刀使いは、俺たちが倒す!」
慎吾ともに前衛を張り、自分たちが鼓太郎と戦うという意思表示を行う王毅。
それは暗に、蒼たちには手出しをさせないという意思を表明しており、慎吾もまた王毅のその決定を後押しするかのように大声に出して部外者たちへと吼えている。
退くべき状況なのかもしれないが、自分たちには退くわけにはいかない理由がある。
自分たちに隠し事をしていた花織のことも、今は置いておこう。まずは鼓太郎と嵐を何とかしなくては……と考え、彼と対峙する構えを見せた王毅であったが、彼に敵意を向けられている鼓太郎はというと、どこか生気のない立ち方でふらふらとおぼつかない足取りをしていた。
「王毅、どうやらあいつはまだ回復しきってないみたいだぜ! 仕掛けるなら今だ!」
「ああ! だが、不用意に仕掛けるとまた泥の餌食になる、まずは遠距離からの攻撃で体勢を崩させてから――」
その様子に、まだ鼓太郎が回復しきれていないと判断した王毅が自身の作戦を慎吾へと伝え、連携を取ろうとしていた時だった。
不意に、何かの塊のような物が彼の頬を掠める。
耳すれすれを飛び、背後の壁にぶつかってめり込んだそれの存在に気が付くまで、王毅たちには一瞬の間が必要だった。
「な、なんだ!? 今、何を……!?」
王毅が、慎吾が、タクトと花織が、自分たち目掛けて飛んで来た何かを確認するために着弾地点へと視線を向ける。
そうして、そこにあった泥団子が徐々に丸い形状からただの泥へと戻っていく様を目にして、再び鼓太郎へと視線を戻すと……。
「なる、ほど……! こう、やるのか。気力の使い方、こいつの扱い方……一つ、勉強になった……!!」
『泥蛙』の切っ先で地面を擦り、そこに大量の泥を付着させた鼓太郎が独り言を呟く。
ゆらり、ゆらりと妖しい動きを繰り返していた彼が、その脱力から一気に力を籠めて妖刀を振るえば、気力によって圧縮された泥が弾丸となって王毅たちへと襲いかかった。
「う、おおおおっっ!?」
今度は確実に攻撃が自分に命中することを悟った慎吾が、雄叫びを上げながら防御の構えを取る。
両手に装着された手甲で泥団子を防ぐように腕を交錯した彼であったが、予想以上の威力を誇る鼓太郎の一撃によって、大柄な慎吾の体が大きく吹き飛ばされ、背後の壁へと激突した。
「し、慎吾! 無事か!」
「あ、ああ……ガードは出来たからダメージはそうでもねえ。だが、この威力は……!!」
べっとりと泥が張り付いている手甲を下ろしながら、慎吾は今、自分が喰らった攻撃の重さに拳を震わせる。
掌に収まる程度の大きさしかなかった泥団子だが、受け止めた際の衝撃はまるで鉄球を喰らったかのような重さがあった。
サッカー部の正ゴールキーパーとして体を鍛え、鋭く早いシュートを受け続けている自分が、ここまで吹き飛ばされる威力だ。
もしも、もっと大量の泥を圧縮して、攻撃として放ったら?
弾の速度を上昇させ、団子の数を増やし、回避や防御を困難にされたら?
その時には、自分はただ吹き飛ばされるだけで済むだろうか? こうして大したことはないと仲間に言えるのだろうか?
「い、今の技は、土の剣技、『土弾』の亜種……!? まさか、初歩的な技で、これほどまでの威力が発揮されるだなんて……!!」
土、石、あるいは泥。地面に存在するそれらの物質を気力によって吸い寄せ、武神刀に纏って圧縮し、弾丸として放つ土の剣技の遠距離技『土弾』。
剣技でいえば、初歩の初歩。土の気力を用いた剣技は遠距離戦向きではないことも合わせて考えると、大柄な体躯の慎吾を吹き飛ばした今の技の威力は、信じ難いレベルのものになるのだろう。
しかして、真に警戒を払うべき点は、著しい鼓太郎の成長速度の方だ。
彼は元々はただの農民で、武神刀を用いた剣術はおろか、刀の振り方すら知らなかった男だ。
そんな彼が、戦いを始めてからわずか十分そこらで気力の扱いを習得し、初歩とはいえ技を扱えるようになったということは、相当に恐るべき事態なのである。
あり得ない、あっていいはずがない。
あの成長速度は、天才だとか素質があるだとか、そういった次元を遥かに超えている。
そう、彼の成長に対して怖れにも似た感情を抱いた王毅たちの目の前で、鼓太郎は小さく笑いながら延々と独り言を呟いていた。
「そうか、そうすれば、いい、のか……! もっと人を殺せば、俺はあいつにも負けないくらいに強くなれるんだな……!?」
誰かと会話を交わすようにして、言葉を発し続ける鼓太郎の姿に王毅が違和感を抱いたのも束の間、彼の殺気が自分たちではなく、別の方向へと向けられていることに気が付いた王毅がはっとした瞬間には、鼓太郎は次の動きを見せていた。
先ほどと同じく、地面を剣先で擦って泥を付着させる。
三発目の『土弾』を放つ構えを見せた鼓太郎であったが、その狙いは王毅たちではなく、彼らから離れた位置にいる正弘と順平であった。
「ま、まずいっ! 逃げろ、田中くんっ!!」
気絶している順平に肩を貸し、戦いを離れている位置から見守っている正弘へと王毅が叫ぶ。
自分と戦っている王毅たちではなく、彼らよりも実力が一歩劣る者を狙って攻撃を繰り出すという鼓太郎の戦法の変化に追い付けなかった王毅には、それが出来る限界であった。
「死、ねぇっ!!」
鼓太郎が放つ、どす黒い殺意を纏った咆哮。
一発目、二発目よりも大量の泥を圧縮させ、人体を貫かんばかりの威力を有している『土弾』を繰り出しながら、人を殺すことに何の躊躇いも見せなくなった鼓太郎が吼える。
王毅は、握り拳大の『土弾』がまるで反応出来ていない正弘たちに向かい、その顔面を打ち砕かんとしている様をただ見守ることしか出来なかった。
何とかして、あの攻撃を回避してくれ……と、難しい注文を心の中で正弘に送る王毅。
だが、幾ら努力を重ねても元々の気力が低い正弘がそんな無茶な要求に応えられるはずがなく、自分目掛けて飛び来る『土弾』に対して、正弘はその軌道を見切ることも出来なかったのだが――
「しっっ!!」
鋭い息吹と共に、夜の闇を斬り裂く紅刃が舞った。
その刀身に僅かに炎を灯らせ、刃を赤熱させながら、正弘を庇うようにして彼の前に立った燈が、猛スピードで飛来する『土弾』を切り払ってみせたのだ。
炎の熱で硬質化した泥は、『紅龍』の刃に触れると共に硬質化してただの土塊となり、真っ二つに斬り捨てられると同時に細やかな砂の粒となって雲散霧消する。
暗闇に映える赤い刃を持つ武神刀と、それを手にする包帯男の鋭い眼光を目の当たりにした鼓太郎は、自分に向けられる重いプレッシャーに心臓が潰されたのではないかと錯覚するほどの息苦しさを感じ始めた。
「はあっ! はぁっ! なん、だ……!? おま、え……!?」
例えるならば、手傷を負いながらも我が子を守るために敵の前に立ち塞がった獅子と相対した時の感覚。
自分の方が強く、優位であるはずなのに、どうしてだか勝てるイメージが湧いてこない相手と出会ってしまった時に抱く不可思議な想い。
理屈では自分の方が勝利に近いと、そう判断出来るはず。だが、生物の性が、本能が、目の前に立ち塞がる男に対して絶大な恐怖を抱くことを止めることが出来ない。
『泥蛙』の扱い方を学び、みるみるうちに実力を付けているはずの自分に対して畏れも恐怖も感じさせない眼差しを向けて睨む燈に対して、鼓太郎は猛烈な不快感と底知れぬ恐怖を覚えていた。
「お、れを……その目で、見るなああぁぁっ!! ぐああああっっ!!」
自分のことを憐れむような、それでいて倒すべき敵として認識しているような、そんな燈の視線を受けた鼓太郎は、不安定になっていた精神を暴走させて咆哮を上げた。
『泥蛙』を地面に突き刺し、そこに大量の気力を注ぎ込み、自分を中心とした周囲の地形に大きな変化を及ぼす技を放とうとしている彼の動きを察知した蒼が、血相を変えて仲間たちへと叫ぶ。
「全員、跳ぶんだっ!!」
その言葉に、栞桜ややよいをはじめとした仲間たちが間髪入れずに脚に気力を込め、天高く飛び上がるような跳躍を見せる。
少し遅れてタクトや慎吾もその動きに倣い、花織を抱えた王毅もまた彼らと同様にジャンプを行い、最後に気絶している順平を技の範囲外へと思い切り蹴り飛ばした燈が正弘を連れて上空へと回避運動を取った瞬間、彼らの足元にあった地面が地響きと共に隆起し始めたではないか。
地面を泥状に溶かす『泥蛙』の能力を駆使して、その形状をまるで針山のような無数の棘を生やした物に変化させた後、今度は逆にその地面を硬質化させる。
そうすれば、一瞬のうちに地面は鼓太郎の敵を刺し貫く土の槍と化し、相手を股下から串刺しにする凶器へと変貌するのだ。
「こんなのってあり!? 広範囲即死技とか、簡単に撃っちゃダメなやつでしょ!?」
蒼に言われて跳躍していなかったら自分たちが土の槍に貫かれていたことを察したタクトが青い顔で叫ぶ。
数の有利、経験の差、それらを簡単に埋め合わせ、王毅たちと互角以上に戦うだけの実力を身に着けた鼓太郎に向け、王毅たち同様に土の槍を跳躍することで回避した嵐が、興味深そうに呟いた。
「へぇ、ただの雑魚だと思ってたけど……どうやら、彼は『泥蛙』と相性が良いらしい。扱い方を習得したら、結構厄介な相手になるかもね」
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