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第三章 妖刀と姉と弟
決裂
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「王毅さま、虎藤さまの姿をしているあの男が持つ刀は、紛れもなく妖刀です! 彼奴は細工を施し、溢れ出る妖気を隠しているのです!! 陰陽道に通ずる私にはわかります! あの男は……妖刀使いです!」
「は、ぁ……? 『紅龍』が妖刀、だと……?」
花織が放った、その一言。
宗正が自分のために打ってくれた『紅龍』が妖刀であるとのその言葉を耳にした燈は、暫く呆然とした表情を浮かべた後……一気に、激憤を爆発させる。
「ふざけんなっ! 師匠が、俺のために作ってくれたこの『紅龍』が妖刀だと!? てめぇ、クソ女! 下らねえ嘘ほざいてんじゃねえぞ! その言葉を取り消さねえなら、女だろうと関係ねえ! ぶっ飛ばしてやるっっ!!」
「ひ、ひいっ!?」
怒気を荒げる燈の様子に恐れをなした花織が、子リスのように王毅の背後に隠れる。
そんな彼女に対する怒りの感情を抑えることもせずに吼える燈の中では、紅蓮の炎が燃え盛っていた。
死に瀕していた燈を救い、その才覚を見抜き、剣士として活躍出来るように鍛え上げてくれた尊敬出来る師匠、宗正。
第二の父とでも呼ぶべきその人が、自分のためだけに腕を振るい作り上げてくれた武神刀こそが、この『紅龍』だ。
それを花織は、妖刀と言った。
刀匠の邪気や怨念、悪意が込められた許されざる存在である妖刀と『紅龍』を同列の物であると断言してみせた。
許せるはずがない、そんなふざけた物言いを。
愛弟子である燈が武功を立てられるようにと願いを込め、丹念に打ち上げてくれた『紅龍』に対する最大の侮辱は、そのままその打ち手である宗正への極限の侮辱へと繋がるのだから。
尊敬する両親が付けてくれた名前を馬鹿にされた時と同等の怒りを露わにし、憤怒のままに咆哮する燈は、自分を必死に抑える蒼へと叫びながら激怒の感情を込めた眼差しを花織へと向ける。
「放せっ、蒼っ! 師匠を馬鹿にしたあいつは許せねえ! お前だってそうだろ!?」
「落ち着くんだ、燈。今、ここであの巫女を叩きのめしたところで、状況は悪化するだけだ。君の仲間たちとの関係が悪化すれば、君だけじゃなくて椿さんだって被害を被ることになるんだぞ?」
「わかってる! わかってるが、俺は――っっ!?」
ここで怒りに身を任せて花織に手を出してしまえば、それで王毅たちとの繋がりが断ち切られてしまうことは燈も理解していた。
それはつまり百元の屋敷で自分たちを待つこころもまた王毅たちの下に戻れる可能性が消えるということもまた理解しながらも、燈は花織に対する怒りを抑えることが出来ない。
この世界で自分を拾ってくれたもう一人の父とでもいうべき存在を貶された怒りに打ち震える燈は、その感情のままに振り返って蒼に叫びかけようとしたところで、はっとして言葉を失った。
「……落ち着くんだ、燈。君の気持ちは痛いほどわかる。だが、ここで手を出したら何もかもがお終いだ。今は堪えてくれ、燈……!!」
そう、自分に告げる彼の声からは、必死に感情を押し殺そうとしている我慢が伝わってくる。
表情もまた感じている怒りを押し殺したが故の無表情になっている蒼だが、その瞳には青く燃える激怒の炎が燃え盛っていた。
そうだ。彼が先ほどの花織の物言いに怒りを感じていないわけがない。
蒼は燈よりも長く宗正と過ごし、彼への尊敬の念を燈よりも何倍も深めているのだ。
実の父と何ら変わらないであろう存在を侮辱した花織への憎しみ、怒り、激憤を必死に堪え、暴走しそうになっている燈を抑える蒼。
その拳は掌に爪が食い込むほどに強く握り締められており、ぽたぽたと血が滴り落ちている。
彼は今、耐えてくれているのだ。自分たちのために、必死になって。
本当は誰よりも花織に怒りをぶつけたい。本当は今すぐに王毅たちを蹴散らし、先の暴言を取り消させたい。
だが、そんなことをすれば燈もこころも困ったことになってしまう。
だからこそ、必死にその怒りを押し殺し、懸命に耐え、燈を抑える側に回ってくれているのだと、蒼の姿を見て理解した燈は、自分よりも怒りを覚えている彼がここまで感情を抑えているというのに、問題の張本人である自分が暴走しては元も子もないのだと、その浅はかさに恥を覚える。
これは自分一人の問題ではない。
ここで燈が暴走すれば、自分と同じ境遇のこころも巻き込んでしまう。
冷静になれ、蒼のように。怒りを飲み干し、自分のすべきことを成すのだ。
そうやって自分自身に言い聞かせ、深呼吸を繰り返して燈が冷静になろうとしている間に、王毅一行は間違った結論付けを済ませようとしてしまっていた。
「決まりだな。あいつが本物でも偽物でも、妖刀を持ってる以上、俺たちの敵だ。覚悟を決めろ、王毅!」
「斬るしか、殺すしかないんだよ! 王毅!!」
「待って! 待ってください! 先輩の話を聞いてあげてください! 神賀先輩!!」
「王毅さま、話を聞いてはなりません! 敵は王毅さまの情を買うことを目的としているのです! 聞く耳もたず、斬り捨ててくださいませ!」
「う、ああ……う、ぅ……っ!?」
慎吾が、順平が、花織が、燈を倒すべきだと自分に訴えかけてくる。
その意見に唯一反対する正弘の声が霞むくらいの大声で、力強い意見で、自分に対して意見を述べる仲間たちの様子を見ながら、王毅は迷っていた。
本当に、これでいいのだろうか?
本物か偽物かは判らないが、あの燈から話を聞かずに敵とみなしてもいいのだろうか?
自分たちは何か、とんでもない過ちを犯しているのではないだろうか?
そんな迷いを抱えた王毅に対して、仲間たちが容赦なく決断を迫る。
自分の意見を主張しない冬美とタクトも、王毅のことを助けてくれはしない。
彼らもまた王毅同様に迷いを見せており、リーダーの決断を全力で待っている状況だ。
(お、俺は、俺は……!?)
間違えるわけにはいかない、この判断を。
何が正しくて、何が間違っているのかを、見極めなくてはならない。
だが……それをするには、王毅は若過ぎた。純粋過ぎた。
結局彼は、仲間たちの言うことをほぼ鵜呑みにすることしか出来なかったのである。
ゆっくりと、顔を上げる。そして、自分を見つめる燈へと視線を返す。
救いを求めるように、最後の希望に縋るように、自分へと懇願する燈の言葉が、王毅の胸を突く。
「神賀、頼む……! 俺の話を聞いてくれ。そうすれば、全部わかってもらえるはずなんだ。そっちの連中もお前の言うことなら聞いてくれるはずだ。だから頼む、神賀……!!」
「すまない。本当にすまない、虎藤くん……!!」
その言葉を発しているのがクラスメイトなのか、もしくはクラスメイトの姿をした別の何かなのか、王毅には判断がついていなかった。
ただ彼は、自分に最後の望みをかけてくれた相手へと謝罪の言葉を繰り返し、震える手で『虹彩』を握り締め、その切っ先をかつての仲間に突き付けて、言うだけだ。
「俺は……君を斬らなきゃいけないらしい。本当にすまない、虎藤くん……!!」
自分を信じる仲間がそう望むから、自分を崇める巫女がそう望むから、自分は英雄としてその役目を果たさなければならない。
誰よりも高い場所にいて、誰よりも息苦しい思いをする王毅にあるのは、自分の意志を貫く自由ではない、全の意思を受け止める器としての役目だけだ。
だから、間違っているかもしれないと思っても、それを口にすることは出来ない。
何かがおかしいと思っても、それを言葉にすることは出来なかった。
「ごめん。本当にごめん、虎藤くん。でも、俺にはこうすることしか出来ないんだ……!」
仲間からの期待が変化した、鉛のような重圧を背負い、激しい後悔に苛まれながら、王毅は武神刀を絶望的な表情を浮かべる燈へと向ける。
彼の表情もまた、燈同様の苦悶に満ちたものであることに気が付けたのは、彼と相対している燈たちだけだった。
「は、ぁ……? 『紅龍』が妖刀、だと……?」
花織が放った、その一言。
宗正が自分のために打ってくれた『紅龍』が妖刀であるとのその言葉を耳にした燈は、暫く呆然とした表情を浮かべた後……一気に、激憤を爆発させる。
「ふざけんなっ! 師匠が、俺のために作ってくれたこの『紅龍』が妖刀だと!? てめぇ、クソ女! 下らねえ嘘ほざいてんじゃねえぞ! その言葉を取り消さねえなら、女だろうと関係ねえ! ぶっ飛ばしてやるっっ!!」
「ひ、ひいっ!?」
怒気を荒げる燈の様子に恐れをなした花織が、子リスのように王毅の背後に隠れる。
そんな彼女に対する怒りの感情を抑えることもせずに吼える燈の中では、紅蓮の炎が燃え盛っていた。
死に瀕していた燈を救い、その才覚を見抜き、剣士として活躍出来るように鍛え上げてくれた尊敬出来る師匠、宗正。
第二の父とでも呼ぶべきその人が、自分のためだけに腕を振るい作り上げてくれた武神刀こそが、この『紅龍』だ。
それを花織は、妖刀と言った。
刀匠の邪気や怨念、悪意が込められた許されざる存在である妖刀と『紅龍』を同列の物であると断言してみせた。
許せるはずがない、そんなふざけた物言いを。
愛弟子である燈が武功を立てられるようにと願いを込め、丹念に打ち上げてくれた『紅龍』に対する最大の侮辱は、そのままその打ち手である宗正への極限の侮辱へと繋がるのだから。
尊敬する両親が付けてくれた名前を馬鹿にされた時と同等の怒りを露わにし、憤怒のままに咆哮する燈は、自分を必死に抑える蒼へと叫びながら激怒の感情を込めた眼差しを花織へと向ける。
「放せっ、蒼っ! 師匠を馬鹿にしたあいつは許せねえ! お前だってそうだろ!?」
「落ち着くんだ、燈。今、ここであの巫女を叩きのめしたところで、状況は悪化するだけだ。君の仲間たちとの関係が悪化すれば、君だけじゃなくて椿さんだって被害を被ることになるんだぞ?」
「わかってる! わかってるが、俺は――っっ!?」
ここで怒りに身を任せて花織に手を出してしまえば、それで王毅たちとの繋がりが断ち切られてしまうことは燈も理解していた。
それはつまり百元の屋敷で自分たちを待つこころもまた王毅たちの下に戻れる可能性が消えるということもまた理解しながらも、燈は花織に対する怒りを抑えることが出来ない。
この世界で自分を拾ってくれたもう一人の父とでもいうべき存在を貶された怒りに打ち震える燈は、その感情のままに振り返って蒼に叫びかけようとしたところで、はっとして言葉を失った。
「……落ち着くんだ、燈。君の気持ちは痛いほどわかる。だが、ここで手を出したら何もかもがお終いだ。今は堪えてくれ、燈……!!」
そう、自分に告げる彼の声からは、必死に感情を押し殺そうとしている我慢が伝わってくる。
表情もまた感じている怒りを押し殺したが故の無表情になっている蒼だが、その瞳には青く燃える激怒の炎が燃え盛っていた。
そうだ。彼が先ほどの花織の物言いに怒りを感じていないわけがない。
蒼は燈よりも長く宗正と過ごし、彼への尊敬の念を燈よりも何倍も深めているのだ。
実の父と何ら変わらないであろう存在を侮辱した花織への憎しみ、怒り、激憤を必死に堪え、暴走しそうになっている燈を抑える蒼。
その拳は掌に爪が食い込むほどに強く握り締められており、ぽたぽたと血が滴り落ちている。
彼は今、耐えてくれているのだ。自分たちのために、必死になって。
本当は誰よりも花織に怒りをぶつけたい。本当は今すぐに王毅たちを蹴散らし、先の暴言を取り消させたい。
だが、そんなことをすれば燈もこころも困ったことになってしまう。
だからこそ、必死にその怒りを押し殺し、懸命に耐え、燈を抑える側に回ってくれているのだと、蒼の姿を見て理解した燈は、自分よりも怒りを覚えている彼がここまで感情を抑えているというのに、問題の張本人である自分が暴走しては元も子もないのだと、その浅はかさに恥を覚える。
これは自分一人の問題ではない。
ここで燈が暴走すれば、自分と同じ境遇のこころも巻き込んでしまう。
冷静になれ、蒼のように。怒りを飲み干し、自分のすべきことを成すのだ。
そうやって自分自身に言い聞かせ、深呼吸を繰り返して燈が冷静になろうとしている間に、王毅一行は間違った結論付けを済ませようとしてしまっていた。
「決まりだな。あいつが本物でも偽物でも、妖刀を持ってる以上、俺たちの敵だ。覚悟を決めろ、王毅!」
「斬るしか、殺すしかないんだよ! 王毅!!」
「待って! 待ってください! 先輩の話を聞いてあげてください! 神賀先輩!!」
「王毅さま、話を聞いてはなりません! 敵は王毅さまの情を買うことを目的としているのです! 聞く耳もたず、斬り捨ててくださいませ!」
「う、ああ……う、ぅ……っ!?」
慎吾が、順平が、花織が、燈を倒すべきだと自分に訴えかけてくる。
その意見に唯一反対する正弘の声が霞むくらいの大声で、力強い意見で、自分に対して意見を述べる仲間たちの様子を見ながら、王毅は迷っていた。
本当に、これでいいのだろうか?
本物か偽物かは判らないが、あの燈から話を聞かずに敵とみなしてもいいのだろうか?
自分たちは何か、とんでもない過ちを犯しているのではないだろうか?
そんな迷いを抱えた王毅に対して、仲間たちが容赦なく決断を迫る。
自分の意見を主張しない冬美とタクトも、王毅のことを助けてくれはしない。
彼らもまた王毅同様に迷いを見せており、リーダーの決断を全力で待っている状況だ。
(お、俺は、俺は……!?)
間違えるわけにはいかない、この判断を。
何が正しくて、何が間違っているのかを、見極めなくてはならない。
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「すまない。本当にすまない、虎藤くん……!!」
その言葉を発しているのがクラスメイトなのか、もしくはクラスメイトの姿をした別の何かなのか、王毅には判断がついていなかった。
ただ彼は、自分に最後の望みをかけてくれた相手へと謝罪の言葉を繰り返し、震える手で『虹彩』を握り締め、その切っ先をかつての仲間に突き付けて、言うだけだ。
「俺は……君を斬らなきゃいけないらしい。本当にすまない、虎藤くん……!!」
自分を信じる仲間がそう望むから、自分を崇める巫女がそう望むから、自分は英雄としてその役目を果たさなければならない。
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だから、間違っているかもしれないと思っても、それを口にすることは出来ない。
何かがおかしいと思っても、それを言葉にすることは出来なかった。
「ごめん。本当にごめん、虎藤くん。でも、俺にはこうすることしか出来ないんだ……!」
仲間からの期待が変化した、鉛のような重圧を背負い、激しい後悔に苛まれながら、王毅は武神刀を絶望的な表情を浮かべる燈へと向ける。
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