10 / 10
狂信、盲いた養分。
しおりを挟む
『お前は人を殺したかったのか』
改めて問われると答えに詰まる。
どうだろう、か。
イエスとは言いきれないくらいだろうか。
殺人に対して、俺は幼少期からささやかな興味があった。
この際、きっかけなんてそんな無粋なことは聞かないでくれ。
そんなものがあったなんて俺は正直思っていない。
第一、あったとしてもそんなもの覚えているはずがない。
ただ溜まっているなにかを吐き出す手段が欲しかった。
だから相手なんて本当に誰でもよかった。
そんな雑草のように勝手に芽生えた理不尽な破壊衝動。
というか、そんなものを聞いて一体なんになる。
お前ら大衆がただただ知りたいだけだろう。
マスメディアの本質なんてたかが知れてる。
知ったとて大した正解に辿り着くこともできない無能どもが。
そういう高みの見物を、格差社会って呼ぶんだよ。
理由なんて所詮、後づけに過ぎないと思っている。
俺は生臭さの立ち込める部屋の中、壁に凭れるように床へ座った。ポケットから安い煙草を取り出し、ライターで火をつける。吸って吐いての繰り返し、煙をそれなりに嗜む。このふたつの臭いとやらは大層相性が悪いらしく、混ざったものが鼻腔を刺すとひどく噎せた。最悪の組み合わせ。しばらくたって灰になった吸い殻を指で弾いて遠くへと飛ばす。
適当に飛んで、適当に不時着して、適当に火は消えた。
目の前には、かつて生娘だった死体が転がっている。
澄んだ赤い目をした十代の少女の死体は大小幾つもの肉片へとなっていた。乳白色をした柔肌も鮮血にて所々コーティングされている。もちろん衣服なんて剥がされて全裸の死体はそれなりの丸みを帯びたセクシュアリティを孕んでいたが、色慾のひとつも湧かなかった。ただの肉片として並んでいるなにか、芸術品というよりは消耗品のように思えた。
肉片のひとつを手に取る。かつて、少女の右腕を構成していた一部。もう冷たくなった肉片。それは細身であり、食材としては適さないであろう骨と皮が大半を占めるような肉片であったが、それでも黒人である俺とは真逆の乳白色にはどうも万物を救う一縷の光が宿っているように見えた。
人工色のような、天然の乳白色。
少女はアルビノだった。アルビノというのは、先天性の色素欠乏症のことである。生まれつき、肌や髪が異常なまでに白い生物。人間に限らず、地球上に存在する生物では稀に見られる個体。また、それは白人や黄色人種に限ったものではない。俺たち黒人の場合であれど、平等に該当する。
そしてなんでもこのアルビノの体には神の力が宿っていて、そんなアルビノの体の一部分を手にすれば幸運が訪れると言われていた。どんな人間であれど、必ず報われる、救われる、と。
俺はそんな噂のような話を信じるしかないくらいに生活が困窮していた。金もなければ愛も知らない。誰かの温もりなんて疾うの昔に忘れた。俺の手元に残るのは微かな財だけ。そんな俺に正常な判断ができるなんて思えるか、答えは当然否。
だから俺は少女を殺した。
その信仰が一体どれほどまでに俺たち困窮者の心を動かし、手という手を伸ばさせたことだろう。殺してしまえばあっという間の一部始終として消化されてしまうが、あの高揚はどんなドラッグにも負けず劣らずの快楽だった。
俺はそのかつて腕であった肉片に歯を立て、数センチほどを噛みちぎった。くちゃりくちゃりと口の中でゆっくりと咀嚼し、そのままごくりと喉を鳴らす。胃袋へとゆっくりと肉片が落ちる、その鈍い音すらも聞こえた。
肉片はひどく不味かった。
人間というのは食用に向かないようだった。濁音混じりでぺっ、と口内の残滓を吐く。包装だけが煌びやかでチープなスナック菓子みたいだと思った。
『……悪く思わないでくれよ』
俺は先程齧った腕をはじめとした、パズルのように散乱した肉片をひとつひとつ、透明なビニール袋へとしまっていく。ひとつのビニール袋に肉片をひとつ入れ、その口を縛る。次のビニール袋も、また、さらに次のビニール袋も、同様に。そして予め用意していた、数字の羅列する値札をそれぞれに一枚ずつ貼りつけると、これでやるべき全ての工程が終了する。
歪んだ神格化を成し遂げた呪物の完成である。
俺は二本目の煙草に火をつけ、煙を弄びながら某人間と液晶越しにいくらか会話を交わす。ここに来るように伝えると、相手はわかった、と即答して会話を切り上げた。
時間はあまり残されていないと悟った。
俺は煙草も途中で床に捨て、それを靴底で強く強く踏みにじる。その後潔く白い半紙に花緑青のインクを詰めた万年筆で自供の言葉をしばらく綴り、残ったインクは全て飲んだ。インク瓶の中身だけじゃ乾きは癒えず、万年筆を分解してまで舐めて摂取した。万年筆用のインクが食用なわけがない。味はひどく不味かったが、それでもあのさっきの肉片よりはずっとずっとマシだった。
あとはきっと時間が解決してくれる。
諦めるように壁に体重を預けた。
酩酊には程遠い、倦怠感が思考の足枷となる。
どろり、と例うような曖昧と揺らぎ。
身体が熱を帯び始める。
喉の焼けつく症状は、これは果たして贖罪なのか。
ぎろり、と動く眼球に尋ねても誰も答えない。
俺は待ち望んだ瞬間を待っている。
心臓は故に拍動を増して駆け抜けていく。
今か今かと待ちくたびれている。
遠くで幾つかの足音がする。
後は全ての人間が勝手に折り合いをつけるだけ。
こうして過ちの輪廻が繰り返されていく。
この瞳に映る事象だけが正解とは限らない。
すれ違う思想の軋轢こそが、真の議題である。
俺はこうして、晴れて大衆の盲いた養分となった。
改めて問われると答えに詰まる。
どうだろう、か。
イエスとは言いきれないくらいだろうか。
殺人に対して、俺は幼少期からささやかな興味があった。
この際、きっかけなんてそんな無粋なことは聞かないでくれ。
そんなものがあったなんて俺は正直思っていない。
第一、あったとしてもそんなもの覚えているはずがない。
ただ溜まっているなにかを吐き出す手段が欲しかった。
だから相手なんて本当に誰でもよかった。
そんな雑草のように勝手に芽生えた理不尽な破壊衝動。
というか、そんなものを聞いて一体なんになる。
お前ら大衆がただただ知りたいだけだろう。
マスメディアの本質なんてたかが知れてる。
知ったとて大した正解に辿り着くこともできない無能どもが。
そういう高みの見物を、格差社会って呼ぶんだよ。
理由なんて所詮、後づけに過ぎないと思っている。
俺は生臭さの立ち込める部屋の中、壁に凭れるように床へ座った。ポケットから安い煙草を取り出し、ライターで火をつける。吸って吐いての繰り返し、煙をそれなりに嗜む。このふたつの臭いとやらは大層相性が悪いらしく、混ざったものが鼻腔を刺すとひどく噎せた。最悪の組み合わせ。しばらくたって灰になった吸い殻を指で弾いて遠くへと飛ばす。
適当に飛んで、適当に不時着して、適当に火は消えた。
目の前には、かつて生娘だった死体が転がっている。
澄んだ赤い目をした十代の少女の死体は大小幾つもの肉片へとなっていた。乳白色をした柔肌も鮮血にて所々コーティングされている。もちろん衣服なんて剥がされて全裸の死体はそれなりの丸みを帯びたセクシュアリティを孕んでいたが、色慾のひとつも湧かなかった。ただの肉片として並んでいるなにか、芸術品というよりは消耗品のように思えた。
肉片のひとつを手に取る。かつて、少女の右腕を構成していた一部。もう冷たくなった肉片。それは細身であり、食材としては適さないであろう骨と皮が大半を占めるような肉片であったが、それでも黒人である俺とは真逆の乳白色にはどうも万物を救う一縷の光が宿っているように見えた。
人工色のような、天然の乳白色。
少女はアルビノだった。アルビノというのは、先天性の色素欠乏症のことである。生まれつき、肌や髪が異常なまでに白い生物。人間に限らず、地球上に存在する生物では稀に見られる個体。また、それは白人や黄色人種に限ったものではない。俺たち黒人の場合であれど、平等に該当する。
そしてなんでもこのアルビノの体には神の力が宿っていて、そんなアルビノの体の一部分を手にすれば幸運が訪れると言われていた。どんな人間であれど、必ず報われる、救われる、と。
俺はそんな噂のような話を信じるしかないくらいに生活が困窮していた。金もなければ愛も知らない。誰かの温もりなんて疾うの昔に忘れた。俺の手元に残るのは微かな財だけ。そんな俺に正常な判断ができるなんて思えるか、答えは当然否。
だから俺は少女を殺した。
その信仰が一体どれほどまでに俺たち困窮者の心を動かし、手という手を伸ばさせたことだろう。殺してしまえばあっという間の一部始終として消化されてしまうが、あの高揚はどんなドラッグにも負けず劣らずの快楽だった。
俺はそのかつて腕であった肉片に歯を立て、数センチほどを噛みちぎった。くちゃりくちゃりと口の中でゆっくりと咀嚼し、そのままごくりと喉を鳴らす。胃袋へとゆっくりと肉片が落ちる、その鈍い音すらも聞こえた。
肉片はひどく不味かった。
人間というのは食用に向かないようだった。濁音混じりでぺっ、と口内の残滓を吐く。包装だけが煌びやかでチープなスナック菓子みたいだと思った。
『……悪く思わないでくれよ』
俺は先程齧った腕をはじめとした、パズルのように散乱した肉片をひとつひとつ、透明なビニール袋へとしまっていく。ひとつのビニール袋に肉片をひとつ入れ、その口を縛る。次のビニール袋も、また、さらに次のビニール袋も、同様に。そして予め用意していた、数字の羅列する値札をそれぞれに一枚ずつ貼りつけると、これでやるべき全ての工程が終了する。
歪んだ神格化を成し遂げた呪物の完成である。
俺は二本目の煙草に火をつけ、煙を弄びながら某人間と液晶越しにいくらか会話を交わす。ここに来るように伝えると、相手はわかった、と即答して会話を切り上げた。
時間はあまり残されていないと悟った。
俺は煙草も途中で床に捨て、それを靴底で強く強く踏みにじる。その後潔く白い半紙に花緑青のインクを詰めた万年筆で自供の言葉をしばらく綴り、残ったインクは全て飲んだ。インク瓶の中身だけじゃ乾きは癒えず、万年筆を分解してまで舐めて摂取した。万年筆用のインクが食用なわけがない。味はひどく不味かったが、それでもあのさっきの肉片よりはずっとずっとマシだった。
あとはきっと時間が解決してくれる。
諦めるように壁に体重を預けた。
酩酊には程遠い、倦怠感が思考の足枷となる。
どろり、と例うような曖昧と揺らぎ。
身体が熱を帯び始める。
喉の焼けつく症状は、これは果たして贖罪なのか。
ぎろり、と動く眼球に尋ねても誰も答えない。
俺は待ち望んだ瞬間を待っている。
心臓は故に拍動を増して駆け抜けていく。
今か今かと待ちくたびれている。
遠くで幾つかの足音がする。
後は全ての人間が勝手に折り合いをつけるだけ。
こうして過ちの輪廻が繰り返されていく。
この瞳に映る事象だけが正解とは限らない。
すれ違う思想の軋轢こそが、真の議題である。
俺はこうして、晴れて大衆の盲いた養分となった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
淡色に揺れる
かなめ
恋愛
とある高校の女子生徒たちが繰り広げる、甘く透き通った、百合色の物語です。
ほのぼのとしていて甘酸っぱい、まるで少年漫画のような純粋な恋色をお楽しみいただけます。
★登場人物
白川蓮(しらかわ れん)
太陽みたいに眩しくて天真爛漫な高校2年生。短い髪と小柄な体格から、遠くから見れば少年と見間違われることもしばしば。ちょっと天然で、恋愛に関してはキス未満の付き合いをした元カレが一人いるほど純潔。女子硬式テニス部に所属している。
水沢詩弦(みずさわ しづる)
クールビューティーでやや気が強く、部活の後輩達からちょっぴり恐れられている高校3年生。その美しく整った顔と華奢な体格により男子たちからの人気は高い。本人は控えめな胸を気にしているらしいが、そこもまた良し。蓮と同じく女子テニス部に所属している。
宮坂彩里(みやさか あやり)
明るくて男女後輩みんなから好かれるムードメーカーの高校3年生。詩弦とは系統の違うキューティー美女でスタイルは抜群。もちろん男子からの支持は熱い。女子テニス部に所属しており、詩弦とはジュニア時代からダブルスのペアを組んでいるが、2人は犬猿の仲である。
王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる