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第一章 うつろの気
七
「織田信秀倒れる」の報は、すぐさま尾張中へと広まったが、それに対する清州衆の反応はやけに慎重なものだった。同時に、もう一つ妙な噂が飛び交っていたからである。
『なんでも織田信秀は、遂に主家である清州衆を滅ぼすことに腹を決めたそうだが、主君殺しの汚名をすこしでも避けるために、清洲の方から再び挙兵させたところを討ち果たすという算段を立て、そのために仮病を使っているらしい』
清洲衆がこれをデタラメだと一蹴するのは簡単ではなかった。
「信秀が倒れたのは一族衆との宴の席という話ではないか。つまり、それを直に見たものは、すべて彼奴の身内というわけだ」
古渡城での失敗が重くのしかかっていたのである。
「まあ、焦ることもあるまい。方々に敵を抱えている限り、彼奴はじりじりと追い詰められていくしかないのだからな。それにしても仮病とは食えない男だ」
実際のところ、清洲衆のみならず尾張国の誰も彼も百姓に至るまでもが、信秀の病を疑っていた。そう見なされるだけの理由が織田信秀という男にはあった。
信長の住まう那古野城は、そもそも、那古野今川氏という一族の城であった。駿河・遠江を治める今川本家の支流であり、室町幕府奉公衆という立場で那古野の地を出先機関として治めていたが、戦乱の中で血が絶えると今川本家から幼子を養子にとり、これに家を継がせた。少年の名を今川氏豊という。今川義元の弟であった。
幕府直属の奉公衆という家柄のためか、氏豊もまた、やがて京文化に深く傾倒していった。とりわけ連歌を好み、たびたび、自ら歌会を主催するほどであった。
そんな折、織田弾正忠家を継承したばかりの信秀なる男が、京より飛鳥井雅綱という超一流の文化人を招いて大規模な鞠会・歌会を開くという。「是非とも自分も参加したい」と思った氏豊は、当時の信秀の居城である勝幡城に通いつめた。これを機に、氏豊と信秀は、歌を愛する者同士として交流を重ね、やがて、互いの居城を訪ね合う昵懇の間柄になった。
ある連歌会の日のこと、那古野城で信秀の到着を今か今かと待つ氏豊の元に、信秀から連絡が入る。聞けば、途上、連歌に使う道具一式を誤って川へ落としてしまったので、一度、新しいものを取りに帰るということである。
「まったく、信秀殿は何を遠慮しておられるのだろう。そうだ、互いに行き来するのはいい加減に面倒と思っていたところです。信秀殿は、那古野城に好きなだけご滞在なされると良い。道具はもちろん、必要なものは全てこちらで用意しましょう」
この日を境に、信秀は、長いときで十日間も那古野城に連泊して歌会に興じるようになった。ほとんど自分の城のように振舞い、信秀が城の一部に勝手に窓を拵えても、氏豊は「夏風を楽しむ風流だろう」と言って、気にも留めない。
あまりの不用心を危惧した家臣らが、ある時、本国の義元にその旨を密かに伝えたところ、
「弾正忠家は、信秀の父・信貞の頃よりにわかに力をつけてきた油断のできない一族と聞いている。そうでなくとも、今は泰平の世ではないのだから、くれぐれも用心を怠らぬよう、家臣の言をしかと聞き入れ、今一度その交流のあり方を省みよ」
義元より氏豊に警戒を促す文が届けられた。しかし、当の氏豊は、これを歯牙にもかけない。そればかりか、「兄上はわたしの友人を愚弄なさるおつもりか。このようなこと、間違っても信秀殿のお耳に入れるでないぞ」と堪らず猛って破り捨てた。
「信秀殿。戦は実につまらないものです。あなたのような教養にあふれた人が、わざわざ人殺しに走り回らなければいけないなんて」
「日がな歌を詠んで暮らす日が早く来れば良いと、常々思っております」
「うん。しかし、皮肉なことに、私が那古野へ来られたのも乱世の巡り合わせ。あなたという友に出会えたことだけが、戦の世のもたらしたただ一つの幸いなのかもしれません」
天文七年(一五三八年)春のこと。いつものように那古野城に滞在していた織田信秀が、突如発病し床に伏した。氏豊はすぐに国内外の名高い医者、祈祷師を呼び連ねて看病したが、健闘むなしく、病態は悪化の一途を辿っていった。
「私はもう、長くないです。病に伏してからここのところ、もし、いよいよというときがきたなら、今際の際に見える眺めを歌にできないかと、そう、考えていました。しかし、いざとなると、駄目です。思い浮かぶのは、遺される弾正忠家のことばかり。息子がいるのです、まだ、こんなに小さな……。いずれ、私の後を継ぐはずの子です。氏豊さま、後生でございます。一族の者らに一言、遺言を告げさせてはくださいませんでしょうか」
氏豊はすぐさま勝幡城へ使いを出し、やってきた弾正忠家の一族・重臣らを城内に招き入れたが、それでも、信秀の臨終に一目会おうと訪ねる人々が後を絶たないので、遂には、城門を開きっぱなしにして、その悉くを受け入れた。
氏豊は、親族との最期を過ごす信秀を憚り、一人星を見ていた。
「互いが互いをいがみ合う時代だ。皆、戦に備えて堅固な砦を築いたが、信秀殿、この城、そしてわたしたちは、何と風流に生きたことでしょうか。サア。この風に乗って、故郷へ帰られよ。私も、この那古野城も、今宵は乱世の業を忘れて、ただ、一人の親友との別れを惜しむ風となりましょう」
氏豊が感極まって落涙したその時、夜空の端がパッと明るくなった。城下で火事でも起きたのだろうか? そんなことを考えているうちに、火はみるみる城までおよび、そして、氏豊の心情とはひどくかけ離れた野蛮な喧騒が起こった。
開け放たれていた門から好き放題に人が押し寄せる。甲冑をつけた兵士の濁流だ。松明に照らし出された旗指物には織田木瓜の文様が無機質にはためいていた。
「お逃げください」
息せき切って駆け付けた重臣らが、氏豊を守る盾となって矢を受け倒れた。一人また一人と矢の雨に見舞われ、屋敷の中は阿鼻叫喚に包まれた。それらは、いつだったか信秀が城内に作った窓、もとい狭間から降り注いでいた。血でぬかるんだ床には連歌に使う懐紙、短冊が散乱して浸っている。
氏豊は逃げた。嗚咽を押し殺しながら、何が何だかわからないままに、ただ、ひたすらに逃げた。やっとのことで館の外へ這い出ると、眼前には、およそ一度も聞いたことのない恐ろしい怒声を上げながら、悪鬼の如く形相で自ら槍を振るって戦う織田信秀の姿があった。
氏豊は命からがら那古屋城から脱した。しかし、駿河へ戻ることはせず、茫然自失のまま京へと落ち延びていった。
『なんでも織田信秀は、遂に主家である清州衆を滅ぼすことに腹を決めたそうだが、主君殺しの汚名をすこしでも避けるために、清洲の方から再び挙兵させたところを討ち果たすという算段を立て、そのために仮病を使っているらしい』
清洲衆がこれをデタラメだと一蹴するのは簡単ではなかった。
「信秀が倒れたのは一族衆との宴の席という話ではないか。つまり、それを直に見たものは、すべて彼奴の身内というわけだ」
古渡城での失敗が重くのしかかっていたのである。
「まあ、焦ることもあるまい。方々に敵を抱えている限り、彼奴はじりじりと追い詰められていくしかないのだからな。それにしても仮病とは食えない男だ」
実際のところ、清洲衆のみならず尾張国の誰も彼も百姓に至るまでもが、信秀の病を疑っていた。そう見なされるだけの理由が織田信秀という男にはあった。
信長の住まう那古野城は、そもそも、那古野今川氏という一族の城であった。駿河・遠江を治める今川本家の支流であり、室町幕府奉公衆という立場で那古野の地を出先機関として治めていたが、戦乱の中で血が絶えると今川本家から幼子を養子にとり、これに家を継がせた。少年の名を今川氏豊という。今川義元の弟であった。
幕府直属の奉公衆という家柄のためか、氏豊もまた、やがて京文化に深く傾倒していった。とりわけ連歌を好み、たびたび、自ら歌会を主催するほどであった。
そんな折、織田弾正忠家を継承したばかりの信秀なる男が、京より飛鳥井雅綱という超一流の文化人を招いて大規模な鞠会・歌会を開くという。「是非とも自分も参加したい」と思った氏豊は、当時の信秀の居城である勝幡城に通いつめた。これを機に、氏豊と信秀は、歌を愛する者同士として交流を重ね、やがて、互いの居城を訪ね合う昵懇の間柄になった。
ある連歌会の日のこと、那古野城で信秀の到着を今か今かと待つ氏豊の元に、信秀から連絡が入る。聞けば、途上、連歌に使う道具一式を誤って川へ落としてしまったので、一度、新しいものを取りに帰るということである。
「まったく、信秀殿は何を遠慮しておられるのだろう。そうだ、互いに行き来するのはいい加減に面倒と思っていたところです。信秀殿は、那古野城に好きなだけご滞在なされると良い。道具はもちろん、必要なものは全てこちらで用意しましょう」
この日を境に、信秀は、長いときで十日間も那古野城に連泊して歌会に興じるようになった。ほとんど自分の城のように振舞い、信秀が城の一部に勝手に窓を拵えても、氏豊は「夏風を楽しむ風流だろう」と言って、気にも留めない。
あまりの不用心を危惧した家臣らが、ある時、本国の義元にその旨を密かに伝えたところ、
「弾正忠家は、信秀の父・信貞の頃よりにわかに力をつけてきた油断のできない一族と聞いている。そうでなくとも、今は泰平の世ではないのだから、くれぐれも用心を怠らぬよう、家臣の言をしかと聞き入れ、今一度その交流のあり方を省みよ」
義元より氏豊に警戒を促す文が届けられた。しかし、当の氏豊は、これを歯牙にもかけない。そればかりか、「兄上はわたしの友人を愚弄なさるおつもりか。このようなこと、間違っても信秀殿のお耳に入れるでないぞ」と堪らず猛って破り捨てた。
「信秀殿。戦は実につまらないものです。あなたのような教養にあふれた人が、わざわざ人殺しに走り回らなければいけないなんて」
「日がな歌を詠んで暮らす日が早く来れば良いと、常々思っております」
「うん。しかし、皮肉なことに、私が那古野へ来られたのも乱世の巡り合わせ。あなたという友に出会えたことだけが、戦の世のもたらしたただ一つの幸いなのかもしれません」
天文七年(一五三八年)春のこと。いつものように那古野城に滞在していた織田信秀が、突如発病し床に伏した。氏豊はすぐに国内外の名高い医者、祈祷師を呼び連ねて看病したが、健闘むなしく、病態は悪化の一途を辿っていった。
「私はもう、長くないです。病に伏してからここのところ、もし、いよいよというときがきたなら、今際の際に見える眺めを歌にできないかと、そう、考えていました。しかし、いざとなると、駄目です。思い浮かぶのは、遺される弾正忠家のことばかり。息子がいるのです、まだ、こんなに小さな……。いずれ、私の後を継ぐはずの子です。氏豊さま、後生でございます。一族の者らに一言、遺言を告げさせてはくださいませんでしょうか」
氏豊はすぐさま勝幡城へ使いを出し、やってきた弾正忠家の一族・重臣らを城内に招き入れたが、それでも、信秀の臨終に一目会おうと訪ねる人々が後を絶たないので、遂には、城門を開きっぱなしにして、その悉くを受け入れた。
氏豊は、親族との最期を過ごす信秀を憚り、一人星を見ていた。
「互いが互いをいがみ合う時代だ。皆、戦に備えて堅固な砦を築いたが、信秀殿、この城、そしてわたしたちは、何と風流に生きたことでしょうか。サア。この風に乗って、故郷へ帰られよ。私も、この那古野城も、今宵は乱世の業を忘れて、ただ、一人の親友との別れを惜しむ風となりましょう」
氏豊が感極まって落涙したその時、夜空の端がパッと明るくなった。城下で火事でも起きたのだろうか? そんなことを考えているうちに、火はみるみる城までおよび、そして、氏豊の心情とはひどくかけ離れた野蛮な喧騒が起こった。
開け放たれていた門から好き放題に人が押し寄せる。甲冑をつけた兵士の濁流だ。松明に照らし出された旗指物には織田木瓜の文様が無機質にはためいていた。
「お逃げください」
息せき切って駆け付けた重臣らが、氏豊を守る盾となって矢を受け倒れた。一人また一人と矢の雨に見舞われ、屋敷の中は阿鼻叫喚に包まれた。それらは、いつだったか信秀が城内に作った窓、もとい狭間から降り注いでいた。血でぬかるんだ床には連歌に使う懐紙、短冊が散乱して浸っている。
氏豊は逃げた。嗚咽を押し殺しながら、何が何だかわからないままに、ただ、ひたすらに逃げた。やっとのことで館の外へ這い出ると、眼前には、およそ一度も聞いたことのない恐ろしい怒声を上げながら、悪鬼の如く形相で自ら槍を振るって戦う織田信秀の姿があった。
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))