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第二章 台風の目
十七
那古野城から北東へ五里ほど行くとやがて木曽川本流の大河にぶつかる。これを舟で越えると、ようやく美濃の国境の近くに至るが、冨田という町はそういう場所にある。
海運で栄え活気あふれる寺内町だが、それもそのはず、冨田を治める聖徳寺は、大坂本願寺の末寺として尾張・美濃の両国から特別に免税されており、実に民家七〇〇あまりが軒を連ねて立ち並ぶほどの盛況ぶりだった。
同年四月下旬某日、利政は朝早く起き、城を出立した。
兵は一五〇〇ほど率いている。無論、信長と戦いに行くのではないが、乱世であるから、万一の事態に備えてのことだ。
しかし、それに付き従った足軽たちにとってはそう断じられるものではなかった。
彼らにとっては、そもそも、信長が利政からの会見の申し入れに条件の一つもつけず快諾したという事実が、すこぶる怪訝で仕方がない。
聖徳寺は、その性質から、一見すれば美濃・尾張に対して中立的な場所であるかのような印象を与えてはいるが、信長が那古野から来るには木曽川という大河を越えなければならない。もしも、利政が軍勢をそろえて待ち構えていたとしたら、信長には成す術がないということなのだ。
あまりに公平とは言えないこのやり口に、利政の軍勢の、とりわけ末端の連中は、『さては、信長を討ち取る気かもしれないぞ』などとにわかに緊張していた。
それだけではない。加えて、利政の周りを固める重臣たちの面子が少々異なり、仰々しい様子がある。これには道空も何か予感を覚えていた。
「此度の行列には懐かしい顔が幾名かおりますな。このようにご隠居らばかりを集めて、一体どういうつもりです?」
仰々しい様子とは、奥ゆかしい慇懃な老人たちの姿が放つ威厳に由来している。彼らは皆、直垂に烏帽子といった室町式の立派な礼装である。作法にも造詣の深い者たちなのだろう、途上の道はところどころがぬかるんでいたにも関わらず、その衣服には泥一つとて跳ねてはいない。
「信長の恰好を知っているか」
「はあ。袖を切り落とした湯帷子を着ているとかいうのは、まあ、よく聞く話ですな。アッ。もしやとは思いますが、」
「うん。ちょっと脅してやろうと思ってね。御堂の縁の前に、こいつらを一列へ並ばせて信長を迎え討つ。こんなお堅いのはきっと見たことがないだろう」
「ハハ。本当にお人が悪い。聖徳寺には、門を抜けて御堂まで、たしか、石段がありましたな。信長殿が腰を抜かして転げ落ちたら、どうしますか。美濃と尾張の同盟は破綻するやもしれませんな」
「破綻しても、別に良いけどね」
いよいよ冨田に近づくと、利政は軍勢に別れを告げた。大名同士の会見では、不測の事態が起こらぬよう、道は決して交わらぬよう事前に決め置き、兵は対面の場所より少し離れたところで待たせておくのが常である。ここに至り、待機を命じられた足軽らは、ようやく今日が戦争でないことに安堵した。
利政は共廻の者たちだけを引き連れて聖徳寺を目指す。だが、会見の時刻にはまだかなり早かった。
「どれ、暇つぶしにいこうか」
「どちらへ行かれるので?」
「お前も来るがいい、道空」
供廻の大半を先に正徳寺へ向かわせて会見の準備をさせ、自身は、道空らわずかな側近を連れて町の南、つまりは那古屋方面に繋がる街道へと赴いた。そこにちょうどいい猟師の小屋を見つけると、金を払って主に半日遊んでくるように行って追い出し、やってくるはずの信長一行を見物することにした。
「なぜこのような、」
「せっかく織田信長がくるのだ。ふだんの面を拝んでおこう」
日が登り、小屋の中に光が差し込んできたちょうどその時、見張りを任せていた猪子高就という武者から声が上がった。
「来ました。兵です。織田木瓜の旗指物、織田信長の軍兵です」
利政は齢六十の折れ曲がりかけた腰を伸ばし、覗き見るように格子窓に張り付いた。
先頭には、まだ年端もいかない少年のような足軽たちが元気に歩いていた。きびきびとした動きが過ぎるあまり、外見はすこし滑稽なのだが、那古野からここまで微塵も疲労を感じさせないその動きは、さすがに若者というところだ、と利政は愉快な気分になった。
そして、突然現れる。
馬に乗っているその男は、旅芸人のように華美な格好だった。馬に揺れているのは、自慢の茶筅髷ばかりではない。腰につけた瓢箪、必要以上にぶらさげた火打袋……。何かがギラリと光る。降り注ぐ日差しを反射して輝いたのは過剰な金銀で拵えられた太刀、脇差の類だろうか。
道空はそれをいちいち見分したが、数え上げていたらキリがないほどの装飾である。
「あれが、信長……! ハハハ、うつけと言われるのも無理もない。もはや会って確かめるまでもないのではないですか、殿」
ところが利政はあくまで冷静そのもので、「腰につけている火打袋、いったい、そんなに必要だろうかね」などと自分なりに信長を観察して楽しんでいる。
通り過ぎる信長を見たとき、猪子も思わず失笑した。隣国の噂話として聞いている分には「何処にも馬鹿な人間はいるものだ」という程度の念しか湧き起らないが、実際に見てみると、外見から表情に至るまでまったくもって可笑しくて仕方がない。
「若者だアな」
利政はすっくと立ち上がり、「おい」と道空らに小屋を出るよう指図した。
「もう行かれるので? 信長の軍勢は見ぬのですか」
「本人を見たら満足したよ。あとは寺でたのしむことにしよう。それに、見ろ、あいつら走ってくる気だぞ。はやく戻らねば先回りできぬ」
そう言って足早に聖徳寺へと引き返した。道空には、その主君の小走りがどことなく軽やかに見えた。
利政が聖徳寺に戻り古老たちを並べて遊んでいる頃、信長一行もまた、軍勢に別れを告げて町に入った。
聖徳寺へ付き従うのは、こちらも側近ばかりの数十名だが、その年頃は利政に比してまったく対照的と言わざるを得ない。
池田恒興、丹羽長秀、前田利家、佐々成政らを含む、後の世にその名を刻む若武者たちが集結しているのだが、この時分はただの信長の取巻きに過ぎない。
冨田の町はただでさえ賑わいがあるのに、チンピラの恰好をした噂の殿様がいらっしゃったものだから大騒ぎとなった。迷惑したのは長秀らで、警固だけでも大変な重労働となってしまった。
さて、正徳寺の唐門の見えるところまで来ると、信長はくるりと後ろを振り返る。
「何ですかい。帰りますかい。殺されるかもしれませんので、私は賛成ですがね?」
恒興の軽口には耳を貸さず、信長は長秀に目配せした。
すると、長秀は背中に背負っていた二双の屏風を取り出して立てつけた。信長は、さらに利家や成政に持って来させた荷物を受け取って屏風の中に消えた。水をバシャバシャやっている音がする。
「行水……?」
物の数分のことだった。
「もういいぞ」
屏風を引き払い、そこに現れた信長の姿は、およそ何人も見たことのにない目を疑うものだった。
月代こそないものの、おそらくは生まれて初めて結ったであろう折髷。人知れず用意した褐色の長袴を履いて、華美な彩色を抑えた漆黒の小刀を差している。会見に赴くに申し分ないどころか出来すぎた正装だった。
「どどど、どうしたのですか。こいつは、こいつは織田家もオシマイだッ。イヤ、さては狐が化けているんだな。やい、信長さまをどこにやったのだ」
尾張のものに見せれば誰もが仰天するであろう信長の正装だが、この場で狼狽しているのは事前に知らされていなかった恒興だけである。
「うつけの織田信長は、しばらくなりを潜める」
だが、事前に仔細を聞かされていた利家らでさえも、実際にその姿を目の当たりにしたなら、思わずうっとりと見とれてしまうほどの男ぶりであった。
「なりを潜めるったって、あなた、それができないから、今まで散々にうつけだなんだと好き勝手言われて、……」
「もう過去の話サ」
「だがしかしなア、信長さまよ、そういうことをするのなら、朝からその恰好できたならいいのに、何だっていまここでお披露目ということになるのさ、」
「この恰好で渡河はできぬ。それに、慣れていないから肩が凝るのだ、これは」
途端にその弁舌すらどこか威厳が籠ったように見えて、恒興は思わず圧倒された。
「行くぞ」
そういうと信長は唐門をくぐって、石段を登り始めた。慣れない長袴で歩きづらそうではあるが、元々、一日中を山で遊び呆けるような運動能力の男なので、転ぶようなヘマはやりそうにない。
石段を登り切ったとき、御堂の縁の前にズラリと並んだ老翁らを信長は見た。
「舅殿のやることだな、まったく」
これから初めて会う人間に対して、すでによく見知った間柄であるかのような感想を漏らしながら、さして驚くこともなく、信長はニヤリと笑った。利家らにしても、信長の意を借り、実に堂々と不適に胸を張っている。恒興だけを除き。
肝をつぶされたのは、むしろ古老たちの方だった。
信長見物から舞い戻った利政は、身振り手振りの許す限りに信長の出で立ちを面白おかしく伝えてみせた。誇張は少ないが、それだけで古老たちは失笑したものだ。利政の悪意にあてられ、老人ながらも童のような悪戯心を育み、胸を躍らせていた彼らだが、いざ現れた信長の姿は聞いていた話とまったく違う。中には、信長を直に見たことがある者さえいたのだが、あまりの豹変ぶりに、「本人ではないのではないか?」という錯覚を覚えてしまうほどだった。
その時、一人の老人が狼狽のあまり、足腰に力が入らずグラリと態勢を崩してしまった。信長はさっと駆け寄り、男の肩をガシと掴んで転倒を阻んだ。
「ヒヒ」
変な笑い声をあげて男を見やった。
と、気付けば目の前の庇に道空が立っている。
「堀田道空と申します」
元は尾張に住んでいたこの男だが信長との面識はない。
道空は身内の恥に苛立ち、それを散らすように厳しい声で言った。
「織田信長さまでございますな。お早く中へ入られませ。ご準備のほどをお願いいたします」
そう言って信長を急かそうとするのが精一杯であった。信長はニヤケ面を崩さず、促されるまま御堂に入った。
香の焚かれた匂い。やや薄暗くしんと冷えている。先ほどの古老らに負けんばかりの諸侍が座して周囲を囲んでいる。これらはこけおどしではない、利政の本当の側近であろう。
「サア、お座りくださいませ」
道空は再び信長を促したが、しかし、信長は聞いているのだかいないのだか、突っ立ったまま。聞こえなかったかと道空が改めて口を開こうとしたところ、信長はスタスタとその前を通り抜けて、本堂内から外の庭園に通じる縁の柱にもたれかかり、首をぽきぽきと鳴らしながら欠伸をした。
「な、何を、……」
堪らず道空は声をあげようとしたが、途端、同時に気がついた。
信長は、利政が姿を現すのを待っているのだ、と。
そもそも、今回の会見は、斎藤利政から織田信長に申し入れたものであり、信長はそれを二つ返事で承諾しただけの、いわば招かれた客である。先に来てもてなすべきは利政の方であると、いや、そこまでは求めずとも、せめて対等に着座するのが道理だと、信長は態度で以て示していたのだ。
『こいつ……!』
道空は思わず頬を引きつらせて、さらに苛立ちを募らせた。
『筋は通っているが、しかし、どこの誰がものを言っているのだ』
そんな思いがまとわりついているのだ。
だが、利政本人の方は冷静そのものであった。御堂の屏風の奥に隠れて信長を待っていたが、道空が下手なことを言ってせっかくの会見を台無しにしてしまう前に、
「ヨイショっと」
徐にその姿を現した。
ところが、信長はそれでも知らんふりを決め込んでいた。気付いているのに視線を合わせようともしない。
いい加減にたまりかねた道空が「こちらの方が、齋藤山城守利政殿です」と声を張った。
信長は柱から跳ねおき、ようやく利政を一瞥すると、ただ一言、
「であるか」
そして、整えられた八重畳の上に腰を下ろした。
「織田三郎信長にござる」
「斎藤山城守利政にござる」
つつがなく挨拶を交わした。
道空は、未だに信長への苛立ちが冷めやらぬ様子ではあったが、利政が目配せすると、奥へ引っ込み、しばらくして湯漬けをもってやってきた。
「うまい。湯漬けは好きだ。いや、好きです」
「理由を当ててみせようかね。早く食えるからだ」
「そうです。武士の飯は早ければ早いほどいい。あとはそこそこうまければ、マア、なおいいでしょう。私が飯というものに思うのは、それだけです」
「そんなような気がしたのだよ」
「あまりにぴたりと当てるものですから、帰蝶からこっそりと私の好物をお聞きになったのかと思いましたよ。ですが、さすがに自惚れだったようです」
「イヤ、似たようなものだよ。せっかちな男だということは、まさしく帰蝶からの文でよくわかっていたからね」
「アハハ。次からはもう少し恰好の良いところを書いてもらうよう、お願いしておかねばなりません」
道空は思う。存外によく喋る男だ。信長は前置きを嫌う勘気の性格だと聞いていたが、存外に社交的な言葉を使うじゃないか。
「それにしても、大した男前ぶりだね。娘も鼻が高かろうて」
「いやいや、普段は、帰蝶には「野武士」と呼ばれています」
「ワハワハ。では、何故、今日は改まって来られたのか」
「舅殿にお会いするに、無様な格好では礼をかきましょう」
それは決して嘘ではないが、しかし、利政は信長のその答えには満足しない様子だった。
利政は、吸い込まれるような漆黒の瞳をじっと向けて、信長を見た。自分が納得しないものに対してはこうしてとことん無言で詰め寄り、相手の方に喋らせるのがこの男のやり口だった。相手からしてみれば、まるで切っ先を突き付けられているようだ。何が恐ろしいというのではないのだ。何が恐ろしいのか分からぬのに、確かにそこにある凄みが、何より恐ろしいのだ。
「そのように、いつもひとに真実を迫られるのですね」
「聞かせてくれるかね」
「平手政秀という男が死んだからです」
「ホウ」
「舅殿もよく覚えておられましょう。私と帰蝶の縁談をはじめ、何かにつけて美濃へ足を運んでおりましたから。よくできた男だが、死にましたよ。腹を切って」
「なぜ、死んだと思うか」
「私のうつけぶりに愛想を尽かして、です」
「ほんとうに?」
「ええ。この期に及んで偽りは申しません」
今度は嘘を言っている目ではない。
「私は、傍目にうつけですが、自分で自分のことをそのように卑下して思ったことは一度もない。そして、それは、私だけが知っていればそれでいいのだと思っていたのです」
「いい思想だね」
慣例を打ち破るには、周囲に流されない芯が必要だと利政は知っている。
「しかし、違いました」
「どう違った」
「例え、私のことを信じられぬとも、例え、下らぬ世俗に振り回されて阿呆のようにいつもあくせくしていようとも、それでも、側にいてほしいと思わせる人間というのは、居るものです」
「それが平手政秀という男、だったと?」
「はい」
利政はゲッと口を開く。
「うつくしい話だがね、多くの者が、そうして情にほだされ、道を誤るね。自分におべっかを使う者だけを取り立て、他の優秀な家臣の恨みを買う。私はそういう者たちをたくさん見てきた」
そして、殺してきた。そんなことを自ら言うはずがないが、その場の誰の頭にも続く言葉が浮かんだことは言うまでもない。
「古今東西、そうして寝首をかかれた権力者は山ほどいたが、ともすれば、信長殿の話はそれと地続きじゃないのかね」
「そうです。しかし、権力者と言われましたね。それで言えば、私は人を遍く支配しようという野望など持ち合わせていないのです」
「ワハハ。無欲を誇っているつもりかね」
利政は苦笑した。
「いいえ。私はただ、いまオモシロイと思うものを追いかけるだけ。結果、人がついて来ずに寝首をかかれるなら、それは私の器の足りぬというだけのことです。寝首をかかれながら、「本当のオレを知らないだけだ」と叫んだところで、誰がそれを聞きましょう。だが、腹を切って死なれてしまうのは、いけない。寝覚めが悪いのです。こんな格好をしてやるだけで生きていてくれた者がもしいるのなら、なるほど、其奴は阿呆かもしれませんが、私はそれでいい。安いものだと思うようになりました。ようやくのことです」
「では信長殿がオモシロイと思うもの、それとは、何かね」
「いまは、種子島」
「鉄砲、か?」
場が少しざわめいた。信長の答えはあまりにも物質的であった。利政とて失笑してしまうところだが、信長は畳みかけるように滔々と語りかける。
「鉄砲はいい。清洲衆というのを知っておられましょう。私に盾突くその清洲衆の頭目に坂井大膳というのがおりますが、昔、そいつを鉄砲で撃ってやったことがあります。そのときは、失敗しました。私が放った一発の弾は、彼奴の兜に弾かれた。しかし、もしその時です、弾が十発、五十発と降り注いでいたなら、必ずや彼奴のからだを蜂の巣にしたことでしょう」
「それで?」
「近頃よく見る夢があります。鉄砲が戦場に甍を並べ、所せましと覆いつくしている。そこに向かってくる敵の槍兵を、やたらめったらに撃ち尽くす。敵兵は私に近づく術もなく、バタバタと倒れていく。どうです。そんな戦を、見たことがありますか」
「ないね。ないが、……その戦、鉄砲は信長殿だけがたくさん持っているのかね。それじゃあちょっと不公平だと、意地悪を思ってしまうよ」
「もちろん、時代が降れば、必ずどちらの軍も大量の鉄砲を持つようになりましょう。だから、いま。いまやるしかない。いまやれば、私の夢が現実にできます」
「どれほどの鉄砲が揃わば、夢の戦ができる思うかね」
利政とて、伝来以後、鉄砲の威力には目を見張ってきたが、しかし、これは信長が語るように、大量に扱ってこそ真価を発揮する武器だと知っている。いや、とりわけ野戦においては、大量に扱えなければたいした意味をなさないとまで言えよう。弾込めに時間がかかり過ぎ、弓より勝手が悪い。隙を突かれぬように間断なく打ち続け手数で圧倒していなければいとも簡単に斬り込まれてしまうという弱点がある。もし、それが分かっていないなら未熟に過ぎる。
「一万の敵を相手どるとして、ざっと見積もり三〇〇〇丁」
こらえきれなくなった幾人かが笑い声を漏らした。
無謀。一体どこからそんな金が沸いて出るというのだろう? それに、鉄砲だけ買えばそれが戦場で十全に使えるわけではない。鉄砲の弾薬に使われる硝石が日ノ本のどこどこで多く採取されているという話を未だ聞かない以上は、異国から買い落とすしかない。それに、鉄砲を組織だって扱える兵隊を鍛えることが何よりも肝要だ。それぞれが勝手に撃っているのでは、実際の戦場ではまるで話にならない。
『金も、手間も、いくらあっても、人間の一生にはきっと足りないだろう』
ある程度の知見のある者なら、一見してそう断言せざるを得ない根拠がいくらでもあるのだ。
「それはさぞ壮観だろうね。夢なら何を見たって誰にも文句は言われぬからな。ハハ」
戦で活用するための目算は誤ってはいないらしいが、もっと根底のところが馬鹿げているではないか。
「二〇〇丁」
「ア?」
「いま、二〇〇丁を揃えたところです」
またもや御堂は笑いに包まれた。ところが、である。利政だけはこれを笑うことができなかった。
三〇〇〇丁という数の目標は、たしかに大うつけのそれであるがが、仮に、二〇〇丁の鉄砲を持っているのがハッタリでなく、それだけの財力があるうえで実際に鉄砲につぎ込んだというのなら、いよいよ本気。それは正気の沙汰ではない。
「驚天動地のうつけ、か。ワッハッハッハ」
御堂のなかにすこし遅れて利政の哄笑がこだまする。信長はちっとも気を悪くしない。
この奇妙な光景に不気味さを覚えているのは道空だった。斎藤利政という男は、ほんとうに愉快なときには、こんな風に声を張って笑ったりはしないと知っているからだ。
「鉄砲のために戦争を成すか。まるで手段がアベコベだ。大身させれば、日ノ本を滅ぼしかねん男よ」
「大げさなことです」
利政に勧められ信長はグイと盃を呑んだ。
やがて両者とも酔いがまわると、会見は滞りなく和やかに進んだが、それは前触れもなく唐突に終わりを告げた。
「ただ、私とて人並みには武士です。他国に侵されるような無様な思いはしたくないとは思っているのです」
「今川、義元か」
「先にもお話した清洲衆、そして、これは舅殿に隠し立てしても仕方がありませんや、実の弟までもが私に歯向かう気配があります」
「絶体絶命、というやつだね」
「ええ、ですから、舅殿に助けていただきたいのです」
「フフ。良かろう。私にできることがあればね」
「心強い限りです。であれば、では、舅殿の危機にはこの信長がはせ参じましょう」
「ワッハッハ。四面楚歌の男がよく言いよる」
この時、利政は唐突に酔いが醒めるような思いをした。
「どうかされましたか」
「いや、」
道空には分かった。その時、利政の中で何が逡巡したのかが。
それはまさしく、高政に関する懸念だった。
自分に対し反抗の意を示していた息子に、実のところ、利政はいまだ何の手も講じられずにいた。情け容赦なく主君を斬り捨てて成り上がってきたこの男が、どういうわけだか、実子に対しては後手後手にまわってしまっていた。それに比べて、目の前の織田信長なる青年はどうだろう、すでに実弟と戦う覚悟を決めているというから、この自覚は利政を大いに不快にさせた。
「婿殿よ、悪くない時間だったが、少々飲みすぎた、」
それを感じ取った道空が、
「時間は早いものです。今日はこの辺りにされてはいかがでしょう。此度が最後というわけではありませんから。それに、信長殿も那古野までの日帰りにはずいぶんお時間を要しましょう」
と気を遣ったが、
「お気遣いかたじけないが、最後に一つだけよろしいでしょうか。私は、斎藤利政という稀代の軍略家と対面するに辺り、これを必ず伺おうと決めたきたことがあるのです」
「申してみなさい」
利政はどうにも眉に皺を寄せながら最後の虚勢を張った。
「いまから六年前、加納口に押し寄せた我が父・織田信秀の軍勢を、舅殿はいかにして完膚なきまでの返り討ちにしたのでしょうか。後学のために、それをなるべく詳細にお聞かせ願いたいのです」
――
ほんの数刻の会見だったが、終わる頃には、誰も彼も例外なくどっと疲れたようだった。
利政とて途中までは気持ちよく飲んでいたのだが、高政のことを考え出してからは駄目だ。それに、いつの間にやら信長の口八丁に乗せられて要らぬことを喋らされたような風もある。それを繕うために深酒気味でもあった。
しかし、両者が立ち上がったとき、フラリとよろめいたのは信長だった。
「婿殿、いかがしたか」
『何だ、そうは言っても緊張していたのか。存外にかわいいところもあるじゃないか』と、利政は機嫌をすこし取り戻して、
「いや、遠路ご苦労。那古屋は遠いからね。見送りってやろう」と声をかけた。
「お見苦しいところをお見せし面目次第もありません。恥ずかしながら、実は下戸でして、酒など一口も飲めぬというのに、柄にもなく無理をしてしまいました。いま賊に襲われたら私は使い物になりませんから、お言葉に甘えさせていただきます。もう少し、私と酔いを醒ましがてらお話いただけますでしょうか。木曽川の岸に兵らを待たせてありますので、その辺りまで」
利政たちは信長に同行し、大河の流れる萩原という渡場まで見送りに出た。
春先の風がそよそよと流れて、酔いに火照ったからだを少しずつ冷やす。日が傾きかけてきた頃、彼らは萩原に着いた。
そこには信長の軍勢が身じろぎもせず整然と立ち並び、舟の準備を終えて待っていた。
数はおよそ一千といったところだろう。いずれも派手に着飾り、健やかな活気に満ちていた。
そして、次の瞬間、利政は目にする。鉄砲を携えた兵隊が、ちょうど二〇〇ぐらい居るのだ。それから続いて弓兵、これは鉄砲隊よりもすこし多いか三〇〇ほどはある。あとの五〇〇は槍兵らしいが、皆朱色に染めた長槍を天に向けて整列していた。これが常軌を逸して長いことこの上ない。利政自身、三間の長槍隊を組織しているが、信長の槍隊はそれよりも明らかに長い、三間半の長槍なのだ。
『三間でさえ扱いづらいのに、そんな馬鹿みたいな槍を扱えるものが、そうそう居るものか』
自らを落ち着かせるようそう心に唱えたが、同時に、信長軍にほんとうに二〇〇丁の鉄砲隊がいることを知った後のことでは、どうも三間半の長槍にしても、信長のやることだからハッタリではないような感じがして仕方がない。
仲間たちの元へと歩み寄っていく信長。酔いのために足取りふらついた、その時だった。信長軍の心に、それはごく刹那のことではあったが、重大な誤解が生じた。『斎藤利政めが、我らが主君に何かしでかしたのではないか』という誤解。主の身を一心に案じた彼ら一人ひとりの心の中に、闘気が満ちて迸った。わずか、ほんのわずかのことだが、一斉にギロリと利政一行を睨みつけた。
『織田信長は「いま賊に襲われたら私は使い物になりません」と私に言ったが、この屈強な軍勢ともし戦争になれば、なぶり殺しに合うのはこちらではないか?』
信長を気遣って同行したことを、この時、利政は心底後悔した。
信長は「大事ない、大事ない」と仲間たちの誤解を解くと、利政に別れの挨拶を告げ、川を舟で流れて帰って行った。 落日の夕日を背にまったく敗軍の将のような情けない佇まいの織田軍なのだが、内心、敗北の念に憑かれていたのは明らかに見送る利政の方だった。
たった数刻の短い会見は、こうして幕を閉じた。
稲葉山への帰途についた利政は、依然、苦虫を噛み潰したように黙っているばかり。やがて見かねた猪子が、よせばいいのに、どうにか主君の機嫌をとろうと、道空が制止するのも聞かずひどく安易に声をかけた。
「何だかんだと口先だけは回るものの、酒もろくに窘めぬような情けない若者でしたな、織田信長殿は」
利政はゆらりと顔を上げると、猪子を睨みつけた。
そして、傍らに侍る自らの馬のたてがみを撫でてやりながら、つぶやく。
「だからこそ、だからこそ悼ましいのじゃないか。いずれ我が息子らが、あの大うつけの城館に馬をつなぐ不幸がな……」
この日を境に、利政の前で表立って信長を嘲る者たちはいなくなったという。
海運で栄え活気あふれる寺内町だが、それもそのはず、冨田を治める聖徳寺は、大坂本願寺の末寺として尾張・美濃の両国から特別に免税されており、実に民家七〇〇あまりが軒を連ねて立ち並ぶほどの盛況ぶりだった。
同年四月下旬某日、利政は朝早く起き、城を出立した。
兵は一五〇〇ほど率いている。無論、信長と戦いに行くのではないが、乱世であるから、万一の事態に備えてのことだ。
しかし、それに付き従った足軽たちにとってはそう断じられるものではなかった。
彼らにとっては、そもそも、信長が利政からの会見の申し入れに条件の一つもつけず快諾したという事実が、すこぶる怪訝で仕方がない。
聖徳寺は、その性質から、一見すれば美濃・尾張に対して中立的な場所であるかのような印象を与えてはいるが、信長が那古野から来るには木曽川という大河を越えなければならない。もしも、利政が軍勢をそろえて待ち構えていたとしたら、信長には成す術がないということなのだ。
あまりに公平とは言えないこのやり口に、利政の軍勢の、とりわけ末端の連中は、『さては、信長を討ち取る気かもしれないぞ』などとにわかに緊張していた。
それだけではない。加えて、利政の周りを固める重臣たちの面子が少々異なり、仰々しい様子がある。これには道空も何か予感を覚えていた。
「此度の行列には懐かしい顔が幾名かおりますな。このようにご隠居らばかりを集めて、一体どういうつもりです?」
仰々しい様子とは、奥ゆかしい慇懃な老人たちの姿が放つ威厳に由来している。彼らは皆、直垂に烏帽子といった室町式の立派な礼装である。作法にも造詣の深い者たちなのだろう、途上の道はところどころがぬかるんでいたにも関わらず、その衣服には泥一つとて跳ねてはいない。
「信長の恰好を知っているか」
「はあ。袖を切り落とした湯帷子を着ているとかいうのは、まあ、よく聞く話ですな。アッ。もしやとは思いますが、」
「うん。ちょっと脅してやろうと思ってね。御堂の縁の前に、こいつらを一列へ並ばせて信長を迎え討つ。こんなお堅いのはきっと見たことがないだろう」
「ハハ。本当にお人が悪い。聖徳寺には、門を抜けて御堂まで、たしか、石段がありましたな。信長殿が腰を抜かして転げ落ちたら、どうしますか。美濃と尾張の同盟は破綻するやもしれませんな」
「破綻しても、別に良いけどね」
いよいよ冨田に近づくと、利政は軍勢に別れを告げた。大名同士の会見では、不測の事態が起こらぬよう、道は決して交わらぬよう事前に決め置き、兵は対面の場所より少し離れたところで待たせておくのが常である。ここに至り、待機を命じられた足軽らは、ようやく今日が戦争でないことに安堵した。
利政は共廻の者たちだけを引き連れて聖徳寺を目指す。だが、会見の時刻にはまだかなり早かった。
「どれ、暇つぶしにいこうか」
「どちらへ行かれるので?」
「お前も来るがいい、道空」
供廻の大半を先に正徳寺へ向かわせて会見の準備をさせ、自身は、道空らわずかな側近を連れて町の南、つまりは那古屋方面に繋がる街道へと赴いた。そこにちょうどいい猟師の小屋を見つけると、金を払って主に半日遊んでくるように行って追い出し、やってくるはずの信長一行を見物することにした。
「なぜこのような、」
「せっかく織田信長がくるのだ。ふだんの面を拝んでおこう」
日が登り、小屋の中に光が差し込んできたちょうどその時、見張りを任せていた猪子高就という武者から声が上がった。
「来ました。兵です。織田木瓜の旗指物、織田信長の軍兵です」
利政は齢六十の折れ曲がりかけた腰を伸ばし、覗き見るように格子窓に張り付いた。
先頭には、まだ年端もいかない少年のような足軽たちが元気に歩いていた。きびきびとした動きが過ぎるあまり、外見はすこし滑稽なのだが、那古野からここまで微塵も疲労を感じさせないその動きは、さすがに若者というところだ、と利政は愉快な気分になった。
そして、突然現れる。
馬に乗っているその男は、旅芸人のように華美な格好だった。馬に揺れているのは、自慢の茶筅髷ばかりではない。腰につけた瓢箪、必要以上にぶらさげた火打袋……。何かがギラリと光る。降り注ぐ日差しを反射して輝いたのは過剰な金銀で拵えられた太刀、脇差の類だろうか。
道空はそれをいちいち見分したが、数え上げていたらキリがないほどの装飾である。
「あれが、信長……! ハハハ、うつけと言われるのも無理もない。もはや会って確かめるまでもないのではないですか、殿」
ところが利政はあくまで冷静そのもので、「腰につけている火打袋、いったい、そんなに必要だろうかね」などと自分なりに信長を観察して楽しんでいる。
通り過ぎる信長を見たとき、猪子も思わず失笑した。隣国の噂話として聞いている分には「何処にも馬鹿な人間はいるものだ」という程度の念しか湧き起らないが、実際に見てみると、外見から表情に至るまでまったくもって可笑しくて仕方がない。
「若者だアな」
利政はすっくと立ち上がり、「おい」と道空らに小屋を出るよう指図した。
「もう行かれるので? 信長の軍勢は見ぬのですか」
「本人を見たら満足したよ。あとは寺でたのしむことにしよう。それに、見ろ、あいつら走ってくる気だぞ。はやく戻らねば先回りできぬ」
そう言って足早に聖徳寺へと引き返した。道空には、その主君の小走りがどことなく軽やかに見えた。
利政が聖徳寺に戻り古老たちを並べて遊んでいる頃、信長一行もまた、軍勢に別れを告げて町に入った。
聖徳寺へ付き従うのは、こちらも側近ばかりの数十名だが、その年頃は利政に比してまったく対照的と言わざるを得ない。
池田恒興、丹羽長秀、前田利家、佐々成政らを含む、後の世にその名を刻む若武者たちが集結しているのだが、この時分はただの信長の取巻きに過ぎない。
冨田の町はただでさえ賑わいがあるのに、チンピラの恰好をした噂の殿様がいらっしゃったものだから大騒ぎとなった。迷惑したのは長秀らで、警固だけでも大変な重労働となってしまった。
さて、正徳寺の唐門の見えるところまで来ると、信長はくるりと後ろを振り返る。
「何ですかい。帰りますかい。殺されるかもしれませんので、私は賛成ですがね?」
恒興の軽口には耳を貸さず、信長は長秀に目配せした。
すると、長秀は背中に背負っていた二双の屏風を取り出して立てつけた。信長は、さらに利家や成政に持って来させた荷物を受け取って屏風の中に消えた。水をバシャバシャやっている音がする。
「行水……?」
物の数分のことだった。
「もういいぞ」
屏風を引き払い、そこに現れた信長の姿は、およそ何人も見たことのにない目を疑うものだった。
月代こそないものの、おそらくは生まれて初めて結ったであろう折髷。人知れず用意した褐色の長袴を履いて、華美な彩色を抑えた漆黒の小刀を差している。会見に赴くに申し分ないどころか出来すぎた正装だった。
「どどど、どうしたのですか。こいつは、こいつは織田家もオシマイだッ。イヤ、さては狐が化けているんだな。やい、信長さまをどこにやったのだ」
尾張のものに見せれば誰もが仰天するであろう信長の正装だが、この場で狼狽しているのは事前に知らされていなかった恒興だけである。
「うつけの織田信長は、しばらくなりを潜める」
だが、事前に仔細を聞かされていた利家らでさえも、実際にその姿を目の当たりにしたなら、思わずうっとりと見とれてしまうほどの男ぶりであった。
「なりを潜めるったって、あなた、それができないから、今まで散々にうつけだなんだと好き勝手言われて、……」
「もう過去の話サ」
「だがしかしなア、信長さまよ、そういうことをするのなら、朝からその恰好できたならいいのに、何だっていまここでお披露目ということになるのさ、」
「この恰好で渡河はできぬ。それに、慣れていないから肩が凝るのだ、これは」
途端にその弁舌すらどこか威厳が籠ったように見えて、恒興は思わず圧倒された。
「行くぞ」
そういうと信長は唐門をくぐって、石段を登り始めた。慣れない長袴で歩きづらそうではあるが、元々、一日中を山で遊び呆けるような運動能力の男なので、転ぶようなヘマはやりそうにない。
石段を登り切ったとき、御堂の縁の前にズラリと並んだ老翁らを信長は見た。
「舅殿のやることだな、まったく」
これから初めて会う人間に対して、すでによく見知った間柄であるかのような感想を漏らしながら、さして驚くこともなく、信長はニヤリと笑った。利家らにしても、信長の意を借り、実に堂々と不適に胸を張っている。恒興だけを除き。
肝をつぶされたのは、むしろ古老たちの方だった。
信長見物から舞い戻った利政は、身振り手振りの許す限りに信長の出で立ちを面白おかしく伝えてみせた。誇張は少ないが、それだけで古老たちは失笑したものだ。利政の悪意にあてられ、老人ながらも童のような悪戯心を育み、胸を躍らせていた彼らだが、いざ現れた信長の姿は聞いていた話とまったく違う。中には、信長を直に見たことがある者さえいたのだが、あまりの豹変ぶりに、「本人ではないのではないか?」という錯覚を覚えてしまうほどだった。
その時、一人の老人が狼狽のあまり、足腰に力が入らずグラリと態勢を崩してしまった。信長はさっと駆け寄り、男の肩をガシと掴んで転倒を阻んだ。
「ヒヒ」
変な笑い声をあげて男を見やった。
と、気付けば目の前の庇に道空が立っている。
「堀田道空と申します」
元は尾張に住んでいたこの男だが信長との面識はない。
道空は身内の恥に苛立ち、それを散らすように厳しい声で言った。
「織田信長さまでございますな。お早く中へ入られませ。ご準備のほどをお願いいたします」
そう言って信長を急かそうとするのが精一杯であった。信長はニヤケ面を崩さず、促されるまま御堂に入った。
香の焚かれた匂い。やや薄暗くしんと冷えている。先ほどの古老らに負けんばかりの諸侍が座して周囲を囲んでいる。これらはこけおどしではない、利政の本当の側近であろう。
「サア、お座りくださいませ」
道空は再び信長を促したが、しかし、信長は聞いているのだかいないのだか、突っ立ったまま。聞こえなかったかと道空が改めて口を開こうとしたところ、信長はスタスタとその前を通り抜けて、本堂内から外の庭園に通じる縁の柱にもたれかかり、首をぽきぽきと鳴らしながら欠伸をした。
「な、何を、……」
堪らず道空は声をあげようとしたが、途端、同時に気がついた。
信長は、利政が姿を現すのを待っているのだ、と。
そもそも、今回の会見は、斎藤利政から織田信長に申し入れたものであり、信長はそれを二つ返事で承諾しただけの、いわば招かれた客である。先に来てもてなすべきは利政の方であると、いや、そこまでは求めずとも、せめて対等に着座するのが道理だと、信長は態度で以て示していたのだ。
『こいつ……!』
道空は思わず頬を引きつらせて、さらに苛立ちを募らせた。
『筋は通っているが、しかし、どこの誰がものを言っているのだ』
そんな思いがまとわりついているのだ。
だが、利政本人の方は冷静そのものであった。御堂の屏風の奥に隠れて信長を待っていたが、道空が下手なことを言ってせっかくの会見を台無しにしてしまう前に、
「ヨイショっと」
徐にその姿を現した。
ところが、信長はそれでも知らんふりを決め込んでいた。気付いているのに視線を合わせようともしない。
いい加減にたまりかねた道空が「こちらの方が、齋藤山城守利政殿です」と声を張った。
信長は柱から跳ねおき、ようやく利政を一瞥すると、ただ一言、
「であるか」
そして、整えられた八重畳の上に腰を下ろした。
「織田三郎信長にござる」
「斎藤山城守利政にござる」
つつがなく挨拶を交わした。
道空は、未だに信長への苛立ちが冷めやらぬ様子ではあったが、利政が目配せすると、奥へ引っ込み、しばらくして湯漬けをもってやってきた。
「うまい。湯漬けは好きだ。いや、好きです」
「理由を当ててみせようかね。早く食えるからだ」
「そうです。武士の飯は早ければ早いほどいい。あとはそこそこうまければ、マア、なおいいでしょう。私が飯というものに思うのは、それだけです」
「そんなような気がしたのだよ」
「あまりにぴたりと当てるものですから、帰蝶からこっそりと私の好物をお聞きになったのかと思いましたよ。ですが、さすがに自惚れだったようです」
「イヤ、似たようなものだよ。せっかちな男だということは、まさしく帰蝶からの文でよくわかっていたからね」
「アハハ。次からはもう少し恰好の良いところを書いてもらうよう、お願いしておかねばなりません」
道空は思う。存外によく喋る男だ。信長は前置きを嫌う勘気の性格だと聞いていたが、存外に社交的な言葉を使うじゃないか。
「それにしても、大した男前ぶりだね。娘も鼻が高かろうて」
「いやいや、普段は、帰蝶には「野武士」と呼ばれています」
「ワハワハ。では、何故、今日は改まって来られたのか」
「舅殿にお会いするに、無様な格好では礼をかきましょう」
それは決して嘘ではないが、しかし、利政は信長のその答えには満足しない様子だった。
利政は、吸い込まれるような漆黒の瞳をじっと向けて、信長を見た。自分が納得しないものに対してはこうしてとことん無言で詰め寄り、相手の方に喋らせるのがこの男のやり口だった。相手からしてみれば、まるで切っ先を突き付けられているようだ。何が恐ろしいというのではないのだ。何が恐ろしいのか分からぬのに、確かにそこにある凄みが、何より恐ろしいのだ。
「そのように、いつもひとに真実を迫られるのですね」
「聞かせてくれるかね」
「平手政秀という男が死んだからです」
「ホウ」
「舅殿もよく覚えておられましょう。私と帰蝶の縁談をはじめ、何かにつけて美濃へ足を運んでおりましたから。よくできた男だが、死にましたよ。腹を切って」
「なぜ、死んだと思うか」
「私のうつけぶりに愛想を尽かして、です」
「ほんとうに?」
「ええ。この期に及んで偽りは申しません」
今度は嘘を言っている目ではない。
「私は、傍目にうつけですが、自分で自分のことをそのように卑下して思ったことは一度もない。そして、それは、私だけが知っていればそれでいいのだと思っていたのです」
「いい思想だね」
慣例を打ち破るには、周囲に流されない芯が必要だと利政は知っている。
「しかし、違いました」
「どう違った」
「例え、私のことを信じられぬとも、例え、下らぬ世俗に振り回されて阿呆のようにいつもあくせくしていようとも、それでも、側にいてほしいと思わせる人間というのは、居るものです」
「それが平手政秀という男、だったと?」
「はい」
利政はゲッと口を開く。
「うつくしい話だがね、多くの者が、そうして情にほだされ、道を誤るね。自分におべっかを使う者だけを取り立て、他の優秀な家臣の恨みを買う。私はそういう者たちをたくさん見てきた」
そして、殺してきた。そんなことを自ら言うはずがないが、その場の誰の頭にも続く言葉が浮かんだことは言うまでもない。
「古今東西、そうして寝首をかかれた権力者は山ほどいたが、ともすれば、信長殿の話はそれと地続きじゃないのかね」
「そうです。しかし、権力者と言われましたね。それで言えば、私は人を遍く支配しようという野望など持ち合わせていないのです」
「ワハハ。無欲を誇っているつもりかね」
利政は苦笑した。
「いいえ。私はただ、いまオモシロイと思うものを追いかけるだけ。結果、人がついて来ずに寝首をかかれるなら、それは私の器の足りぬというだけのことです。寝首をかかれながら、「本当のオレを知らないだけだ」と叫んだところで、誰がそれを聞きましょう。だが、腹を切って死なれてしまうのは、いけない。寝覚めが悪いのです。こんな格好をしてやるだけで生きていてくれた者がもしいるのなら、なるほど、其奴は阿呆かもしれませんが、私はそれでいい。安いものだと思うようになりました。ようやくのことです」
「では信長殿がオモシロイと思うもの、それとは、何かね」
「いまは、種子島」
「鉄砲、か?」
場が少しざわめいた。信長の答えはあまりにも物質的であった。利政とて失笑してしまうところだが、信長は畳みかけるように滔々と語りかける。
「鉄砲はいい。清洲衆というのを知っておられましょう。私に盾突くその清洲衆の頭目に坂井大膳というのがおりますが、昔、そいつを鉄砲で撃ってやったことがあります。そのときは、失敗しました。私が放った一発の弾は、彼奴の兜に弾かれた。しかし、もしその時です、弾が十発、五十発と降り注いでいたなら、必ずや彼奴のからだを蜂の巣にしたことでしょう」
「それで?」
「近頃よく見る夢があります。鉄砲が戦場に甍を並べ、所せましと覆いつくしている。そこに向かってくる敵の槍兵を、やたらめったらに撃ち尽くす。敵兵は私に近づく術もなく、バタバタと倒れていく。どうです。そんな戦を、見たことがありますか」
「ないね。ないが、……その戦、鉄砲は信長殿だけがたくさん持っているのかね。それじゃあちょっと不公平だと、意地悪を思ってしまうよ」
「もちろん、時代が降れば、必ずどちらの軍も大量の鉄砲を持つようになりましょう。だから、いま。いまやるしかない。いまやれば、私の夢が現実にできます」
「どれほどの鉄砲が揃わば、夢の戦ができる思うかね」
利政とて、伝来以後、鉄砲の威力には目を見張ってきたが、しかし、これは信長が語るように、大量に扱ってこそ真価を発揮する武器だと知っている。いや、とりわけ野戦においては、大量に扱えなければたいした意味をなさないとまで言えよう。弾込めに時間がかかり過ぎ、弓より勝手が悪い。隙を突かれぬように間断なく打ち続け手数で圧倒していなければいとも簡単に斬り込まれてしまうという弱点がある。もし、それが分かっていないなら未熟に過ぎる。
「一万の敵を相手どるとして、ざっと見積もり三〇〇〇丁」
こらえきれなくなった幾人かが笑い声を漏らした。
無謀。一体どこからそんな金が沸いて出るというのだろう? それに、鉄砲だけ買えばそれが戦場で十全に使えるわけではない。鉄砲の弾薬に使われる硝石が日ノ本のどこどこで多く採取されているという話を未だ聞かない以上は、異国から買い落とすしかない。それに、鉄砲を組織だって扱える兵隊を鍛えることが何よりも肝要だ。それぞれが勝手に撃っているのでは、実際の戦場ではまるで話にならない。
『金も、手間も、いくらあっても、人間の一生にはきっと足りないだろう』
ある程度の知見のある者なら、一見してそう断言せざるを得ない根拠がいくらでもあるのだ。
「それはさぞ壮観だろうね。夢なら何を見たって誰にも文句は言われぬからな。ハハ」
戦で活用するための目算は誤ってはいないらしいが、もっと根底のところが馬鹿げているではないか。
「二〇〇丁」
「ア?」
「いま、二〇〇丁を揃えたところです」
またもや御堂は笑いに包まれた。ところが、である。利政だけはこれを笑うことができなかった。
三〇〇〇丁という数の目標は、たしかに大うつけのそれであるがが、仮に、二〇〇丁の鉄砲を持っているのがハッタリでなく、それだけの財力があるうえで実際に鉄砲につぎ込んだというのなら、いよいよ本気。それは正気の沙汰ではない。
「驚天動地のうつけ、か。ワッハッハッハ」
御堂のなかにすこし遅れて利政の哄笑がこだまする。信長はちっとも気を悪くしない。
この奇妙な光景に不気味さを覚えているのは道空だった。斎藤利政という男は、ほんとうに愉快なときには、こんな風に声を張って笑ったりはしないと知っているからだ。
「鉄砲のために戦争を成すか。まるで手段がアベコベだ。大身させれば、日ノ本を滅ぼしかねん男よ」
「大げさなことです」
利政に勧められ信長はグイと盃を呑んだ。
やがて両者とも酔いがまわると、会見は滞りなく和やかに進んだが、それは前触れもなく唐突に終わりを告げた。
「ただ、私とて人並みには武士です。他国に侵されるような無様な思いはしたくないとは思っているのです」
「今川、義元か」
「先にもお話した清洲衆、そして、これは舅殿に隠し立てしても仕方がありませんや、実の弟までもが私に歯向かう気配があります」
「絶体絶命、というやつだね」
「ええ、ですから、舅殿に助けていただきたいのです」
「フフ。良かろう。私にできることがあればね」
「心強い限りです。であれば、では、舅殿の危機にはこの信長がはせ参じましょう」
「ワッハッハ。四面楚歌の男がよく言いよる」
この時、利政は唐突に酔いが醒めるような思いをした。
「どうかされましたか」
「いや、」
道空には分かった。その時、利政の中で何が逡巡したのかが。
それはまさしく、高政に関する懸念だった。
自分に対し反抗の意を示していた息子に、実のところ、利政はいまだ何の手も講じられずにいた。情け容赦なく主君を斬り捨てて成り上がってきたこの男が、どういうわけだか、実子に対しては後手後手にまわってしまっていた。それに比べて、目の前の織田信長なる青年はどうだろう、すでに実弟と戦う覚悟を決めているというから、この自覚は利政を大いに不快にさせた。
「婿殿よ、悪くない時間だったが、少々飲みすぎた、」
それを感じ取った道空が、
「時間は早いものです。今日はこの辺りにされてはいかがでしょう。此度が最後というわけではありませんから。それに、信長殿も那古野までの日帰りにはずいぶんお時間を要しましょう」
と気を遣ったが、
「お気遣いかたじけないが、最後に一つだけよろしいでしょうか。私は、斎藤利政という稀代の軍略家と対面するに辺り、これを必ず伺おうと決めたきたことがあるのです」
「申してみなさい」
利政はどうにも眉に皺を寄せながら最後の虚勢を張った。
「いまから六年前、加納口に押し寄せた我が父・織田信秀の軍勢を、舅殿はいかにして完膚なきまでの返り討ちにしたのでしょうか。後学のために、それをなるべく詳細にお聞かせ願いたいのです」
――
ほんの数刻の会見だったが、終わる頃には、誰も彼も例外なくどっと疲れたようだった。
利政とて途中までは気持ちよく飲んでいたのだが、高政のことを考え出してからは駄目だ。それに、いつの間にやら信長の口八丁に乗せられて要らぬことを喋らされたような風もある。それを繕うために深酒気味でもあった。
しかし、両者が立ち上がったとき、フラリとよろめいたのは信長だった。
「婿殿、いかがしたか」
『何だ、そうは言っても緊張していたのか。存外にかわいいところもあるじゃないか』と、利政は機嫌をすこし取り戻して、
「いや、遠路ご苦労。那古屋は遠いからね。見送りってやろう」と声をかけた。
「お見苦しいところをお見せし面目次第もありません。恥ずかしながら、実は下戸でして、酒など一口も飲めぬというのに、柄にもなく無理をしてしまいました。いま賊に襲われたら私は使い物になりませんから、お言葉に甘えさせていただきます。もう少し、私と酔いを醒ましがてらお話いただけますでしょうか。木曽川の岸に兵らを待たせてありますので、その辺りまで」
利政たちは信長に同行し、大河の流れる萩原という渡場まで見送りに出た。
春先の風がそよそよと流れて、酔いに火照ったからだを少しずつ冷やす。日が傾きかけてきた頃、彼らは萩原に着いた。
そこには信長の軍勢が身じろぎもせず整然と立ち並び、舟の準備を終えて待っていた。
数はおよそ一千といったところだろう。いずれも派手に着飾り、健やかな活気に満ちていた。
そして、次の瞬間、利政は目にする。鉄砲を携えた兵隊が、ちょうど二〇〇ぐらい居るのだ。それから続いて弓兵、これは鉄砲隊よりもすこし多いか三〇〇ほどはある。あとの五〇〇は槍兵らしいが、皆朱色に染めた長槍を天に向けて整列していた。これが常軌を逸して長いことこの上ない。利政自身、三間の長槍隊を組織しているが、信長の槍隊はそれよりも明らかに長い、三間半の長槍なのだ。
『三間でさえ扱いづらいのに、そんな馬鹿みたいな槍を扱えるものが、そうそう居るものか』
自らを落ち着かせるようそう心に唱えたが、同時に、信長軍にほんとうに二〇〇丁の鉄砲隊がいることを知った後のことでは、どうも三間半の長槍にしても、信長のやることだからハッタリではないような感じがして仕方がない。
仲間たちの元へと歩み寄っていく信長。酔いのために足取りふらついた、その時だった。信長軍の心に、それはごく刹那のことではあったが、重大な誤解が生じた。『斎藤利政めが、我らが主君に何かしでかしたのではないか』という誤解。主の身を一心に案じた彼ら一人ひとりの心の中に、闘気が満ちて迸った。わずか、ほんのわずかのことだが、一斉にギロリと利政一行を睨みつけた。
『織田信長は「いま賊に襲われたら私は使い物になりません」と私に言ったが、この屈強な軍勢ともし戦争になれば、なぶり殺しに合うのはこちらではないか?』
信長を気遣って同行したことを、この時、利政は心底後悔した。
信長は「大事ない、大事ない」と仲間たちの誤解を解くと、利政に別れの挨拶を告げ、川を舟で流れて帰って行った。 落日の夕日を背にまったく敗軍の将のような情けない佇まいの織田軍なのだが、内心、敗北の念に憑かれていたのは明らかに見送る利政の方だった。
たった数刻の短い会見は、こうして幕を閉じた。
稲葉山への帰途についた利政は、依然、苦虫を噛み潰したように黙っているばかり。やがて見かねた猪子が、よせばいいのに、どうにか主君の機嫌をとろうと、道空が制止するのも聞かずひどく安易に声をかけた。
「何だかんだと口先だけは回るものの、酒もろくに窘めぬような情けない若者でしたな、織田信長殿は」
利政はゆらりと顔を上げると、猪子を睨みつけた。
そして、傍らに侍る自らの馬のたてがみを撫でてやりながら、つぶやく。
「だからこそ、だからこそ悼ましいのじゃないか。いずれ我が息子らが、あの大うつけの城館に馬をつなぐ不幸がな……」
この日を境に、利政の前で表立って信長を嘲る者たちはいなくなったという。
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))