51 / 100
第三章 血路
六
信長は櫓に登り、柿を頬張りながら、南方に見える那古屋城の方角を眺めている。
「あの叔父上がねえ」
織田信光謀叛の噂は恐るべき速度で巷間に広まり、清洲城の信長の元には、それを裏付けるような報せが方々からしきりに届けられるようになった。やれ城に武具の類が引っ切り無しに運び込まれているだとか、やれ夜ごと怪しげな男らが街道を見張っているだとか、やれ熱田の権益を横領するための下見に信光自身が毎日港へと出向いているだとか、その手の情報は枚挙に暇がない。
「ほらごらんなさい。私が言った通りになりましたね」
帰蝶は得意満面に声をかけた。
信光謀叛が事実だとすれば、信長と運命を共にするしかないこの女も窮地であるはずなのに、焦る様子はない。
むしろどこか楽しそうですらある。
「他人の心とは移ろいやすいものだが、それだけに逆も然り、というやつさ。藪蛇に手を出さずに待っていれば叔父上も心を入れ替えるかもしれないぜ」
「あ、そう。だといいですねえ」
信長には噂はどこか怪訝に感じられた。というよりも、釈然としないのだ。
――織田信光という男なら、このような杜撰な陰謀は企むまい。もっと、目から鼻へ抜けるような周到さがなければ、変だ――
そう心底で感じ取っていたから。
――
アア。ずっと私は迷っていたのだ。
兄のようになりたいと願う私と、兄のようにはなれまいと諦める私が、ずいぶん長いことせめぎ合って来た。
織田信秀という男は強かった。そのおかげで、私はいつも兄に跪くことができた。しかし、それでも、憧憬の根を絶やすには至らなかったらしい。
兄上、なぜ、死んだ?
目を逸らし続けてきたツケがまわってきたのだろう、「野心」などという手垢のついた言葉で表現されたくはないが、この弾みが、私の背を押して憚らない。
私は、私自身の心を知ることに努めた。思うことをただつらつらと、誰に見せるわけでもなく、ひたすらに書きつけた。
――岩倉衆を抱き込んで挙兵に及べば、清洲城を落とすことができるかもしれない。私は、弾正忠家の家督を簒奪する。大それたことである。
しかしながら、そうした後は一体どうするというのだろう。末森城の信勝とも、戦うことになるだろうが、それを駿河の今川義元が、はたまた婿を殺された美濃の斎藤道三が、黙ってみている訳はない。やるなら、そこまで考えなければ、駄目だ。
謀叛を成しても、その後が行き詰まっているのでは、これほど無様なことはない。今川と斎藤に、東西より食いちぎられて織田という家が尾張から消える。そうなれば、私はあの世で兄に嘲弄を受けるだろう。
それを思えば、信長を助けてやり、今川との戦争に生涯を費やすのも恰好の悪い賭けではない。
信長という甥っ子は、いかにも兄のように豪胆でありながら、一方で、薄氷を踏むような立場で家督を継いだ。これを殺しても、助けても、いずれにせよ、私の動きですべてが決するのだ――
謀叛と忠義の天秤に揺れ動く信光の心を最後に決めたのは、林秀貞の暗躍だった。
それが書かれていたのは、切り取られた書付の一部に過ぎず、ましてや岩倉衆に宛てられた密書の類などではなかった。ところが、まったく荒唐無稽の嘘八百という訳でもないから厄介だ。
どうにも妙な沼に嵌って居心地が悪いところを、信光は意を決して居直ったのだ。
――果たして運命とは、およそこういうものなのだろう。行動とは、すべて自らの意志の通りに、すべて丹念に練られた計画の通りに順序立てられ、実現されていくようなものでは、きっとない。山上で童の蹴り落した小石が雪崩を伴って村を呑んでしまうように、こそ泥の手によって盗み出された私の本心のひとかけらが、私に謀叛を決起させたとしても、是非のないことである。
『叔父上に二心がないのなら、登城して諸々の噂をオレに弁明してみせなさい。ついでに鷹狩でもしていくといい』
信光は信長からの便りを一読したうえでそれを火に焚べた。文書はゆっくりと灰になり、宙に舞って見えなくなった。
「その噂とは私が流したのだがね」
機はまさに熟している。
ところが、そんな信光の心境に水を差すかのように、決起の寸前になって一人の男が那古野城を訪れた。
林道具である。
道具は孫八郎を案内に立てて自分を信光に引き合わせた。数名の兵を率いている。
「なるほど。孫八郎、貴様だったか」
信光は驚いた風もない。かかる一大事の前では些末事に過ぎないとでもいうかのよう。
孫八郎の方では今更ながらバツが悪いらしい。兼ねての夫人との密通関係にまでやたらと引け目に思い、突然赤面して、そのまま俯いて押し黙ってしまった。
「信光殿はまったく良い家臣を持たれたものだ」
「そうだろう。羨ましければそのままくれてやろう。美貌だけが取り柄の坂井孫八郎と、兄の陰に隠れてふんぞり返っているだけが取り柄の林道具では、存外、ウマが合うかもしれん」
道具は青筋を浮き立たせながら言い返す。
「減らず口を。私の用向きは二つさ。一つは言伝だ。我らは今回の謀叛から手を引かせてもらう、というね。一向に登城する素振りを見せないアンタを訝しんで清洲城ではもう戦争の準備をしていやがる。いくらあの大タワケとはいえ、ここまで計略が漏れていては成功の見込みがないからね」
「それで」
「アア?」
道具としては先の侮蔑の意趣返しだと言わんばかりに言い放ったものだから、信光の取り澄ました態度には意表を突かれた。
「やせ我慢の減らない御仁だな。アンタはもう終わっているのだよ。兄はいま清洲であなたの謀叛の証拠を信長にくれてやっているところよ」
「ほう。それでは、貴様らは信長の麾下に加わったということか」
「雌伏の時という奴だ。機を見る才がなければ乱世は渡っていけないということを信光殿はご存じないのかな」
「これ以上の機はないさ。今を逃す男は、ついぞ日の目を見られぬだろうなア」
「立場が分かっておられないようだ。信光殿。アンタ、いつまで上に居ると思っているのだね」
突然、道具の手勢が信光を取り囲んだ。
最も狼狽したのは孫八郎である。彼は道具から「信長への蜂起の詳細を、内密に信光殿に伝えたい」としか聞かされていなかったからだ。
縋るように通具の方を見たが、瞬間、顔を蹴飛ばされた。
「織田信光、兄はいくらかあなたを買っていたようだが、今度の謀叛の体たらくを見ればそれはハッキリ勘違いだな。こんなのを側に置いていただけで失笑ものよ、主の奥方と密通するに飽き足らず、我が身かわいさに主の不利となるような泥棒を働き、挙句の果てには主を殺しに来た軍兵を疑いもせずに城内に招き入れたというのだから、大したものだ。何やらアンタのことが大層好きだったようだが、信長に勝るとも劣らない大馬鹿野郎だぜ」
孫八郎はようやく自分が利用されただけだということに思い至り、自らの愚挙とあまりの悔しさに、床に爪を立てて涙を流した。
「わかるかい、信光。アンタとの密約が信長に知れるようなことがあってはいけないのさ。我らは、謀叛人・織田信光の尻尾を一早くつかんだ者として、此度の騒動の立役者となり、この那古野城を貰いうける。マア、安心して逝くといい。いずれにせよ信長は我らの手で討ってやるのだからね」
信光は道具の語りなど既に聞く素振りもなく、自らを取り囲む兵らを、ひい、ふう、みい、よお、と数え、それを追えるとギロリとねめつけて、自ら刀に手をかけた。切り合う覚悟を決めた。
四方から一斉に斬りかかれば男一人などいとも簡単に殺せることは道具らとて分かっているが、しかし、信光が、今川勢との戦にも恐れず先陣切って戦った百選錬磨の猛者であることもまた知っている。少しでも歩調の乱れた先走りをやらかしたなら、その慌て者だけは必ず斬殺されるのだ。
そうして、誰もが動けないでいたその時である。
「キエエエッ!」
突如、孫八郎が奇声をあげながら、背後から道具に襲いかかった。
鍛錬されていない孫八郎の太刀筋は滅茶苦茶で、ほとんど童のチャンバラの如き不格好な軌道だったが、信光の気迫を前に孫八郎への警戒をまったく怠っていた道具の不意を、完全に突いた。
切っ先が肩を掠める。細かい血飛沫が梅の花のようにわずか散った。
「キサマッ」
動転した道具の一瞬の隙を、信光は見逃さない。先手からの剣戟を二、三度、慎重にいなしてから、身を低くかがめて、するするとその間を抜き去り、今まさに孫八郎に反撃の一撃をあびせんとしている道具の脳天を目掛けて斬りかかった。
信光の一閃に対し、寸前のところで身を翻した道具、急所は免れたが、その右腕を切り裂かれる。
「ウウッ、何をしているか。こいつを早く殺さんかッ」
――今の一撃で仕留められなかったか。
信光は遮二無二かかってきた最初の敵を斬り伏せたが、二人目に腕を切られ、三人目に足を切られた。
すでに刀を握ることも、逃げるために走ることもできなくなった。ただふらふらとその場にうずくまるように倒れる。
にじり寄る道具らの前に孫八郎が立ち塞がり、再びチャンバラで斬りかかるが、一度冷静さを取り戻した敵に成す術などはとうになかった。簡単に一刀の元に斬り伏せられ、孫八郎は血溜まりに倒れた。
二人を見下ろして道具が呟く。この男とて夥しい出血だが、何か言い返さねば気がすまないと言ったように気迫だけで吐き捨てる。
「筋書きはこうさ。『信光夫人と密通していた坂井孫八郎は、その発覚を恐れて主を手にかけた。謀叛の噂などを流したのもこの者の仕業に違いない。それは、あわよくば織田信長の手によって主君が失脚させられることを狙ってのことだ』。ハハ、孫八郎の知恵足らずは衆人のよく知るところだ、とりわけ不思議にも思うまい」
それも信光の耳には半分も聞こえてやしなかった。
倒れている。向かい合って。孫八郎の顔がある。涙を流しているらしい。童の頃から、その頭の程度も、その顔の美しさも変わらない。死んでいるのか、生きているのか、信光には分からない。元来が色の白い男だった。
――坂井孫八郎などという、どうしようもない男を召し抱えたが、こやつこそが私の生き写しだったのかもしれないな。兄の顔色を窺い、甥の顔色を窺い、自らの心さえも覆い隠して戦ってきた。謀叛などというのは所詮は小癪な考えなのだ。だが、その小癪さを見つめ、下らぬことだと知りながらも自らを奮い立たせ、どうにかこうにかまだ見ぬ風景へと歩を進ませねば、人生とは、二度とその輝きを自信にもたらしてはくれぬのだ。
一つ心残りがあるとするなら、信長と正面から斬り結ぶ機を得られぬことか――
『いずれにせよ信長は我らの手で討ってやるのだからね』
道具の得意面を思い出して信光は苦笑した。
――信長が、キサマなどにやられるものかい――
「アア、私は信長に挑もうとしたのだ。兄上、いま、そちらへ――」
道具の刀の切っ先が信光の首を貫き、その声を止めた。
死してなお、胸のうちに何かを秘めたような神妙な顔つきだった。
「その斬られた頓馬と孫八郎の死体を持ってさっさとずらかるぞ。孫八郎は、そうだな、熱田の方へでも放っておけ」
道具は人目につかぬよう那古野城を脱したうえ、「織田信光を殺した坂井某なる男が熱田の方へ逃げたらしい」という虚言を流布させた。
清洲城で信光の死を知らされた信長は、突然のことに驚きながらも、すぐに、下手人とされる坂井孫八郎がの逃亡先だという熱田へ討伐隊を遣わして港を封鎖させた。海路から国外に逃亡するのを防ぐ措置だったが、そこで討伐隊の面々が見たのは、民家の裏の片隅で既に事切れている孫八郎の亡骸だった。
那古野城の信光の屋敷に押し入ってみれば、なるほど、謀叛を示すらしい書付がほかにもいくらか見られたが、それとは反対に、いくら周辺を洗っても、それらが密書として誰々へ出されたという形跡が一向に見つからない。
また、信光が権益を狙っていたという熱田ではその姿を目にしたものはいないというし、代わりに、古渡城の周辺でその姿が幾度か目撃されていたらしい。古渡城はすでに六年ほど前、信秀がまだ生きていた頃に廃城しており、今やただ草木の繁茂する閑散とした屋敷跡に過ぎず、ここへ来るべき合理的な理由は、およそ見つけられないように思えた。
「叔父上。あなたは一体、何を考えていたのですか」
信長は狐につままれたような心地だった。
だが、この騒動の顛末をまとめあげたのが秀貞だったことから、その真相にも、おおよそのアタリを付けるに至った。
「坂井孫八郎なる信光さま家臣の者のこと、よくは存じませぬが、どうも素行が良いとは言えない男だったようですな。信光さまの奥方であらせられる北のお方さまと密通の事実があったようで。そこで、こんなのはいかがです、此度の騒動の責をすべてこの男にかぶってもらうというのは。『夫人との密通関係が発覚することを恐れた孫八郎が、主君の失脚を望んで謀叛の流言を吹聴し、また、それがどうも上手く行きそうにないと見るや、とうとう主君を自らのその手にかけてしまった』、と、そんなところにしておくのです。孫八郎本人が死んでしまった以上、本当のところは我らにも分かりかねますが、あの信光さまが謀叛を企んでいたという事実は伏せておくのが賢明でしょう。でなければ、家中の動揺は必至かと」
真実が二重、三重に蓋をされ、泥中深くに沈められていく。
「強引だな。そんな与太話を信じてくれる律儀者が果たしているかね」
「なに、こういったことは多少なりとも強引で結構なのです。誰の目にも確固たる真相が分からぬ以上は、この顛末がウソだと分かるものもまた居ないのです。丁寧に蓋をしてやることで、ひとはそれを信じることにしてくれるものです」
自らその始末を買って出たことからも、林兄弟が此度の騒動に一枚噛んでいることは、信長から見ても明白なのだが、それにしては、この男があまり得をしていないのは引っかかる。
――何かを企んではいいが、失敗したな。柄にもない忠実な働きぶりはその埋め合わせといったところか。心を入れ替えた振りをして、願わくば那古野城をオレからもらおうとでも考えているのか?――
「よかろう。好きにするがいい。貴様には褒美をやらねばならんかな」
「滅相もございません。我らは蟄居の身でございました故、此度はその汚名を返上する一心で働いたに過ぎませぬ」
林兄弟が信光の謀叛の尻尾を掴み信長へ言上し、その後の始末に奔走したことは既に家中に知れ渡っている。謹慎の咎を受けていたとは言うものの、元を正せば信長の一番家老。信光亡き後、那古野城に収まるのが秀貞でないとすれば、そのほかの誰であろうとも、家中の人間は秀貞を不憫に思い心を寄せるかもしれない。だから、今回ばかりは、何も言わずとも那古野城が自らの手に転がり込んで来ざるを得ないと知ったうえで、秀貞は無欲を装っていたのだ。
しかし、信長は秀貞のその計算を何となく見抜いた。食わせ物であるはずの信光の杜撰な謀叛と、それに反比例するほど嫌に手際の良い秀貞の働きが、そう感じさせたのだ。
そして、信長はいよいよ秀貞の理解を越えた発言をする。
「そうか。では、那古野城は捨ててしまうよ」
「ハ?」
「那古野城は廃城とする。叔父上の血の流れた不吉な城だ。清洲を得た今では、もはや必要のない場所さ」
秀貞は眩暈を抑えるために、こめかみに指で押さえた。
城を与えられれば良し、与えられなければ、家中の同情を得て反信長勢力の伸長に利すると、どちらにせよ、自分たちの都合に良く仕向けて行ける自信があったが、那古野城を廃城にして人事そのものを不問に付すなどという事態は予想し得なかった。信長がいまこの場で思いついたことか、はたまた、兼ねてより考慮されていた事柄の一つだったのか、秀貞にはそれを推理するほどの余裕もなかった。
わざわざ信長の元に帰参する振りまでしたのに、目当ての那古野城は得られない。信光暗殺の実行部隊を務め自ら右腕を深く負傷させられた道具が、この信長の差配とそれを許した兄の不始末に激昂したことは言うまでもない。
天文二十三年(一五五四年)の暮れ、雪がちらつく中で信光の葬儀はひっそりと行われた。
自らの本心なるものに揺り動かされ、本性のすべてを開示するその前に命を落とした織田信光という男を悼むかのように。
信光が治めていた領地は、そのほとんどがそのまま信長の直轄となったため、世間の呑気な人々は、
「これで信長さまも信光さまの領地を得たってんだから、幸いなことじゃあねェか」
などと口々に噂したが、それは新たな大いなる骨肉の争いの、静かな幕開けに過ぎないのである。
「あの叔父上がねえ」
織田信光謀叛の噂は恐るべき速度で巷間に広まり、清洲城の信長の元には、それを裏付けるような報せが方々からしきりに届けられるようになった。やれ城に武具の類が引っ切り無しに運び込まれているだとか、やれ夜ごと怪しげな男らが街道を見張っているだとか、やれ熱田の権益を横領するための下見に信光自身が毎日港へと出向いているだとか、その手の情報は枚挙に暇がない。
「ほらごらんなさい。私が言った通りになりましたね」
帰蝶は得意満面に声をかけた。
信光謀叛が事実だとすれば、信長と運命を共にするしかないこの女も窮地であるはずなのに、焦る様子はない。
むしろどこか楽しそうですらある。
「他人の心とは移ろいやすいものだが、それだけに逆も然り、というやつさ。藪蛇に手を出さずに待っていれば叔父上も心を入れ替えるかもしれないぜ」
「あ、そう。だといいですねえ」
信長には噂はどこか怪訝に感じられた。というよりも、釈然としないのだ。
――織田信光という男なら、このような杜撰な陰謀は企むまい。もっと、目から鼻へ抜けるような周到さがなければ、変だ――
そう心底で感じ取っていたから。
――
アア。ずっと私は迷っていたのだ。
兄のようになりたいと願う私と、兄のようにはなれまいと諦める私が、ずいぶん長いことせめぎ合って来た。
織田信秀という男は強かった。そのおかげで、私はいつも兄に跪くことができた。しかし、それでも、憧憬の根を絶やすには至らなかったらしい。
兄上、なぜ、死んだ?
目を逸らし続けてきたツケがまわってきたのだろう、「野心」などという手垢のついた言葉で表現されたくはないが、この弾みが、私の背を押して憚らない。
私は、私自身の心を知ることに努めた。思うことをただつらつらと、誰に見せるわけでもなく、ひたすらに書きつけた。
――岩倉衆を抱き込んで挙兵に及べば、清洲城を落とすことができるかもしれない。私は、弾正忠家の家督を簒奪する。大それたことである。
しかしながら、そうした後は一体どうするというのだろう。末森城の信勝とも、戦うことになるだろうが、それを駿河の今川義元が、はたまた婿を殺された美濃の斎藤道三が、黙ってみている訳はない。やるなら、そこまで考えなければ、駄目だ。
謀叛を成しても、その後が行き詰まっているのでは、これほど無様なことはない。今川と斎藤に、東西より食いちぎられて織田という家が尾張から消える。そうなれば、私はあの世で兄に嘲弄を受けるだろう。
それを思えば、信長を助けてやり、今川との戦争に生涯を費やすのも恰好の悪い賭けではない。
信長という甥っ子は、いかにも兄のように豪胆でありながら、一方で、薄氷を踏むような立場で家督を継いだ。これを殺しても、助けても、いずれにせよ、私の動きですべてが決するのだ――
謀叛と忠義の天秤に揺れ動く信光の心を最後に決めたのは、林秀貞の暗躍だった。
それが書かれていたのは、切り取られた書付の一部に過ぎず、ましてや岩倉衆に宛てられた密書の類などではなかった。ところが、まったく荒唐無稽の嘘八百という訳でもないから厄介だ。
どうにも妙な沼に嵌って居心地が悪いところを、信光は意を決して居直ったのだ。
――果たして運命とは、およそこういうものなのだろう。行動とは、すべて自らの意志の通りに、すべて丹念に練られた計画の通りに順序立てられ、実現されていくようなものでは、きっとない。山上で童の蹴り落した小石が雪崩を伴って村を呑んでしまうように、こそ泥の手によって盗み出された私の本心のひとかけらが、私に謀叛を決起させたとしても、是非のないことである。
『叔父上に二心がないのなら、登城して諸々の噂をオレに弁明してみせなさい。ついでに鷹狩でもしていくといい』
信光は信長からの便りを一読したうえでそれを火に焚べた。文書はゆっくりと灰になり、宙に舞って見えなくなった。
「その噂とは私が流したのだがね」
機はまさに熟している。
ところが、そんな信光の心境に水を差すかのように、決起の寸前になって一人の男が那古野城を訪れた。
林道具である。
道具は孫八郎を案内に立てて自分を信光に引き合わせた。数名の兵を率いている。
「なるほど。孫八郎、貴様だったか」
信光は驚いた風もない。かかる一大事の前では些末事に過ぎないとでもいうかのよう。
孫八郎の方では今更ながらバツが悪いらしい。兼ねての夫人との密通関係にまでやたらと引け目に思い、突然赤面して、そのまま俯いて押し黙ってしまった。
「信光殿はまったく良い家臣を持たれたものだ」
「そうだろう。羨ましければそのままくれてやろう。美貌だけが取り柄の坂井孫八郎と、兄の陰に隠れてふんぞり返っているだけが取り柄の林道具では、存外、ウマが合うかもしれん」
道具は青筋を浮き立たせながら言い返す。
「減らず口を。私の用向きは二つさ。一つは言伝だ。我らは今回の謀叛から手を引かせてもらう、というね。一向に登城する素振りを見せないアンタを訝しんで清洲城ではもう戦争の準備をしていやがる。いくらあの大タワケとはいえ、ここまで計略が漏れていては成功の見込みがないからね」
「それで」
「アア?」
道具としては先の侮蔑の意趣返しだと言わんばかりに言い放ったものだから、信光の取り澄ました態度には意表を突かれた。
「やせ我慢の減らない御仁だな。アンタはもう終わっているのだよ。兄はいま清洲であなたの謀叛の証拠を信長にくれてやっているところよ」
「ほう。それでは、貴様らは信長の麾下に加わったということか」
「雌伏の時という奴だ。機を見る才がなければ乱世は渡っていけないということを信光殿はご存じないのかな」
「これ以上の機はないさ。今を逃す男は、ついぞ日の目を見られぬだろうなア」
「立場が分かっておられないようだ。信光殿。アンタ、いつまで上に居ると思っているのだね」
突然、道具の手勢が信光を取り囲んだ。
最も狼狽したのは孫八郎である。彼は道具から「信長への蜂起の詳細を、内密に信光殿に伝えたい」としか聞かされていなかったからだ。
縋るように通具の方を見たが、瞬間、顔を蹴飛ばされた。
「織田信光、兄はいくらかあなたを買っていたようだが、今度の謀叛の体たらくを見ればそれはハッキリ勘違いだな。こんなのを側に置いていただけで失笑ものよ、主の奥方と密通するに飽き足らず、我が身かわいさに主の不利となるような泥棒を働き、挙句の果てには主を殺しに来た軍兵を疑いもせずに城内に招き入れたというのだから、大したものだ。何やらアンタのことが大層好きだったようだが、信長に勝るとも劣らない大馬鹿野郎だぜ」
孫八郎はようやく自分が利用されただけだということに思い至り、自らの愚挙とあまりの悔しさに、床に爪を立てて涙を流した。
「わかるかい、信光。アンタとの密約が信長に知れるようなことがあってはいけないのさ。我らは、謀叛人・織田信光の尻尾を一早くつかんだ者として、此度の騒動の立役者となり、この那古野城を貰いうける。マア、安心して逝くといい。いずれにせよ信長は我らの手で討ってやるのだからね」
信光は道具の語りなど既に聞く素振りもなく、自らを取り囲む兵らを、ひい、ふう、みい、よお、と数え、それを追えるとギロリとねめつけて、自ら刀に手をかけた。切り合う覚悟を決めた。
四方から一斉に斬りかかれば男一人などいとも簡単に殺せることは道具らとて分かっているが、しかし、信光が、今川勢との戦にも恐れず先陣切って戦った百選錬磨の猛者であることもまた知っている。少しでも歩調の乱れた先走りをやらかしたなら、その慌て者だけは必ず斬殺されるのだ。
そうして、誰もが動けないでいたその時である。
「キエエエッ!」
突如、孫八郎が奇声をあげながら、背後から道具に襲いかかった。
鍛錬されていない孫八郎の太刀筋は滅茶苦茶で、ほとんど童のチャンバラの如き不格好な軌道だったが、信光の気迫を前に孫八郎への警戒をまったく怠っていた道具の不意を、完全に突いた。
切っ先が肩を掠める。細かい血飛沫が梅の花のようにわずか散った。
「キサマッ」
動転した道具の一瞬の隙を、信光は見逃さない。先手からの剣戟を二、三度、慎重にいなしてから、身を低くかがめて、するするとその間を抜き去り、今まさに孫八郎に反撃の一撃をあびせんとしている道具の脳天を目掛けて斬りかかった。
信光の一閃に対し、寸前のところで身を翻した道具、急所は免れたが、その右腕を切り裂かれる。
「ウウッ、何をしているか。こいつを早く殺さんかッ」
――今の一撃で仕留められなかったか。
信光は遮二無二かかってきた最初の敵を斬り伏せたが、二人目に腕を切られ、三人目に足を切られた。
すでに刀を握ることも、逃げるために走ることもできなくなった。ただふらふらとその場にうずくまるように倒れる。
にじり寄る道具らの前に孫八郎が立ち塞がり、再びチャンバラで斬りかかるが、一度冷静さを取り戻した敵に成す術などはとうになかった。簡単に一刀の元に斬り伏せられ、孫八郎は血溜まりに倒れた。
二人を見下ろして道具が呟く。この男とて夥しい出血だが、何か言い返さねば気がすまないと言ったように気迫だけで吐き捨てる。
「筋書きはこうさ。『信光夫人と密通していた坂井孫八郎は、その発覚を恐れて主を手にかけた。謀叛の噂などを流したのもこの者の仕業に違いない。それは、あわよくば織田信長の手によって主君が失脚させられることを狙ってのことだ』。ハハ、孫八郎の知恵足らずは衆人のよく知るところだ、とりわけ不思議にも思うまい」
それも信光の耳には半分も聞こえてやしなかった。
倒れている。向かい合って。孫八郎の顔がある。涙を流しているらしい。童の頃から、その頭の程度も、その顔の美しさも変わらない。死んでいるのか、生きているのか、信光には分からない。元来が色の白い男だった。
――坂井孫八郎などという、どうしようもない男を召し抱えたが、こやつこそが私の生き写しだったのかもしれないな。兄の顔色を窺い、甥の顔色を窺い、自らの心さえも覆い隠して戦ってきた。謀叛などというのは所詮は小癪な考えなのだ。だが、その小癪さを見つめ、下らぬことだと知りながらも自らを奮い立たせ、どうにかこうにかまだ見ぬ風景へと歩を進ませねば、人生とは、二度とその輝きを自信にもたらしてはくれぬのだ。
一つ心残りがあるとするなら、信長と正面から斬り結ぶ機を得られぬことか――
『いずれにせよ信長は我らの手で討ってやるのだからね』
道具の得意面を思い出して信光は苦笑した。
――信長が、キサマなどにやられるものかい――
「アア、私は信長に挑もうとしたのだ。兄上、いま、そちらへ――」
道具の刀の切っ先が信光の首を貫き、その声を止めた。
死してなお、胸のうちに何かを秘めたような神妙な顔つきだった。
「その斬られた頓馬と孫八郎の死体を持ってさっさとずらかるぞ。孫八郎は、そうだな、熱田の方へでも放っておけ」
道具は人目につかぬよう那古野城を脱したうえ、「織田信光を殺した坂井某なる男が熱田の方へ逃げたらしい」という虚言を流布させた。
清洲城で信光の死を知らされた信長は、突然のことに驚きながらも、すぐに、下手人とされる坂井孫八郎がの逃亡先だという熱田へ討伐隊を遣わして港を封鎖させた。海路から国外に逃亡するのを防ぐ措置だったが、そこで討伐隊の面々が見たのは、民家の裏の片隅で既に事切れている孫八郎の亡骸だった。
那古野城の信光の屋敷に押し入ってみれば、なるほど、謀叛を示すらしい書付がほかにもいくらか見られたが、それとは反対に、いくら周辺を洗っても、それらが密書として誰々へ出されたという形跡が一向に見つからない。
また、信光が権益を狙っていたという熱田ではその姿を目にしたものはいないというし、代わりに、古渡城の周辺でその姿が幾度か目撃されていたらしい。古渡城はすでに六年ほど前、信秀がまだ生きていた頃に廃城しており、今やただ草木の繁茂する閑散とした屋敷跡に過ぎず、ここへ来るべき合理的な理由は、およそ見つけられないように思えた。
「叔父上。あなたは一体、何を考えていたのですか」
信長は狐につままれたような心地だった。
だが、この騒動の顛末をまとめあげたのが秀貞だったことから、その真相にも、おおよそのアタリを付けるに至った。
「坂井孫八郎なる信光さま家臣の者のこと、よくは存じませぬが、どうも素行が良いとは言えない男だったようですな。信光さまの奥方であらせられる北のお方さまと密通の事実があったようで。そこで、こんなのはいかがです、此度の騒動の責をすべてこの男にかぶってもらうというのは。『夫人との密通関係が発覚することを恐れた孫八郎が、主君の失脚を望んで謀叛の流言を吹聴し、また、それがどうも上手く行きそうにないと見るや、とうとう主君を自らのその手にかけてしまった』、と、そんなところにしておくのです。孫八郎本人が死んでしまった以上、本当のところは我らにも分かりかねますが、あの信光さまが謀叛を企んでいたという事実は伏せておくのが賢明でしょう。でなければ、家中の動揺は必至かと」
真実が二重、三重に蓋をされ、泥中深くに沈められていく。
「強引だな。そんな与太話を信じてくれる律儀者が果たしているかね」
「なに、こういったことは多少なりとも強引で結構なのです。誰の目にも確固たる真相が分からぬ以上は、この顛末がウソだと分かるものもまた居ないのです。丁寧に蓋をしてやることで、ひとはそれを信じることにしてくれるものです」
自らその始末を買って出たことからも、林兄弟が此度の騒動に一枚噛んでいることは、信長から見ても明白なのだが、それにしては、この男があまり得をしていないのは引っかかる。
――何かを企んではいいが、失敗したな。柄にもない忠実な働きぶりはその埋め合わせといったところか。心を入れ替えた振りをして、願わくば那古野城をオレからもらおうとでも考えているのか?――
「よかろう。好きにするがいい。貴様には褒美をやらねばならんかな」
「滅相もございません。我らは蟄居の身でございました故、此度はその汚名を返上する一心で働いたに過ぎませぬ」
林兄弟が信光の謀叛の尻尾を掴み信長へ言上し、その後の始末に奔走したことは既に家中に知れ渡っている。謹慎の咎を受けていたとは言うものの、元を正せば信長の一番家老。信光亡き後、那古野城に収まるのが秀貞でないとすれば、そのほかの誰であろうとも、家中の人間は秀貞を不憫に思い心を寄せるかもしれない。だから、今回ばかりは、何も言わずとも那古野城が自らの手に転がり込んで来ざるを得ないと知ったうえで、秀貞は無欲を装っていたのだ。
しかし、信長は秀貞のその計算を何となく見抜いた。食わせ物であるはずの信光の杜撰な謀叛と、それに反比例するほど嫌に手際の良い秀貞の働きが、そう感じさせたのだ。
そして、信長はいよいよ秀貞の理解を越えた発言をする。
「そうか。では、那古野城は捨ててしまうよ」
「ハ?」
「那古野城は廃城とする。叔父上の血の流れた不吉な城だ。清洲を得た今では、もはや必要のない場所さ」
秀貞は眩暈を抑えるために、こめかみに指で押さえた。
城を与えられれば良し、与えられなければ、家中の同情を得て反信長勢力の伸長に利すると、どちらにせよ、自分たちの都合に良く仕向けて行ける自信があったが、那古野城を廃城にして人事そのものを不問に付すなどという事態は予想し得なかった。信長がいまこの場で思いついたことか、はたまた、兼ねてより考慮されていた事柄の一つだったのか、秀貞にはそれを推理するほどの余裕もなかった。
わざわざ信長の元に帰参する振りまでしたのに、目当ての那古野城は得られない。信光暗殺の実行部隊を務め自ら右腕を深く負傷させられた道具が、この信長の差配とそれを許した兄の不始末に激昂したことは言うまでもない。
天文二十三年(一五五四年)の暮れ、雪がちらつく中で信光の葬儀はひっそりと行われた。
自らの本心なるものに揺り動かされ、本性のすべてを開示するその前に命を落とした織田信光という男を悼むかのように。
信光が治めていた領地は、そのほとんどがそのまま信長の直轄となったため、世間の呑気な人々は、
「これで信長さまも信光さまの領地を得たってんだから、幸いなことじゃあねェか」
などと口々に噂したが、それは新たな大いなる骨肉の争いの、静かな幕開けに過ぎないのである。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。
独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす
【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す
【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す
【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす
【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))