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第四章 蛟竜雲雨
十五
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駿河・遠江・三河から徴募した一万余の軍勢を率いて、義元は尾張を目指す。
先手が街道を行けば、各国々の民衆は「アレが今川さまの軍勢か」「一体どこまで続いているのか」と噂話に花を咲かせた。それを受け、品のない今川の地侍などはつい気持ちよくなり、「もう半日も待てばお館さまが通られよう。塗輿などはどうだ、貴様見たことがないだろう」なんて、これ見よがしに語り聞かせるのだが、彼らも慣れていない所為か、加減を知らないものだから、その威風堂々たる行軍に出世の夢を見た武士の次男坊や貧乏な百姓らがひっきりなしにやって来て手に負えない。「尾張のウツケをやっつけに行くのでしょう。私も戦列に加えてくださいませんかね」、などと言いながらまるでキリがないところを、騒ぎを聞きつけた正規の今川の寄親たちが跳ね付けては進むのだが、総じて騒がしい行軍だった。
藤枝、掛川、曳馬とひたすらに東進し、浜名湖は今切の渡を舟で行く。吉田からは山間の道を行って、岡崎、そしていよいよ、十七日の夕刻には池鯉鮒城に着いた。南西に知多半島を望めば、衣浦湾の手前に刈谷城が、また、対岸に緒川城が小さく見えている。これを越えて沓掛まで行けば、大高、鳴海は目と鼻の先、そこはもはや戦場の只中であった。
「サテ、明日、我らはいよいよ大高城へ向かう。元康」
義元は軍議を開くと開口一番に元康を呼びつけた。元康もまた、自らがこの場で話すべきことを出陣した時より既に心得ていたのだろう、決して短くはない作戦の概要を淀みなく語って諸将に聞かせた。
「ハ。正光寺砦には、我が伯父である水野信元、そして、織田方の千秋季忠が、また、氷上砦には大野衆を率いる佐治為景殿が城将としてこれに籠っています。皆さま既にご存じと思いますが、水野、佐治は我らに内応しました。これより我らで大高へ向かうまさにそのとき、正光寺、氷上の両砦は、大軍に恐れをなし、持ち場であるところの砦を捨てて、退いていただく手筈となっております」
焚火の音に紛れて不適な笑い声が小さくいくつか漏れた。
「聞いた通りである。我らは正光寺、氷上の砦を素通りし、大高入城を果たす。そして、翌早暁より残る織田方の鷲津・丸根の砦を攻める。近海の満潮は辰の刻。砦の敵を我らで引き付けているその隙に、海路より服部党の兵糧船を大高城へ入れる。また、これは大した戦力にもならぬだろうが、刈谷の水野信近も戦いに参列すると、つい先日、ようやく返事を寄越した。服部党の兵糧補給の後は、刈谷衆もこれに合流し、海路を見晴らせる」
異論は誰にもあるはずなかった。大高救援の遠征は思い付きなどではない。戦いは前年より予期され、荷之上の服部友貞との連絡はおろか、水野・佐治の調略に至るまでが緻密に遂行されてきた。だが、それでも、義元は軍議に一定の時間をかけた。優れた作戦もきちんと実行されなければまるで意味を成さない。それを知っていた。
――我らの動きにはどこにも瑕疵はない。後は信長がいつ現れるかだが、――
ただ一つ、どうしても残る課題を自らの胸の内に秘めたまま。
翌十八日、今川軍は池鯉鮒城を出立し大高へ歩を進める。
先陣は元康を中心とする三河衆、それに続くのが義元本隊、後陣を松井宗信らの遠江州が固めていた。正午頃、いよいよ大高川に差し掛かり、対岸の小山の頂上に正光寺砦を、そこからさらに大高城を捉えたとき、先陣の松平勢から声が上がった。
「松平勢ッ――これより兜の緒を締めよ。水野、佐治との約定はないものと思って進む。大高入城が叶うその時まで、戦闘準備を怠るなッ」
元康の雄姿に、義元は殊更満足した。戦である以上、絶対に守られる密約などはない。自ら元康へとその旨を伝えようと考えていたところ、手間が省けた。これほどの心の通う手駒が居るなら、砦攻めも案じることはないだろうと考えた。
大高川の渡河を始めながら、元康は、目前の山頂・正光寺砦に織田の兵たちがぱらぱらと散って出て来るのを見た。隊列ではなかった。まるで砦という器から兵が零れ落ちていくかのようだった。足を止めて耳を澄ます。麓近くまで行くと怒号のような喧騒が聞こえてきた。松平勢の背後を行く義元がいち早く気付いて笑いかけた。
「ふっふっふ。信長の軍監は千秋といったか、その者が逃げようとする緒川衆を許さなかったのだろう。しかし、ここで我らが足踏みしてやるのは不自然だな。元康、好きにせよ」
元康隊は山麓に陣を張り鬨の声を上げて山を登り始めた。
――
「エレエとこに来ちまったよ。これは、生きて帰れぬか」
右の頬骨、稲生原で受けた古傷をさすりながら、利家は、大混乱に陥っている正光寺砦のなかで一人酒をあおっていた。
「水野殿。ここは今川を食い止める最前線。撤退などはもっての外ッ――」
「黙れ、ウルセエ野郎だ。俺は信長に協力するとは言ったが、家来になるとは言ってねえ。捨て石にされるだけの砦の守備なんぞ、死にたがりのてめェらだけでやりやがれ。あばよ」
今川軍の接近を眼前に見た信元は、兼ねてからの今川との密約の通りに動いた。千秋季忠に砦からの撤退を進言し、それが聞き入れられないとなったら、まるで武士の一団とは思われぬ身勝手さで自らの手勢だけを率いて山を駆け下りていった。正光寺砦は信元の軍勢によって大半を構成されていた。彼らが退いた今、もはや、まともに敵勢と戦えるような状態にはなかった。
「オノレ、水野ッ。これでは信長さまに会わせる顔がないッ。かくなるうえは、打って出、その気迫を義元に知らしめるか」
季忠は地べたに座り込み力いっぱい殴りつけた。信元を呪うというより、それを制止させられなかった自らの非力を自省していた。それは、前年に織田家を追い出された利家の目にも、いたたまれない悲痛さをもって映った。
「やっぱり、俺も帰られぬのだろうな。織田には」
拾阿弥という名の、信長肝入の茶坊主がいた。同朋衆と呼ばれる僧体の雑用係だが、この男は器量が良く、何かにつけてそつなくこなすので信長に重宝されていた。ところが、信長の威名が上がれるほどに、彼も付けあがるようになっていく。清洲城内における信長の権勢を自分の偉さだと錯覚し、やがて侍たちを侮った。中でも、信長と衆道を通して古く付き合う利家を標的としたようだ。「武者などいつ死んでもおかしくない。信長さまにとっては、お前も所詮は替えの効く男だ」などと宣い、果ては「お前。信長さまが第一番だと言うなら、ホレ、女から貰ったものなど何でもなかろうに」、そう言って利家の脇差に飾られていた笄を盗むに至った。この笄は、利家が細君のマツから譲り受けたもので、また、彼女の実父の形見でもあった。拾阿弥の増長を知ったなら信長も許しはしなかっただろうが、しかし、その前に利家の堪忍袋の緒が切れてしまった。
あるとき、信長を交えた酒の席のこと、酔った拾阿弥にいつものように揶揄われた利家は、突然にすっくと立ち上がる。
「どうしたね。私を殴るのかね。信長さま、ご覧になられましたでしょうに。この粗暴な男――」
何の予兆もなく、利家は袈裟がけに一刀で拾阿弥を斬り捨てた。広間は血に煙り、いろいろな珍味や酒の肴に降りかかった。拾阿弥が命乞いする間もないほどの、一瞬の殺人だった。
信長はこれを許さなかった。自分へ拾阿弥の処分を訴えてくるならまだしも、目の前で当てつけのように殺人を行ったのでは、処分しない訳にはいかない。利家が信長と旧知の仲だと知らぬ者はない。温い処遇では家中に示しがつかなかった。
かくして利家は、自らの生涯を貫いて一、二を争うであろう大失敗をやらかした。浪人暮らしを強いられながら、何とか織田家復帰のための糸口を掴もうと東奔西走する日々のなかで、今川軍一万の来襲を耳にした。
「ここで手柄を立てなければ、ウソだ」
そう意気込み、無断で善照寺砦の守備に加わっていたのだ。しかし、その努力も、信元の撤退で今まさに水泡に帰そうとしていた。こうなると、次の戦まで命を繋がなくては面白くない。勝手に参戦した浪人が突撃して死んでも、まだ、誰も褒めてはくれないだろう。
「季忠さま。突撃はやめましょう。この兵数ではもう何もできません。ここは一度、退きましょう。退いて、信長さまの指示を仰ぐのです。織田の気概を見せるのは、きっと、それからでも遅くはありますまい」
「黙りなさい。私憤で浪人に成り下がった男が私に意見する権利はない。この場に居られるだけでも感謝せよ」
利家は反射的に眉を吊り上げたが、よく考えてみれば、季忠の言い分はまるで正しかった。それを言われてしまうと、反論は何も出て来なかった。そのうえで、サテ、目の前の頑固な指揮官をどう説得したものだろうか、と利家は何の気なしに目を逸らしたのだが、ちょうどその時、逸らした視線の先に、西方・氷上砦の動きを捉えた。
「アレは――?」
先駆けて降りて行った緒川衆に続けと言わんばかりに、大野衆・佐治為景の軍勢が山を降りていく。氷上砦までもが戦わずして撤退を始めたのだ。
「こちらの有様を見てのことか。何と情けないッ――」
「どうでしょうな。水野殿、佐治殿がそろってというのはキナ臭い。彼らは今川へ内通しているのやも知れませぬ。とにかく、いまは逃げ、このことを信長さまに伝えましょう」
利家は何も知らないながらに、上手く言いくるめた。季忠はようやく自らも撤退することを決意した。その雄姿を知らしめる味方が悉く居なくなったのでは、玉砕も映えない。麓の松平勢が山を登って駆けてくるのを見て、尾根の反対側へと逃げ去った。時折、統率を見出した雑兵が追いすがってくるのを利家と共に討ち取りながら、少数で道なき道を北へ進む。信長との連絡を得るために、丸根砦を越えて中島砦を目指した。
――
今川勢はもぬけの殻となって正光寺砦の横を堂々と通り抜ける。
「オオオ。元康殿、よくぞご無事でお越しくださいました」
「長照殿、よくぞこの窮地を耐え凌いだものと、この元康、感服いたしました」
はじめ先陣を務めた松平勢が近日中の兵糧を携えて大高城へ入城した。
「お館さまはいずこにおられるのか、それに遠江衆の姿も見えませぬが――?」」
「直に参られる。まずは兵らの手当に当たらせていただこう」
「かたじけない」
大高城兵たちも、空腹に眩暈を見せながら、しかし、整然として口々に元康に謝辞を述べた。元康が兵糧入れを行ったのはもう何度目のことだろうか、彼らにとっては度重なる窮地をいつも救いに来てくれる大恩人なのだった。大高城は心身ともに窮地からの復活を見せ、そして、その再生の気概は、却って松平勢の士気をも大いに上げた。
「この鵜殿長照、長く織田の攻撃を耐えるばかりの身だったが、明日よりは、お館さまの槍として、一人でも多くの敵兵の首をあげてご覧に入れよう。お館さまが戻られた折には、元康殿からお口添えをいただけませんか。此度の砦攻めは、是非、この私目に大将をお任せください、と」
先鋒を買って出る威勢を見せたが、その時、陣幕の向こうから義元が遠江衆を引き連れて現れた。
「長照、息災で何よりだ」
「お館さま、このような手狭な城へお呼びだてした無礼をお許しください」
「兵らは多く野営させた。だが、聞いていたぞ。我らはそれほどまでに頼りないか? ふふ、無理をするでない。今しがた棒山の砦(丸根砦)を検分してきたところよ。敵方の佐久間盛重なる男は勇猛な将だと聞いていたが、見たところ、兵数は五〇〇もなかろう。松平勢の手にかかれば手間はかからぬ。元康、丸根砦の城攻めにはそなたに任せよう」
義元は夕刻の闇に紛れて敵方の丸根砦を巡検し、予め用意しておいた攻め手の大将の選定に、これといった障害がないことを検めた。
「ハ。ありがたき幸せ」
「海岸の鷲津砦も、予定していた通り、朝比奈泰朝、井伊直盛、そなたらに任せよう」
「は。元よりその覚悟にございます」
「元康殿に劣らぬ働きをご覧に入れましょう」
長照はそれでは面目がないのではじめは口を挟もうとしたのだが、あまりに団結された義元たちの頼もしさについ安堵したのだろう、やがて穏やかに口を閉じた。
「入江は辰の刻には満潮となろう。これに合わせ、荷之上の服部友貞に舟で兵糧を入れさせる。鷲津・丸根の織田勢が邪魔だてに現れぬよう、松平勢、朝比奈・井伊勢は、早暁・卯の刻よりそれぞれ砦を攻め、両砦の動きを封じよ。此度の戦で砦さえ潰しておけば、以後も同様に海路からの兵糧運搬が可能となろう。これで、元康に岡崎から長距離を陸路で往復させる手間も省けるというものだ」
義元は、織田方の付城の排除に合わせ、さらに、大高城への新たな兵糧輸送の経路を確立させるつもりである。
「お館さまは城攻めに加わらぬのですか。さすれば、――」
長照の素朴な問いに義元は笑みを湛えて答える。
「私は高所より信長の後詰を待ち、これを叩く」
「織田信長は、現れるのでしょうか」
「現れるに決まっている。信長自ら現れるはずだ。すでに正光寺砦、氷上砦は我らの手に落ちた。明日、丸根砦、鷲津砦までが攻め落とされたならどうだ、信長には何も残らぬ。両砦を死守するために、信長は必ず動く。だが、肝心の砦には決して駆け付けさせはせぬ。氏俊」
義元の側に控えるは瀬名氏俊という男。今川本隊がこの尾三国境へ来るよりも三日ほど前から、義元の指令によって大高周辺の山間部を視察していた。
「渡河してきた道を戻り、丸根砦の東の麓からから小川道と呼ばれる山道を北へ進むと、漆山という山がございます。北西に、岡部殿の鳴海城とそれを取り囲む敵方の三つの砦、中島・善照寺・丹下の三つの砦を俯瞰できる要所にございます。清洲から海岸沿いを駆ける信長の後詰軍を監視するに、これ以上の場所はありません」
「大義。我らが大高に入城したことは、そろそろ清洲の信長の元に知らされる頃合いだろう。後詰軍はもう組織され、我らの攻撃が伝えられると共に動くはず。三〇〇〇か、四〇〇〇か、持てる兵力のすべてを挙げて砦の救援に現れるに相違ない。本隊は、朝比奈隊、松平隊の砦攻撃に先んじ漆山へ陣を敷く。信長が清洲から熱田、そして大高へ至らんとすれば道は、丹下、善照寺、中島の砦を順に経由するよりほかない。だが、それらの砦はすべて山頂の我らには筒抜けだ。信長の率いる軍兵の規模も、その速度も、な。眼の良い者には装備の配分まで、手に取るように分かることだろう」
翌十九日深更・虎の刻、義元は仮眠もそこそこに大高城を抜け出した、一路、漆山を目指した。
やがて夜が白み始める頃に、背後の大高城から鬨の声が伝わってきた。義元本隊もそれに呼応するかのように声を上げて、漆山の山頂へ急いだ。
朝比奈・井伊隊二〇〇〇、松平隊一五〇〇、いずれも鷲津砦・丸根砦の兵力を大きく超えている。両砦を守ろうとするなら、どう考えても、信長が自ら後詰に来るしかない。だが、その軍勢さえ多く見積もっても四〇〇〇というところだろう。対する義元の兵力は二部隊に兵力を割いてなお、優に七〇〇〇余を残していた。
――信長。お前が戦いを挑んでくるなら、その首を貰っておこう。私と戦わぬというのなら、お前はすべてを失うことになるであろう。大高城への付城も、配下の信頼も、そして、いずれはこの尾張という国までも、すべてだ――
山頂は氏俊の報告と違わぬ眺望だった。鳴海方面のみならず、鷲津・丸根両砦攻めの情勢すら伝令を介すことなく把握できるかのようだった。
「ふふ。もし、晴天の空だったなら熱田の港まで見通せよう。尾張はかくも豊かな土地であったか」
どこまでも広がる起伏のない平野に大きな川がいくらか流れている。平面的な景色は、まるで山水画のようにすら見える。故郷・駿河とはまるで趣の違う魅力に、義元は気づけば、領土的野心に食指を伸ばしていた。「北に人の動きがあれば、すぐに報せよ」とそう厳命しながらも、彼は、実際には飽きることなく尾張という国を眺め続けていた。
「サア、信長。この豊かな国を渡したくはないだろう。死地へ来るが良い」
先手が街道を行けば、各国々の民衆は「アレが今川さまの軍勢か」「一体どこまで続いているのか」と噂話に花を咲かせた。それを受け、品のない今川の地侍などはつい気持ちよくなり、「もう半日も待てばお館さまが通られよう。塗輿などはどうだ、貴様見たことがないだろう」なんて、これ見よがしに語り聞かせるのだが、彼らも慣れていない所為か、加減を知らないものだから、その威風堂々たる行軍に出世の夢を見た武士の次男坊や貧乏な百姓らがひっきりなしにやって来て手に負えない。「尾張のウツケをやっつけに行くのでしょう。私も戦列に加えてくださいませんかね」、などと言いながらまるでキリがないところを、騒ぎを聞きつけた正規の今川の寄親たちが跳ね付けては進むのだが、総じて騒がしい行軍だった。
藤枝、掛川、曳馬とひたすらに東進し、浜名湖は今切の渡を舟で行く。吉田からは山間の道を行って、岡崎、そしていよいよ、十七日の夕刻には池鯉鮒城に着いた。南西に知多半島を望めば、衣浦湾の手前に刈谷城が、また、対岸に緒川城が小さく見えている。これを越えて沓掛まで行けば、大高、鳴海は目と鼻の先、そこはもはや戦場の只中であった。
「サテ、明日、我らはいよいよ大高城へ向かう。元康」
義元は軍議を開くと開口一番に元康を呼びつけた。元康もまた、自らがこの場で話すべきことを出陣した時より既に心得ていたのだろう、決して短くはない作戦の概要を淀みなく語って諸将に聞かせた。
「ハ。正光寺砦には、我が伯父である水野信元、そして、織田方の千秋季忠が、また、氷上砦には大野衆を率いる佐治為景殿が城将としてこれに籠っています。皆さま既にご存じと思いますが、水野、佐治は我らに内応しました。これより我らで大高へ向かうまさにそのとき、正光寺、氷上の両砦は、大軍に恐れをなし、持ち場であるところの砦を捨てて、退いていただく手筈となっております」
焚火の音に紛れて不適な笑い声が小さくいくつか漏れた。
「聞いた通りである。我らは正光寺、氷上の砦を素通りし、大高入城を果たす。そして、翌早暁より残る織田方の鷲津・丸根の砦を攻める。近海の満潮は辰の刻。砦の敵を我らで引き付けているその隙に、海路より服部党の兵糧船を大高城へ入れる。また、これは大した戦力にもならぬだろうが、刈谷の水野信近も戦いに参列すると、つい先日、ようやく返事を寄越した。服部党の兵糧補給の後は、刈谷衆もこれに合流し、海路を見晴らせる」
異論は誰にもあるはずなかった。大高救援の遠征は思い付きなどではない。戦いは前年より予期され、荷之上の服部友貞との連絡はおろか、水野・佐治の調略に至るまでが緻密に遂行されてきた。だが、それでも、義元は軍議に一定の時間をかけた。優れた作戦もきちんと実行されなければまるで意味を成さない。それを知っていた。
――我らの動きにはどこにも瑕疵はない。後は信長がいつ現れるかだが、――
ただ一つ、どうしても残る課題を自らの胸の内に秘めたまま。
翌十八日、今川軍は池鯉鮒城を出立し大高へ歩を進める。
先陣は元康を中心とする三河衆、それに続くのが義元本隊、後陣を松井宗信らの遠江州が固めていた。正午頃、いよいよ大高川に差し掛かり、対岸の小山の頂上に正光寺砦を、そこからさらに大高城を捉えたとき、先陣の松平勢から声が上がった。
「松平勢ッ――これより兜の緒を締めよ。水野、佐治との約定はないものと思って進む。大高入城が叶うその時まで、戦闘準備を怠るなッ」
元康の雄姿に、義元は殊更満足した。戦である以上、絶対に守られる密約などはない。自ら元康へとその旨を伝えようと考えていたところ、手間が省けた。これほどの心の通う手駒が居るなら、砦攻めも案じることはないだろうと考えた。
大高川の渡河を始めながら、元康は、目前の山頂・正光寺砦に織田の兵たちがぱらぱらと散って出て来るのを見た。隊列ではなかった。まるで砦という器から兵が零れ落ちていくかのようだった。足を止めて耳を澄ます。麓近くまで行くと怒号のような喧騒が聞こえてきた。松平勢の背後を行く義元がいち早く気付いて笑いかけた。
「ふっふっふ。信長の軍監は千秋といったか、その者が逃げようとする緒川衆を許さなかったのだろう。しかし、ここで我らが足踏みしてやるのは不自然だな。元康、好きにせよ」
元康隊は山麓に陣を張り鬨の声を上げて山を登り始めた。
――
「エレエとこに来ちまったよ。これは、生きて帰れぬか」
右の頬骨、稲生原で受けた古傷をさすりながら、利家は、大混乱に陥っている正光寺砦のなかで一人酒をあおっていた。
「水野殿。ここは今川を食い止める最前線。撤退などはもっての外ッ――」
「黙れ、ウルセエ野郎だ。俺は信長に協力するとは言ったが、家来になるとは言ってねえ。捨て石にされるだけの砦の守備なんぞ、死にたがりのてめェらだけでやりやがれ。あばよ」
今川軍の接近を眼前に見た信元は、兼ねてからの今川との密約の通りに動いた。千秋季忠に砦からの撤退を進言し、それが聞き入れられないとなったら、まるで武士の一団とは思われぬ身勝手さで自らの手勢だけを率いて山を駆け下りていった。正光寺砦は信元の軍勢によって大半を構成されていた。彼らが退いた今、もはや、まともに敵勢と戦えるような状態にはなかった。
「オノレ、水野ッ。これでは信長さまに会わせる顔がないッ。かくなるうえは、打って出、その気迫を義元に知らしめるか」
季忠は地べたに座り込み力いっぱい殴りつけた。信元を呪うというより、それを制止させられなかった自らの非力を自省していた。それは、前年に織田家を追い出された利家の目にも、いたたまれない悲痛さをもって映った。
「やっぱり、俺も帰られぬのだろうな。織田には」
拾阿弥という名の、信長肝入の茶坊主がいた。同朋衆と呼ばれる僧体の雑用係だが、この男は器量が良く、何かにつけてそつなくこなすので信長に重宝されていた。ところが、信長の威名が上がれるほどに、彼も付けあがるようになっていく。清洲城内における信長の権勢を自分の偉さだと錯覚し、やがて侍たちを侮った。中でも、信長と衆道を通して古く付き合う利家を標的としたようだ。「武者などいつ死んでもおかしくない。信長さまにとっては、お前も所詮は替えの効く男だ」などと宣い、果ては「お前。信長さまが第一番だと言うなら、ホレ、女から貰ったものなど何でもなかろうに」、そう言って利家の脇差に飾られていた笄を盗むに至った。この笄は、利家が細君のマツから譲り受けたもので、また、彼女の実父の形見でもあった。拾阿弥の増長を知ったなら信長も許しはしなかっただろうが、しかし、その前に利家の堪忍袋の緒が切れてしまった。
あるとき、信長を交えた酒の席のこと、酔った拾阿弥にいつものように揶揄われた利家は、突然にすっくと立ち上がる。
「どうしたね。私を殴るのかね。信長さま、ご覧になられましたでしょうに。この粗暴な男――」
何の予兆もなく、利家は袈裟がけに一刀で拾阿弥を斬り捨てた。広間は血に煙り、いろいろな珍味や酒の肴に降りかかった。拾阿弥が命乞いする間もないほどの、一瞬の殺人だった。
信長はこれを許さなかった。自分へ拾阿弥の処分を訴えてくるならまだしも、目の前で当てつけのように殺人を行ったのでは、処分しない訳にはいかない。利家が信長と旧知の仲だと知らぬ者はない。温い処遇では家中に示しがつかなかった。
かくして利家は、自らの生涯を貫いて一、二を争うであろう大失敗をやらかした。浪人暮らしを強いられながら、何とか織田家復帰のための糸口を掴もうと東奔西走する日々のなかで、今川軍一万の来襲を耳にした。
「ここで手柄を立てなければ、ウソだ」
そう意気込み、無断で善照寺砦の守備に加わっていたのだ。しかし、その努力も、信元の撤退で今まさに水泡に帰そうとしていた。こうなると、次の戦まで命を繋がなくては面白くない。勝手に参戦した浪人が突撃して死んでも、まだ、誰も褒めてはくれないだろう。
「季忠さま。突撃はやめましょう。この兵数ではもう何もできません。ここは一度、退きましょう。退いて、信長さまの指示を仰ぐのです。織田の気概を見せるのは、きっと、それからでも遅くはありますまい」
「黙りなさい。私憤で浪人に成り下がった男が私に意見する権利はない。この場に居られるだけでも感謝せよ」
利家は反射的に眉を吊り上げたが、よく考えてみれば、季忠の言い分はまるで正しかった。それを言われてしまうと、反論は何も出て来なかった。そのうえで、サテ、目の前の頑固な指揮官をどう説得したものだろうか、と利家は何の気なしに目を逸らしたのだが、ちょうどその時、逸らした視線の先に、西方・氷上砦の動きを捉えた。
「アレは――?」
先駆けて降りて行った緒川衆に続けと言わんばかりに、大野衆・佐治為景の軍勢が山を降りていく。氷上砦までもが戦わずして撤退を始めたのだ。
「こちらの有様を見てのことか。何と情けないッ――」
「どうでしょうな。水野殿、佐治殿がそろってというのはキナ臭い。彼らは今川へ内通しているのやも知れませぬ。とにかく、いまは逃げ、このことを信長さまに伝えましょう」
利家は何も知らないながらに、上手く言いくるめた。季忠はようやく自らも撤退することを決意した。その雄姿を知らしめる味方が悉く居なくなったのでは、玉砕も映えない。麓の松平勢が山を登って駆けてくるのを見て、尾根の反対側へと逃げ去った。時折、統率を見出した雑兵が追いすがってくるのを利家と共に討ち取りながら、少数で道なき道を北へ進む。信長との連絡を得るために、丸根砦を越えて中島砦を目指した。
――
今川勢はもぬけの殻となって正光寺砦の横を堂々と通り抜ける。
「オオオ。元康殿、よくぞご無事でお越しくださいました」
「長照殿、よくぞこの窮地を耐え凌いだものと、この元康、感服いたしました」
はじめ先陣を務めた松平勢が近日中の兵糧を携えて大高城へ入城した。
「お館さまはいずこにおられるのか、それに遠江衆の姿も見えませぬが――?」」
「直に参られる。まずは兵らの手当に当たらせていただこう」
「かたじけない」
大高城兵たちも、空腹に眩暈を見せながら、しかし、整然として口々に元康に謝辞を述べた。元康が兵糧入れを行ったのはもう何度目のことだろうか、彼らにとっては度重なる窮地をいつも救いに来てくれる大恩人なのだった。大高城は心身ともに窮地からの復活を見せ、そして、その再生の気概は、却って松平勢の士気をも大いに上げた。
「この鵜殿長照、長く織田の攻撃を耐えるばかりの身だったが、明日よりは、お館さまの槍として、一人でも多くの敵兵の首をあげてご覧に入れよう。お館さまが戻られた折には、元康殿からお口添えをいただけませんか。此度の砦攻めは、是非、この私目に大将をお任せください、と」
先鋒を買って出る威勢を見せたが、その時、陣幕の向こうから義元が遠江衆を引き連れて現れた。
「長照、息災で何よりだ」
「お館さま、このような手狭な城へお呼びだてした無礼をお許しください」
「兵らは多く野営させた。だが、聞いていたぞ。我らはそれほどまでに頼りないか? ふふ、無理をするでない。今しがた棒山の砦(丸根砦)を検分してきたところよ。敵方の佐久間盛重なる男は勇猛な将だと聞いていたが、見たところ、兵数は五〇〇もなかろう。松平勢の手にかかれば手間はかからぬ。元康、丸根砦の城攻めにはそなたに任せよう」
義元は夕刻の闇に紛れて敵方の丸根砦を巡検し、予め用意しておいた攻め手の大将の選定に、これといった障害がないことを検めた。
「ハ。ありがたき幸せ」
「海岸の鷲津砦も、予定していた通り、朝比奈泰朝、井伊直盛、そなたらに任せよう」
「は。元よりその覚悟にございます」
「元康殿に劣らぬ働きをご覧に入れましょう」
長照はそれでは面目がないのではじめは口を挟もうとしたのだが、あまりに団結された義元たちの頼もしさについ安堵したのだろう、やがて穏やかに口を閉じた。
「入江は辰の刻には満潮となろう。これに合わせ、荷之上の服部友貞に舟で兵糧を入れさせる。鷲津・丸根の織田勢が邪魔だてに現れぬよう、松平勢、朝比奈・井伊勢は、早暁・卯の刻よりそれぞれ砦を攻め、両砦の動きを封じよ。此度の戦で砦さえ潰しておけば、以後も同様に海路からの兵糧運搬が可能となろう。これで、元康に岡崎から長距離を陸路で往復させる手間も省けるというものだ」
義元は、織田方の付城の排除に合わせ、さらに、大高城への新たな兵糧輸送の経路を確立させるつもりである。
「お館さまは城攻めに加わらぬのですか。さすれば、――」
長照の素朴な問いに義元は笑みを湛えて答える。
「私は高所より信長の後詰を待ち、これを叩く」
「織田信長は、現れるのでしょうか」
「現れるに決まっている。信長自ら現れるはずだ。すでに正光寺砦、氷上砦は我らの手に落ちた。明日、丸根砦、鷲津砦までが攻め落とされたならどうだ、信長には何も残らぬ。両砦を死守するために、信長は必ず動く。だが、肝心の砦には決して駆け付けさせはせぬ。氏俊」
義元の側に控えるは瀬名氏俊という男。今川本隊がこの尾三国境へ来るよりも三日ほど前から、義元の指令によって大高周辺の山間部を視察していた。
「渡河してきた道を戻り、丸根砦の東の麓からから小川道と呼ばれる山道を北へ進むと、漆山という山がございます。北西に、岡部殿の鳴海城とそれを取り囲む敵方の三つの砦、中島・善照寺・丹下の三つの砦を俯瞰できる要所にございます。清洲から海岸沿いを駆ける信長の後詰軍を監視するに、これ以上の場所はありません」
「大義。我らが大高に入城したことは、そろそろ清洲の信長の元に知らされる頃合いだろう。後詰軍はもう組織され、我らの攻撃が伝えられると共に動くはず。三〇〇〇か、四〇〇〇か、持てる兵力のすべてを挙げて砦の救援に現れるに相違ない。本隊は、朝比奈隊、松平隊の砦攻撃に先んじ漆山へ陣を敷く。信長が清洲から熱田、そして大高へ至らんとすれば道は、丹下、善照寺、中島の砦を順に経由するよりほかない。だが、それらの砦はすべて山頂の我らには筒抜けだ。信長の率いる軍兵の規模も、その速度も、な。眼の良い者には装備の配分まで、手に取るように分かることだろう」
翌十九日深更・虎の刻、義元は仮眠もそこそこに大高城を抜け出した、一路、漆山を目指した。
やがて夜が白み始める頃に、背後の大高城から鬨の声が伝わってきた。義元本隊もそれに呼応するかのように声を上げて、漆山の山頂へ急いだ。
朝比奈・井伊隊二〇〇〇、松平隊一五〇〇、いずれも鷲津砦・丸根砦の兵力を大きく超えている。両砦を守ろうとするなら、どう考えても、信長が自ら後詰に来るしかない。だが、その軍勢さえ多く見積もっても四〇〇〇というところだろう。対する義元の兵力は二部隊に兵力を割いてなお、優に七〇〇〇余を残していた。
――信長。お前が戦いを挑んでくるなら、その首を貰っておこう。私と戦わぬというのなら、お前はすべてを失うことになるであろう。大高城への付城も、配下の信頼も、そして、いずれはこの尾張という国までも、すべてだ――
山頂は氏俊の報告と違わぬ眺望だった。鳴海方面のみならず、鷲津・丸根両砦攻めの情勢すら伝令を介すことなく把握できるかのようだった。
「ふふ。もし、晴天の空だったなら熱田の港まで見通せよう。尾張はかくも豊かな土地であったか」
どこまでも広がる起伏のない平野に大きな川がいくらか流れている。平面的な景色は、まるで山水画のようにすら見える。故郷・駿河とはまるで趣の違う魅力に、義元は気づけば、領土的野心に食指を伸ばしていた。「北に人の動きがあれば、すぐに報せよ」とそう厳命しながらも、彼は、実際には飽きることなく尾張という国を眺め続けていた。
「サア、信長。この豊かな国を渡したくはないだろう。死地へ来るが良い」
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