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番外編2
デジレの恋(エリク1)
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初めてデジレの存在を知ったのは、城の魔法棟で勤務していた時だった。
そこから、こんな風に彼女と婚約するだなんて誰が予測しただろうか。
以前から、今ここにある未来を思い描いていたのは、彼女の次兄ただ一人だけだったと思う。
「デジレ、そんなところで眠っていると風邪をひきますよ」
仕事で疲れてしまったのだろう。
デジレは机に突っ伏して寝息を立てている。
周囲に置かれている書類の内容を見るに、金策関連の仕事で間違いない。
机の端には男爵家の事業に関する資料が積み上げられている。
デジレはボドワン男爵家のために、なんとかお金を稼ごうと頑張ってくれているのだ。
「ありがとうございます、デジレ」
眠っている彼女の旋毛にキスを落とした。
彼女が婚約者になってくれて、とても嬉しい。
けれど同時に、この家のために無理をさせてしまって申し訳なく思う。
「……子爵家の令嬢なんて、働かないのが普通なのに」
この国の貴族の家では、「金を稼ぐ行為は卑しい」という風潮が未だに残っているところもある。
以前のボドワン男爵家も、そうだった。
俺が「職業魔法使いになる」と言った時も、父親は盛大に反対したものだ。
しかし、自分の意見を曲げずに押し切ってよかったと思う。
そのおかげで、魔法使いとしての仕事で幾ばくかの金銭を得ることができたし、デジレにも出会えた。
※
若いうちから仕事に就いた、俺の魔法使いとしての経歴は、同年代の中では長いほうだった。
……奴の次に。
魔法に関する才能にも恵まれ、魔法棟では重宝がられている。
……奴の次に。
俺は、近くで作業をするピンク頭を睨んだ。
「カミーユ、就業時間は終わったのに、実験室にこもって何をやっているんです?」
「友達に頼まれて、魔法アイテムを作っているよ?」
「アイテム?」
奴、とはこの女。
カミーユ・ロードライト侯爵令嬢のことである。
常識的におかしいのだが、この令嬢は七歳から城で魔法使いとして働いていた。
侯爵令嬢が城で魔法使いになるなんて、普通では考えられない行動だ。
でも、それをやってのけてしまうのがカミーユだった。
そして、非常に不本意なことに、カミーユは俺の二年先輩にあたる魔法使いである。
当初は、魔法棟の総長官の娘というコネで魔法使いになったと思われていた彼女だが、その実力は俺が魔法使いの仕事に就いた九歳の時点で、既に大人の魔法使いと並んでも遜色のないものになっていた。
カミーユの魔法の知識や技術は今も向上し続けている。
斜め上の方向へ……
「今作っているのは、魔法刺青の実験材料の余りを使った魔法香水なんだけど、友達が気に入ってくれて」
「一人分、ですよね。そんなに大量に作るのですか?」
「うん、その子の友達にも好評で、城下町でも人気になって……生産量が増えちゃったんだ」
「城下町……」
それって、結構な規模なのでは?
「私も仕事がない時にしか作れないから。数量限定の生産で、価値が上がって有名になっちゃって。今は、城下に店舗が三店もできているみたい。最近は、その店を経営している友達にレシピを渡してあるから、足りなくなったら、向こうで作ってもらっているのだけれど」
「へー。ちなみに、なんて店です?」
「COEUR<クール>だっけ?」
「って……超有名ブランドじゃないですか! うちの母も愛用しているブランドですよ!」
年頃の令嬢だが、ブランドには興味がないようだ。この魔法オタクは。
ちなみに、COEURは、国内でも一、二を争う有名な魔法香水ブランドである。
「デジレって凄いんだね」
どうして、っている本人が知らないのだと叫びたいところだが、カミーユなので仕方がないと割り切れてしまう。
これも、カミーユと長年共に仕事をしてきた経験から言えることだ。
この女は、親である長官同様、魔法以外はサッパリな人間なのである。
「あなたの友人に同情します」
「なんとなく、いつもどおり、私が貶められているのは分かった。デジレは、エリクと違ってそんなこと言わないよ」
「よほど心が広く、優秀な方なんですね。その女性は」
話していると、別の声が割り込んできた。
「うちのデジレがどうかした?」
振り向くと、茶色の髪の小柄な美青年が立っている。
「あ、アシル! お疲れ様ー!」
「カミーユ、仕事は終わったの? この後予定がないなら、晩ご飯を食べに行かない?」
「行く! でも、デジレに頼まれている品が完成するまで、少しだけ待って。もうできるから」
アシルと呼ばれた彼は魔法棟のソレイユ・ジェイド副長官の息子で、カミーユの婚約者だ。
自身も王太子の片腕として、城内で結構幅を利かせている、次期宰相候補の一人である。
しかし、俺には未来の宰相様の趣味が未だに分からない。
(その顔でそれだけ優秀なら、女性なんて選びたい放題だろうに、何故カミーユ?)
彼女はどう見たって令嬢とは言い難い存在だ。
あり得ない魔法をバンバン生み出すところは、ちょっと人外っぽいし。
魔法棟での彼女の立ち位置は「人外」なので、同僚でカミーユに手を出す男はいない。
「品って……? ああ、デジレの香水だね」
「うん、新しい香りを頼まれていたんだ」
「そういえば、そんな感じのことを言っていたね。夏限定の新製品だっけ?」
何気に、彼は流行に詳しいようだ。
俺の様子を見たカミーユが、言葉を補足する。
「エリク。デジレは、アシルの妹だよ」
「妹……? ああ……」
そういえば……
(つい最近、そんな話を聞いたような気がしますね。副長官から)
ここ最近、副長官とは接点が多い。
俺が、全てに合点が行った瞬間だった。
そこから、こんな風に彼女と婚約するだなんて誰が予測しただろうか。
以前から、今ここにある未来を思い描いていたのは、彼女の次兄ただ一人だけだったと思う。
「デジレ、そんなところで眠っていると風邪をひきますよ」
仕事で疲れてしまったのだろう。
デジレは机に突っ伏して寝息を立てている。
周囲に置かれている書類の内容を見るに、金策関連の仕事で間違いない。
机の端には男爵家の事業に関する資料が積み上げられている。
デジレはボドワン男爵家のために、なんとかお金を稼ごうと頑張ってくれているのだ。
「ありがとうございます、デジレ」
眠っている彼女の旋毛にキスを落とした。
彼女が婚約者になってくれて、とても嬉しい。
けれど同時に、この家のために無理をさせてしまって申し訳なく思う。
「……子爵家の令嬢なんて、働かないのが普通なのに」
この国の貴族の家では、「金を稼ぐ行為は卑しい」という風潮が未だに残っているところもある。
以前のボドワン男爵家も、そうだった。
俺が「職業魔法使いになる」と言った時も、父親は盛大に反対したものだ。
しかし、自分の意見を曲げずに押し切ってよかったと思う。
そのおかげで、魔法使いとしての仕事で幾ばくかの金銭を得ることができたし、デジレにも出会えた。
※
若いうちから仕事に就いた、俺の魔法使いとしての経歴は、同年代の中では長いほうだった。
……奴の次に。
魔法に関する才能にも恵まれ、魔法棟では重宝がられている。
……奴の次に。
俺は、近くで作業をするピンク頭を睨んだ。
「カミーユ、就業時間は終わったのに、実験室にこもって何をやっているんです?」
「友達に頼まれて、魔法アイテムを作っているよ?」
「アイテム?」
奴、とはこの女。
カミーユ・ロードライト侯爵令嬢のことである。
常識的におかしいのだが、この令嬢は七歳から城で魔法使いとして働いていた。
侯爵令嬢が城で魔法使いになるなんて、普通では考えられない行動だ。
でも、それをやってのけてしまうのがカミーユだった。
そして、非常に不本意なことに、カミーユは俺の二年先輩にあたる魔法使いである。
当初は、魔法棟の総長官の娘というコネで魔法使いになったと思われていた彼女だが、その実力は俺が魔法使いの仕事に就いた九歳の時点で、既に大人の魔法使いと並んでも遜色のないものになっていた。
カミーユの魔法の知識や技術は今も向上し続けている。
斜め上の方向へ……
「今作っているのは、魔法刺青の実験材料の余りを使った魔法香水なんだけど、友達が気に入ってくれて」
「一人分、ですよね。そんなに大量に作るのですか?」
「うん、その子の友達にも好評で、城下町でも人気になって……生産量が増えちゃったんだ」
「城下町……」
それって、結構な規模なのでは?
「私も仕事がない時にしか作れないから。数量限定の生産で、価値が上がって有名になっちゃって。今は、城下に店舗が三店もできているみたい。最近は、その店を経営している友達にレシピを渡してあるから、足りなくなったら、向こうで作ってもらっているのだけれど」
「へー。ちなみに、なんて店です?」
「COEUR<クール>だっけ?」
「って……超有名ブランドじゃないですか! うちの母も愛用しているブランドですよ!」
年頃の令嬢だが、ブランドには興味がないようだ。この魔法オタクは。
ちなみに、COEURは、国内でも一、二を争う有名な魔法香水ブランドである。
「デジレって凄いんだね」
どうして、っている本人が知らないのだと叫びたいところだが、カミーユなので仕方がないと割り切れてしまう。
これも、カミーユと長年共に仕事をしてきた経験から言えることだ。
この女は、親である長官同様、魔法以外はサッパリな人間なのである。
「あなたの友人に同情します」
「なんとなく、いつもどおり、私が貶められているのは分かった。デジレは、エリクと違ってそんなこと言わないよ」
「よほど心が広く、優秀な方なんですね。その女性は」
話していると、別の声が割り込んできた。
「うちのデジレがどうかした?」
振り向くと、茶色の髪の小柄な美青年が立っている。
「あ、アシル! お疲れ様ー!」
「カミーユ、仕事は終わったの? この後予定がないなら、晩ご飯を食べに行かない?」
「行く! でも、デジレに頼まれている品が完成するまで、少しだけ待って。もうできるから」
アシルと呼ばれた彼は魔法棟のソレイユ・ジェイド副長官の息子で、カミーユの婚約者だ。
自身も王太子の片腕として、城内で結構幅を利かせている、次期宰相候補の一人である。
しかし、俺には未来の宰相様の趣味が未だに分からない。
(その顔でそれだけ優秀なら、女性なんて選びたい放題だろうに、何故カミーユ?)
彼女はどう見たって令嬢とは言い難い存在だ。
あり得ない魔法をバンバン生み出すところは、ちょっと人外っぽいし。
魔法棟での彼女の立ち位置は「人外」なので、同僚でカミーユに手を出す男はいない。
「品って……? ああ、デジレの香水だね」
「うん、新しい香りを頼まれていたんだ」
「そういえば、そんな感じのことを言っていたね。夏限定の新製品だっけ?」
何気に、彼は流行に詳しいようだ。
俺の様子を見たカミーユが、言葉を補足する。
「エリク。デジレは、アシルの妹だよ」
「妹……? ああ……」
そういえば……
(つい最近、そんな話を聞いたような気がしますね。副長官から)
ここ最近、副長官とは接点が多い。
俺が、全てに合点が行った瞬間だった。
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