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59:残虐鬼のストーキング(サイファス視点)
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翌日、なぜかクレアはエイミーナと街中にデートに行くことになった。
エイミーナは図々しくサイファスの屋敷に居座り始めている。
非常に不本意だが、単身でやって来た公爵令嬢を放っておけない。
彼女の実家に連絡し、迎えが来るのを待つことにした。早く来い、公爵家。
(仕方がない。少しの間だけ我慢だ……)
しかし、サイファスの内心は穏やかではない。やっとクレアと思いが通じ合うかもというところで、思わぬ邪魔が入ったのだから。
それに、エイミーナは王都でのクレアを良く知っている。二人は思い出話に花を咲かせていた。そこにサイファスの入り込む隙間はない。
「サイファス様。悔しいお気持ちはわかりますが、ハンカチを噛みしめて物陰から奥様を見つめるのはちょっと……かなり気持ち悪いかと。民の信頼の厚い辺境伯のすることではありませんよ?」
背後からはマルリエッタの冷静なツッコミが容赦なく飛んでくる。
サイファスは、デートに出かける二人をコッソリ尾行した。気になるのだから仕方がない。
嫉妬の炎に身を焦がしつつ、二人を乗せた馬車を馬で追跡するサイファスであった。
ちなみに、前の馬車にはクレアとエイミーナ、従者としてアデリオが乗っている。
それをサイファス、マルリエッタで追う形だ。
庶民に紛れる格好で街に出たクレアとエイミーナは、食事処で昼食を頼みつつ話に興じている。クレアの方は、男装姿だった。
それにしても、クレアたちはお忍びに慣れすぎている。きっと、王都でも度々二人で出かけていたに違いない。
近くの席にコッソリ座ったサイファスは、マルリエッタと共に二人の会話に耳を傾ける。
辺境には王都のように洒落たカフェはない。その代わり、昼は食事処、夜は酒場となる店はあり、二人が選んだのは中でも女性が好みそうな小綺麗な店だった。
クレアは男として完璧なエスコートをしている。
「そんな場所で、何をしているんですか?」
ふと声をかけられ振り返ると、背後に呆れ顔のアデリオが立っていた。
姿が見えないと思ったら、離れた席で食事していたらしい。
「こ、これは……その」
「クレア様を追ってきたんですか? 心配ないと思いますけどね。辺境伯閣下は、案外余裕がないんですねえ?」
なにげに失礼な態度を取られている。
ニマニマと意地悪く笑う慇懃無礼なアデリオに対し、向かいの席にいたマルリエッタが殺気を放った。この二人は、仲が良くない……というか、マルリエッタが一方的にアデリオを敵視している。
そうこうしていると、クレアとエイミーナの会話が聞こえてきた。
「エイミー、新しいクレオと上手くいっていないのか?」
「酷いですわ! わたくしにとってのクレオ様はあなただけですのに! あんな男、論外よ!」
「なるほど。で、クレオの馬鹿は何をやらかしたんだ?」
余裕のある態度が男前なクレア。女々しい自分との落差にちょっと落ち込むサイファス。
そんなサイファスの心を読んだかのようにアデリオが言った。
「クレア様、王都じゃ令嬢にモテモテだったからね。無自覚で女たらしなんだよなあ。彼女を巡って女同士の醜い争いが各地で勃発していたから。クレア様はクレア様で女心を弄んでいる自覚がないから、それを放置しているし」
「それは……」
なんだか、罪作りな駄目男臭がする。
「そんな中で見事、婚約者の座に収まったのが公爵家のエイミーナ嬢ってわけ。婚約発表がされたときは、ショックのあまり寝込んだ令嬢が続出したっけ」
凄まじいモテっぷりを発揮しているクレア。
彼女を潤んだ瞳で見つめているエイミーナは、誰もが納得する美少女ぶりだ。ある意味お似合いのカップルである……断じて認めないが。
エイミーナは躊躇いがちに口を開いて言った。
「今のクレオ様、自宅に女を囲っていますのよ」
思いがけない話に、クレアは飲んでいたグラスをテーブルに置く。中身は十中八九酒だろう。
「女って……?」
「かなり親しげで、まるで昔からの知り合いのようですわ。それを、ミハルトン伯爵は良く思っていない。でも、可愛い息子に強く言えないようですの」
「あいつ……そんな相手がいたのか」
クレアの弟がクレオとなる前から知っている仲なのだろうか。
彼らの関係はわからないが、ミハルトン家の屋敷に部外者を置くのはクレアも反対のようで、渋い表情をしている。
「わたくしは抗議しましたのよ? でも、彼は聞き入れてくださらない。最近は、ミハルトン伯爵にも反抗的な態度を取っておられますし……」
「あの野郎」
「父の公爵も、今のクレオ様の態度を良く思っておりません。ですが、政略結婚を取りやめる気もないようです。このままでは、妾がのさばる家で肩身の狭い生活を強いられることになりそうですわ」
「よし、あいつを絞めよう。ちょっくら王都に出かけるか」
元婚約者という間柄だからか、クレアにはエイミーナに対する情があるようだ。
そして、彼女の言葉から、クレアと弟の関係は良くないらしいと推察できる。
けれど、クレアを単身で王都へ出すのは反対だ。今、彼女の手を放したら、フラフラと気ままに好きなところへ移動し、サイファスのもとからいなくなってしまうかもしれない。
食事を終えたクレアたちは、今度は街を散歩することにしたようだ。
ルナレイヴの店は王都ほど品揃えが多くないし洗練されてもいない。
けれど、王都では物珍しい商品も多いらしく、クレアたちはそういう店を中心に回っている。
「……サイファス様、いつまで尾行を続ける気ですか?」
マルリエッタの視線が痛い。
サイファスたちと分かれたアデリオは、再びクレアの従者として彼女のもとに戻った。
お忍びの格好をしているとはいえ、エイミーナの所作は良い家の出であることが見て取れる。
店の者も彼女には丁寧に接しているようだ。
しばらく買い物を楽しんだ後、クレアたちは広場の片隅にあるベンチで休憩に入った。
エイミーナが買ったらしい荷物をクレアが持ち運んでいる。
二人を観察していたサイファスは、妙なことに気がついた。
少し前から、自分の他にもクレアたちを尾行している者がいる。クレアも怪しい気配に気づいているようだ。エイミーナに何かを耳打ちしている。
立ち上がった二人は、人のいない路地に向かう。アデリオが二人の後を追った。
敵をおびき出す気なのだ。
(クレアとアデリオが揃っているから、大丈夫とは思うけど……)
やっぱり心配になったサイファスは、マルリエッタと共にクレアのストーキングを続行した。
エイミーナは図々しくサイファスの屋敷に居座り始めている。
非常に不本意だが、単身でやって来た公爵令嬢を放っておけない。
彼女の実家に連絡し、迎えが来るのを待つことにした。早く来い、公爵家。
(仕方がない。少しの間だけ我慢だ……)
しかし、サイファスの内心は穏やかではない。やっとクレアと思いが通じ合うかもというところで、思わぬ邪魔が入ったのだから。
それに、エイミーナは王都でのクレアを良く知っている。二人は思い出話に花を咲かせていた。そこにサイファスの入り込む隙間はない。
「サイファス様。悔しいお気持ちはわかりますが、ハンカチを噛みしめて物陰から奥様を見つめるのはちょっと……かなり気持ち悪いかと。民の信頼の厚い辺境伯のすることではありませんよ?」
背後からはマルリエッタの冷静なツッコミが容赦なく飛んでくる。
サイファスは、デートに出かける二人をコッソリ尾行した。気になるのだから仕方がない。
嫉妬の炎に身を焦がしつつ、二人を乗せた馬車を馬で追跡するサイファスであった。
ちなみに、前の馬車にはクレアとエイミーナ、従者としてアデリオが乗っている。
それをサイファス、マルリエッタで追う形だ。
庶民に紛れる格好で街に出たクレアとエイミーナは、食事処で昼食を頼みつつ話に興じている。クレアの方は、男装姿だった。
それにしても、クレアたちはお忍びに慣れすぎている。きっと、王都でも度々二人で出かけていたに違いない。
近くの席にコッソリ座ったサイファスは、マルリエッタと共に二人の会話に耳を傾ける。
辺境には王都のように洒落たカフェはない。その代わり、昼は食事処、夜は酒場となる店はあり、二人が選んだのは中でも女性が好みそうな小綺麗な店だった。
クレアは男として完璧なエスコートをしている。
「そんな場所で、何をしているんですか?」
ふと声をかけられ振り返ると、背後に呆れ顔のアデリオが立っていた。
姿が見えないと思ったら、離れた席で食事していたらしい。
「こ、これは……その」
「クレア様を追ってきたんですか? 心配ないと思いますけどね。辺境伯閣下は、案外余裕がないんですねえ?」
なにげに失礼な態度を取られている。
ニマニマと意地悪く笑う慇懃無礼なアデリオに対し、向かいの席にいたマルリエッタが殺気を放った。この二人は、仲が良くない……というか、マルリエッタが一方的にアデリオを敵視している。
そうこうしていると、クレアとエイミーナの会話が聞こえてきた。
「エイミー、新しいクレオと上手くいっていないのか?」
「酷いですわ! わたくしにとってのクレオ様はあなただけですのに! あんな男、論外よ!」
「なるほど。で、クレオの馬鹿は何をやらかしたんだ?」
余裕のある態度が男前なクレア。女々しい自分との落差にちょっと落ち込むサイファス。
そんなサイファスの心を読んだかのようにアデリオが言った。
「クレア様、王都じゃ令嬢にモテモテだったからね。無自覚で女たらしなんだよなあ。彼女を巡って女同士の醜い争いが各地で勃発していたから。クレア様はクレア様で女心を弄んでいる自覚がないから、それを放置しているし」
「それは……」
なんだか、罪作りな駄目男臭がする。
「そんな中で見事、婚約者の座に収まったのが公爵家のエイミーナ嬢ってわけ。婚約発表がされたときは、ショックのあまり寝込んだ令嬢が続出したっけ」
凄まじいモテっぷりを発揮しているクレア。
彼女を潤んだ瞳で見つめているエイミーナは、誰もが納得する美少女ぶりだ。ある意味お似合いのカップルである……断じて認めないが。
エイミーナは躊躇いがちに口を開いて言った。
「今のクレオ様、自宅に女を囲っていますのよ」
思いがけない話に、クレアは飲んでいたグラスをテーブルに置く。中身は十中八九酒だろう。
「女って……?」
「かなり親しげで、まるで昔からの知り合いのようですわ。それを、ミハルトン伯爵は良く思っていない。でも、可愛い息子に強く言えないようですの」
「あいつ……そんな相手がいたのか」
クレアの弟がクレオとなる前から知っている仲なのだろうか。
彼らの関係はわからないが、ミハルトン家の屋敷に部外者を置くのはクレアも反対のようで、渋い表情をしている。
「わたくしは抗議しましたのよ? でも、彼は聞き入れてくださらない。最近は、ミハルトン伯爵にも反抗的な態度を取っておられますし……」
「あの野郎」
「父の公爵も、今のクレオ様の態度を良く思っておりません。ですが、政略結婚を取りやめる気もないようです。このままでは、妾がのさばる家で肩身の狭い生活を強いられることになりそうですわ」
「よし、あいつを絞めよう。ちょっくら王都に出かけるか」
元婚約者という間柄だからか、クレアにはエイミーナに対する情があるようだ。
そして、彼女の言葉から、クレアと弟の関係は良くないらしいと推察できる。
けれど、クレアを単身で王都へ出すのは反対だ。今、彼女の手を放したら、フラフラと気ままに好きなところへ移動し、サイファスのもとからいなくなってしまうかもしれない。
食事を終えたクレアたちは、今度は街を散歩することにしたようだ。
ルナレイヴの店は王都ほど品揃えが多くないし洗練されてもいない。
けれど、王都では物珍しい商品も多いらしく、クレアたちはそういう店を中心に回っている。
「……サイファス様、いつまで尾行を続ける気ですか?」
マルリエッタの視線が痛い。
サイファスたちと分かれたアデリオは、再びクレアの従者として彼女のもとに戻った。
お忍びの格好をしているとはいえ、エイミーナの所作は良い家の出であることが見て取れる。
店の者も彼女には丁寧に接しているようだ。
しばらく買い物を楽しんだ後、クレアたちは広場の片隅にあるベンチで休憩に入った。
エイミーナが買ったらしい荷物をクレアが持ち運んでいる。
二人を観察していたサイファスは、妙なことに気がついた。
少し前から、自分の他にもクレアたちを尾行している者がいる。クレアも怪しい気配に気づいているようだ。エイミーナに何かを耳打ちしている。
立ち上がった二人は、人のいない路地に向かう。アデリオが二人の後を追った。
敵をおびき出す気なのだ。
(クレアとアデリオが揃っているから、大丈夫とは思うけど……)
やっぱり心配になったサイファスは、マルリエッタと共にクレアのストーキングを続行した。
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