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第2章 レージョンの領主
対岸の港町
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「んぅーーー!」
ハルは船を下りると、思い切り背伸びをした。
空は晴れ渡り、カモメが気持ちよさそうに鳴いている。
そして、海の向こうにはつい数時間前までいたカターヌが見える。
そう、ハルはついにカターヌを出て、ユートピア本国のあるエウロパ大陸に上陸したのだった。
「へー、ここがレージョンかぁ・・・」
マルクは感心したように街を見渡した。
「まさか、マルクまでついて来るとわね・・・」
アキはジト目でマルクの方を見るとそう言った。
「だって、あんなちっこいところで一生過ごすなんて嫌だぜ・・・若いうちに世界ってのを見ておかないと」
マルクは年甲斐もなくそう言ってみせた。
「なっ!カターヌのこと悪く言わないでよっ!」
アキは少し不機嫌になった。
そもそもなぜ、三人でカターヌを出てきたのか。
まずは、今日までに至る経緯を話したいと思う。
先週、ハルはカターヌを出るべく、カターヌ最大の港町メシナにいた。
昼の船でカターヌとはおさらばするはずだったのだが、メシナの時計屋にあった精巧な時計に見とれてしまったがためにハルは運悪く船に乗り遅れたのだ。
しかし、それはアキにとっては幸運だった。
ハルが船に乗り遅れたおかげで、アキはハルとの再会を果たしたのだった。
その後、結局アキもハルについて兄探しの旅に出ることとなり、二人はマルクのもとに挨拶に行ったのだった。
しかしこの時、マルクもハルたちについて行くと突然言い出したのだった。
アキはユートピアでのウルマン人の扱いを知っていたので、なんとかカターヌに残ることを説得したのだが、彼は頑なにそれを拒んだのだった。
そして、最終的にハルは現実世界に戻るために、アキは生き別れた兄を探すために、マルクはユートピアの遺跡を巡り、ユートピア古語の研究を進めるために、という三者三様の目的のもと旅を共にすることとなったのである。
「とりあえず、街を散策してみようか」
ハルは二人に向かってそう言うと中心街の方へ歩き始めた。
街並みはカターヌとは違っているし、住んでいる人もまた違っていた。
何より、ハルを見る目が明らかにカターヌにいたときとは違っていた。
あそこにいた時は、なんだか見てはいけないようなものを見てしまった、あるいは醜いものでも見ているような、そんな視線にさらされていた。
しかし、こちらに来てからというもの。
ハルはまるで神か仏か、そういった神々しい何かをありがたく拝んでいるような視線を浴び、行きかう人々の口はポカーンと半開きだった。
ハルはたった十数キロ海を渡っただけで、文化や宗教がこれだけ違うのか、と驚きを隠せないでいた。
しかしそれは同時に、マルクにとっては不都合なことであった。
なぜなら、マルクはエフイカ系ウルマン人。
現在ユートピア帝国は現実世界で言うとこのアフリカ大陸にあたるエフイカ大陸北部の半分を手中に収め、自国民にエフイカ系を携えるようになったとはいえ、褐色の肌に奇抜な毛色は憎き敵国ウルマンの象徴で、差別の対象だった。
「やっぱり、ここはユートピアなんだな・・・」
ハルは思わず口にした。
「最初から分かってたことさ・・・」
マルクは気丈にそう言ってみせるが、ハルは差別されることの辛さを知っている。
まだ幼いマルクを守ってあげなくては、と感じていた。
しばらく歩くと三人はにぎやかな市場のようなところに来ていた。
この街レージョンは「エウロパ大陸の足」と呼ばれるルーマ半島の南端に位置し、カターヌとの貿易など海上交通の要所として発展している。
その地理的な特性から、街には隣国の品から、遠い東の国の品まで様々なものであふれかえっていた。
すると、突然大通りの方から、人々のにぎわう声に交じって女の子の激しい泣き声が聞こえた。
ハルは思わずその声のする方に顔を向けた。
そして、そこで彼の目に映ったものはあまりに衝撃的なものだった。
口の周りに髭を蓄えたユートピア人の大男が、鎖で繋がれたウルマン人の行列のなかの女の子に鞭を振り下ろしていたのだ。
ハルは思わず駆けだしそうになる。
しかし、それを止めたのはマルクだった。
彼は、ハルの袖をきつく握ったまま首を横に振った。
アキはというと、その現場からうつむいたまま目をそらし辛そうな顔をしていた。
気が付くとその行列は人ごみの向こうに消えていた。
「おい・・・今のって・・・」
「奴隷です・・・」
アキはうつむいたままハルの問いに答えた。
ハルは目の前の不条理に腹が立って仕方がなかった。
しかし、常識がハルの世界とここではあまりに違いすぎているのだ。
正しいことのものさしが異なるのだ。
きっと、奴隷の存在が間違いなどとここの住人は微塵も感じていないのだろう。
ハルはそう自分に言い聞かせて、なんとか腹の虫を抑え込んだ。
「さあっ!・・・そろそろお仕事探ししませんか?」
アキがその場の空気を切り替えるように言った。
「仕事って言ってもなぁ・・・どこに行けばいいんだ?」
「それについてなんだけど・・・僕にいい考えがある」
ハルは自信満々でマルクの疑問に答えた。
そして、ハルの誘導のもと三人が向かった先はこの街で一番賑やかな宿屋兼酒場だった。
「大体・・・そういう話はここって相場が決まってるんだよ」
ハルは昔やったRPGを思い出してここにやって来たのだ。
「いらっしゃいませ!」
そこには、最高にキュートでナイスバディなユートピアの美女がいた。
「三名様ですか?」
「あ、はい三名様です・・・」
ハルは思わずその美女に見とれてれしまい、自分たちに様をつけてしまった。
こころなしかアキの目が冷たい。
「それではこちらへどうぞ」
三人はその美女に案内されて、奥のテーブルへと通された。
「ご注文は?」
「とりあえず、お水もらおうかな」
ハルは水を三つ注文した。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる」
ハルは二人にそう告げると、酒場の奥にあるトイレへと向かった。
トイレに入ると、そこには先客がいた。
ハルは彼に軽く会釈すると彼の隣で用を足した。
やはり、水洗ではない分少し匂いがきつかった。
日本のトイレは偉大だなぁ、なんて思いながらハルはアキとマルクの待つテーブルに戻った。
すると、戻った先のテーブルでマルクが肉を食べていた。
「え、なにそれ・・・」
ハルは尋ねる。
「お腹すいてたから、頼んじゃったぜ・・・この肉のお代払うくらいの金は残ってるんだろう?」
「私は止めたんですよ?」
アキはそう言いながらも目はマルクのステーキに向いていた。
「あ、アキ姉も食べたいの?」
「べ、別に・・・」
アキは赤面した。
「あぁ・・・さっき、マルクから預かった分も足せば数日暮らせるくらいはあるから・・・」
そう言いながら、ハルは自分のポケットを確かめた。
その瞬間、血の気が引いていくのを感じた。
ない。
つい、先ほどまで確かにあった財布が消えているのだ。
思い当たるのは、先ほどのトイレで一緒だった男だ。
つまるところ、ハルはスリにあったのだ。
「あの、ハルさん?」
「え?な、なに?」
「あるんですよね・・・ちゃんと」
アキの疑ったような顔に思わずギクリとする。
ハルは観念して真実を告げることにした。
「実は・・・」
次の瞬間二人はほぼ同時に絶叫した。
そして、ハルは人生初の犯罪を犯すこととなる。
「いいかい?作戦はこうだ」
ハルは食い逃げ大作戦の概要を説明し始めた。
「君たちは先に店を出て、さっきの教会前の広場に向かって。僕は店の裏口から出てすぐに合流するから」
「・・・でも、お店の人に謝った方が」
アキは罪悪感を少し抱いているようだった。
「何言ってるんだよアキ姉!この酒場のオーナーがマフィアと繋がってたら俺たち死ぬまで働かされるか、ユートピア湾の魚のえさにされちゃうんだぞ!」
「ひいっ・・・」
冗談なのか真実なのかよく分からないマルクの発言にアキはひどく怯えた。
しかし、現地人のマルクの話はハルをも思わずゾクッとさせるものがあった。
彼の発言がハルの謝るべきか食い逃げすべきかの迷いを拭い去ったのは言うまでもない。
「それじゃあ、作戦開始!」
食い逃げ大作戦はアキとマルクが店を後にした瞬間に決行された。
ハルは二人が店を後にしたのを確認すると、先ほど行ったトイレへと向かった。
トイレは外と繋がっており、裏口に抜けるのは容易であった。
案外上手くいくかもしれない。
そう、思っていた時だった。
裏道に出てすぐ左手に煙草をくわえた人が立っていたのだ。
一九〇センチくらいの身長のその人は間違いなく男なのだが、肌には白粉が、口には紅が塗られていた。
ハルは彼を見た瞬間、食い逃げ云々ではなく、本能的に逃げねばという意識にかられた。
気が付くとハルは思い切り駆けだしていた。
その瞬間だった。
「うぉい!待てゴラぁぁぁぁぁ!」
ドスのきいた世にもおぞましい声がハルの後ろのほうから聞こえてきた。
ヤバい、ヤバい、死ぬ。
そんなことを思いながらハルは待ち合わせ場所の広場を目指した。
しかし、彼の咆哮は着実にハルに迫ってきていた。
すると、目の前にアキとマルクの姿が見えた。
思わず、叫んで呼んでしまいそうになる。
でも、ここで呼んでしまったら、彼らまで被害を被るかもしれない。
そう思うと声が出せなかった。
ハルは腹をくくって、その男に体を向けた。
「あら、お兄さん、食い逃げなんていい度胸してるじゃなぁい?」
その男はハルの頭を両手でつかんでそう言った。
「ご、ごめんなさい・・・」
ハルはいつこの大きな手に力が入り、自分の頭蓋が粉々に砕け散ってしまうのかと考えていた。
「ハルさん!」
すると、ハルの後ろからアキの声が聞こえた。
ハルを助けようと駆け寄ってきているのが見えなくても手に取るように分かった。
来ちゃだめだ!君も頭蓋を割られるぞ!
そう叫びたかったが、恐怖で声が出なかった。
「あらぁ・・・あなたよく見るとイケメンじゃなぁい?しかもそのく・ろ・か・み!神々しくてなんかパワーが貰えちゃいそう!いいわねえぇぇ!」
すると、こともあろうにその男の唇がハルの顔に近づいてきたではないか。
嫌だ!避けねば!逃げねば!
心では強く拒絶しても、頭をロックされているため全く動けなかった。
あぁ、死んだ。
ハルは走馬灯のようなものを見た気がした。
しかし、ハルの唇に触れたのはその男の唇ではなかった。
「だめーっ!」
アキが寸前でハルとその男の間に割り込んだのだ。
チューチューチュー
なんと、アキはハルの身代わりとなってその男から頬にキスをされた状態で宙に浮いていたのだ。
しかも、それはアキの生気を吸うがごとくものすごい勢いだった。
その男は満足したのかアキの頭から手を放した。
アキはその場にドサッと倒れた。
「アキ!」
ハルはすぐ彼女のもとに寄った。
仰向けにすると、アキは白目をむいて意識を失っていた。
一方、その男はあらといった様子だった。
あぁ、僕の身代わりに生気を吸われてしまったのか。
「ごめんね・・・」
ハルは唇の形に赤く変色した右頬をそっとなででそう謝罪した。
その後、ハルたち一行はその男に連れられてさっきの食事処にいた。
「あなたたち、食い逃げなんていい度胸してるじゃない?」
「す、すみませんでした!」
ハルはテーブルに頭をこすりつけた。
「どうかお慈悲を!マフィアにだけは売らないでくださいっ!」
ハルは全身全霊をこめて拝み倒した。
「ふっ・・・」
するとその男は不敵な笑みを浮かべた。
ハルはもう終わったと思った。
「そんなことするわけないじゃない」
「え?」
「別にマフィアに売ったりなんかしないわよ」
男は笑顔で答えた。
「まぁ、スリに遭うなんてツイてなかったわね・・・これは慈悲よ。その代わり食べた分は働いて返しなさい」
男はそう言うと三人に料理と飲み物を出した。
「あ、ありがとうございます!」
三人はありがたくその料理をいただいた。
「そういえば名前を聞いてませんでしたね・・・」
ハルが思い出したようにそう言った。
「僕は橘ハル、こっちは旅仲間のアキとマルクです」
「私はここの店長。ローズって呼んでちょうだい」
ローズが本名ではないのは明らかではあるが、ここで突っ込むのは野暮だと思いハルは何も言わなかった。
「ところで、あなたたち泊まるところはあるの?」
「・・・・」
財布を取られてしまった今、泊まれる宿もなかった。
「まぁ・・・あるわけないか。いいわ、古い客室を使わせてあげる・・・でもちゃんと働くのよ」
そう言うと、ローズは立ち上がると三人を二階の奥の客室に案内した。
「ここをハルとマルクの二人で使いなさい」
案内された部屋は二段ベッドが備え付けられていて、五畳ほどの広さだった。
「あの、アキは?」
ハルはそう尋ねた。
「アキちゃんは女の子よ!ほかに部屋用意するにきまってるじゃない!」
「あの・・・私は構いませんけど・・・」
「だめよ!だめだめ!」
というわけでアキにはここに住み込みで働いている従業員と共同で過ごすことになった。
「今日の夜の開店は七時から・・・それまでちゃんと休んでおきなさい」
ローズはそれだけ言うと部屋を出て行った。
「はぁ・・・とりあえず、なんとかなって良かったなぁ」
ハルは思わず安堵のため息をついた。
「いつまで働かされるか分からないけどな・・・」
マルクは少し笑いながら、西の海に沈みゆく夕日を眺めながらつぶやいた。
「夕日はこっちの世界でも変わらずに綺麗だなぁ・・・」
ハルは今日あったこと、現実世界のことなんかをひとつひとつ思い出しながら感慨にふけった。
ハルは船を下りると、思い切り背伸びをした。
空は晴れ渡り、カモメが気持ちよさそうに鳴いている。
そして、海の向こうにはつい数時間前までいたカターヌが見える。
そう、ハルはついにカターヌを出て、ユートピア本国のあるエウロパ大陸に上陸したのだった。
「へー、ここがレージョンかぁ・・・」
マルクは感心したように街を見渡した。
「まさか、マルクまでついて来るとわね・・・」
アキはジト目でマルクの方を見るとそう言った。
「だって、あんなちっこいところで一生過ごすなんて嫌だぜ・・・若いうちに世界ってのを見ておかないと」
マルクは年甲斐もなくそう言ってみせた。
「なっ!カターヌのこと悪く言わないでよっ!」
アキは少し不機嫌になった。
そもそもなぜ、三人でカターヌを出てきたのか。
まずは、今日までに至る経緯を話したいと思う。
先週、ハルはカターヌを出るべく、カターヌ最大の港町メシナにいた。
昼の船でカターヌとはおさらばするはずだったのだが、メシナの時計屋にあった精巧な時計に見とれてしまったがためにハルは運悪く船に乗り遅れたのだ。
しかし、それはアキにとっては幸運だった。
ハルが船に乗り遅れたおかげで、アキはハルとの再会を果たしたのだった。
その後、結局アキもハルについて兄探しの旅に出ることとなり、二人はマルクのもとに挨拶に行ったのだった。
しかしこの時、マルクもハルたちについて行くと突然言い出したのだった。
アキはユートピアでのウルマン人の扱いを知っていたので、なんとかカターヌに残ることを説得したのだが、彼は頑なにそれを拒んだのだった。
そして、最終的にハルは現実世界に戻るために、アキは生き別れた兄を探すために、マルクはユートピアの遺跡を巡り、ユートピア古語の研究を進めるために、という三者三様の目的のもと旅を共にすることとなったのである。
「とりあえず、街を散策してみようか」
ハルは二人に向かってそう言うと中心街の方へ歩き始めた。
街並みはカターヌとは違っているし、住んでいる人もまた違っていた。
何より、ハルを見る目が明らかにカターヌにいたときとは違っていた。
あそこにいた時は、なんだか見てはいけないようなものを見てしまった、あるいは醜いものでも見ているような、そんな視線にさらされていた。
しかし、こちらに来てからというもの。
ハルはまるで神か仏か、そういった神々しい何かをありがたく拝んでいるような視線を浴び、行きかう人々の口はポカーンと半開きだった。
ハルはたった十数キロ海を渡っただけで、文化や宗教がこれだけ違うのか、と驚きを隠せないでいた。
しかしそれは同時に、マルクにとっては不都合なことであった。
なぜなら、マルクはエフイカ系ウルマン人。
現在ユートピア帝国は現実世界で言うとこのアフリカ大陸にあたるエフイカ大陸北部の半分を手中に収め、自国民にエフイカ系を携えるようになったとはいえ、褐色の肌に奇抜な毛色は憎き敵国ウルマンの象徴で、差別の対象だった。
「やっぱり、ここはユートピアなんだな・・・」
ハルは思わず口にした。
「最初から分かってたことさ・・・」
マルクは気丈にそう言ってみせるが、ハルは差別されることの辛さを知っている。
まだ幼いマルクを守ってあげなくては、と感じていた。
しばらく歩くと三人はにぎやかな市場のようなところに来ていた。
この街レージョンは「エウロパ大陸の足」と呼ばれるルーマ半島の南端に位置し、カターヌとの貿易など海上交通の要所として発展している。
その地理的な特性から、街には隣国の品から、遠い東の国の品まで様々なものであふれかえっていた。
すると、突然大通りの方から、人々のにぎわう声に交じって女の子の激しい泣き声が聞こえた。
ハルは思わずその声のする方に顔を向けた。
そして、そこで彼の目に映ったものはあまりに衝撃的なものだった。
口の周りに髭を蓄えたユートピア人の大男が、鎖で繋がれたウルマン人の行列のなかの女の子に鞭を振り下ろしていたのだ。
ハルは思わず駆けだしそうになる。
しかし、それを止めたのはマルクだった。
彼は、ハルの袖をきつく握ったまま首を横に振った。
アキはというと、その現場からうつむいたまま目をそらし辛そうな顔をしていた。
気が付くとその行列は人ごみの向こうに消えていた。
「おい・・・今のって・・・」
「奴隷です・・・」
アキはうつむいたままハルの問いに答えた。
ハルは目の前の不条理に腹が立って仕方がなかった。
しかし、常識がハルの世界とここではあまりに違いすぎているのだ。
正しいことのものさしが異なるのだ。
きっと、奴隷の存在が間違いなどとここの住人は微塵も感じていないのだろう。
ハルはそう自分に言い聞かせて、なんとか腹の虫を抑え込んだ。
「さあっ!・・・そろそろお仕事探ししませんか?」
アキがその場の空気を切り替えるように言った。
「仕事って言ってもなぁ・・・どこに行けばいいんだ?」
「それについてなんだけど・・・僕にいい考えがある」
ハルは自信満々でマルクの疑問に答えた。
そして、ハルの誘導のもと三人が向かった先はこの街で一番賑やかな宿屋兼酒場だった。
「大体・・・そういう話はここって相場が決まってるんだよ」
ハルは昔やったRPGを思い出してここにやって来たのだ。
「いらっしゃいませ!」
そこには、最高にキュートでナイスバディなユートピアの美女がいた。
「三名様ですか?」
「あ、はい三名様です・・・」
ハルは思わずその美女に見とれてれしまい、自分たちに様をつけてしまった。
こころなしかアキの目が冷たい。
「それではこちらへどうぞ」
三人はその美女に案内されて、奥のテーブルへと通された。
「ご注文は?」
「とりあえず、お水もらおうかな」
ハルは水を三つ注文した。
「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる」
ハルは二人にそう告げると、酒場の奥にあるトイレへと向かった。
トイレに入ると、そこには先客がいた。
ハルは彼に軽く会釈すると彼の隣で用を足した。
やはり、水洗ではない分少し匂いがきつかった。
日本のトイレは偉大だなぁ、なんて思いながらハルはアキとマルクの待つテーブルに戻った。
すると、戻った先のテーブルでマルクが肉を食べていた。
「え、なにそれ・・・」
ハルは尋ねる。
「お腹すいてたから、頼んじゃったぜ・・・この肉のお代払うくらいの金は残ってるんだろう?」
「私は止めたんですよ?」
アキはそう言いながらも目はマルクのステーキに向いていた。
「あ、アキ姉も食べたいの?」
「べ、別に・・・」
アキは赤面した。
「あぁ・・・さっき、マルクから預かった分も足せば数日暮らせるくらいはあるから・・・」
そう言いながら、ハルは自分のポケットを確かめた。
その瞬間、血の気が引いていくのを感じた。
ない。
つい、先ほどまで確かにあった財布が消えているのだ。
思い当たるのは、先ほどのトイレで一緒だった男だ。
つまるところ、ハルはスリにあったのだ。
「あの、ハルさん?」
「え?な、なに?」
「あるんですよね・・・ちゃんと」
アキの疑ったような顔に思わずギクリとする。
ハルは観念して真実を告げることにした。
「実は・・・」
次の瞬間二人はほぼ同時に絶叫した。
そして、ハルは人生初の犯罪を犯すこととなる。
「いいかい?作戦はこうだ」
ハルは食い逃げ大作戦の概要を説明し始めた。
「君たちは先に店を出て、さっきの教会前の広場に向かって。僕は店の裏口から出てすぐに合流するから」
「・・・でも、お店の人に謝った方が」
アキは罪悪感を少し抱いているようだった。
「何言ってるんだよアキ姉!この酒場のオーナーがマフィアと繋がってたら俺たち死ぬまで働かされるか、ユートピア湾の魚のえさにされちゃうんだぞ!」
「ひいっ・・・」
冗談なのか真実なのかよく分からないマルクの発言にアキはひどく怯えた。
しかし、現地人のマルクの話はハルをも思わずゾクッとさせるものがあった。
彼の発言がハルの謝るべきか食い逃げすべきかの迷いを拭い去ったのは言うまでもない。
「それじゃあ、作戦開始!」
食い逃げ大作戦はアキとマルクが店を後にした瞬間に決行された。
ハルは二人が店を後にしたのを確認すると、先ほど行ったトイレへと向かった。
トイレは外と繋がっており、裏口に抜けるのは容易であった。
案外上手くいくかもしれない。
そう、思っていた時だった。
裏道に出てすぐ左手に煙草をくわえた人が立っていたのだ。
一九〇センチくらいの身長のその人は間違いなく男なのだが、肌には白粉が、口には紅が塗られていた。
ハルは彼を見た瞬間、食い逃げ云々ではなく、本能的に逃げねばという意識にかられた。
気が付くとハルは思い切り駆けだしていた。
その瞬間だった。
「うぉい!待てゴラぁぁぁぁぁ!」
ドスのきいた世にもおぞましい声がハルの後ろのほうから聞こえてきた。
ヤバい、ヤバい、死ぬ。
そんなことを思いながらハルは待ち合わせ場所の広場を目指した。
しかし、彼の咆哮は着実にハルに迫ってきていた。
すると、目の前にアキとマルクの姿が見えた。
思わず、叫んで呼んでしまいそうになる。
でも、ここで呼んでしまったら、彼らまで被害を被るかもしれない。
そう思うと声が出せなかった。
ハルは腹をくくって、その男に体を向けた。
「あら、お兄さん、食い逃げなんていい度胸してるじゃなぁい?」
その男はハルの頭を両手でつかんでそう言った。
「ご、ごめんなさい・・・」
ハルはいつこの大きな手に力が入り、自分の頭蓋が粉々に砕け散ってしまうのかと考えていた。
「ハルさん!」
すると、ハルの後ろからアキの声が聞こえた。
ハルを助けようと駆け寄ってきているのが見えなくても手に取るように分かった。
来ちゃだめだ!君も頭蓋を割られるぞ!
そう叫びたかったが、恐怖で声が出なかった。
「あらぁ・・・あなたよく見るとイケメンじゃなぁい?しかもそのく・ろ・か・み!神々しくてなんかパワーが貰えちゃいそう!いいわねえぇぇ!」
すると、こともあろうにその男の唇がハルの顔に近づいてきたではないか。
嫌だ!避けねば!逃げねば!
心では強く拒絶しても、頭をロックされているため全く動けなかった。
あぁ、死んだ。
ハルは走馬灯のようなものを見た気がした。
しかし、ハルの唇に触れたのはその男の唇ではなかった。
「だめーっ!」
アキが寸前でハルとその男の間に割り込んだのだ。
チューチューチュー
なんと、アキはハルの身代わりとなってその男から頬にキスをされた状態で宙に浮いていたのだ。
しかも、それはアキの生気を吸うがごとくものすごい勢いだった。
その男は満足したのかアキの頭から手を放した。
アキはその場にドサッと倒れた。
「アキ!」
ハルはすぐ彼女のもとに寄った。
仰向けにすると、アキは白目をむいて意識を失っていた。
一方、その男はあらといった様子だった。
あぁ、僕の身代わりに生気を吸われてしまったのか。
「ごめんね・・・」
ハルは唇の形に赤く変色した右頬をそっとなででそう謝罪した。
その後、ハルたち一行はその男に連れられてさっきの食事処にいた。
「あなたたち、食い逃げなんていい度胸してるじゃない?」
「す、すみませんでした!」
ハルはテーブルに頭をこすりつけた。
「どうかお慈悲を!マフィアにだけは売らないでくださいっ!」
ハルは全身全霊をこめて拝み倒した。
「ふっ・・・」
するとその男は不敵な笑みを浮かべた。
ハルはもう終わったと思った。
「そんなことするわけないじゃない」
「え?」
「別にマフィアに売ったりなんかしないわよ」
男は笑顔で答えた。
「まぁ、スリに遭うなんてツイてなかったわね・・・これは慈悲よ。その代わり食べた分は働いて返しなさい」
男はそう言うと三人に料理と飲み物を出した。
「あ、ありがとうございます!」
三人はありがたくその料理をいただいた。
「そういえば名前を聞いてませんでしたね・・・」
ハルが思い出したようにそう言った。
「僕は橘ハル、こっちは旅仲間のアキとマルクです」
「私はここの店長。ローズって呼んでちょうだい」
ローズが本名ではないのは明らかではあるが、ここで突っ込むのは野暮だと思いハルは何も言わなかった。
「ところで、あなたたち泊まるところはあるの?」
「・・・・」
財布を取られてしまった今、泊まれる宿もなかった。
「まぁ・・・あるわけないか。いいわ、古い客室を使わせてあげる・・・でもちゃんと働くのよ」
そう言うと、ローズは立ち上がると三人を二階の奥の客室に案内した。
「ここをハルとマルクの二人で使いなさい」
案内された部屋は二段ベッドが備え付けられていて、五畳ほどの広さだった。
「あの、アキは?」
ハルはそう尋ねた。
「アキちゃんは女の子よ!ほかに部屋用意するにきまってるじゃない!」
「あの・・・私は構いませんけど・・・」
「だめよ!だめだめ!」
というわけでアキにはここに住み込みで働いている従業員と共同で過ごすことになった。
「今日の夜の開店は七時から・・・それまでちゃんと休んでおきなさい」
ローズはそれだけ言うと部屋を出て行った。
「はぁ・・・とりあえず、なんとかなって良かったなぁ」
ハルは思わず安堵のため息をついた。
「いつまで働かされるか分からないけどな・・・」
マルクは少し笑いながら、西の海に沈みゆく夕日を眺めながらつぶやいた。
「夕日はこっちの世界でも変わらずに綺麗だなぁ・・・」
ハルは今日あったこと、現実世界のことなんかをひとつひとつ思い出しながら感慨にふけった。
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