会社をクビになり絶望したので異世界に行ってみた

麻鈴いちか

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第2章 レージョンの領主

囚われの女神

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午後七時。
ハルたちがお世話になることになった宿兼食事処”ローズ”が開店する時間だ。

「じゃあ、アキちゃんはウェイトレス。男どもは裏方よ」

「はーい」

三人は返事をするとそれぞれの持ち場に向かった。

開店と同時に多くの客が店内になだれ込んできた。
どうやらここローズは労働者の憩いの場や商談や取引の場として機能しているようだ。

「おい嬢ちゃん!ビール三つ!あと特製肉盛りもな!」

「はい!ただいま!」

アキは開店早々せわしなく接客に当たっていた。

一方、ハルとマルクは厨房で食器を洗ったり、飲み物を注いだり、できた料理の盛り付けなどをしていた。

しかし・・・

”パリーーン!!”

厨房には食器が勢い良く割れる音がした。

「すっ、すみません!」

食器を割ったのはハルだった。

「あら、しょうがないわね・・・それ早く片付けて、仕事仕事!」

「は、はい!」

ところが、ハルはその後皿やグラスを十個近く割った。

「ハル!そんなんじゃ食器がいくつあっても足りないわよ!」

さすがにローズも少し、イラついているようだった。

それもそうだ。
今までハルは家事全般を妹のユキに任せっぱなしだったので、急にやれと言われても無理があったのだ。

結局ハルは裏方から外された。

「・・・」

ハルは自身が役に立っていないどころか足を引っ張っていることに少し落ち込んだ。
自分よりも十歳ほど年下のマルクですら素早く順応し、てきぱき働いているのに。
今日ほど、お料理や家事の勉強しておけばよかったなぁと思う日はなかった。

「はぁ・・・じゃあハルにも接客やってもらうしかないわね・・・」

「・・・!」

ハルは接客で名誉挽回ができるのではないかと思った。

「はい、これに着替えて」

ローズは接客の制服を持ってきた。
しかし、それはどう見てもメイド服のような女物の洋服だった。

「え・・・」

ハルは思わず目を疑った。

「あ、あの・・・僕がそれ着るんですか?」

「そうよ、うちはウェイトレスしか雇わない方針なの。だからハルにもこれで接客してもらうわよ」

ローズはそう言うとメイド服をハルに押し付けた。

「む、無理です!だって僕は男ですよ?」

すると、ローズの表情が一変した。

「四の五の言わずに着なさい!タダ飯は許さないって最初に言ったでしょ!裏方で使い物にならないんだから、接客で何とかしてみせなさい」

「・・・・はい」

ハルは泣きそうだった。
二十過ぎの男が女装で接客なんて、もはやただの変態じゃないか。

そして、ローズにメイクなども手伝ってもらい、ハルはいつでも出陣できる状態になった。

「元がいいから、ほとんど手を加えなくても可憐な少女に変身できたわね」

ローズは自信満々にそう言ってみせた。

「さぁ、行った行った」

ハルはローズに背を押されて従業員の控室を出た。
控室を出たところには大きな姿見の鏡があるのだが、そこにいたのは紛れもなく可憐な美少女だった。

「ええぇぇぇっ!これが僕ですか?」

「そうよ、悔しいけどあなた私よりもべっぴんさんかもね」

なんだかハルは少し自信がわいてきたようだった。

そして、厨房からお盆を一枚とるとハルは客席の方へと歩みを進めた。

「い、いらっしゃいませ・・・二名様ですか?」

幸い、現実世界では企画のプレゼンテーションや報告会などでコミュニケーション能力を培っていたので、接客はスムーズにすることができた。

そして、あっという間に時刻は夜の十時を過ぎた。

「今日はお疲れ様」

ローズは三人にねぎらいの言葉をかけた。

「もういいんですか?」

ハルはあまり役に立っていなかったような気がしたので、思わずそう尋ねてしまった。

「お店はまだまだ忙しいけど・・・子供を夜中に働かせるのはちょっとね」

ハルはローズの優しい一面に少し感動を覚えたが、同時に子ども扱いされているような気持ちになった。

「人手が足りないなら僕だけまだ働きますよ」

たしかにハルにとって、十時はそれほど遅い時間じゃない。

「何言ってるの!子供なんだから早く寝なさい」

「いや、だから子供じゃないですって・・・僕二十三歳ですよ」

「え・・・?」

ハル以外の三人は目を丸くして驚いた。

「えー、私よりも年上なのぉ?」

ローズは両手で口を押えながらそう言った。
というかお前こそ年下だったのかというのがハルを含めたほかの人の率直な感想だった。

「あの、すみません・・・その八つも離れているとは思いませんでした」

アキもなぜか遠慮気味だった。

結局、アキとマルクは就寝、大人であることが判明したハルはその後も働くことになった。



レージョンの夜は美しかった。
街は人の温もりがあふれ、空には星が、水面には月明かりが反射してきらきらと光っており、感慨深いものがあった。
できることならこの風景を眺めて眠りにつきたい、とも思わないわけではなかったが"ローズ"の夜はまだ長い。
ハルには、タダ飯した分を働く義務がある。
少し名残惜しいが、アキとマルクと別れたあと、ハルはこれからの業務に備え店の裏手で少し休憩をしていた。

すると表通りの方からウルマン系の姉弟が駆け込んできて、慌てた様子でハルに話しかけた。

「一瞬でええから、わたしらのこと匿ってくれんか?」

突然のことにハルは驚き、体が硬直した。
しかし、その姉弟はよほど切羽詰まっていたのか、ハルの返答を待たずに納屋の陰に身を潜めた。

すると、間もなく軍服にも似た立派な制服を着た男が二人ハルの目の前に現れた。

「おい、いまここをウルマン人の姉弟が通らなかったか?」

「うーん、こっちには来てないですね・・・大通りの方へ行ったんじゃないんですか?」

「そうか、協力感謝する」

男二人はそれだけ言うと、大通りの方へと引き返していった。

「お二人さん、もう大丈夫だと思うよ」

ハルは納屋の方に声をかけた。

「姉ちゃん、ありがとうなぁ・・・ほんまに助かったで」

姉の方がそう言うと深々と頭を下げた。

「そんな、気にしないで・・・ところで君たちは何で追いかけられていたの?」

「・・・」

ハルの質問に二人の顔は曇った。
しかし、理由は単純明快だった。

要因は弟の万引きにあった。

昨年の凶作といい、ここレージョンでも物資が不足気味なのは否めず、万引きなんて言うのは日常茶飯事なのだろうし、やせ細ったこの二人を見れば、いったいどんな暮らしぶりをしているのかも容易に予想がついた。

要するに、彼らは飢えているのだ。

ハルは彼らを哀れに思う気持ちと同時に、犯罪者を匿ってしまったという罪の意識にさいなまれた。

たかが万引き、されど万引き。
万引きをされた側だって、彼らなりの生活があるのだ。
当然、そんな行為が許されるはずがない。

しかし、タダ飯を食らった張本人が彼らに対し偉そうに説教できるわけもなく。
ハルにできたのは、せいぜいまかない料理を食べさせてあげることくらいだった。

ハルはこれも自分の罪の意識を緩和するための偽善にすぎないのではないかと自己嫌悪に陥りかけた。
しかし、彼らが柔らかい表情で食事をとっているのを見るとそんな気持ちも少しは和らぐようだった。

ただ、ハルはこの行為によって自らの首を絞めることとなる。



翌日、正午。
”ローズ”はちょうど昼の営業を開始した頃だった。
開店と同時に、昨日の夜の男たちと同じ制服を着た男が三人やって来た。

「いらっしゃいませ・・・三名様ですか?」

アキが接客にあたったのだが、彼らはそれを無視すると店主であるローズのもとへと向かった。

「ここで黒髪の女が働いているだろう・・・」

「・・・」

ローズは神妙な顔つきで制服の男を睨んだ。
本能的にただ事ではない何かを感じたのだろう。

店内も騒然としており、とても食事を楽しめる雰囲気ではない。

「さぁ、どうだったかしらねぇ・・・」

ローズはしらを切ろうとしたが、男たちにそんな手段は通用しなかった。

「正直に答えなさい・・・」

すると、三人の中で一番小柄だった白髪の少年がそうつぶやいた。

”チャリン”

それと同時に何かの金属が床に落ちる音が響いた。
それは、ローズのピアスだった。

「次はそのまま、首をはねるかもしれませんよ・・・」

そう言うと、その少年はわざとらしく音を立てて剣を鞘に収めた。
正直、いつ抜いていつ切ったものなのか、全く分からなかった。

こいつは本当にまずい・・・。

ハルはローズの言いつけを守って隠れていたのだが、彼の危機にいても立ってんぴられなくなり、マルクの必死の制止を振り払ってその三人の男の前に姿を現した。

「あんたたちが用があるのは僕だろう?」

すると、ハルを見た白髪の少年は少し驚いた様子だった。

「本当に黒いのですね・・・女神と噂されているだけはありますね」

「・・・」

ハルはその少年を黙って見つめた。

「貴殿を窃盗犯隠避の容疑で逮捕します・・・」

白髪の少年はハルの腕に枷をはめた。

「待ってください!ハルさんは貧しい子供を助けようと・・・」

アキは昨夜の状況をハルから聞いていたので、思わず彼をかばう発言をした。

「黙りなさい・・・子供であろうと犯罪者は犯罪者です。そして、奴らを逃がした彼もです」

白髪の少年は冷たい目でアキを睨みつけた。

「連行しなさい・・・」

少年のその命令で、男たちはハルを連れて店を後にした。

相変わらず店はお昼時とは思えないほど妙に静かだった。

「ローズさんどうしよう・・・」

アキは突然のことに泣きそうになっていた。

「おそらく、殺されるということはないわ。黒い髪が幸いしたわね」

ローズは冷静だった。
しかし、内心は焦燥感でいっぱいだった。

というのも今の領主はとある事件を皮切りに、暴君として恐れられている人物だったからである。
ハルがウルマン人でないからと言って、殺されないという確証はなかった。




一方のハルは、さらし者として街の中を歩かされていた。
住民の目は昨日までとは全く違い、どこか懐疑的だった。
その後、ハルは麻袋を頭にかぶせられた。
これはおそらく、これから向かう場所をハルに察知されないためであろう。

そして、しばらく歩いたのちに階段を下り、扉をいくつも通ったところでハルは麻袋から解放された。
ハルが通された場所は鉄格子がたくさん並んだ薄暗い廊下だった。
おそらく地下牢だと思われる。

そして、ハルは手錠を外してもらう代わりに足枷がつけられ、乱暴に牢へと入れられた。

「じきにフランシスコ様が公務からお戻りになられる・・・それまではここでおとなしくしていなさい」

白髪の少年はそう言うと、残り二人の男を連れてどこかへ行ってしまった。


「・・・はぁ」

ハルは思わずため息をついた。
ついてないというかなんというか。
ハルは今の自身の無様な姿を見ると、昨日の行いは軽率だったと思わざるを得なかった。

すると突然向かいの牢から声がした。

「珍しいお客さんが来たもんだなぁ・・・英知の女神ミーカが何故こんなところにいるんだい?」

ハルは思わず声をした方を向いた。
声の主は眼鏡をかけたウルマン系の男だった。
しかし、その表情はとても罪人とは思えないほど屈託のない笑顔だった。
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