瑞獣さまは遠慮しない

初椛

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和花葉神社の瑞獣さま

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 幼稚園に入る前、今とは違う県に住んでいたのだとお母さんが教えてくれた。
 写真の中にいるのは、間違いなく私なのになつかしいという感情は生まれてこない。
 知らない家、知らない風景、知らない人たち。
 記憶をたどっていった先には、いつも橙子と夏凪がいて、ふたりを知らなかった時点までさかのぼることはできなかった。
 記憶力には個人差があるし、2歳の私にとっては新しい出会いの方が印象的で、上書きされてもおかしくはない。
 だけど、なんだか不自然な感じがして、小学生の私たちは誰かによる記憶の消去だと本気で疑っていた。


 
 並んだ大木が影になって、年中すずしい駐車場から道路に出ると大きな鳥居が見えてくる。
 和花葉わかば神社は、昔から地域の人が集う場所として親しまれてきた。
 軽く一礼して鳥居をくぐり参道を歩けば、私たちが通っていた早鐘幼稚園の建物が目に入る。  
 建物も園庭もあまり変わっていないように思えるけど、何度か改修工事をしていたからあの頃で時が止まってるわけじゃない。

 今でもフルで歌えてしまうミワ先生のオリジナルソングを口ずさんでも、気づいてくれそうなのは幼なじみのふたりくらいだろう。
 絵本の1ページみたいにやさしくてあたたみのある歌詞は、今もお気に入りの上位に入ってくる。
 鼻歌に合わせてくるりと軽くターン、通学バッグの重さはベンチにあずけた。
 耳の高さで結んでいたポニーテールを指でくずして背中に髪を広げると学校モードだった気持ちもゆるんでいく。
 
 ゆるゆる、ほわほわ。
 今でも、この神社に来るとホッとして力が抜けてしまう。
 暑い日でも木陰に設置されたこのベンチなら、気持ちの良い風が吹き抜けていく。
 本殿の奥には、たくさんの瑞獣ずいじゅうが描かれた襖絵ふすまえがあるらしいけれど、限られた時にしか見せてはもらえない。
 小さな悩みくらいなら吹き飛ばすパワーがここにはあるのだと大人たちは言う。
 この地を護り人々を浄化する瑞獣さまのデザインを使用したお守りや縁起もの。
 手に取る参拝者が年々増えているのはネットでの宣伝がうまくいってるから、だけではない。

 小学生になってからも橙子や夏凪との待ち合わせ場所はここだった。
 虫取り、かくれんぼ、夏祭り……。
 まるで自分たちの庭のように、私たちはここをベースにしていた。

 3人で並んで食べる自販機のアイスの値段は上がったし、参道沿いのカフェが綺麗になってから休憩所に長居する人は減った。
 自販機やコンビニで買った飲み物片手に、ここで集まる日もだんだん少なくなるんだろう。
 これからは、私の存在が邪魔になるんだと思ったら、じわりと悲しみが内側から広がってくる。

 願いの鈴を結びつけられた鈴緒は、みんなの想いを託されているせいかお疲れ気味に見えてしまう。
 絵馬やおみくじも恋愛成就をメインとしたものに変わってしまったから、古くから伝わってきたものはどんどん消えてしまった。

 神社経営はお金もかかるし、時代に合わせて戦略が変化するのは仕方ない。
 それはわかっているけれど、この数年での変化が大きすぎて、置いていかれた気分だった。

 昔、と言っても私が知っている頃なんてそれほど前のことじゃない。
 それでも、私の中にある神社への想いが彼には伝わったんだと思う。

「この神社では怪奇現象もたまに起こるって、カキコミしておきましょうか?」

 最初に会った時より若くなり、縦にも横にも身体が縮んだ彼は、私と同級生ぐらいに見える。
 手に持ってかじっているのは、境内や会館内のショップでは買えないリスタドーナツの新作だった。
 こちらに顕現するのは久しぶりだからと出歩いて、情報収集したがる彼の気持ちはわからなくもないけれど、世俗になじむ神さまの眷属ってどうなんだろう。
 
 表面は綺麗な黒、内側は鮮やかな青緑という長い髪は、いわゆるインナーカラーというものでプロの美容師なら再現可能だと思う。  
 細かい造りの髪飾り、着物をアレンジしたっぽい華やかな衣装だって、目立ちはしても現実世界にないわけじゃない。 

「誰が怪奇現象だ。オレはこの地域の守護瑞獣だぞ! 口をつつしめ」

 古風な喋り方は今日までに何度もアップデートされて、今の感じで落ち着いた。
 神社から離れて行動するために、霊力の浪費が少なくて済む身体に調整が終わったそうだ。
 頭の上から突き出た半透明の立派なツノ二本さえ隠してしまえば、周りも違和感を持たないだろう。
 ウミウシみたいですねと言って、めちゃくちゃ怒られたので私は自然と言葉を選ぶ。

「それ、どうにかならないんですか?」

 ツノの形から、青龍か麒麟きりんなのではと聞いてみたけれど、オレを知らないのかと腹を立てていたから、瑞獣襖絵ずいじゅうふすまえが公開されたら見に行ってこようと思っている。
 宝石みたいにキラキラ光る瞳を私に向けて、瑞獣さまはあきれた顔をした。

「ニンゲンごときにはわからないだろうが、これはわたしの力の根源だ。見えても気にせぬように幻術はかけてあるから気にするな」

 気がゆるむと口調がぶれぶれになるのが面白い。透けてきらめく不思議な素材の衣装が風にゆれる。
 全体的に青っぽい姿をしているから、風鈴みたいで涼し気だった。

「ニンゲンって呼び方はやめてもらえます? 美味しいスイーツのお店、検索するの手伝いませんよ」

 霊力である程度の範囲まで人の営みを感知することが出来ると言っていたけれど、SNSほど便利な検索機能はないそうだ。
 情報過多な現在を生き抜くのは、神さまの眷属でも難しいのだろう。
 
 
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