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1章 ハブたる郁羊
1話
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異形の者から脅迫めいたことを口にされ、俺はパニックになっていた。
whyやwhoといった「5W1H」じゃ収まらない大量のクエスチョンが、頭の中を駆け巡る。
そんな俺に対し彼女は
「まず、わーが誰かってことを説明するとさ」
とひとつひとつ、案外にも丁寧に答えてくれた。
一方で彼女からは殺害予告を受けてもいるわけだが、殺さんとする相手への最後の慈悲なのかもしれない。
死ぬ前に「殺されるに至る理由」くらいは伝えておこう、という寸法か。
沖縄では「アフィラーマジムン」という妖怪が言い伝えられている。
この方言を訳すれば「アヒルの化け物」という意味になる。こいつに股を潜られると人は魂を抜き取られ、命を失ってしまうという。
似た妖怪として「ウヮーグヮーマジムン」や「ウシマジムン」も伝えられている。ウヮーグヮーが豚、ウシは名の通り牛を表しそれぞれ豚、牛の姿をした妖怪である。
「アフィラーマジムン」と同じく、そいつらに股を潜られても人は魂を取られ、死んでしまうのだ。
彼女はそう教えてくれた。
「でもよ、本当は別々じゃなくてさ、全部同じ妖怪だばあて。
『ケーユンマジムン』っていって、わーみたいな変身能力をもった妖怪がいてさ。動物にならヒト以外、何にでも変身できるわけよ。アヒルとか豚とか牛とか、色んなパターンの変身を人間に見られたってだけのことでさ」
そう、彼女は自らを「変身能力のある妖怪」だと主張しているのだ。
にわかには信じがたい話だが、にわかには信じがたい登場の仕方をした、にわかには信じがたい風貌の者に言われれば、呑み込まざるを得ない。
さらにもうひとつ、勘違いして人間側に言い伝わっている点があるという。
「股を潜られたら死ぬ」という点だ。潜られただけじゃ死なない、と彼女は言う。
「人間側にそう伝わってしまったのは、ある悲しい事件のせいでさ」
彼女は目尻を下げ、いかにも悲しそうな面持ちで「事件」のあらましを話しだした。
ある夜一人というか、一体の「ケーユンマジムン」がアヒルの格好をしてふらついていた。人間の女が履く縞柄のパンツ、通称「しまパン」を求め住宅街をうろついていたのだ。
そして、一人暮らしの民家に忍び込んだらしい。
そこに寝ていた女が、ちょうどしまパンを履いていたわけだ。マジムンは羽ばたきたい喜びを抑え、そろりそろりと彼女の股間に近づいた。
しかし、そこで運悪く女が目を覚ましてしまったのだ。妖しく目を光らせる目の前のアヒルに女は「ぎゃああ」と叫びながら跳び上がった。
驚き慌てふためく住人が蹴ったり枕で叩いたりといった攻撃を加えてきたので、思わずマジムンも反撃に出てしまった。アヒルから狼に変身し直して、首元に噛みついたのだ。
住人の女は、息絶えてしまった。
そんな事件が相次ぐようになった。
いつしか「アフィラーマジムンやウヮーグヮーマジムンが股間に寄ってくると、近づかれた人間は死んでしまう」と人間の間で噂されるようになり、徐々にニュアンスも変わり「股間に潜られると死んでしまう」と言われるようになったという。
「それ以降『ケーユンマジムン』は『アフィラーマジムン』や『ウヮーグヮーマジムン』として、人間に忌み嫌われるようになったわけ。命を奪う死神としてね。
ホントは、ただしまパンが欲しいだけなのにさ」
事件のあらましを話し終えると彼女は「はぁ……」とやりきれなさそうにため息をついた。
おっしゃる通り、やりきれない話である。
なるほど……。
いや、ちょっと待て。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだけど」
本当はひとつどころではないが一旦ここは、ひとつに絞ろう。
「なんね」
「どうして、そのケーユンマジムンってのは『しまパン』を欲しがるんだ?」
「そんなの、決まってるでしょ。食べるからさ」
「……は?」
「食べるわけ」
「食べるって……しまパンを?」
「そうだよ。わーなんかは、しまパンしか食えない妖怪だからよ。おかしいか?」
おかしい。おかしすぎる。
確かに、妖怪の食事情など知らない。ましてや聞いたこともない妖怪の食事情なら、なおさらだ。
しかし、よりによって「しまパン」が唯一の食べ物とは。そんなバカな。なんとケッタイで、哀れな話だろう。
「そんな変な目で見るな。生き物によって食うのが違うのは当たり前やっし。やーなんか人間がさ、米とかパンとか食って石とか鉄とか食わんみたいに、わーなんかはしまパンは食えるけど、それ以外は食えんわけさ。
それだけのことよ」
俺のあっけにとられた表情に対し彼女は不満そうに口を尖らせ、顔を赤らめている。
「わーからしたらやーなんかの方が、でーじ変なだけどな。人間の女が履くしまぱんのあの旨さが、味わえんなんてよ。ジューシーでそれでいて、そこはかとなく香りかぐわしきあの味わいが、わからんなんてな。
はあ、こんなこと話してたら、食べたくなってきたさ。食べたいなあ。お腹ぐーぐーだよ。
気絶してたのも、この腹減り具合が理由でさ。しまパンが食えんくて、水もろくに口にできずに干からびてたばーよ。そこを、やーが助けてくれたわけだな」
今さらながら地元民ともあって、沖縄なまりがすごい。妖怪でもそこは、人間と同じなのか。
しまパンのことは理解できた。納得はしきれないが、理屈はわかった。これはもう、一旦呑み込むしかない。
けれども……、
「殺さんといけんってのは、どういうこと? 俺を殺すの?」
「うん。殺す」
「なんで」
「この『ケーユンマジムン』としての、元の姿を見られたからね。ごめんね」
というわけで、といった感じでひとりうなづくとさっそく、彼女はさっそうと飛びかかってきた。俺に馬乗りになり首を絞め、息の根を止めようとしてくる。
whyやwhoといった「5W1H」じゃ収まらない大量のクエスチョンが、頭の中を駆け巡る。
そんな俺に対し彼女は
「まず、わーが誰かってことを説明するとさ」
とひとつひとつ、案外にも丁寧に答えてくれた。
一方で彼女からは殺害予告を受けてもいるわけだが、殺さんとする相手への最後の慈悲なのかもしれない。
死ぬ前に「殺されるに至る理由」くらいは伝えておこう、という寸法か。
沖縄では「アフィラーマジムン」という妖怪が言い伝えられている。
この方言を訳すれば「アヒルの化け物」という意味になる。こいつに股を潜られると人は魂を抜き取られ、命を失ってしまうという。
似た妖怪として「ウヮーグヮーマジムン」や「ウシマジムン」も伝えられている。ウヮーグヮーが豚、ウシは名の通り牛を表しそれぞれ豚、牛の姿をした妖怪である。
「アフィラーマジムン」と同じく、そいつらに股を潜られても人は魂を取られ、死んでしまうのだ。
彼女はそう教えてくれた。
「でもよ、本当は別々じゃなくてさ、全部同じ妖怪だばあて。
『ケーユンマジムン』っていって、わーみたいな変身能力をもった妖怪がいてさ。動物にならヒト以外、何にでも変身できるわけよ。アヒルとか豚とか牛とか、色んなパターンの変身を人間に見られたってだけのことでさ」
そう、彼女は自らを「変身能力のある妖怪」だと主張しているのだ。
にわかには信じがたい話だが、にわかには信じがたい登場の仕方をした、にわかには信じがたい風貌の者に言われれば、呑み込まざるを得ない。
さらにもうひとつ、勘違いして人間側に言い伝わっている点があるという。
「股を潜られたら死ぬ」という点だ。潜られただけじゃ死なない、と彼女は言う。
「人間側にそう伝わってしまったのは、ある悲しい事件のせいでさ」
彼女は目尻を下げ、いかにも悲しそうな面持ちで「事件」のあらましを話しだした。
ある夜一人というか、一体の「ケーユンマジムン」がアヒルの格好をしてふらついていた。人間の女が履く縞柄のパンツ、通称「しまパン」を求め住宅街をうろついていたのだ。
そして、一人暮らしの民家に忍び込んだらしい。
そこに寝ていた女が、ちょうどしまパンを履いていたわけだ。マジムンは羽ばたきたい喜びを抑え、そろりそろりと彼女の股間に近づいた。
しかし、そこで運悪く女が目を覚ましてしまったのだ。妖しく目を光らせる目の前のアヒルに女は「ぎゃああ」と叫びながら跳び上がった。
驚き慌てふためく住人が蹴ったり枕で叩いたりといった攻撃を加えてきたので、思わずマジムンも反撃に出てしまった。アヒルから狼に変身し直して、首元に噛みついたのだ。
住人の女は、息絶えてしまった。
そんな事件が相次ぐようになった。
いつしか「アフィラーマジムンやウヮーグヮーマジムンが股間に寄ってくると、近づかれた人間は死んでしまう」と人間の間で噂されるようになり、徐々にニュアンスも変わり「股間に潜られると死んでしまう」と言われるようになったという。
「それ以降『ケーユンマジムン』は『アフィラーマジムン』や『ウヮーグヮーマジムン』として、人間に忌み嫌われるようになったわけ。命を奪う死神としてね。
ホントは、ただしまパンが欲しいだけなのにさ」
事件のあらましを話し終えると彼女は「はぁ……」とやりきれなさそうにため息をついた。
おっしゃる通り、やりきれない話である。
なるほど……。
いや、ちょっと待て。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだけど」
本当はひとつどころではないが一旦ここは、ひとつに絞ろう。
「なんね」
「どうして、そのケーユンマジムンってのは『しまパン』を欲しがるんだ?」
「そんなの、決まってるでしょ。食べるからさ」
「……は?」
「食べるわけ」
「食べるって……しまパンを?」
「そうだよ。わーなんかは、しまパンしか食えない妖怪だからよ。おかしいか?」
おかしい。おかしすぎる。
確かに、妖怪の食事情など知らない。ましてや聞いたこともない妖怪の食事情なら、なおさらだ。
しかし、よりによって「しまパン」が唯一の食べ物とは。そんなバカな。なんとケッタイで、哀れな話だろう。
「そんな変な目で見るな。生き物によって食うのが違うのは当たり前やっし。やーなんか人間がさ、米とかパンとか食って石とか鉄とか食わんみたいに、わーなんかはしまパンは食えるけど、それ以外は食えんわけさ。
それだけのことよ」
俺のあっけにとられた表情に対し彼女は不満そうに口を尖らせ、顔を赤らめている。
「わーからしたらやーなんかの方が、でーじ変なだけどな。人間の女が履くしまぱんのあの旨さが、味わえんなんてよ。ジューシーでそれでいて、そこはかとなく香りかぐわしきあの味わいが、わからんなんてな。
はあ、こんなこと話してたら、食べたくなってきたさ。食べたいなあ。お腹ぐーぐーだよ。
気絶してたのも、この腹減り具合が理由でさ。しまパンが食えんくて、水もろくに口にできずに干からびてたばーよ。そこを、やーが助けてくれたわけだな」
今さらながら地元民ともあって、沖縄なまりがすごい。妖怪でもそこは、人間と同じなのか。
しまパンのことは理解できた。納得はしきれないが、理屈はわかった。これはもう、一旦呑み込むしかない。
けれども……、
「殺さんといけんってのは、どういうこと? 俺を殺すの?」
「うん。殺す」
「なんで」
「この『ケーユンマジムン』としての、元の姿を見られたからね。ごめんね」
というわけで、といった感じでひとりうなづくとさっそく、彼女はさっそうと飛びかかってきた。俺に馬乗りになり首を絞め、息の根を止めようとしてくる。
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