振り向けば君がいた

和之

文字の大きさ
56 / 83

第三十二話-2

しおりを挟む
  白一色の世界から黒い土が顔を出し。土と樹木に緑が加わる。今まで何も無かった大地から次々と新しい生命が芽吹き出す。花が咲き出すと色彩は一気に増える。鮮やかな花の色に心が揺り起こされ、燃え上がる自然に心が互いの想いを写す。
 今までのめり込んでいた世界は、もう二人が求めた味土野の暗い歴史など飛び越えて現在の若いふたりに移り変わった。あれほど咲き誇った花がやがて結実してゆくと、自然の摂理に逆らって出会った頃に封印したお互いの立場が重くのし掛かって来た。次第に口数が減っていく。喋りたくないのでなくその反対だったが、何をどう喋っていいか判らないだけだ。下手に余計な事を言って壊れるのが怖く、だからいっそう二人は黙った。
 そんな日々が続くともう言葉以外のもの、肌で語り合う。研修を終えて熊本へ帰る頃に彼女が妊娠した。もう夫に知れるのは時間の問題だった。男は彼女に解決策を与えないまま去った。もううちの母しか相談相手がいなかった。
「それでお母さんは相談に来たの?」
 ここがあの人が幽閉されていた所と、案内する佳乃の後ろから希美子は声を掛けた。振り向いた佳乃は頷いた。
「おばさんは『熊本には絶対に行けない、それはあの人の人生を壊してしまうから』と母に言ったそうです『じゃ自分の人生はどうなってもいいの?』と母は尋ねました」
 で私のお母さんはなんて答えたのと希美子は訊いた。
「あたしには生き甲斐と云う大事なものをあの人から頂いた、とおばさんは自分のお腹を擦ったそうです。じゃあ相談と言うのはその子をどう育てるかと云うことね。と訊くと、おばさんは頷いたの。その時の友達は綺麗な瞳をしていたそうなの」
「じゃああなたのお母さんはその目に押し切られたのね」希美子は野村の方に顔を向けた「あなたをお母さんに紹介した時の目、覚えてる?きっとあの瞳よ」
 ーーあの金剛石《こんごうせき》の輝きよ。
「君はお母さんと会って僅かなのにどうして言い切れるんだ」
「女は恋したとき女にしか見えない物があるの。そう云うひとみをあなたには憶えておいてほしいの」
 ーー恋した女の瞳はダイヤモンドに匹敵する輝きを放つの。
 そう云うとさらりと翻《ひるがえ》って佳乃に更に案内を請うた。佳乃は希美子に見せる笑顔と野村では一寸ぎごちない。良いカップルだとは思っているが佳乃はどうも寡黙な男、ひいては何を考えてるのか分かりにくい者には一目置いて見るらしい。その佳乃がさっきの希美子の言葉にしっかりと野村に笑って見せた。
「そんな母がどうして、苦しい生活は解るけどあたしを手放したのかしら」                                      
 女ひとりで乳呑み児を抱えては満足な収入は得られない。佳乃の母が見るに見かねて説得した。しかも里子でなく実の父の元にと。あの人ならいつでも娘に会わせてくれるはずだから一時預けるつもりでと言って。佳乃の母は友だちの相手に手紙を出して相手は引き取った。でもおばさんはその後は娘には会おうとはしなかった。
「解る?希美子さん!おばさんはあなたになんて言われるか、ただそれだけが怖かったのよ。だから母さんは今日希美子さんに会ったら絶対に恨んではいけないってこれだけは伝えてあげるのよと言ってたけど。でもその心配は無さそうなので安心した」
  お母さんは君との隙間をきっとこの親子で埋めていた、と野村が言うと佳乃の彼を見る目に親しみがこもった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜

矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。 王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。 『…本当にすまない、ジュンリヤ』 『謝らないで、覚悟はできています』 敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。 ――たった三年間の別れ…。 三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。 『王妃様、シャンナアンナと申します』 もう私の居場所はなくなっていた…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...