悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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幕間劇その壱

天空に百花繚乱

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 私はその日、全裸の男の人の群れの中で、彼らの下腹部を見ないように悪戦苦闘していた。カナカナカナと寂しげに鳴く、日暮の鳴き声は、そんな私の心情を表しているかのように思えた。
 問題が起きる以前から、その日は最悪の日だったのかもしれない。
 
 数日前のことである。私の友人の深谷裕子が、急用のためバイトを休むことになったのだが、バイトの代役として、私を指名したのだ。
「お願いできないかな?どうしても無理なら、いいんだけど。どうせバイトだから」
「いや、やるよ。ちょっとお金ほしかったし」
「本当? ありがとう!」
 銭湯のバイトなどしたことはなかったが、同級生の女の子ができているのだから、私にできない道理はない、と思ったのだ。 
 不思議なことに男の人の裸を見ることになるということを、そのときはこれっぽっちも考えていなかった。

 正直、うげぇと思いながら男湯に入っていたのだけれど、慣れてしまえば、どうということはない。知らない人の股間から珍しいキノコが生えていると思えば大したことはない。
 しかし問題は知人のキノコだった。

 ピタリと止まる動き。釘付けになる視線。速くなる動悸どうき。荒くなる息。
 これは道端で繰り広げられる、少女漫画張りの、素敵な邂逅かいこうではない。
「どうも」
 おそらくは、真っ赤な顔をして、会釈する私。その男に対し、多分初めて言う、言葉を小さく放つ。
「……こんにちは」
 そんな普段しない、まともな挨拶を、その男は軽いパニックのせいか口にする。
 時間が止まったかのように思えた。
 
 どうして、青春時代真っ只中の男子高校生が、スーパー銭湯等という、おじん臭い所に好んで来るのだろうか。私はそう考えていたのだ。
 しかし、青春という言葉が最高に似合わない男が、私の近くにいたのを忘れていた。深山風に言うならば、灯台もと暗し、といったところかな。
 私が目にしたのは、幼馴染みにして、部活仲間の、深山太郎の生まれたままの姿だった。
 私は紅潮し、ひきつった顔をしていただろう。マンガやアニメよろしく、黄色い悲鳴をあげることはしなかったが、気持ちとしてはそういう感じであった。
 どこの世界に、同学年の男子高校生の裸体を見て、平静を保っていられる女子高生がいるだろうか。あるいは、そんな稀有な女子高生もいるのかもしれないが、私にとってはそれは刺激的すぎる光景であった(知らないおじさんたちのことは割り切って考えられたのだけれど)。
 はぁーと大きくため息をつく。もろに目に入ってしまった。
 私のおぼろげな記憶のでは、男子、言い換えると、甚だどうでもいい、むしろ不快なことではあるが深山のおちんちんというものは、もっと可愛らしい格好をしていた。陰茎はせいぜい親指ぐらいのサイズで、つるつるとした陰嚢もその小さな陰茎に見合うようなこぢんまりとしたものだったはず。幼稚園や小学校低学年の頃は、確かにそのようなものだったはずだ。
 別に私は変態ではない。自分に無いものを持つものたちに、興味を持つのは自然なことだと思う。少なくとも、幼い女の子にとって。
 とはいっても、それはゆめ、性的なものではない。純粋な好奇心と言ったら、適当かもしれない。
 とにかく、男子のおちんちんというものは、キューピットたちがさらしているそれのように、可愛らしいものだったはず。
 それなのに、ベンチにねっ転がっているおじさんたち、水質検査をする私を物珍しそうに眺めてくる、おじいさんたちと同様に、深山の股の間にぶら下がっている、「もの」は立派、あるいは(私にとっては)ショッキングかつグロテスクなものであった。
 少女漫画で出てくる、あの光の向こうにこんなものがあったとは。ちょっとショックかも……。
 下腹部は黒くこんもりした毛でおおわれ、そのジャングルから先を覗かせる太い陰茎は若干の黒みを帯び、私の記憶に比して随分と巨大化した陰嚢が背後に構えていた。
 顔から火が出るほど恥ずかしかったのだが、固まっていると、私の見た事実を、否応なく突きつけてしまう。
「わっ私、なんも見てないから」
 自分でも、肯定しがたいことを言う(完全に目に焼き付いてしまっているのだから)。深山もそれはわかっているようで、
「いや、お前、ばっちり見てたじゃないか……」
 と小さな声でいう。
 いやそこは、私の気持ちを汲んでよ! 
 この鈍感というか、めんどくさい男は、どこまで行っても、女の子の立場を理解しそうにない。
「いいから、前ぐらい隠しなさいよ!」
 じぶんでも頬が熱くなるのを、感じながら、手をバタバタさせて、深山に訴えた。
 ったく。男子って同年代の女子に裸見られて恥ずかしくないのかしら。もしかして、こいつ変態? 露出狂?
「隠せって言われてもなあ。減るもんじゃないし」
 こいつ馬鹿なの?
「私が気使うから!」
 深山は、なんで客が店員に気を使わなきゃならんのだ、とかぶつくさ言っていたけど、タオルで前を隠した。
 その男は、口をパクパクさせて、他にもなにか言いたげだったけれど、私がもじもじしているうちに、近くの湯船へと滑り込んだ。
 
 私としてはこんな恥ずかしい状況にいつまでもいたくなかったのだけど、仕事をほっぽりだすわけにもいかない。水質調査をさっさと済ませようと思い、湯船に近づく。
 慣れない作業に苦戦している私に、この馬鹿な男は話しかけてくる。
「それで、佐藤、なんでこんなところでバイトしているんだ? 他にも仕事はあったろうに。お前もしかして、変tぶしゅこぅ」
 私が思わず、頭をはたくと、深山は大袈裟に声をあげて、湯に顔をつけた。

 私はまともに取り合おうとするのがいけないのだと悟り、この馬鹿が何を言おうと無視をすることにした。
 そしてバイトが終わってから、私は二度と男湯に入らないことを誓ったのだった。
 
 その日の夜、私はすぐに寝付けなかった。認めたくはないけど、昼間に男の人の裸を見て、神経が高ぶっているんだと思う。
「もう、ほんと最悪」
 日中のことを思い出すと、恥ずかしくて、すんなり寝られそうにない。
 体が火照っている。どこかむず痒いような感覚に教われる。端的に言えば、ちょっとムラムラしていた。ほんとに最悪。あいつのことなんてこれっぽっちも意識していないのに。
 別にムラムラして男の人(私の場合雄くんかな?)に触られたいという願望が沸き起こるということはあまりない(あまりないのであって、時にはそういう気持ちになることもあるけれど)。
 だから私の性欲は同世代の子達に比べて特別強いということはないと思う。
 もちろんこっちゃんほど清純かと問われれば、そうだとは返せないけれども。
 こっちゃんとはあまりエッチな話はしない。あまりというかまったくかな。
 こっちゃんも女子高生なのだから、誰かを好きになってその人とキスしたり、ちょっとエッチなことをしたりしたいと思うこともあるとは思うけど、そんな気持ちは人の前ではおくびにも出さないだろう。というより出せないのだと思う。
 こっちゃんはお嬢様だ。私が多少、性に奔放な女の子であったとしても、少し噂になるぐらいだろうけど、こっちゃんに浮いた話があれば、それこそゴシップになってしまう。
 だからこっちゃんは好きな人がすぐ隣にいたとしても何もできないだろう。
 私はその相手が深山なんじゃないかと心配している。普段の様子を見るに、こっちゃんは深山に惹かれているように見えるのだ。 
 逆に、そうだとしても、何も起こりそうにないと言う点では、安心できるけど。
 眠れないと思っていたけれど、ぶつぶつ考え事をしていたら、いつの間にかとろんとして、眠りに落ちていた。

 次の日、補習が終わったあと、私にバイトの代役を頼んだ、深谷裕子が帰り際、話しかけてきた。
「留奈、バイトどうだった?」
「もう、最悪。うちの男子に遭遇したし」
「それは災難だったね」
 裕子は笑いながらいう。ほんとに、災難よ。
「本当よ。よくあんなところで働けるわね」
「慣れちゃったから。まあ、とにかくありがとね」
「次はないかもな」
「えー」
「で、用事とやらは無事に済んだの?」
「あーそうそう、それがさあ。これ見てくんない?」 
 裕子はそう言い、あるメモ用紙を私に差し出してきた。
「8月14日 花火大会がある。
十九時から三〇秒のインターバルで、写真を撮ってくれ。

場所は以下
Earth=4と定め
Sol E+2,Lucifer E+1,Uranus E+0
が絶好のポイントだ」
 
 感想を端的に述べるなら、「意味不明」が適当だろう。
「何これ?」
「やっぱり、わけわかんないよね。溝口先輩って言う人にもらったメモなの。昨日、花火デートしてもらったんだけど」
 バイト休むほどの用事がデートだったのかよ、と突っ込みをいれるべきだったのかもしれないが、私は別なところに反応した。
「えっ、彼氏いたの?」
「だったらよかったんだけど、まだ付き合ってる訳じゃない」
「いつから知り合ったの?」
「ずっと前から。三歳ぐらいからかな」
 私や雄くん、深山と同じくらい付き合いが長い。
「えー、花火大会に誘うって絶対気があるって」
「そうかなあ、ひろくん、あっいや、溝口先輩はね」
 私はその言い間違えをなんだか、微笑ましく思った。
「あんまりしゃべらないのよ」
 無口な男か。雄くんとはタイプが違う。どちらかと言うと深山よりだが、別に嫌いじゃない。深山は何だかむかつくのだけれど。
「でもわかんないなら、そのひろくんに聞けばいいじゃない」
 私は恥ずかしそうな顔をすると思ったが、裕子は少し暗い顔をして答えた。
「実は引っ越しちゃったのよ」
「……メールすれば」
「それが……」
 聞くと、ひろくんの家業は花火師らしくて、父親は職人気質で、電子機器を毛嫌いしているらしい。今どき、珍しい。そんな人種はすっかり絶滅したものだと私は思っていた。それで、ひろくんはスマホはおろか、ガラケーも持ってないらしい。
「じゃあどうすんの?これって明日だよね」
 私はメモを見て、花火大会の日程を確かめる。
「うん。とりあえず花火は見ようと思うんだけど……」
 私は少し考えてから、私の無愛想な幼馴染みが役に立ちそうだと考え、
「深山太郎に手伝ってもらう?」
「山岳部の? 綿貫さんと付き合ってる」
 付き合ってるか。やっぱり周りにはそういう風に見えてしまうのね。
「いや山岳部はあってるけど、あの二人はそういうんじゃないよ、とりあえず。
 深山は朴念仁だから」
「朴念仁?」
「感情が乏しいのよ。恋愛なんて柄じゃない」
「へえそうなんだ。よく一緒に帰ってるけどな」
「あれはただの召し使いだから」
「なるほどねえ」
 ふふっと二人して笑う。
「で、深山くんは謎解きが得意なわけ?」
「まあ、ちょっとね」
 何だかあいつを認めているみたいで癪だったが、高校入学以来二度も、助けられているのは事実だ。
「写真とってもいい?」
「ええ」
 私はスマホを取りだし、メモをカメラにおさめた。
 それから深山が聞きそうなことを、裕子に尋ねた。
「あと何か、気になっていることはない?」
「うーんとね、花火がなったときに彼、何か私にいったのよ。でも聞き取れなかった。メモが渡されたのはそのとき。これの方がよくわかるって」
「何かしらね」
 裕子も肩をすくめるばかりである。それから、
「話聞いてくれてありがとう。あとバイトの代役も。今度なんかおごるね」
「楽しみにしとく」
 じゃあといって、裕子は駅の方面へと向かっていった。
 私は体をターンさせ、部室へと向かった。

 ガラリと戸を開くと、深山と雄君が席に座っていた。
「……」
「……」
 探るような視線。ちらちちらりと、相手のことをうかがう。心なしか、頬が赤く染まる。
 どうしよう。これから話をすると言うのに、昨日のことを思い出すと、深山の顔をまともに見ることができない。あの惨劇が頭をよぎる。
 私の表情を見てか、深山も、ふいと顔を背ける。昨日は馬鹿みたく、話しかけてきたのに、冷静な状態だと、やはり恥ずかしくなるのだろう。
 けれども、話をしないわけにはいかない。
 覚悟を決め、ことの次第を、深山と雄くんに話したところ、深山はわざとらしく咳払いをして、「また厄介事を」とかなんとかぶつぶついったけれど、メモを書き写し、力を貸してくれるようだった。
 何だかんだ言って、結局、深山太郎は人の頼みを断らない。ぶつくさ文句言うので全部台無しだけれど。

 夜、寝床につき、眠たくなった頭でぼんやりと裕子の話を思い出した。
 私には溝口先輩が裕子に渡した暗号の意味は分からない。だけど直感的にこれがどういう問題かはわかる気がする。 
 深山はヒントをもとに答えを導き出すのは得意かもしれないけど、人の気持ち、特に恋する乙女の気持ちを理解するのは不得手だろう。これは深山の管轄ではない。
 私にはなんとなく、結論が見えている。 
 単純な話だ、好きあった若い男女がいて、互いに気持ちを伝えられないでいる。
 深山が出す解に興味がないとは言わないけど、どんな答えであろうと、それ以上の結論が出てくるわけではない。
 そんなことを思いながら、意識が遠退いていった。

 次の日、授業後、一旦家に帰ってから、服を浴衣に着替え、裕子との待ち合わせの場所に向かった。
「どうだった?」
裕子がメモの事を尋ねてくる。
「まだ深山から連絡ない」
「そっかあ。急だったもんね」
 はあと、裕子はため息をつく。全く、肝心なときに役に立たない男だ。
「まあ、花火はしっかり見届けようよ」
「そうね」

 「木曽川大花火」は愛知の中でも大きな花火大会だ。会場周辺は人でごった返している。
 私達ははぐれないように、手を繋いでいた。

 裕子が言うには、この花火大会には、ひろくんのお父さんも参加していて、ひろくんも手伝っているらしい。
 私達は空に咲き乱れる、無数の大華をうっとりと見つめていた
 終盤、「ありがとう」のメッセージがうち上がり、それを見た裕子は口に手を当てた。
「ひろくん……」

「溝口先輩が裕子に伝えたかったのって、感謝の気持ちだったのかな」
「わかんないけど、ヒロ君たちが作った、花火はしっかりと見たわ。引っ越す前にデートに連れていってくれたのは、私の気持ちを知ってて、最後だからってことだったんだと思う。
 ひろくんは来年、大学だし、私ってまだ子供に見えちゃうんだよねきっと。
 でもいいの。私の人生、まだまだこれからだし。もっといい人探すから」
 私は、直に聞いていない、思い人の気持ちを、推断することはできないと思っている。だが、今にも泣きそうな、裕子の顔を見ると、何も言うことができなかった。

 次の日、授業前に深山から封筒を手渡された。
 この男からでなければ、恋文の可能性も考えるのだけれど、断言できる。絶対違う。
 中身を覗くと、写真が三十枚ほど入っていた。しかも普通の写真用紙ではなく、フィルムのようなものに印刷してある。
「何これ?新手の嫌がらせ?」
「ちげーよ。例の深谷さんとやらに渡しといてくれ」
「えっ、じゃあ解けたんだ。あの怪文書」
「まあ、一応」
 ふーん、やるじゃん。

 授業後、裕子に封筒を渡した。
「一緒に見ない?」
 誘いを断る理由もないので、裕子が封筒から写真を出すのを眺める。
「なんか似たような写真ばっかり」
 そこには単発の花火が写っていたのだけれど、とった角度はすべて同じだった。
 これがなんの意味をなすのか、深山から説明を受けていない。文句を言いに行ってやろうと、席を立とうとしたところ、付箋がついているのに気がついた。「重ねて光に透かして見ろ」
 指示通りにして浮かび上がってきたものは……
「スキ」
 溝口弘から深谷裕子への、夏の夜空に描かれた、ラブレターだった。
 三十秒間隔で少しずつ花火の位置をずらし文字を書いたのだ。
 溝口先輩がメモを裕子に渡す前に口にした言葉はおそらく、空に描いた言葉と同じものだったのだろう。
 
 裕子はその後、溝口先輩のところにいって自分の気持ちを口で伝えたらしい。彼らの仲が良好なものであり続ければ私はとても嬉しい。

 後日、この件について深山と話をした。
「彼女、あれ見たらボロボロ泣いていたわよ」
「……俺なんかしたか?」
深山は首をかしげる。
 駄目だこいつ。一生彼女なんてできないな。
「それはそれとして、あの暗号どういうことだったの?」
「あのメモか? 暗号なんて大したもんじゃないさ。Earthつまり地球が四なら太陽Solは一。Luciferつまり金星は三、天王星Uranus は八だ。一三八の場所といったら」
「一三八タワーのこと?」
「そそ」
「いや、わけわかんないんだけど」
雄くんが助け船を出してくれた。
「太陽系の事だよ。太陽からの距離順に番号を振るのさ」
 中二臭いと思いながら、
「Eなんちゃらってのは?」
「あれは位を表してるのさ。E+2は百の位」
 そう言えば、情報でそんなことを習ったような。
「で、解けたのが花火が始まる直前だったから、お前に連絡がとれず、仕方なく俺自らが一三八タワーに出向き、指示通り、十九時から三十秒間隔で写真をとったわけだ。ちょうどそのときに単発のがあがったから、何か仕込んでいるのは予想がついたが。
 それにしても花火って本当に正確にあげてるんだな。伝統工芸も近代化が進んでいるわけだ」
 雄くんが今はコンピュータ制御らしいね、と言葉を続けるのを聞きながら、私は少し深山に感心していた。なんだ、結構頑張ってくれたわけだ。深山が人のためにそこまでするとは。
 それはそれとして、とりあえずわかったことがある。こんな暗号を作る、ひろくんにせよ、それを解く深山も、変態的だと言うことだ。
 すると深山がそこで例のごとく、偉ぶったことを言う。
「俺には溝口という奴の気持ちがわからんね。まずメッセージを伝わらないような形で相手に残し、花火に気持ちを込めるなんて」
「まあ、あの分かりにくい、メッセージのことはあんたと同意見だけど、別に花火に思いを込めるのはいいじゃない。ロマンチックだわ」
「いんや。花火なんざ、花開くのは一瞬ですぐに散ってしまうんだ。それに恋だの愛だのとかの気持ちを込めるのは、その気持ちが刹那的なものだと自白しているようなもんじゃないか」
「馬鹿ね。花火は確かにすぐ散るけど、それを見た人の心の中にはずっと残るもんなのよ」
 深山はそれを聞き、目を丸くした。
「なっ何よ」
「いや、お前もたまにはまともなこと言うんだなと思って」
 思わずビンタしてしまった。慎まねば。
 そんなとき、こっちゃんが部室にやって来た。
「みなさん、こんにちは。
 深山さん、昨日は一緒に花火に行ってくれてありがとうございました。タワーから見たのは初めてだったので、新鮮でした」
 なるほど、深山がいきなりアクティブになった理由がよくわかった。
「あれえ、太郎も隅におけないな」
 雄くんがおどけた調子でいう。
「うっうるさい。俺から誘ったんじゃない。綿貫が一人は寂しいといって……」
 本当、深山はこっちゃんの頼みにほとほと弱い。
「うんうん、信じるよ」
 雄くんは楽しそうに聞いている。
 いいなあ、みんな青春している。あの深山でさえ。
 今度の花火大会には絶対雄くんを連れていこうと思う。雄くんに選択肢はない。無理矢理にも引っ張っていくんだから。
 そんな私を見て、雄くんは
「留奈、なんか怖いよ。笑ってるけど」
「そう?」
 高校生の夏休み。補習は大変だけど、やっぱり楽しまなきゃね。
 アブラゼミに混じって聞こえてくる、日暮の鳴き声はいつもより楽しげに聞こえた。
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