悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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四方山日記

新聞部の秘め事

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 生徒会選挙で不正の疑いが出てきて、新聞部の一人は確実にそれを知っている。不正がばれれば生徒会は解散で、学校祭開催にも支障を来すという。
「もしそうなら、いくらゴシップ好きの新聞部と言えど、そんな記事は書かないんじゃないか。というかばれたって風紀委員もさすがにそんなことはしないだろう」
 そうだ、彼らとて、学校祭を楽しみにしているはずだ。
 だが雄清は次のように言った。
「この場合問題になるのは生徒の組織じゃないんだ。先生たちさ」
「どういうことだ?」
「教師の中には、一週間、いや、準備を含めれば夏休みからの三ヶ月近くを要する学校祭のことを快く思ってない人もいる。特に三年生にとってはね」
「今回もし廃止になったら……」
「きっかけに、学校祭そのものがなくなるかもしれないし、そうはいかなくても縮小ぐらいはされるかな」
 不条理な話だ。生徒会選挙は学校祭となんの関係もないのに。それにもう準備に二ヶ月かけている生徒もいる。下手したら暴動が起きるぞ。
 雄清は続けた。「今回の開催についても、教務部とは大分もめたらしい。体育祭と文化祭を二日で終わらせろって言われたらしい。ただでさえそんな状況なのに、何か問題があったとなれば……ねぇ」
 そんなとき部室の戸が開いた。部員はすでに揃っている。戸口に立っていたのは見知らぬ女子生徒だった。どんな闖入者だろうか、と思っていたところ、佐藤が反応した。
「真希ちゃん」
「やぁ、留奈」真希ちゃんと呼ばれた彼女はそう答えた。
 彼女は黒い髪を編み込んでいて、それを頭に巻くようにした、といった感じの手の込んだ髪型をしていた。毎朝しているのだとしたらずいぶんと大変そうだなと、要らぬ心配をする。長い睫毛《まつげ》とほんのり桃色をしている頬《ほほ》を見るに、化粧をしているらしい。校則では化粧は禁止されていなかったか、とちらと思ったが、俺は風紀委員でもなければ、生徒指導部の教師でもないので何も言わない。服装に関しては、若干スカートの裾《すそ》が短くて、痴漢にでも遭いやしないかと、思う以外は、綿貫や佐藤と同じく、普通の制服であるので、特筆すべきことはないだろう。
「誰だ?」俺は佐藤に尋ねる。
「ほら、備品の整理友達に手伝ってもらったっていったでしょ」
「ああ、新聞部の」
「そ。橋田真紀《はしだまき》ちゃん」
 新聞部所属で、佐藤の友人のギャルが、学校の最果てであるこの山岳部の部室に、いったい何の用だろうか。このような埃《ほこり》っぽく、閑散としている場所では、彼女のような人種は異様な存在だ。
 佐藤の交友関係について口出しする気は毛頭ないが、佐藤がこのような御仁と付き合っていることに少々の驚きを感じた。佐藤留奈という人間は、俺に対する口の利き方は、粗暴そのものだが、一般的には、綿貫ほどではないにせよ、おとなしめの人間なのだ。
 見た目で言えば、真紀ちゃんと言われたその闖入者は、そんな彼女とは相容《あいい》れないように見える。
 もちろん、人は見た目じゃない、というのはもっともなことだとは思うが。
 水と油ではないかと見える二人組が仲良くしているというのも往々にしてあることではあるし。

「留奈、あのこと話した?」
 橋田真紀は佐藤の方を向いて、そう言った。
 さすが、俺のような、内向的な人間と違って、彼女は、知らない連中が何人もいるこの部室で、臆することなく話をする。まるで俺のことなど蚊ほどにも思っていないかのように。
 ……実際そうなのかもしれないが。
「あのことって、選挙関連の?」
 橋田真紀は黙ってうなずく。それから佐藤は続けた。
「山岳部には話しちゃったけど、……まずかった?」
「そっかあ。新聞部の先輩に言ったら、口止めして来いって言われたからさ。うーん、選管の人には?」
「いってない」
 佐藤が答えた。
 俺は話を聞いていて妙に思った。選挙管理委員なのは佐藤であって、橋田真紀はただの付き添いの新聞部だ。彼女の先輩にしても選管に関しては部外者であり、選管の問題を口止めするというのはおかしな話である。
 俺の疑問を、雄清が代わりに尋ねた。
「僕、一年の山本雄清」雄清の挨拶に、橋田は軽く会釈する。「どうして、話しちゃまずいんだい?」
 橋田真紀は話してよいのか少し迷っていたようだが、「どうせ、もう知ってるからいいか」と一人つぶやいてから、
「先輩が言うには、投票用紙が意図的に、すり替えられていたのだとしたら、それは、明白な不正行為であって、犯人が分からない以上、むやみやたらに広めるのは得策じゃないって」
 といった。
 俺はようやくそこで、彼女に対し口を開いた。
「新聞部は、不正選挙の調査をする気なのか?」
「先輩はそうみたい。……あなたは?」
 彼女は俺に名前を問うているらしい。
「深山太郎だ」初めましてと挨拶をする。
 彼女の話を聞いて雄清が、新聞部に門前払いを食らった理由もわかった気がする。部外者に見られては困るものが、つまり不正選挙に関する資料が部室の机にも広げられていたのだろう。
 それにしても、新聞部は不正の調査をして、いったいどうする気なのだろうか。校内新聞で公表したらえらいことになる。
「新聞部はそのことを発表する気なのか?」
 俺は橋田にむかって聞いた。
「えっ、そりゃあ、そうでしょう」
「学校祭を潰す気か?」
 別段俺としては、それで一向に構わなかったのだが、彼らがそれをも厭《いと》わないほど、記者魂に誇りを持っているのかというのに少し興味を感じたのだ。
「どういうこと?」
 だが、橋田は現状をよく理解していなかったらしい。俺にしたのと同じような説明を雄清は橋田に向かってした。

 話を聞いた橋田は、困惑しているように見えた。部活動のせいで学校祭がなくなるかもしれないと言われれば、彼女でなくとも困惑するだろう。
 俺は彼女及び新聞部に対する興味を失ったので、椅子に座って、文庫本のページを繰っていた。
 しかしながら、雄清が例のごとく、余計な提案をする。
「新聞部の先輩に話を聞きに行こう」
 その、突拍子もない提案に俺もいつものように眉をひそめる。
「お前はどうしてそう、いろんなことに首を突っ込むんだ」
「そうでもないさ。興味を持ったことに首を突っ込むのさ」
 なんにでも興味を持つ、山本雄清にしてみれば、同じことである。
「それに、良い考えが思いついたんだよ」
「なんだよ」
「共同戦線を張れないかなと」
 またわけのわからない事を口にする。
 新聞部と共闘して何ができるというのか。利益の無い事に労力を割いて得られることは、せいぜいが自己満足くらいである。そのような、一瞬にして虚構と化してしまうようなものの為に、エネルギーを浪費することなど、俺の生活信条から遠く離れている。
 雄清は続けた。
「だからさ、僕はさっき新聞部に門前払いされた訳だろう。それは、彼らが生徒会選挙の調査をしているからであって、それが済めば、僕に過去の記事を見せてくれるんじゃないかな。留奈から話を聞いてしまった以上僕らも、当事者だ。上手く話をつけられれば、新聞部の部室に入れてくれるんじゃないかな」
 それにだ、と言って、雄清は俺の耳元に顔を近づけて、
「記事が出るのを阻止しないと、学校祭が流れるかもだろ」
 といった。
 さいですか。
 なんだか、色々矛盾しているような気もする。新聞部にスキャンダルが漏らされそうになっている状況を、さっきまで憂えていたのに、今ではなんだか楽しそうだ。転がり込んできた、エンターテインメントを逃がす気はないらしい。雄清とは酔狂な男で、俺とはまた違った視点で、学校祭以外のものに、価値を見いだすらしい。つまり、謎解きに。
 面倒なことに拘泥《こうでい》する面倒な男だ。
 そんな面倒な事は、雄清に任せといて、俺は理想の高校生活に励むとしよう。
 つまり、……帰るか。荷物をまとめて、部室を去ろうと歩き出す。
 といって、引き止める役は……。こいつなんだよな。
 綿貫は、そそくさと帰ろうとした俺の前に立ちはだかる。
「綿貫、どいてくれ。俺は帰るんだ」
 そういっても、綿貫がどかないのは言うまでもない。
「深山さん」
 綿貫は俺の事をじっと見て、そう言った。
「なんだよ」
「部誌」
「だから」
「部誌」
「でも……」
「部誌」 
 有無を言わせてくれないらしい。
 部誌が完成しないというのは、山岳部員全員の問題であるから、俺一人だけが帰るのは、道理に合わないと、彼女は言いたいのだ。
 ……。
 部長命令には逆らえないか。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
 俺が溜息《ためいき》交じりにそういうと、綿貫は微笑んだ。
 まったく。人使いが荒い。
 
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