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四方山日記
犯人はお前か
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ようやくほかの三人も読み終わったようで、犯人が誰なのかみんなで考えることになった。
「まず登場人物の整理をしようか」
雄清はそういって、レポート用紙を取り出した。
主人公の僕、友人の文彦、顧問の江端先生、司書の先生、僕の幼馴染みの橋本雪之、いじめていた女子たち、校長。
橘が本当に推理小説を書こうと思ったのならば、犯人は既に出てきてないとおかしい。よって以上のなかにいるはずだ。
「まず疑問点の確認をしようか。何か分からなかったところがある人いる?」
雄清はみんなに尋ねた。
「あの……へーせー電車?って言うのがよくわからなかったんだけど」
お前こそ何をいっているんだ!? 俺は佐藤の珍発言に目を丸くした。
「静電遮蔽ね。分かりやすく言えばシールドってことなんだけれども」
雄清は佐藤の間違いを馬鹿にすることなく訂正つつ、簡単な図を書いて佐藤に説明し始める。
「電磁波っていうのは、広義の光なんだけれども、磁場と電場が相互に作用しながら流れるんだ。静電遮蔽は、電気力線と……」
雄清の物理教室が始まるや否や、佐藤は、
「あっ、わかった。思い出した。あれね、せーへーしゃでん、ね」
と遮った。
断言しよう。こいつ絶対分かっていない。
「まあ、あれだ、電子レンジのガラスに金網がついてあるの知っているか?」
俺は分かりやすい例を挙げて説明しようとした。
「あー、あったかも」
「あれがなかったら、覗き込んだ時多分目が融ける。あれと同じ類だ。電子レンジのはマイクロ波を防ぐためだから目はかなり細かいけれど、無線の電波なら波長はかなり大きいから、少し目の細かい金網ならば、遮蔽することはなんとかできるかもしれない」
佐藤は少し黙っていたけれども、とりあえずは理解したようで、
「よくわかんないけど、とりあえず金網で電波が出入りしなくなるのね」
と言った。
理論的には。実際には知らない。校舎全体を金網で囲ってあるという時点で随分なご都合主義である。
「ほかには何かないかな?」
雄清は再び尋ねた。皆、首を振る。
その様子を見て雄清は言った。
「じゃあ、この中でだれが犯人だと思うか、せーので指差してみる?」
まあ、段階を踏んで考えるのが正攻法だが、手っ取り早いのはそれだろう。
雄清が合図をして、近藤も一緒になって、指をさした。俺以外の全員が。
雄清と佐藤は江端先生。綿貫は橋本雪乃、近藤は主人公を指差した。
「……太郎は?」
「俺か? 俺はなあ」
「どうせわかんないんでしょ」
佐藤のその言葉にムッとする。
「じゃあ、お前はなんで江端先生だと思うんだ」
「学校内で盗聴なんて狂っているわ。放火ぐらいしかねない」
……トリックも何もあったもんじゃない。
「僕はずっと理科準備室にいたのに、誰かが放火したのに気が付かないなんておかしいと思ったから」
と雄清は言った。うーむ。
「綿貫はなんで橋本雪乃が?」
「最後の主人公の言葉が引っかかったからです。彼、口が重たくなっていましたよね。それは犯人が彼の親しい人だったからではないでしょうか。つまり雪乃さんが犯人だと気づいてしまった。だから話したくないと思ってしまった。雪乃さんは吊し上げにあってきっと、自暴自棄になっていたんです」
うーむ。着眼点は悪くないんだが、及第……ではないな。
「近藤さんは?」
俺は近藤のほうを向いて尋ねた。
「ほかの誰も犯人と思えないからよ。はっきり怪しそうな人物がいない。それは、犯人が誰か分かりにくくするために明美が工夫して書いたからと思うの。……クリスティーって知っている?」
「ポアロの作者?」
雄清が聞いた。
「そう。その作品の中にあるのよ、そういうのが。実は犯人は書き手でした、みたいな」
近藤がそう答えた。
さすが文芸部。もはや古典となったクリスティーの作品まで読んでいるとは。
「で、太郎の意見は?」
結局解くのは俺か。
「……みんな不正解だろ。これは推理小説なんだろ。誰が怪しいとか、登場人物の心情とかで犯人が決まるわけじゃない。トリックが必ずある」
みんな顔を合わせている。
「近藤さんのは一応トリックだろう」
雄清はそういった。
「いや、確かにそういうトリックはある。だが今回は叙述トリックを使っているというわけではないと思う。つまり主人公は意図して、自分の犯罪を隠しながら語り手となっているわけではない」
「そうなの?」
近藤がそう聞いてきた。
俺は黙って頷く。
「じゃあ、どういうトリックを使ったんだい?」
雄清が俺に尋ねた。
「……雄清、この作品、何字くらいだと思う?」
雄清は少し怪訝そうな顔をしたが、
「原稿用紙の枚数的に、六千くらいなのかな」
と答えた。
「うん、大体そのくらいだ。それでかなりの部分を何について書いている?」
「ドキドキ盗聴作戦だろ」
ネーミングのセンスはそっとしておくことにして、
「六千字しかないのにそれに半分以上使っているんだ。トリックはそれに関係していると考えるのが妥当だろう」
「じゃあ、ドキドキ盗聴作戦が?」
……………。
「……そう。ところで、燃えていたのは何だった?」
他の四人は原稿を読み返す。すぐに雄清が答える。
「理科準備室の二硫化炭素と図書室の本だね」
「その二つに共通していることがあるんだが」
雄清はパラパラと原稿をめくって、何度か確認してから、自信なさげに言った。
「……無線機?」
「そう。理科実験室には無線機が置いてあったし、『僕』は図書室の東側にある準備室、に無線機を置こうと言っている。二硫化炭素と図書室の本には共通して近くに無線機があった」
「確かにそうだけれども、どうしてそれが放火につながるんだい?」
「もう一つ聞こう。まだ、二硫化炭素と図書室の本に共通していることがあるんだが」
今度は雄清はしばらく原稿とにらめっこしても分からないようだった。
仕方がないので俺が代わりに答える。
「コイルだよ」
四人とも分からないという顔をした。
「コイルなんて出てきたかい?」
雄清は俺に尋ねた。
「ちゃんと書いてある。二硫化炭素の近くに置いてあると書いてあるんだが」
皆、該当する部分を読み返した。
「物理で使うバネ?」
「そうそれ。つまりコイルだろ」
「図書室のほうは?」
「司書の先生は燃えた本はどういうものだと言っていた?」
「……バーコード化した本?」
今度は佐藤が答えた。
「そうだ。バーコードと言うと正確じゃないんだが、……そうだな、図書館の本を手続しないで持ち出すとどうなる?」
「警報が鳴るでしょ」
佐藤が言った。
「うん。それの仕組みは本につけられたチップに情報を書き込むことによるが、その中にもおそらくコイルはあるんだろう」
「熱コイル……」
雄清がぽつりと呟いた。
「そうだ。主人公は無線機をコードでつながずに、本当に無線を飛ばしてみた。すると、当然だが強い電磁波が飛ぶ。磁場の変化によってコイルには電流が流れる。すると熱が発生する。近くにあるのは発火点の低い二硫化炭素と、可燃物である紙があった。これで火事が起きないほうがおかしい」
「じゃあ犯人は……」
「主人公と文彦だ」
そうして俺の推理ショーを締めくくる。
ふう、探偵役というものは疲れるぜ。こんなに長くしゃべるのは大変だ。
俺が満足げにしていると雄清が少々むすっとした顔で言った。
「……太郎、一回読み終えた段階で気づいていたよね」
「……まあ」
今度は佐藤が非難がましく言う。
「性格わっる。私たちが推理してるの面白がってみてたんだ!?」
「おいおい、俺はお前らが楽しんで推理していたのを邪魔したくなかっただけだぞ」
ほんとに。
ネタバレなんて無粋なことはすべきじゃないだろうよ。
「どうだか」
佐藤はフンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
機嫌の悪くなった彼らに対し、綿貫と近藤はにこにこしていた。
近藤がお辞儀をしてから。
「本当にありがとう。私じゃ解けなかったと思う。物理苦手だから。深山君のおかげで明美の作品を文化祭で発表できそうだわ」
おお、俺の名前を憶えてくれたか。
「あとは君が仕上げるんだろ。君の筆力に期待してるよ。ぜひ面白く締めくくってくれ」
俺は彼女を激励する。
近藤はにっこり笑って言う。
「頑張る」
さて、本来の目的を達成するとするか。
「じゃあ、秋風のバックナンバーを出してもいいか」
「いいよ。私やるから」
明美が立ち上がって、ごそごそとしばらく棚をいじってから、茶色く変色した冊子を取り出した。
「二十年前の九月号と十月号、あと文化祭特別号もつけとくね」
綿貫が冊子を受け取り、礼を言う。
「ありがとうございます!」
「こちらこそありがとう。特別号が出来たら山岳部に渡しに行くね」
俺達は立ち上がり、軽くお辞儀をしてから、文芸部の部室を後にした。
「まず登場人物の整理をしようか」
雄清はそういって、レポート用紙を取り出した。
主人公の僕、友人の文彦、顧問の江端先生、司書の先生、僕の幼馴染みの橋本雪之、いじめていた女子たち、校長。
橘が本当に推理小説を書こうと思ったのならば、犯人は既に出てきてないとおかしい。よって以上のなかにいるはずだ。
「まず疑問点の確認をしようか。何か分からなかったところがある人いる?」
雄清はみんなに尋ねた。
「あの……へーせー電車?って言うのがよくわからなかったんだけど」
お前こそ何をいっているんだ!? 俺は佐藤の珍発言に目を丸くした。
「静電遮蔽ね。分かりやすく言えばシールドってことなんだけれども」
雄清は佐藤の間違いを馬鹿にすることなく訂正つつ、簡単な図を書いて佐藤に説明し始める。
「電磁波っていうのは、広義の光なんだけれども、磁場と電場が相互に作用しながら流れるんだ。静電遮蔽は、電気力線と……」
雄清の物理教室が始まるや否や、佐藤は、
「あっ、わかった。思い出した。あれね、せーへーしゃでん、ね」
と遮った。
断言しよう。こいつ絶対分かっていない。
「まあ、あれだ、電子レンジのガラスに金網がついてあるの知っているか?」
俺は分かりやすい例を挙げて説明しようとした。
「あー、あったかも」
「あれがなかったら、覗き込んだ時多分目が融ける。あれと同じ類だ。電子レンジのはマイクロ波を防ぐためだから目はかなり細かいけれど、無線の電波なら波長はかなり大きいから、少し目の細かい金網ならば、遮蔽することはなんとかできるかもしれない」
佐藤は少し黙っていたけれども、とりあえずは理解したようで、
「よくわかんないけど、とりあえず金網で電波が出入りしなくなるのね」
と言った。
理論的には。実際には知らない。校舎全体を金網で囲ってあるという時点で随分なご都合主義である。
「ほかには何かないかな?」
雄清は再び尋ねた。皆、首を振る。
その様子を見て雄清は言った。
「じゃあ、この中でだれが犯人だと思うか、せーので指差してみる?」
まあ、段階を踏んで考えるのが正攻法だが、手っ取り早いのはそれだろう。
雄清が合図をして、近藤も一緒になって、指をさした。俺以外の全員が。
雄清と佐藤は江端先生。綿貫は橋本雪乃、近藤は主人公を指差した。
「……太郎は?」
「俺か? 俺はなあ」
「どうせわかんないんでしょ」
佐藤のその言葉にムッとする。
「じゃあ、お前はなんで江端先生だと思うんだ」
「学校内で盗聴なんて狂っているわ。放火ぐらいしかねない」
……トリックも何もあったもんじゃない。
「僕はずっと理科準備室にいたのに、誰かが放火したのに気が付かないなんておかしいと思ったから」
と雄清は言った。うーむ。
「綿貫はなんで橋本雪乃が?」
「最後の主人公の言葉が引っかかったからです。彼、口が重たくなっていましたよね。それは犯人が彼の親しい人だったからではないでしょうか。つまり雪乃さんが犯人だと気づいてしまった。だから話したくないと思ってしまった。雪乃さんは吊し上げにあってきっと、自暴自棄になっていたんです」
うーむ。着眼点は悪くないんだが、及第……ではないな。
「近藤さんは?」
俺は近藤のほうを向いて尋ねた。
「ほかの誰も犯人と思えないからよ。はっきり怪しそうな人物がいない。それは、犯人が誰か分かりにくくするために明美が工夫して書いたからと思うの。……クリスティーって知っている?」
「ポアロの作者?」
雄清が聞いた。
「そう。その作品の中にあるのよ、そういうのが。実は犯人は書き手でした、みたいな」
近藤がそう答えた。
さすが文芸部。もはや古典となったクリスティーの作品まで読んでいるとは。
「で、太郎の意見は?」
結局解くのは俺か。
「……みんな不正解だろ。これは推理小説なんだろ。誰が怪しいとか、登場人物の心情とかで犯人が決まるわけじゃない。トリックが必ずある」
みんな顔を合わせている。
「近藤さんのは一応トリックだろう」
雄清はそういった。
「いや、確かにそういうトリックはある。だが今回は叙述トリックを使っているというわけではないと思う。つまり主人公は意図して、自分の犯罪を隠しながら語り手となっているわけではない」
「そうなの?」
近藤がそう聞いてきた。
俺は黙って頷く。
「じゃあ、どういうトリックを使ったんだい?」
雄清が俺に尋ねた。
「……雄清、この作品、何字くらいだと思う?」
雄清は少し怪訝そうな顔をしたが、
「原稿用紙の枚数的に、六千くらいなのかな」
と答えた。
「うん、大体そのくらいだ。それでかなりの部分を何について書いている?」
「ドキドキ盗聴作戦だろ」
ネーミングのセンスはそっとしておくことにして、
「六千字しかないのにそれに半分以上使っているんだ。トリックはそれに関係していると考えるのが妥当だろう」
「じゃあ、ドキドキ盗聴作戦が?」
……………。
「……そう。ところで、燃えていたのは何だった?」
他の四人は原稿を読み返す。すぐに雄清が答える。
「理科準備室の二硫化炭素と図書室の本だね」
「その二つに共通していることがあるんだが」
雄清はパラパラと原稿をめくって、何度か確認してから、自信なさげに言った。
「……無線機?」
「そう。理科実験室には無線機が置いてあったし、『僕』は図書室の東側にある準備室、に無線機を置こうと言っている。二硫化炭素と図書室の本には共通して近くに無線機があった」
「確かにそうだけれども、どうしてそれが放火につながるんだい?」
「もう一つ聞こう。まだ、二硫化炭素と図書室の本に共通していることがあるんだが」
今度は雄清はしばらく原稿とにらめっこしても分からないようだった。
仕方がないので俺が代わりに答える。
「コイルだよ」
四人とも分からないという顔をした。
「コイルなんて出てきたかい?」
雄清は俺に尋ねた。
「ちゃんと書いてある。二硫化炭素の近くに置いてあると書いてあるんだが」
皆、該当する部分を読み返した。
「物理で使うバネ?」
「そうそれ。つまりコイルだろ」
「図書室のほうは?」
「司書の先生は燃えた本はどういうものだと言っていた?」
「……バーコード化した本?」
今度は佐藤が答えた。
「そうだ。バーコードと言うと正確じゃないんだが、……そうだな、図書館の本を手続しないで持ち出すとどうなる?」
「警報が鳴るでしょ」
佐藤が言った。
「うん。それの仕組みは本につけられたチップに情報を書き込むことによるが、その中にもおそらくコイルはあるんだろう」
「熱コイル……」
雄清がぽつりと呟いた。
「そうだ。主人公は無線機をコードでつながずに、本当に無線を飛ばしてみた。すると、当然だが強い電磁波が飛ぶ。磁場の変化によってコイルには電流が流れる。すると熱が発生する。近くにあるのは発火点の低い二硫化炭素と、可燃物である紙があった。これで火事が起きないほうがおかしい」
「じゃあ犯人は……」
「主人公と文彦だ」
そうして俺の推理ショーを締めくくる。
ふう、探偵役というものは疲れるぜ。こんなに長くしゃべるのは大変だ。
俺が満足げにしていると雄清が少々むすっとした顔で言った。
「……太郎、一回読み終えた段階で気づいていたよね」
「……まあ」
今度は佐藤が非難がましく言う。
「性格わっる。私たちが推理してるの面白がってみてたんだ!?」
「おいおい、俺はお前らが楽しんで推理していたのを邪魔したくなかっただけだぞ」
ほんとに。
ネタバレなんて無粋なことはすべきじゃないだろうよ。
「どうだか」
佐藤はフンっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
機嫌の悪くなった彼らに対し、綿貫と近藤はにこにこしていた。
近藤がお辞儀をしてから。
「本当にありがとう。私じゃ解けなかったと思う。物理苦手だから。深山君のおかげで明美の作品を文化祭で発表できそうだわ」
おお、俺の名前を憶えてくれたか。
「あとは君が仕上げるんだろ。君の筆力に期待してるよ。ぜひ面白く締めくくってくれ」
俺は彼女を激励する。
近藤はにっこり笑って言う。
「頑張る」
さて、本来の目的を達成するとするか。
「じゃあ、秋風のバックナンバーを出してもいいか」
「いいよ。私やるから」
明美が立ち上がって、ごそごそとしばらく棚をいじってから、茶色く変色した冊子を取り出した。
「二十年前の九月号と十月号、あと文化祭特別号もつけとくね」
綿貫が冊子を受け取り、礼を言う。
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