悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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幕間劇その肆

鶴の恩返しならぬ

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 万華鏡の広場を出てから、途中昼食を取りつつ、黒壁スクエアのあちこちを歩いて回った。

「太郎、さっきからどうしたんだい? 空ばかり見て」
「うーん。ちょっとな」
 俺は雄清の言うように、先程から、上の方ばかりを見ていた。
 ……流石に、すんなりとは行かないな。見つかったとしても、どうにかできる保証はない。今回ばかりは、本当にどうしょうもないのかもしれない。
 
 少し疲れてきたので、休憩がてらに、綿貫に話しかけた。
「お前は、クラスの奴と回らなくて良かったのか?」
「はい? ああ、遠足の話ですか。……そうですね、どうもクラスの人達は、私に距離を感じているみたいです」
「おい、大丈夫かよ。またあいつらみたいなのに、いじめられているのか? ほら、名古屋で会った」
 綿貫はしばし、キョトンとしたが、ああ、と言って、
「そんなことはないですよ。なんというか、取っつきにくい、とか、よそよそしいとかそういう感じです。みなさん優しくしてくださるのですけど」
「……そうか。ならいいんだが。困ったことがあれば、俺に相談しろよ」
「深山さん、お友達少ないじゃないですか」
 ちょっと、綿貫!?
「ふふっ。冗談ですよ」 
 そばで聞いていた、佐藤がニヤリとして、間髪かんはつれずに、
「あながち、間違ってないでしょう。というか、それが事実だし」
「おい」
 
 心優しき綿貫は、佐藤の茶々を気にせず、
「でも、ありがとうございます。では、困ったことがあれば相談しますね」
 と言った。

 大海原のご令嬢にして、衆目を引く美少女である所の綿貫さやか。彼女は光り輝く玉のような存在だ。けれども、有象無象に放り込めば、それは異質な存在には違いない。
 異物を除去する。あるいはそんな気持ちがなくても、特別扱いしてしまうのが、人、もとより生物という存在なのだろう。

 ……異物か。…………。外に普通にいると、考えるほうがおかしいか。ならば、どこかの家、あるいは店に匿われていると考える方が、妥当か。……そういえば。

「なあ、綿貫」
「なんです?」
「お前らが、待っていたカフェの名前って何だった?」
「えっと、ワイクロ、でしたか」
 ……偶然か。だが、ここに来てそんな偶然があるだろうか。
 ……

 まあいい。外れでも構わない。どうせ他にすることもない。ちと歩き回るのにも疲れたし、ヴィクトリア様式のカフェでアフタヌーンティと決め込むとするか。
 
  *

 和洋折衷わようせっちゅうというか、まさしく和と洋を足して、二で割ったような感じの建物は、明治以降各地で散見されたのだろうが、今となっては絶滅危惧種だ。このちぐはぐな感じが、逆に興趣を感じさせる。木造建築の隣に、レンガ造りの建物があるというのは、それはそれで乙である。
 
 ところで、和洋折衷というと思い出す物があるのだが、名古屋にある例のアレである。
 なんで鉄筋コンクリートの上に、天守閣様てんしゅかくようの屋根を載っけようと思ったのか? 
 名古屋のぶっ飛んだ建物。愛知県庁舎。

 愛知県民は、一体どこに向かっているのやら。

 名古屋人はおかしい奴が多い、とか言う輩が出てくるのは、大抵あれのせいだと俺は思っている。……いや違うか。では、某タレントの名古屋いじりのせいか? 
 未だかつて、エビフリャーと発音する奴は見たことがない。
 まあ、別にいいんだけど。尾張の人間が、みゃーみゃー鳴くのは事実であるし。 
 味噌カツ食ってみゃー。
 名古屋にて猫大量発生中。

 閑話休題。

 カフェ「ワイクロ」の席に着き、メニューを決めて、店員を呼んだ。

 注文を済ませてから、店員が去ろうとしたところで、彼に声をかけた。
「あのすみません」
「なんでしょう?」
「店長さんとお話がしたいのですが」
「私が店長ですが。どうなさいました?」
「ここの店名って、これに関係ありますか?」
 俺はそう言って、ポケットに入れてあった羽根を取り出した。
「ちょっと深山、飲食店でそんなもの出さないでよ」
「え、ああ、すまん」

 店主は、俺の出した羽根をじっと見てから、ふっと頬を緩めるようにした。
「街中で見かけましたか?」
 店主はそういった。
 どうやら、当たりみたいだな。
「直に見たわけではないんですけど」
「というと?」
「実は、僕ら遠足できているんですけど、クラスのひとの鞄が、なくなってしまいましてね。現場の近くにこれが落ちていたんです」

「ああ、また、やりやがったか」
 店主は誰に言うでもなく、呟いた。それから、
「お詫びに、レモンタルトをご馳走しますので、その間、娘に話を聞いておいてもらえますか」
「どういうことです?」
「うちのマスコットでもあるんですが、まずその前に、娘のペットなんですよ」
 なるほど。

 そういうわけで、店の二階の、住居スペースに俺たちは通された。ゴテゴテとした、ヴィクトリア調の造りは、店の外装と、店舗部分だけだと思ったのだが、奥の部屋も、前近代の雰囲気を表した内装となっていた。
「少々お待ちください。すぐに来ると思いますので」
 店主はそういって、店の方へと戻っていった。

「太郎、どういうことだい?」
「その羽根なんなのよ」
 雄清と佐藤は、口々に言う。
「えっと、そうだなあ……」
 俺が、説明を始めようとしたところで、扉が空いた。

「おまたせしました。……本当にすみませんでした!」
 扉を開けて入ってきた人物は、入るなりそういった。手に持っているのは、智代の鞄である。彼女は見るに、俺たちと、そう年齢は変わらないらしい。実際、学校から戻ってきたばかりらしく、高校の制服らしきものを着ている。
 俺以外の三人は、状況が飲み込めないらしく、顔を見合わせている。

「いや、持ち主は俺達じゃないんですけど、まあ、見つかってよかったです」
 俺は入ってきた、彼女に向かってそういった。
「本当に申し訳ございませんでした」
 そう言って、彼女は智代の鞄を俺に差し出した。
「よし、じゃあ目的は果たしたし、店長さんはレモンタルトを焼いてくれるらしいから、店に戻るか」
 そう言って、俺は立ち上がり、部屋を出ていこうとしたのだが、
「ちょっと深山さん」
 綿貫に袖を掴まれた。
「……なんだよ」
「説明してくださいよ」
 ……仕方ないか。

 俺は座りなおして、説明を始める。
「現場で見つけたことから整理するぞ。あの場でも言ったように、万華鏡の広場に通じる道は一つだけで、俺たちがベンチに座っている時に、入っていったのは、智代たちだけだった。四人だったか」
「はい、四人でした」
 綿貫が答える。

「智代の叫び声が聞こえて、広場に行ったところ、智代の鞄はなくなっていた。
 鞄の置いてあった、テーブルの上には、ものを引きずった跡があり、テーブルの近くにはこれが落ちていた」
 俺はそう言って再び、白い羽根を取り出した。
「だから、一体それ、なんなのよ」
 俺は佐藤の問いには答えずに、店の少女に、
「こいつを見せてもらうことはできますか?」
 と羽根をひらひらさせながら尋ねた。
「今はいないんですけど」
「そうですか」
「でも呼べば来ると思います」
 ほう。

 少女は窓に近づき、それを開けてから、指をくわえた。

 甲高く、澄んだ音が響く。  
 幾分も立たないうちに、大きなものが窓のサッシへと飛んできた。
 みんな心底驚いている。
「えっ、何これ」
からすだよ」
 俺は答えた。
「でも、これ」
 三人とも戸惑っている。確かに珍しい。俺も直に見るのは初めてだ。

 そこにいたのは、白い色をした、大きなハシブトガラスだった。

 雪のような真っ白な色だ。色が他の鴉と違うというだけなのに、どこか神々しさを感じさせる。

「白いからすなんているのね」
 佐藤は、至極感心したように言った。
「白変種、ですよね」
 確認の意味を込めて聞いた。目の色が、赤くないので、遺伝子欠損によるアルビノではないと思ったのだ。
「そうだと思います」
 店の少女は答える。

「白変種って何よ」
「あー、ホワイトライオンって知っているか?」
「そのくらい知っているわよ。ジャングル大帝でしょ」
 ……手塚先生な。
「お前、歳いくつだよ」
「はあ?」
 おお、こわ。

 多少怯みつつも、俺は説明を続ける。
「あれはな、別に普通のライオンと、種類が違うってわけじゃなくて、身体が白くなるような遺伝子が発現しているだけなんだ。一説によると、氷河期時代の名残ともいわれているんだが。……先祖返りってやつだな」
 佐藤は首をかしげるばかりである。うーむ。
「なあ、雄清。俺の説明が悪かったのだろうか?」
「いや、十分だと思うよ」
 佐藤が口を挟む。
「あんたたちがおかしいのよ」
「自分の理解力のなさを人のせいにするとは、哀れだな」
 はい殴られる。以下略。

 俺がうめいている間、雄清が代わりに説明をする。
「それで、白変種とは違って、遺伝子の欠損による病的なものはアルビノって言うんだけど、見たことないかな? 実験用のマウスで目の赤いようなやつ」
「あ、それは知っている」
「うん。そいで、このからすは別に目も赤くないから、多分白変種なんだろうってこと」
「うーん」
 俺と雄清の懇切丁寧な説明を受けても、佐藤はよくわからなかったらしい。まあいい。問題の本質はそれではないから。

 痛みから復帰した俺は、話を進めた。
「とりあえず、その話は置いといて、えっと、広場での話な。単に、羽根が落ちていただけならば、なんとも思わなかったのだろうが、鞄の持ち去られ方に鍵があったんだ」
「どういうこと?」
「テーブルの上に引きずったような跡があったって言っただろう。見ての通り智代の鞄はかなり小さい。簡単に持ち上げられるはずだろう」
 三人はよくわからない、という顔をしている。俺は言葉を続けた。
「人間ならな」
 雄清はアッと言う顔をした。
「だからかい」
「うん。それに小さいとは言っても、鳥にとってはそこそこの大きさ。こいつを持ち上げるにはかなり体格のいい鳥じゃないと無理だろう。残された道は空。犯人は空から来る何か。それもこんな市街地で、よく見かける、そこそこの大きさの鳥。近くに落ちていた、鴉の羽根。答えをわざわざ教えてくれた、間抜けな犯人だったという訳さ。さすがにすぐにこの羽根が白いからすの物だとは気が付かなかったが」
「でもなんで、このお店にいるかもしれないって思ったの?」
「質問だ。白いからすってよくいると思うか?」
「いない。私初めて見たもん」
「だろう。氷河期ならいざ知れず、普通白い動物っていうのは、自然界じゃすごく目立つんだ。敵に狙われやすい。その上な、……同種からも攻撃されるんだよ。見た目の違う動物は、異物として。
 その鴉《からす》、どこかで拾ったんじゃないですか」
 俺は少女に尋ねた。
「はい。もう十年ほど前になりますが、公園の木の近くに落ちていた雛がこの子です」
 おそらくは、色の違いのため、親鳥に捨てられたのだろう。
 少女は続けた。
「野生動物を飼うことは、本当はいけないらしいですけど、事情が事情なので、お役所も許してくれたんですよ」
「まあ、そういうことだ」
「いや、説明になってないでしょ」
 ……いい加減、喋り疲れたんだが。
「白いからすは自然界じゃ生きられない。だったら、誰かが飼っていると考えるのが妥当だろう。白い鴉の目撃されるこの町で、とある店が『白いからす』という店名を付けていたら、何か関連があるのではと思うのは当然だろう」
「ここのお店『ワイクロ』でしょう」
「白いからすじゃないか」
 綿貫は気づいたようで、呟いた。
「……White Crow」
 それを聞いたら、佐藤も雄清も納得したようだった。
「そゆこと」

「レモンタルト、焼けましたよ」
 店主が俺たちを呼びに来た。
「もう話はいいだろう。熱々のタルトを頂こうじゃないか」

 少女は用事があるらしく、最後に深々と頭を下げた後、どこかへと行ってしまった。

 店主の焼いてくれた、レモンタルトに舌鼓を打ちながら、深く息を吐く。思いも寄らずに今日は、労力を消費してしまった。さすがに疲れた。
 
 席にリラックスして座っていた、俺たちのもとに、店主が近づいてくる。
「お探しの物は見つかりましたか?」
「はい。娘さんが持ってきてくれました」
「よかったです」

 去ろうとした店主に俺は声を掛けた。
「……あの、あの鴉って、よく鞄を拾ってくるんですか?」
 店主は苦笑いしながら答えた。
「困ったことに。……鞄というより、ガラス製のアクセサリーのような、光るものが好きみたいですが」
 そういえば、智代の鞄にもジャラジャラとアクセサリーが付いていたな。
 店主は続ける。
「ほとんどは持ち主に返せないんですけどね。それが厄介なことに恩返しのつもりみたいなんです」
「というと?」
「あれは雛の頃に娘が拾ってきたものなんですが、そのことをよく理解しているみたいで、自分の好きな、光るものを見つけると、取ってきて、娘の机に置くようになったんですよ。実は、その頃に家内を亡くしてましてね、そのせいかは分りませんが、娘も大分あれをかわいがりまして。娘にとってはあれが一番の親友なんですよ。その点では、感謝しています。私には、全然なつかないんですがね」
「そうでしたか」

 店を出る時、からすの鳴く声が聞こえた。
「アホウ」
 声のする方を見ると、あの白いからすが、店の屋根に止まっていた。

 アホガラスが。……長生きしろよ。

 智代に返す時に、犯人はからすだったと言ったら、心底驚いていたようだが、少しほっとしたようにも見えた。それは単に鞄が戻ってきたからというわけではなさそうだ。……犯人が変態だったらそりゃ嫌だろうからな。あえて言っておくが、俺は鞄の中身を見て確かめようとはしていない。……ちょっとシャカシャカしてみたけど。なんか、軽そうなものが入っているらしかった。……まだ俺は変態ではない。

  *

 さて、波乱に満ちた遠足は、そんなこんなで終焉を迎え、数日が過ぎたある日の放課後。部室にいるのは俺と綿貫の二人だけだ。雄清は予餞会の準備。佐藤ももうこの時間だ。おそらく来ない。
 俺は決心して、荷物から紙袋を取り出した。それを綿貫の方に差し出す。
 綿貫は曖昧な笑みを浮かべて、
「どうしました?」
「いや、まあ、あれだ。見てくれ」
 なんでしょう、と楽しそうに袋を開け、中の箱を取り出して、中身を見た時、綿貫は顔を輝かせた。
「深山さん、これ」
「お誕生日おめでとう。プレゼントだ」
 本日、十一月十一日は綿貫さやかの誕生日である。
 綿貫が取り出したのは、遠足の時に見ていた、切子細工のタンブラーだ。
「ありがとうございます!」 
 綿貫は至極嬉しそうだった。
 俺は照れ隠しに本を読み始めたのだが、綿貫はタンブラーを一つ緩衝材に包んで、カップルのうち片方を俺によこしてきた。
「なんだ?」
「ペアタンブラーなので、二人で持っていましょうよ」
「いいのか?」
「深山さんがくれたやつですから」
 そういって綿貫は微笑んだ。……守りたいこの笑顔。
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