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幕間劇その肆
光り物がお好きですか
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「何見ているんだ?」
俺はギャラリーで、真剣な表情で、作品をみていた綿貫に、声をかけた。
「ひゃうっ」
何その声。かわいい。不意に抱きしめたい衝動に駆られるが、学校行事中に、公然猥褻で捕まるわけにもいかないので、ぐっとこらえた。
「……深山さんでしたか。驚かせないでくださいよ」
「……悪い」
俺そんなに、驚かせるようなことしたかな? と思いつつ、再び尋ねる。
「で、何見てるんだ?」
「ああ、これです。綺麗ですよね」
綿貫が指さしたのは、切子細工の施された、タンブラーだった。
「そうだな」
「これでお茶を飲んだら美味しそうです」
そう言って、目をキラキラとさせている。お前の目のほうが綺麗だよ。……とは言えない。佐藤には、いとも容易《たやす》く言えるのに……。綿貫に見惚れていたのを誤魔化すように、てんで違うことを言う。
「でもこれ、売り物なのか」
「一応値札はついていますけど」
高そうだなと思いつつ、値札を見てみると、カップルで六千円だった。一個三千円かよ。……俺のマグカップの三十倍だと。
「これペアみたいだぞ」
「そうですねえ」
綿貫は物欲しそうに見つめていたが、そのまま歩き出した。
「……六千円かぁ」
懐の寂しい深山君には、ちと高いな。
ペアタンブラーというと、結婚式の引出物で、よく渡されそうなものだ。あれって、独り身の人間にしてみれば、嫌がらせのようにも思えてしまう。
グラスは二つ、部屋には一人。
……寂しすぎる。
新郎新婦の名前なんて彫られてあっては、売り飛ばすことも叶わず、かと言って、捨てるのも躊躇われる。どうにも扱いに困りそうだ。食器棚の奥で埃を被ること必至だな。
そうです。俺は人の幸福を祝えない小さな人間です。妹が、婚約者を連れてきた日にゃ、そいつを張り倒して、妹に縁を切られる未来まで見える。
シスコンじゃないよ。兄妹愛が強いだけだよ。
閑話休題。
俺は財布の中を覗いてみた。文庫を馬鹿買いするには、するのだが、月に読む冊数はたかが知れている。大抵中古でそろえてしまうので、俺の貯金は、大体微増だ。そうはいっても、高校生にとって六千円というのは大金には違いない。
けれど、
「もうすぐだしなあ」
……
*
俺達四人組は、ギャラリーを出てから、黒壁スクエアを漫《そぞ》ろ歩きする。伝統的な建築物に加えて、ハニーショップ(そっち系の店ではない。蜂蜜屋だ)やら、洋風にアレンジした、和菓子屋、他陶器を売っている店など、見て歩くだけでもなかなか楽しめた。雄清も佐藤も、あちこちで、何か買っては、頬張っている。……太るぞ、おい。
佐藤に言ったら、どうせまた、最低とか、ほんとデリカシーがない、とか言われて殴られるのは目に見えているので、あえて何も言わなかった。
綿貫はもとより、小食らしいので、盛んに何かを買って食べている様子はない。佐藤が、これおいしいよ、と言って、綿貫に少し、分けているのを口にするくらいだ。
黒壁スクエアの中心から、少し離れたところに、芋のきんつばを売っている店があった。
綿貫は、店の制作工房の前にある、大きなガラス窓の前に立ち、じっと、きんつばを作っている様子を眺めている。
「きんつば好きなのか?」
俺は綿貫に尋ねた。
「祖父が、よく食べているので、私もそれをもらって、食べるんです」
「買ったらどうだ。気になるんだろ」
「でもお昼も近いですし」
綿貫が、買い食いを避けていた理由が、分かった。なるほど、確かに、菓子などを食って、昼飯が食べられなくなるというのも、せっかく旅行に来たのに、面白くないだろう。
そんな横で、佐藤は、どこぞで買った、近江牛の肉まんを頬張っている。……だから太るぞ。こんなに食べるのに、栄養の行って欲しいところに行かないのは、悲劇というより、喜劇である。俺はそう思いながら、佐藤のスレンダーな体をちらと見た。……そうか、あえて食っているのか。
「なによ」
俺の視線に気が付いたようで、佐藤は、とげとげしい声で、反応する。
「別にい」
まあ、いいんだけど。食っても、太らないというのは、女子にとっては、大きな利点かもしれない。
断崖絶壁がその代償なら、それはそれでいいのか? それに、控えめな胸のほうが好きというやつは少なからずいるし、大切なのは全体のバランスだしな。
綿貫はたまたま、グラマラスな体をしているが、俺としては、たとえ、スレンダーな女性でも、全く問題はない。用をなせば、それ以上のもの、何も望むまい。
ちなみに、「グラマラスな体」を、「豊満な体」と言い換えると、途端にエロおやじ臭くなるのは気のせいだろうか。……ほんとどうでもいい。
さっきから、なんちゅう独白しているんだ。……馬鹿か俺は。
閑話休題。
綿貫はしばらく迷っていたようだが、
「あの、よかったら、半分食べてもらえませんか?」
「別に構わんが」
俺がそういうと、決心がついたようだった。
「すみません、きんつば一つ」
しばらくまって、和紙のようなものに包まれたきんつばが、店の人から渡された。代金を払った綿貫は、それにぱくりと、口をつける。……あれ。
「美味しいです。深山さんどうぞ」
そう言って、綿貫は口をつけたきんつばを俺のほうによこしてきた。確かに半分くらいだけど……。
「どうなさいました?」
受け取るのを戸惑っていた俺を見て、綿貫は言った。まあ、こいつが気にしてないのなら、別にいいか。
俺は綿貫から、きんつばを受け取り、まだ熱々なのに少し驚いて、それからじっと、噛み口を見る。
少しテラっと光っているのは、蜜が溶けたのか、グロスとその他、粘稠な液体が混ざったものか、どちらか。ちなみに後者希望。
俺は口をつけた。きんつば本来の甘みのほかに、なにかもっと、別な甘さのものを感じたが、咀嚼して、喉を過ぎる頃には、そんな素敵な感覚もどこかへと消え去っていた。……まあ、うまかった。いろいろな。
町をぶらぶらと歩いてゆき、巨大な万華鏡があるということで、四人で向かった。
その万華鏡というのは、少々奥まったところにあり、ちょっとした、縦に細長い小屋のような感じだった。万華鏡の中に入って、上を見上げると、自分の顔が何個も反射して映っているのが見えた。
万華鏡から出て、近くにあったベンチに腰を掛ける。
「お昼何処で食べる?」
佐藤が俺たち三人にそう尋ねてきた。
……本当によく食うなこいつは。
そんな折、クラスの女子たちが、万華鏡のほうへ向かってきて、俺たちの座る横を、通り過ぎて行った。例の、バスの隣に座っていた女子もいた。確か、智代《ともよ》とか言われていた女だ。
女子たちは、俺たちのほうをちらと見たが、特に気にする様子もなかった。
佐藤が、黒壁スクエアの地図を広げて、どこで昼飯を取ろうかと、相談していたところ、突如、金切り声というにふさわしい、女の叫び声が聞こえてきた。
「なんだ? バンシーか?」
「太郎、ここ日本だぜ」
「だったら、何の声だ?」
「万華鏡のほうからみたいね」
「行ってみます?」
俺の危機関知スキルが、行くなと告げている。行けば絶対に面倒なことになる。けれども、お人よしクラブと、一部で評判の山岳部のメンバーは、困っている人があれば、果敢に首を突っ込んでいってしまうのだ。俺が制止することさえ叶わずに、三人は万華鏡のほうへと戻って行ってしまった。仕方がないので、俺も後を追う。
声を上げたのは、どうやら智代らしい。万華鏡から出たところで、座り込んでしまっている。
「どうしました?」
綿貫が心配そうに声をかけた。
「鞄……鞄が盗られたのよ」
「どなたにです?」
智代は首をふるふると横に振るばかりである。どうやら見ていない内に取られてしまったようだ。
「鞄はどこに置いてあったんだい?」
今度は雄清が尋ねた。
「そこ……机の上」
智代は震える手で、巨大万華鏡の横に設置された、テーブルを指した。そこに置いて、万華鏡に入っていたのか。不用心なことをする。
俺はあたりを見渡した。俺たちが来た道以外に、ここに来る道はない。巨大万華鏡があるのは、家々に囲まれた裏庭のようなところで、他に万華鏡のある、広場に来る方法とすれば、それら家々の勝手口から出てくるという事になるが……。
智代は相当ショックだったようで、もともと周りにいた彼女の友人らは、取り囲んで慰めている。綿貫も佐藤も、さめざめと泣く、智代の話を聞いている。
俺は何か、ヒントでも落っこちていないかと、万華鏡のあたりと、机の上をよく観察した。
机は、朝露で濡れたのか、湿っていたのだが、よく見ると、何か引きずったような跡があった。
それから、机の周りをぐるりと見たのだが、白い羽根が落ちていることに気付いた。
鳩の羽根だろうか。それにしてはちと大きい気もするが。この大きさと、羽根の形は……。
俺がしゃがみ込んで見ていたところ、雄清が近づいてきた。
「どうしたんだい?」
「いやちょっとな」
俺はそう言いつつ、その羽根をポケットに突っ込んだ。
俺たちがあたりを物色する内に、智代は少し落ち着いたのか、ベンチに座って、友達の買ってきたお茶を飲んでいる。
少し離れたところで、俺達は集まった。
「で、どう思う太郎?」
「何かわかりましたか、深山さん」
「どうせ何か気付いてんでしょ。勿体ぶらずに、早く話しなさい」
……こいつら。果敢に飛び出していって、結局これである。
「容疑者は誰だと思う?」
俺は三人に尋ねた。
「友達の一人とか?」
と雄清。
「普通に知らない人でしょ」
と佐藤。
「ロープを使って、壁伝いに降りてきた人ですよ!」
と綿貫。
「雄清はともかく、お前らのは考えにくいな」
俺は女子二人に向かって言った。
「なんでよ」
「この広場に来るのに道は一本だけ。俺たちがベンチに座っている間入ったのは、あの女子たちだけだ。ロープは……カバンひとつのためにそんな大仰なことはしない」
「ふーん」
「それで何だが、盗まれたのは鞄なんだよな。智代は嫌に騒いでいたが、なにか貴重なものでも入れていたのか? 財布とか」
「そういうわけじゃないみたいだけど」
そう言いつつ、佐藤は自分のポシェットに、無意識なのだろうが、手を添えた。……ふむ。
「生理用品か」
「……あんたほんと、デリカシーないわね」
「別にそんな恥ずかしがることでもないだろう。文字通り生理現象なのだから」
「……そうだけど。でも中身がどうとか関係ないでしょう」
「いや、盗人なら、中身も見ずに鞄を持ってくとは思えんな。ひったくりならまだしも。計画的に盗んだのだとしたら、何を盗んだかというのは重要な観点だろう」
「それで、太郎は犯人は誰だと思うんだい? あの中の誰かかな」
そう言って、雄清は顎をやって、女子のグループを示した。
「それも微妙だ。いくら小さな鞄でも、隠しておくのは難しいだろう。彼女らが一緒にいたのならなおさら」
「うーんそうか」
「で、あんたは誰がやったと思うのよ」
「誰もやってないだろ」
「はあ?」
佐藤は眉を釣り上げた。
話もそこそこに、俺は歩き始めた。
「太郎、どこ行くんだい?」
「ちょっと聞き込み」
聞き込みと言うより、フィールドワークという方が、この場合適切な気もするが。
俺はギャラリーで、真剣な表情で、作品をみていた綿貫に、声をかけた。
「ひゃうっ」
何その声。かわいい。不意に抱きしめたい衝動に駆られるが、学校行事中に、公然猥褻で捕まるわけにもいかないので、ぐっとこらえた。
「……深山さんでしたか。驚かせないでくださいよ」
「……悪い」
俺そんなに、驚かせるようなことしたかな? と思いつつ、再び尋ねる。
「で、何見てるんだ?」
「ああ、これです。綺麗ですよね」
綿貫が指さしたのは、切子細工の施された、タンブラーだった。
「そうだな」
「これでお茶を飲んだら美味しそうです」
そう言って、目をキラキラとさせている。お前の目のほうが綺麗だよ。……とは言えない。佐藤には、いとも容易《たやす》く言えるのに……。綿貫に見惚れていたのを誤魔化すように、てんで違うことを言う。
「でもこれ、売り物なのか」
「一応値札はついていますけど」
高そうだなと思いつつ、値札を見てみると、カップルで六千円だった。一個三千円かよ。……俺のマグカップの三十倍だと。
「これペアみたいだぞ」
「そうですねえ」
綿貫は物欲しそうに見つめていたが、そのまま歩き出した。
「……六千円かぁ」
懐の寂しい深山君には、ちと高いな。
ペアタンブラーというと、結婚式の引出物で、よく渡されそうなものだ。あれって、独り身の人間にしてみれば、嫌がらせのようにも思えてしまう。
グラスは二つ、部屋には一人。
……寂しすぎる。
新郎新婦の名前なんて彫られてあっては、売り飛ばすことも叶わず、かと言って、捨てるのも躊躇われる。どうにも扱いに困りそうだ。食器棚の奥で埃を被ること必至だな。
そうです。俺は人の幸福を祝えない小さな人間です。妹が、婚約者を連れてきた日にゃ、そいつを張り倒して、妹に縁を切られる未来まで見える。
シスコンじゃないよ。兄妹愛が強いだけだよ。
閑話休題。
俺は財布の中を覗いてみた。文庫を馬鹿買いするには、するのだが、月に読む冊数はたかが知れている。大抵中古でそろえてしまうので、俺の貯金は、大体微増だ。そうはいっても、高校生にとって六千円というのは大金には違いない。
けれど、
「もうすぐだしなあ」
……
*
俺達四人組は、ギャラリーを出てから、黒壁スクエアを漫《そぞ》ろ歩きする。伝統的な建築物に加えて、ハニーショップ(そっち系の店ではない。蜂蜜屋だ)やら、洋風にアレンジした、和菓子屋、他陶器を売っている店など、見て歩くだけでもなかなか楽しめた。雄清も佐藤も、あちこちで、何か買っては、頬張っている。……太るぞ、おい。
佐藤に言ったら、どうせまた、最低とか、ほんとデリカシーがない、とか言われて殴られるのは目に見えているので、あえて何も言わなかった。
綿貫はもとより、小食らしいので、盛んに何かを買って食べている様子はない。佐藤が、これおいしいよ、と言って、綿貫に少し、分けているのを口にするくらいだ。
黒壁スクエアの中心から、少し離れたところに、芋のきんつばを売っている店があった。
綿貫は、店の制作工房の前にある、大きなガラス窓の前に立ち、じっと、きんつばを作っている様子を眺めている。
「きんつば好きなのか?」
俺は綿貫に尋ねた。
「祖父が、よく食べているので、私もそれをもらって、食べるんです」
「買ったらどうだ。気になるんだろ」
「でもお昼も近いですし」
綿貫が、買い食いを避けていた理由が、分かった。なるほど、確かに、菓子などを食って、昼飯が食べられなくなるというのも、せっかく旅行に来たのに、面白くないだろう。
そんな横で、佐藤は、どこぞで買った、近江牛の肉まんを頬張っている。……だから太るぞ。こんなに食べるのに、栄養の行って欲しいところに行かないのは、悲劇というより、喜劇である。俺はそう思いながら、佐藤のスレンダーな体をちらと見た。……そうか、あえて食っているのか。
「なによ」
俺の視線に気が付いたようで、佐藤は、とげとげしい声で、反応する。
「別にい」
まあ、いいんだけど。食っても、太らないというのは、女子にとっては、大きな利点かもしれない。
断崖絶壁がその代償なら、それはそれでいいのか? それに、控えめな胸のほうが好きというやつは少なからずいるし、大切なのは全体のバランスだしな。
綿貫はたまたま、グラマラスな体をしているが、俺としては、たとえ、スレンダーな女性でも、全く問題はない。用をなせば、それ以上のもの、何も望むまい。
ちなみに、「グラマラスな体」を、「豊満な体」と言い換えると、途端にエロおやじ臭くなるのは気のせいだろうか。……ほんとどうでもいい。
さっきから、なんちゅう独白しているんだ。……馬鹿か俺は。
閑話休題。
綿貫はしばらく迷っていたようだが、
「あの、よかったら、半分食べてもらえませんか?」
「別に構わんが」
俺がそういうと、決心がついたようだった。
「すみません、きんつば一つ」
しばらくまって、和紙のようなものに包まれたきんつばが、店の人から渡された。代金を払った綿貫は、それにぱくりと、口をつける。……あれ。
「美味しいです。深山さんどうぞ」
そう言って、綿貫は口をつけたきんつばを俺のほうによこしてきた。確かに半分くらいだけど……。
「どうなさいました?」
受け取るのを戸惑っていた俺を見て、綿貫は言った。まあ、こいつが気にしてないのなら、別にいいか。
俺は綿貫から、きんつばを受け取り、まだ熱々なのに少し驚いて、それからじっと、噛み口を見る。
少しテラっと光っているのは、蜜が溶けたのか、グロスとその他、粘稠な液体が混ざったものか、どちらか。ちなみに後者希望。
俺は口をつけた。きんつば本来の甘みのほかに、なにかもっと、別な甘さのものを感じたが、咀嚼して、喉を過ぎる頃には、そんな素敵な感覚もどこかへと消え去っていた。……まあ、うまかった。いろいろな。
町をぶらぶらと歩いてゆき、巨大な万華鏡があるということで、四人で向かった。
その万華鏡というのは、少々奥まったところにあり、ちょっとした、縦に細長い小屋のような感じだった。万華鏡の中に入って、上を見上げると、自分の顔が何個も反射して映っているのが見えた。
万華鏡から出て、近くにあったベンチに腰を掛ける。
「お昼何処で食べる?」
佐藤が俺たち三人にそう尋ねてきた。
……本当によく食うなこいつは。
そんな折、クラスの女子たちが、万華鏡のほうへ向かってきて、俺たちの座る横を、通り過ぎて行った。例の、バスの隣に座っていた女子もいた。確か、智代《ともよ》とか言われていた女だ。
女子たちは、俺たちのほうをちらと見たが、特に気にする様子もなかった。
佐藤が、黒壁スクエアの地図を広げて、どこで昼飯を取ろうかと、相談していたところ、突如、金切り声というにふさわしい、女の叫び声が聞こえてきた。
「なんだ? バンシーか?」
「太郎、ここ日本だぜ」
「だったら、何の声だ?」
「万華鏡のほうからみたいね」
「行ってみます?」
俺の危機関知スキルが、行くなと告げている。行けば絶対に面倒なことになる。けれども、お人よしクラブと、一部で評判の山岳部のメンバーは、困っている人があれば、果敢に首を突っ込んでいってしまうのだ。俺が制止することさえ叶わずに、三人は万華鏡のほうへと戻って行ってしまった。仕方がないので、俺も後を追う。
声を上げたのは、どうやら智代らしい。万華鏡から出たところで、座り込んでしまっている。
「どうしました?」
綿貫が心配そうに声をかけた。
「鞄……鞄が盗られたのよ」
「どなたにです?」
智代は首をふるふると横に振るばかりである。どうやら見ていない内に取られてしまったようだ。
「鞄はどこに置いてあったんだい?」
今度は雄清が尋ねた。
「そこ……机の上」
智代は震える手で、巨大万華鏡の横に設置された、テーブルを指した。そこに置いて、万華鏡に入っていたのか。不用心なことをする。
俺はあたりを見渡した。俺たちが来た道以外に、ここに来る道はない。巨大万華鏡があるのは、家々に囲まれた裏庭のようなところで、他に万華鏡のある、広場に来る方法とすれば、それら家々の勝手口から出てくるという事になるが……。
智代は相当ショックだったようで、もともと周りにいた彼女の友人らは、取り囲んで慰めている。綿貫も佐藤も、さめざめと泣く、智代の話を聞いている。
俺は何か、ヒントでも落っこちていないかと、万華鏡のあたりと、机の上をよく観察した。
机は、朝露で濡れたのか、湿っていたのだが、よく見ると、何か引きずったような跡があった。
それから、机の周りをぐるりと見たのだが、白い羽根が落ちていることに気付いた。
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「どうしたんだい?」
「いやちょっとな」
俺はそう言いつつ、その羽根をポケットに突っ込んだ。
俺たちがあたりを物色する内に、智代は少し落ち着いたのか、ベンチに座って、友達の買ってきたお茶を飲んでいる。
少し離れたところで、俺達は集まった。
「で、どう思う太郎?」
「何かわかりましたか、深山さん」
「どうせ何か気付いてんでしょ。勿体ぶらずに、早く話しなさい」
……こいつら。果敢に飛び出していって、結局これである。
「容疑者は誰だと思う?」
俺は三人に尋ねた。
「友達の一人とか?」
と雄清。
「普通に知らない人でしょ」
と佐藤。
「ロープを使って、壁伝いに降りてきた人ですよ!」
と綿貫。
「雄清はともかく、お前らのは考えにくいな」
俺は女子二人に向かって言った。
「なんでよ」
「この広場に来るのに道は一本だけ。俺たちがベンチに座っている間入ったのは、あの女子たちだけだ。ロープは……カバンひとつのためにそんな大仰なことはしない」
「ふーん」
「それで何だが、盗まれたのは鞄なんだよな。智代は嫌に騒いでいたが、なにか貴重なものでも入れていたのか? 財布とか」
「そういうわけじゃないみたいだけど」
そう言いつつ、佐藤は自分のポシェットに、無意識なのだろうが、手を添えた。……ふむ。
「生理用品か」
「……あんたほんと、デリカシーないわね」
「別にそんな恥ずかしがることでもないだろう。文字通り生理現象なのだから」
「……そうだけど。でも中身がどうとか関係ないでしょう」
「いや、盗人なら、中身も見ずに鞄を持ってくとは思えんな。ひったくりならまだしも。計画的に盗んだのだとしたら、何を盗んだかというのは重要な観点だろう」
「それで、太郎は犯人は誰だと思うんだい? あの中の誰かかな」
そう言って、雄清は顎をやって、女子のグループを示した。
「それも微妙だ。いくら小さな鞄でも、隠しておくのは難しいだろう。彼女らが一緒にいたのならなおさら」
「うーんそうか」
「で、あんたは誰がやったと思うのよ」
「誰もやってないだろ」
「はあ?」
佐藤は眉を釣り上げた。
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