悠々自適な高校生活を送ろうと思ったのに美少女がそれを許してくれないんだが

逸真芙蘭

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恋慕日記

思い返してみれば

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「一体どうしたって言うんだ? どこかに出かけただけじゃないのか? 先輩は今年で一八だろう。ちょっと家を出たくらいで大げさじゃないか」
 萌菜先輩の失踪を告げられた俺は、そのように言った。
「でも、財布も携帯電話も家に置きっぱなしで出ていったんです。朝食もとっていませんし。今までそんなことは一度もなかったんですよ。……それに」
「なんだ?」
「ちょっといいですか?」
 そういって綿貫は、俺の袖を引っ張って、他の人間を残して俺をある部屋へと連れて行った。部屋の雰囲気を見るに、若い女性の部屋らしい。
「なんの部屋だ?」
「萌菜さんの部屋です」
「いいのか勝手に入って?」
「緊急事態ですから。これを見てください。あそこの机の上に置いてあったんです」
 綿貫から渡された、一枚の紙は折りたたまれてあって、表に見えるように、「深山君へ」と書かれてあった。折りたたまれているのを開いてみたところ、
『正直に生きることは他人を傷つけ、自分を傷つける』
 とだけボールペンで書かれてあった。
「妙じゃないですか? これを読むに、萌菜さんは何か悩み事があるように思えるんです」
「なんで、俺に宛てて書いたんだ?」
「おそらく、深山さんなら、萌菜さんが抱えている問題を解決できると思ったからではないでしょうか」
「だが、俺は彼女が何かに悩んでいるようには見えなかったぞ」
「それは私もなんですが……」
 そう言って、綿貫は困った顔をする。
「……とりあえず、みんなのところに戻るか」

 綿貫と一緒に、みんなのいる場所に戻ったところで、
「先輩が家出をしたのには、何か理由があると思うんだが。どこに行ったのか全く見当もつかんし、とりあえずそこを考えようと思う。何か心理的な問題があったのではないか? 俺は萌菜先輩は悩んでいるようには見えなかったのだが、何か知らないか? 萌菜先輩に関することで、俺の知らないようなことか、忘れているようなこと」
 佐藤が、あっと、言って、でもそれから、また口を閉じてしまった。
「どうした佐藤。何かあるのか?」
「いや関係ないとは思うんだけど」
「いや、いいんだ話してくれ。何が関係あるかないかなんて、今の段階じゃどうにも判断はできないんだから」

 佐藤はそれを聞くと口を開いて、
「……深山覚えてない? 四人で水族館行った時のこと」
「……ああ、冬休みの時か」
「ええ。クリスマスの前日よ」
「そうだったけか」
「そうよ。あんたそれで、カップル見つけてはぶつくさ言ってたじゃない」
「俺はそんな心の狭いことをしていたか?」
「してたわよ」
 全くどうしようもない奴だな。……ああ俺か。
「まあいいが。それで水族館がなんだっていうんだ」
「あのとき、私と雄君が途中で抜けたの覚えているでしょう」
「そうだったか?」
「もう。あんたほんとに薄情ね。あんたとこっちゃんとでクルーズに行ったんでしょうが」
 あっ。
「……思い出した。ああそうか、あれはクリスマスイブの事だったな」
「まったく。それでね、私と雄君が途中で抜けたのって、萌菜先輩から電話がかかってきたからなのよ」
 電話。萌菜先輩から電話。……
「そういえば雄清が妙な電話してたな」
「そう。それよ」
「あれ萌菜先輩だったのか。じゃあ、萌菜先輩が俺たちがクルーズに行きやすいように、雄清に別れるように言ったってことか」
「そういうこと」
 なぜそんなことをしたのだろうか。
「何で萌菜先輩はそんなことする必要があったんだ」
「私はあまり関わり合いがないから、良く分からないのだけれど、多分こっちゃんのことが好きだからでしょう。大切な従妹の恋がうまくいくように、少しばかり骨を折るのは当然じゃない?」

 萌菜先輩はそのようなことをする人か? 別に薄情だとか、そういうことではない。彼女は自分の尻は自分で拭けというような人だ。人情には厚いし、困っている人に助けを求められれば、誰でも助けるだろうが、頼まれもしないことで、お節介を焼くような人だろうか。

 心理的に不安定である時、その人は普段の様子からでは、想像だにしないような行為に及んでしまうことがある。
 萌菜先輩らしくない行動。ここ最近の萌菜先輩にそんなことはなかったか?
 そのらしくない行動に、もし、共通点やら、何らかの一貫性があるのならば、それが失踪の原因にたどり着く鍵になる気がする。
 
「なあ、萌菜先輩が、『あれ、こんなことする人なんだ』って思うようなことしていなかったか?」
「意外な行動?」
「そう」
 三人はしばらく考え込んだ。すると佐藤が、
「そういえば予餞会の時、萌菜さん歌を歌ったじゃない」
「あーあったね。大抵何でもできちゃう人だけど、あんなに上手いとは思わなかったよ」
「歌もすごかったんだけど、その前口上がすごく意外だったのが印象に残ってるわ」
「『この場を借りて言うのもなんですけど、尊敬する三年生の先輩。そして大好きなあなたに向かって歌を届けます』」
「そうそう! こっちゃんよく覚えてたわね」
 綿貫の記憶力は健在らしい。人は普通、一回聞いただけのことは、覚えていられないものなんだが。

「あれは俺もびっくりしたな」
「でも三年生で萌菜先輩が惹かれるような人ってどんな人なのかな?」
 生憎、縦のつながりが皆無の俺にとって、三年生の情報は、ブラックボックスである。
「井上先輩とかじゃない。 生徒会長と執行委員長とで仲良さそうだったじゃん」
「それはないと思うぞ」
「どうして」
「……直に聞いたから」
「……へえ、深山、萌菜先輩とそんな話する仲なんだ」
 止めろ。綿貫が少し怖い顔をしてるじゃないか。
「違うぞ。萌菜先輩がべらべら話すだけで、俺は適当に相槌打っていただけだからな。な、綿貫」
「別に私は何も言ってませんが」
 ……怒ってないですか?

「まあ、太郎は愚痴っても余計なこと言わないから、話しやすいのかもしれないね」
 と納得した風に雄清が言う。
「なに言っていいかわからなくて、黙っているだけなのにね。相槌は打つから、よく話は聞いてくれるって思っちゃうんだ」
 酷い言われようである。
 何? 俺テディベアとかそういう感じなの?

 ほかに特異なことはなかっただろうか? 俺は自分でも、忘れていることがないか頭を巡らしてみる。
 だが思い当たる節はなかった。
 
 俺はもう一度、綿貫に渡された、先輩の残したメモを見た。

『正直に生きることは他人を傷つけ、自分を傷つける』

 それに気づいた佐藤が、
「あんたに宛てて書いたってことは、あんたに傷つけられたんじゃないの?」
 と言ってくる。
「俺が正直に生きて、どうして萌菜先輩を傷つけることになるんだ?」
「どうせ、デリカシーのないことでも言ったんでしょう」
 正直な発言。不躾な発言。配慮に欠ける発言。
 俺は何か萌菜先輩に酷いことを言ったろうか?

 萌菜先輩で一番妙だったことは、やはり先日の件か。だが、あれはいつもの、人を見透かしたような彼女の、ちょっとした悪戯のようなもの。
 俺の綿貫に対する気持ちを確かめるための、手段だったのだろう。
 であれば、特におかしいということもないか。

 全く手のつけようがないかと言えば、そうではないのだが、萌菜先輩がいなくなった理由は現段階では予想するのは難しそうだ。
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