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第9章(2)ディアスside

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格闘経験の無い者でも察せられる程に大袈裟に放った殺気。
それに、素朴そうに見えながらも、彼女は勘も頭も良い。
この警告を理解出来ない筈はなかった。


アカリ様はヴァロン様と愛し合い、僅かな月日でも幸せな家庭をご一緒に築いて下さった方。
私とて、出来れば手を掛けたくはない。

シャルマ様に気付かれていない今ならば、まだ引き返す事が出来る。

”お願いします、退いて下さい”
そうアカリさんに視線で訴えていると、マオ様が慌てた様子で声をかけてきた。


「あ、あのね!ディアス!
ほらっ、彼女が前に話した黒猫を預かってくれてる人なんだ!っ……だから、今日はそのお礼に……」

マオ様は私の殺気や本心には気付いていない。
慌てているのは、シャルマ様より私がマオ様と接する人間には注意するよう命を受けているのをご存知だからだ。

マオ様のその様子から、アカリ様の事をまだ何一つ思い出していないのだと安堵しながらも、長居する事はそれだけ大きなキッカケを与えてしまう可能性がある。
私は早々にマオ様を連れ帰る事を優先した。


「今日もね、お弁当をご馳走になって!それからっ……」

「ーー明日は早い時間からミネア様とお義父上様と、結婚式の打ち合わせがございます。
お忘れですか?マオ様」

マオ様のお言葉を遮り、私はワザとらしいくらいにハッキリとした口調で告げる。


「その為にも、今日は早めに休まれませんとお身体に障ります。
さっ、お屋敷に戻りましょう」

”結婚式の打ち合わせ”と聞いて、分かりやすいくらいに表情を曇らせるアカリ様。
黙り込む彼女に罪悪感が湧かない筈はないが、変に騒がず、賢明な反応を見せてくれるのは有り難い。

心の中でホッとひと息付くとアカリ様から視線を逸らし、マオに向けて私はいつも通り微笑ってみせた。

マオは素直な方だ。
いつも、私の言う通りに従って下さる。
だからアカリ様さえ抵抗しなければ全て丸く収まる。

そう、思っていた。

しかし……。
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