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第5章(3)マオside

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【6月15日/港街】

「……お待たせ。ほら、飲みな?」

狭い軒下。
ダンボールが濡れないようにさしていた自分の折り畳み傘笠をズラして中を覗くと、小さな黒い子猫が僕を見上げて「みぃ」と鳴いた。

近くのパン屋さんで買って来たホットミルクを、サンドイッチが入っていた容器の蓋を皿代わりにして注ぎ、子猫の前に置く。

子猫なんて飼った記憶のない僕にはどうしてやっていいのか分からなくて不安だったが、子猫はミルクの匂いをクンクン嗅いだ後にペロペロと舐め始めた。
その様子を見て、ホッと一安心。


……でも。
この後の事を考えて、僕の心はすぐに曇った。

何故なら、僕にはこの子猫を飼ってやる事など出来ないのだから……。

まだろくに仕事も出来ない。
自分で自分の生活すら出来ていない僕が、子猫を飼ってやれるはずがなかった。


僕が今日この港街に来たのは、とても仕事とは言えない祖父に頼まれた”お遣い”だった。
取り引き先に届け物をするだけの、仕事。

でも、今の僕には精一杯の仕事だった。

僕はすでに亡くなっている父の長男。
その長男が直々に届け物をすれば、取り引き先に誠意というものが伝わるらしい。


役割をもらえて、最初は嬉しかった。
自分に出来る事があるなら、やろうと思った。

けど……。
髪を染められて、瞳の色もカラーアイレンズで隠されて、高価なスーツや靴、時計や鞄に飾られていく自分を見る度にどうしようもなく虚しくなる。


そして。
そう思いながらも祖父に逆らう事も出来ない、そんな自分に一番嫌気がさすのだった。


「……また、怒られちゃうな」

自分の左手首を右手でさすりながら、苦笑いをこぼす。
さっきまでそこに身に付けていた腕時計は、先程ある人に渡してしまった。

そう、この黒い子猫と引き換えに……。
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