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第25章(3)ディアスside

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ナイフを手に振り返って、伏し目がちに悲しそうな表情を浮かべていたシャルマ様が目に入った瞬間。私だけが知ったいるこの方の姿を、鮮明に思い出してしまった。

普段の態度や口調からは想像も出来ない程、夜を共にする時間だけは優しく、そして弱い方だった。
身体を重ねる時は手を握ったり、大きな腕で包むように抱き締めて下さり……。事が終わると、私の頭を優しく撫でたり、長い黒髪を指に絡ませるようにしながら口付けて……。一緒に眠る時は、決して朝まで離して下さらなかった。

『傍に、居てくれ……』

いつだったか一度だけ、そう、私に寝言を溢した。

その言葉は、私に対してではないかも知れない。
この方と私の関係に、愛などあり得ない。
けれど、どんな経由であれ、形であれ、私を女として扱ってくれたのは……他の誰でもない、シャルマ様だったのだから。
この方が居なかったら、私は男性に抱かれる温もりを知らなかったであろう。
子を身籠る事も、産みたいなどと思う事もなかっただろう。

「!!っーー……ガ、ハッ……、……」

ーーだから。
私には、心の奥底からこの方を恨む事など……出来なかった。
それに、…………。


「っ、……ディ……アナ、……」

胸を貫いた直後。
重い身体をより掛けながら、シャルマ様は身近に居た私にしか聞こえない程の声で……。

ディアナーー。

最期に、私の本当の名前を呼んだ。


共に過ごす夜だけは、貴方は女の名前本当の名前で私を呼んでくれましたね?

それが、何よりも嬉しかったんです。
兄を失ったあの日、もう決して誰にも呼んでもらえないと思っていた本当の名前を、貴方は呼んでくれました。
そんな貴方の子供だから、きっと私はシオンあの子を産みたいと思ったのでしょう。

そう言ったら、貴方はなんて言いますか?
最期の言葉が私の名前で嬉しかったと言ったら、どんな反応をするのでしょうね?


「……おやすみなさい」

腕の中で息を引き取ったシャルマ様を一度だけギュッと抱き寄せ、私も彼だけに聞こえる程の声で囁いた。

呪縛スペルバインドに縛られていたのは、本当はこの方の方だったのかも知れない。
全てから解放されて永遠の眠りについたその表情は、とても安らかに見えた。

その表情を見て、この方の人生を自分の手で終わらせ解放する事が出来た事を、私は心から嬉しいと思ってしまったのだった。
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