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第1章
20.魔獣、襲撃
しおりを挟む突然の緊急事態に、キサギにも緊張が走る。
「ソウエイ!先行しろ!」
「御意」
緊張を含んだその声を聞くや否や、ソウエイの姿が瞬時にその場から掻き消える。
もう瞬間移動魔法を出し惜しみしている場合ではなくなった。
面倒事に巻き込まれたらその時はその時だ、と彼女は腹を括る。
呆然と佇むルシアン達から驚愕の声が漏れるが、今は彼らに構っている暇などない。
勿論彼らを連れて行くなどといった選択肢などありはしない。
魔力残滓からソウエイが瞬間移動魔法を使ったのだとわかったメンバーが、彼の魔力と体力を心配そうにキサギへと視線を向ける。
が、そんな時にまた1人、別のスタッフが大慌てで部屋へと走り込んで来る。
「報告!!魔獣に遭遇したD級・E級冒険者パーティの2組7名が先程無事、森を抜けたと連絡が入りました!怪我人なし!撤退戦はB級・C級合わせて15名が敢行中!怪我人は軽症ですが数名です!!森を抜ける手前まで来ているようですが、このままでは大量の魔獣が街に流れ込む恐れありとの連絡が入りました!!」
「大至急、警告照明弾を撃ち、鐘を打ち鳴らせ!!街へ緊急事態を知らせて!手の空いている冒険者達は手分けして彼らの救出へ向かい、他は警戒にあたらせなさいっ!急げ!!」
「「はいっっっ!!」」
オリガの指示に、先程のスタッフ達がバタバタと大急ぎで走り去って行った。
そしてすぐに、けたたましい警告音の鐘が鳴り響く。
「行こう!!」
グエンの掛け声と共に、天狼、カイル・テリー兄弟が部屋を飛び出そうとする。
「皆さん!ちょっと待って下さい!」
突然呼び止められ皆がつんのめるかのように留まり、焦燥にかられながらもキサギへと向き直る。
「オリガさん。何かあれば情報をタグに流して下さい。我々は先に向かいます。ここから森の入り口まではどのくらいかかりますか?」
「走っても10分はかかります!」
「かといって、瞬間移動なんて使ったらこっちの魔力が持たないわよ!走るしかないわ!」
オリガとラミラから早く向かわなければと焦りと苛立ちが感じられるも、彼女はただ冷静に真剣な面持ちでグッと右手の拳を強く握りしめている。
キサギであれば全員を現場へ運ぶくらい造作もない。
魔力の事を後で何か突っ込まれたところで、そもそもの力量に差があり過ぎるのだから説明のしようもないだろう。
今は一刻の猶予もない。
「時間が惜しい」
ただ端的に彼らへ向けて言い放つ。
「え?」
「瞬光!!」
キサギが叫ぶと、フォン!っという空気の揺らぐ音とともに、その場の全員の姿が埃すらあげる事もなくその場から掻き消える。
そして一行は驚く暇もなく、先行していたソウエイの側まで瞬間移動した。
目の前では剣戟や魔法爆発音が響き、まさにそこは大量の魔獣が群れで冒険者達に襲いかかっている真っ只中で、先行したソウエイが大型魔獣1体を蒼翔天で両断しているところだった。
「なんだよ!この量は!?」
目の前の異様な光景に、思わずカイルが叫ぶ。
聞いていたよりも想像以上に中型魔獣の量が多すぎる。
いや、後から後から増えているようだ。
「神楽旅団が前に入ります!援護は不要!皆さんは冒険者達の救出、周囲を警戒しながら即座に撤退を!全員行動開始!急げ!!」
「「「「「「「了解!!」」」」」」」
キサギは瞬時に見渡し、ここが森の出入り口からほど近い場所だとわかると、すぐさま指示を飛ばし、彼らもすぐに行動へと移す。
「魔獣包囲!!破魔壁!!」
キサギの甲高い声が場違いな程美しく響き渡る。
すぐさま魔獣と旅団メンバーのみに限定して許可した結界を展開する。
「シュリはソウエイと共に残りの大型をやれ!私とビャクランは中型に範囲攻撃の展開!力は大した事のない烏合の衆だ!一掃するぞ!!」
「「御意!」」
シュリとビャクランはすぐさま愛刀を呼び出し、魔獣へ向かっていく。
キサギも右手に魔力を集中させ、八咫烏を呼び出ししっかりとその柄を握ると、魔力を乗せた一閃を振りきり、近くの中型魔獣複数を薙ぎ倒す。
そして次々と魔獣へと八咫烏を振るいながら、グエンらへと声を張る。
「結界を展開しました!そちらにはもう攻撃は当たりません!こちらは気にせず、彼らを連れて撤退して下さい!」
彼女の結界でグエンらへの襲撃がなくなった分、少し時間の余裕が生まれた。
リアが召喚した精霊獣に怪我人を乗せ、ラミラが治癒術を施し、テリーが動ける者らへポーションを配り終え、あらかたの応急処置を早急に済ませる。
ベリルがその間、索敵魔法を展開しながら、周囲の警戒をしていた、その時。
「グエン!向こうにかなりの量の魔獣反応があるっ!……っ?!いや、違う!やばいぞ!あの群れ、街へ向かうつもりだ!!」
「くそっ!次から次へと!!」
「このままでは群れが街に崩れ込みます!!グエンさん達はそっちの魔獣達をお願いします!!こちらも済み次第向かいます!!」
「わかった!!」
そして足の早いリアと暗殺剣士のハルトが先行し、守護戦士のテリーと剣聖のグエンが殿を務めながら撤退組の冒険者らを連れて、森の外へと急いだ。
「我々はここを片付けるぞ!!」
「「「応!!」」」
キサギの掛け声と共に旅団の蹂躙が始まった。
撤退組の冒険者達が口々に「助かった…」と声を漏らしながら、その場を後にしながらも繰り広げられる蹂躙劇に目を奪われていた。
「……何だ……ありゃあ……」
「す、すげぇ……」
先程まで頑張って少しずつ数を減らしながらも、次から次へと自分達に襲いかかって来た魔獣の群れが、いとも簡単に屠られていく様に目を剥く。
大型魔獣が瞬時に一刀両断され、大群で向かってくる中型魔獣は刀身を薙いだだけで一掃されている。
最早それは鏖殺だった。
彼らは信じられない光景に体が震えて止まらない。
「急げ!彼女達なら大丈夫だ!S級冒険者パーティ"神楽旅団"が一掃してくれる!!俺達"天狼"やA級の彼らもついてる!安心しろ!」
グエンが彼らに声を張り、急いで森の外へと促した。
撤退組の冒険者達は、救出に駆けつけてくれたのが普段は滅多にお目にかかれない高位ランカーだった事に更に驚愕しながらも、傷つき疲れた体を奮いたたせて、森の外へと走った。
*
グエン達が外へ向かってしばらくして、キサギは周辺を見渡しあらかた片付いた事を確認すると、柏手をパンと打ち鳴らし張っていた結界を解いた。
大量の魔獣の残骸、抉れた地面、折れた木々達は、まるで何もなかったかのように全て消え去り、本来あるべき元の静かな森の姿へと戻っている。
彼女の結界は、彼女の許可した通りに発動するので、そういった理から大いに外れた行いすらも出来る人間離れしたものだ。
現場を残せば誰かがその壮絶な状況から、キサギ達の偉業を広げるだろう。
だが、そんな小細工も要らないくらいに、彼女らの勇姿はもう十分なほどに撤退組の目に焼きつけた筈だ。
消したら消したで厄介事が増えるかもしれないが、グエン達は周知の事だし今更だろう。
逆にそれだけの能力を持つと周囲への牽制にもなるので、今は起こってもいない先の事を問題にしても仕方がないと言い聞かせる。
そして彼女は森を見渡しながら、魔獣の反応はやはり奥から多数、そしてその中にはネームドと思われる禍々しい魔力を確認する。
ダンジョンからこちらの様子を窺っているように思われる気配に、キサギは少し眉を顰めながらそちらへ、ただ静かにジッと目を凝らす。
「御前……」
妙に静かな彼女へビャクランは声をかけるも、本人は奥をただ静かに睨め付けるだけ。
ダンジョンのネームドの魔力を探りながら、その奥から漂うまた違った気配に眉を顰めている。
しばらくして、彼女は森の外のまだ大量の魔獣の反応がある方へと向き直った。
「……今は戻るぞ」
キサギの声と共に、旅団の姿がその場から掻き消えた。
瞬時に森の外へ瞬間移動すると、グエン達が森から溢れ襲ってくる魔獣の群れを次々と倒しているところだった。
街にいた冒険者達も加勢して、次々に剣を振るい魔法を放っている姿も見える。
怪我人達は、救出に来た他の冒険者達によってギルドへと無事運ばれたようだ。
少し離れたところでは、カイルやテリーが冒険者達に指示を飛ばして、魔獣を倒しながら街を防衛している姿も見える。
今回の魔獣襲撃はスタンピードまではいかないものの、かなり大掛かりな様相だった。
「グエンさん!」
「こっちは量が多いだけで問題ない!すぐに片付く!ベリルが索敵魔法で大型魔獣1体の存在を確認した!すぐに接敵するぞ!」
キサギも既にそれに気づいており、すぐさまそちらへ向かって走り移動する。
「ビャクランは不測の事態に備えて街へ行け。シュリ、ソウエイはここで魔獣共を一掃しろ。アレは私が貰う。行け!!」
「「「御意!!」」」
キサギの指示がすぐさま飛ぶと、彼らは瞬時に行動を開始し、姿が掻き消えた。
そして走りながら眼前に、森からぬぅっと姿を現した1体の大型魔獣を視認する。
そこは街の入り口にも程近く、防護壁の上からはこちらの様子を窺うオリガをはじめとした冒険者たち、そして何故かルシアン達もこちらの状況を見守っていた。
「オイシイところはシュリとソウエイに持って行かれちゃったからねぇ。お前は私が相手だよ」
ニヤリとすこし悪い顔をしたキサギが、ヒュンッと八咫烏を振るう。
素早く移動しながら軽い魔力斬撃を一撃を放ち、魔獣の興味を彼女に引きつける。
グオォォォォォン!!
大型魔獣が空気をつんざく程の咆哮をあげる。
そして走り迫る彼女の姿をその目に捉え、そちらへ向かってその大きな口をガバリと開く。
口腔内にみるみる大きな魔力の渦を作りあげると、その衝撃波の玉を彼女に向けて更なる咆哮と共に勢いよく放った。
ギュンッと空気を裂きながら、それは轟音と共に猛スピードでキサギへと襲いかかろうとする。
その光景に、遠巻きの冒険者達は騒めきをあげているようだ。
「神握、序ノ口」
向かってくる衝撃波へ、彼女は走りながら左手をかざす。
目の前に十重二十重に魔法陣が現れるや否や、彼女はその手をグッと握りしめる動作をとる。
渦となって襲いかかる衝撃波は突然動きを緩めた。
緩い動きを見せる大きな渦が徐々に小さくなっていき、弾けるようにその場から掻き消える。
遠巻きからは何が起こったのか理解が出来ず、小さなどよめきが起こっていた。
すぐさま魔力を練り、彼女は八咫烏の刀身へ左手で素早くなぞりながら流す。
そしてタンッと地面を蹴りあげ、軽やかに跳び上がった。
キサギは大きく口を広げたままの大型魔獣の顔の高さまで跳び上がり、すぐ目の前に迫ったそれへ向かって、八咫烏を横薙ぎの姿勢に構える。
「衝撃の風よ。神が創りし御技をもって、薙ぎ払え」
その言葉と共に八咫烏を勢いよく横一閃に払う。
ヒュンッと風を切る音と共に、刀身から幾重もの刃となった風の衝撃波が唸り声を撒き散らしながら繰り出される。
彼女の放った魔法の衝撃が、周囲に広く拡散していった。
見守っていたオリガをはじめとした冒険者達やルシアン達は、衝撃波の余韻の風を受け、それに吹き飛ばされないように踏ん張り身を守る。
身を固くしたその体の隙間から見える目の前の光景に、誰もが息を呑む。
キサギが放った衝撃波を間近で受けた大型魔獣の体が何重にも切り裂かれ、残骸がズシンズシンと地面に重い音を立て体液を撒き散らしながら落ちていく。
「あ、あり得ない……」
「一撃……だと?」
そんな驚愕の囁き声がチラホラと漏れ聞こえてくる。
シュリ、ソウエイの加勢もあり、ちょうど魔獣の群れを処理し終わった天狼や他の冒険者達も皆、大型魔獣の終焉を見届けていた。
空中を跳んでいたキサギが、トンッと軽い足取りで地面へと降り立った瞬間。
ウオォォォォォ!!と地響きのような冒険者達の歓声が、周囲に響き渡った。
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