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第2章

32.それぞれの立場

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会議室では遅れて到着したディゴン率いるパーティが揃い、早速ブリーフィングが始まる。


だが、話の前にエクターはその鋭利な眼差しで彼らを射抜く。


「先に言っておく。今回のお前達の参加は、マティアスギルド長と神楽旅団からの要望で受け入れたにすぎん。ゆめゆめその事は忘れてくれるな」


ついこの間まで現役だった元S級冒険者だけあり、その威圧は半端ないものだった。


彼らエルフや獣人に事情がある事も理解しているが、そもそも彼ら……特にディゴンはどこのギルドでもその傲慢さが問題視されている。


冒険者として活動するのならば規範に則った行動が必須。


本来ならば同行はカンタバロの冒険者達から選ばれる所を、彼はランテルからの要望を呑んだのだ。


エクターはギルド長として当然の苦言をディゴンへ呈した。


「……はい」


その威圧に気圧されながら、ディゴンはゴクリと息を呑み、ただ短く返事を返す事しか出来ない。


ランテルを出る前に彼らはマティアスからも釘を刺されていた。


『今回は出立前にキサギに「事情があるだろうから聞いてやれ」と言われてお前達の話を聞いたに過ぎん。それが無ければ話など聞く訳もない。事情はどうあれ、カンタバロを蔑ろにし、理由も告げず参加させろだの、その上態度は改めないなど、お前達の行動は冒険者としても人としても逸脱したものだ。くれぐれも短慮な行動で己の首を絞める行為がないように』


若干の苛立ちが込められたテノール声が、彼らの耳に残って離れない。


ディゴンはまたも己の短慮が招いた結果信用を落とす羽目になり、悔しさに唇を噛み締めながらも、それでもこの場に居る事を求めた。


「お前達はドヴァールの道案内役だと聞いている。旅団のフォロー役だ。勿論、魔獣襲撃時の戦闘は許されるが、決して旅団の邪魔はしてくれるな。それが出来ないなら今すぐ帰るんだな」


尚も重ねて言葉を被せるエクターへ、ディゴンは侮辱と受け取りギリッと奥歯を噛み鳴らすも、テーブルの下で拳を強く握りしめ堪える。


「承知しています。ご厚意に感謝します」


彼の代わりにレオノアが乏しい表情ではあるが丁寧に言葉を返した。


彼らからしたら己の故郷の危機へ駆けつけるだけの問題かもしれない。


だが、これは正式なクエスト。


冒険者として身を置く立場ならば、己の感傷でどうこう出来る範疇にない。


それが嫌ならば、キサギに言われた通り言い訳を付けて、勝手に行けば良いだけだ。


だが、無視すれば今後の活動に支障をきたすだけでなく、S級のクエスト案件に格上げされる程の緊迫した事態に様相は変わってしまっているのだ。


ディゴンの態度からは、その事を重々わかった上で己のプライドを必死に抑える様子が伺える。


彼のその姿にキサギは一定の理解はしつつも、一抹の不安を覚えながら溜息を一つ吐く。


「ご無理を言い申し訳ありません。エクターギルド長」


彼女がそっと頭を下げる。


それに旅団らがギョッとする。


『「「「御前!」」」』


一斉に声を張り上げ思わず立ち上がり、彼女の行為を諌めている。


だが彼女は彼らへ向き直り、静かに首を横に振る。


「これはね、ギルドとギルドの問題なの。個人の感情なんて付け入る隙のない重要な事。本来なら同行するならカンタバロから選出される所を、それを曲げて了承して下さってるの。私達は最高位の冒険者。ランテルを代表する者の1人よ。その立場から責任者たるギルド長へ逸脱行為に対する謝罪と、受け入れてくれたご厚意に礼を尽くすのは当然の事よ。皆、座りなさい」


「ですが!!奴らの尻拭いの為に御前が頭を下げるなど……!!」


「座れと言っている」


「……っく!」


静かに諭すキサギの声は凪いだ水面のように平坦ではあるものの、内に秘められた志は非常に熱いものだった。


真っ直ぐな彼女の言葉と気迫に押され、旅団ら、特にソウエイは反発を見せるがすぐ様抑え、彼女に言われるままに席につく。


彼らの苛立ちを灯した視線は一斉に事の発端であるディゴンへと向けられ、そのあまりの形相に彼は顔を青ざめ小刻みに体を震わせた。


「それから、貴方」


キサギはディゴンへと静かに向き直る。


「この際ハッキリ言っていいかしら?貴方達の一族が過去に受けた苦しみはそりゃあ大変だったのでしょう、心からお悔やみを申し上げるわ。でも私達が貴方を迫害したの?貴方が迫害を受けたの?過去の因縁とか黒歴史とか後生大事にするのも結構だけど、いい加減現実を見なさいな。貴方は、今を生きてるのよ?今を生きている人に目を向けない者が何をやっても、貴方の言葉も態度も、私達の心にはなんにも響かないわ」


真っ直ぐ告げられる言葉に彼は息を呑む。


ディゴンだけでなく、他の3人も静かにその言葉を受けとめる。


「プライドは大事よ。でもそれを履き違えないで」


それだけ述べるとキサギはエクターへと改めて向き直る。


「失礼しました。改めて今回の件、ギルド長のご高配に感謝申し上げます」


「……いや、こちらもマティアスさんに頼んで来て貰ったんだ。感謝するのはこちらだ。今後とも良い関係でありたいと願うばかりだ」


「それはこちらとて同様。寛大なお心遣いに感謝します」


笑顔で交わされる裏側で、エクターは内心驚いていた。


たかだか15歳の少女にこんな繊細な配慮と突発的な対応力、そして豪胆さがあるとは思っていなかったのだ。


彼は改めてS級ランカーとして、この場を制するだけの確固たる力量と存在感を放つ彼女へ、畏敬の念を持たざるを得ない。


「さぁ、時間も遅い。ブリーフィングを始めるぞ」


笑顔のエクターとキサギ、主を貶めた張本人であるディゴンを睨め付ける旅団ら、向けられる圧力とやらかした事の重大さに汗が止まらず項垂れるディゴン達。


なんともおかしな空気のまま、ブリーフィングは数十分で終わった。


翌日早朝にギルドに集合となり、その場はお開きとなる。


ギルドを出たキサギは賑わう街へとキョロキョロと視線を流し、夕飯の物色をし始める。


側立つ式神らはまだ眉を顰めたままだ。


その気配を察し、彼女は苦笑いをこぼす。


「もぉ~、まだ怒ってるの?いい加減機嫌直してよぉ」


「……だってよぉ。なんであんな奴らの為に御前が頭下げなきゃなんねぇんだよ……ったく」


「はいはい!あれで手打ちにしましょっていう茶番よ。関係性を良好に保つ為のアピールじゃない。エクターさんだってそれをわかって付き合ってくれただけよ。後、彼らへの牽制もね。はぁ~疲れた!ご飯食べよ!ご飯ご飯!」


『では御前のオゴリじゃな』


「はぁ?!何それ?!」


「お?!ジジイ、たまには良い事言うじゃねぇか!拠点に戻るんだろ?アカガネの分もいっぱい買って帰ろうぜー!」


『オイ貴様!たまには、とはなんじゃ!たまにはとは!!』


「シュリ、アンタねぇ!胃袋にブラックホール飼ってる奴が調子に乗るんじゃないわよ!私が破産するわ!!……あ、でもアカガネの分、何にしようかしら」


ワイワイ騒ぐ彼女らをビャクランはクスクスと笑い、ソウエイは呆れた表情で眺めている。


先程までの不穏な空気はどこへやら、彼女らの和やかな空気ははたから見れば仲の良い冒険者パーティであり、もしくは観光に来た旅行者ともとれるだろう。


先程の件は式神らに対して悪かったな、とキサギは思う。


だが、今彼女はこの世界で冒険者として生きているのだ。


それも最高位であるS級ランカーとして。


あれは必要悪だった。


式神らも理解はしてくれているのだろう、よく抑えてくれたな、とそれ程の絆を彼らとの間に持てる事に、キサギは心が温まる。


「待ってくれ!」


そんな和やかな空気をぶち壊すディゴンの声が背後から飛んでくる。


キサギは思わず「うげぇ」と顔を歪め、漸く機嫌を取り戻した旅団らはまた不機嫌な空気に逆戻りしている。


振り出しに戻ってしまった雰囲気に、彼女は顔を思い切り顰めゆっくりと振り返った。


「……なに?まだ何か用?」


キサギが振り返った先には悲壮な表情のディゴンが立っている。


苛立ちを抑える事なく不機嫌な声で問い返したキサギは、辟易しながら彼を見やるも、声を掛けたのはディゴンである筈なのに、彼はあぐあぐと口を動かしては俯くを目の前で繰り返すばかり。


流石にイラッときた彼女は、ズンズンとはしたなくも大きな足元を立てながら彼へと歩み寄って行った。


「なに?」


「……あ、その……すまなかった……」


「いっぱいありすぎて何に対しての“すまない“なのかはわからないけど、とりあえず反省してるって言いたいのね。あー、はいはい。受け取りました。これでオーケー?んじゃ、また明日」


漸く捻り出したディゴンの言葉に彼女は淡々と受け止めあっさりと言い放つと、クルリと彼へ背を向けて仲間達の元へ戻ろうする。


「何だ、その言い草は!こちらが謝っているだろう!」


「おい!ディゴン!そりゃ違うだろ!やめろ!」


「ごめんなさい!彼、こういう性格で……ホントごめんなさい!」


ディゴンのやらかしに、ニコとロミが代わりに謝っている。


「私達の行為で貴方の品位を貶めた事、そして私達の態度、改めて謝罪させて。ごめんなさい」


彼らの前にレオノアが立ち、乏しい表情ながらも眉は少し寄せられ悔恨の念が窺える。


彼女は静かにキサギへ頭を下げた。


足を止めた彼女は顔だけそちらへと向ける。


「謝罪、受け取りましょう……彼のソレはもう種族のプライド云々じゃなくて、性格なのね。私もやっと理解したわ。まぁ、明日以降の行動でリカバリーしてくれればこちらは何も言う事はないわ。じゃ、また明日」


それだけ言うと、キサギは改めて先で待つ仲間の元へと駆け出して行った。


ディゴンは項垂れ、グッと両手を固く握りしめた


「……行動で示すしかないわ」


レオノアが誰に向かって言うわけでもなく、立ち去るキサギの背中を見つめながら静かに呟いた。


「最初に拒絶したのはこっちだ。向こうに素っ気ない態度をとられたからといって、逆ギレするのはお門違いだろ……まぁ、あれが謝罪と言えるのかどうかは微妙だが、一応受け取って貰えたんだ。お前の性格は一朝一夕でどうにかなるもんでもない。ただ、彼女のあの時の言葉……俺達は今を生きてる。もっと現実に目を向けていい加減ちゃんと学ばないと、これから先、上へは上がれない。お前だって分かってる筈だ」


「誰だって間違える生き物なんだから、間違いに気づいた所からもう一度やり直せばいいと思う……でもディゴンはそろそろ精神的にも大人にならなきゃね……外で生きる事を決めたのは私達自身。これはディゴンだけの問題じゃない……私達だってもっと変わらなきゃいけないんだと思う……皆で頑張ろ」


ニコとロミも言い聞かせるように優しくそう呟いた。


ディゴンは項垂れたまま「……あぁ、そうだな……」と静かに答えた。






























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