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第2章
44.虎の尾を踏む
しおりを挟む大の大人がまだ15歳の自分に全く簡単に言ってくれるではないかと呆れた表情を浮かべながら、リカルドにジトリとした視線を投げつけてやる。
ザガンがただの脳筋なら、ベラベラと喋ってくれる可能性は無きにしも非ず。
だが言葉で言うのは易しなのだが、そう簡単ではないのだとキサギは辟易しながら溜息を吐く。
「……言っときますけど、ザガンが本当に四魔闘将の一角で間違いないのであれば、そこらの上位魔人とは違って最上位の魔人。逃げ道を用意する訳ではありませんが、確実に討伐出来るかは私にもわかりません。手は尽くしますけど、最悪、前のベリアルみたいに影の可能性だって捨てきれないんですからね」
「必要であればこちらの騎士団も協力は惜しまん。勿論ジェノヴィア王国とて同様の意向だ」
「それは必要ありません。というか、騎士団がザガンの興味がひけるとも思いませんし、こう言ってはなんですけど邪魔なだけです」
「……ハッキリ言うではないか……」
「事実ですから。まぁ、ザガンの興味が引けるように頑張りますけど……頑張りますけどぉ……もぉ、これ、絶対厄介事確定間違いないんですけどぉぉぉぉぉぉ」
両手で頭を抱えたキサギが、苦悶の表情を浮かべながら唸り声を室内に響かせた。
(ぶつかれば、確実にベリアルと同じように玩具認定される……よねぇ?!)
魔人は永劫の時を生きる。
そんな長い時の中を退屈に過ごす彼らからすれば、それはそれは嬉々として、向こうの気分次第でこちらの都合などお構いなく「遊びに来たよ!」みたいなノリで殺戮が始まるかもしれないのだ。
それがすぐなのか、数時間後なのか、数日後なのか、数ヶ月後なのか、数年後なのか。
現にベリアルにお気に入り認定されたとはいえ、まだ数日しかたっていない現在はチョッカイを掛けられてはいない。
だがそれこそ魔人の気分に振り回されるのだろう。
人間の寿命は有限なので、間隔は短いかもしれない。
キサギの口からまるで呪詛が吐き出されるかのように「あぁぁぁぁぁぁぁ」と絶えることなく地獄の底から漏れ出る如き呻き声があがる。
壊れたように項垂れながら悶える目の前のキサギをリカルドは表情を崩す事なく見据えており、彼の背後に佇むバリーは内心「御愁傷様です…」という思いで痛々しげな目線を送る。
成り行きを見守っていたコクヨウが、フゥと小さく鼻息を鳴らしキサギを見上げた。
『御前、もう“色々と“徹底的に叩いておいたほうが後々の厄介事は少ない。いい加減、諦めも肝心じゃぞ?』
「そうだぜ?そんなに面倒臭えなら、ちょーっと“縛りを解放“してひと暴れして来いよ。跡形も無く消し炭にしてやりゃいいじゃねぇか」
キサギの足元にピタリと身を寄せていたコクヨウと、アームレストに掛けながら彼女の頭を優しくポンポンと撫でるシュリが、項垂れる主を宥めるように、キサギや式神らにしかわからないような含みのある言葉を投げかける。
当然、彼女の背後に佇むソウエイがすかさずシュリの手をはたき落としたのは、言うまでもない。
彼女らの会話の意味がわからないリカルド達は怪訝そうに見つめるも、特に口を出してくる気配はなかった。
口から漏れ出る呪詛のような呻き声を呑み込み、キサギがゆっくりと両手を頭から退け、顔を上げる。
その顔は大いに納得がいかないといった憮然とした表情で、ハムスターが口に食べ物をパンパンに放り込んだかのように頬が膨れ上がっていた。
「……わかってるわよぉぅ……全く、この脳筋どもめ」
ジトリとシュリとコクヨウへと恨みがましく睨め付けながら、キサギの口から愚痴がこぼれる。
『ふぉっふぉっふぉっ。何を言う。我らの中で1番の脳筋は御前ではないか!』
「なにおぅっ!コクヨウ!聞き捨てならないわね!」
「いや、ジジイの言う通りじゃねぇか」
「シュリに1番言われたくない台詞っっっ!!」
「ふふふ。世界を壊す前に、破魔壁張り忘れないで下さいね、御前」
「待って?!ビャクラン?!それどういう事かな?!」
「こら、皆。御前に対し失礼だぞ」
「ソウエイ……貴方だけはまともだと思っ……」
「御前は破魔壁を張り忘れた事など一度たりともない」
「おいぃぃぃっ!!そっちかい!!」
やいのやいのと騒ぐ旅団の雰囲気は、これから四魔闘将と呼ばれる上位魔人を相手どる深刻さなど欠片もなかった。
リカルドを始めとした面々が呆気にとられ目を丸くする。
空気感の違いに置いてけぼりの3人へ、キサギはコホンと一つ咳払いをし姿勢を正す。
「……取り乱しまして、失礼しました……」
「あ……いや……皆、仲が良くて良い事だ」
「……そりゃどうも。まぁ改めまして、ザガン討伐のクエストお受けします。ただし、方法は我々に一任させて頂きますよ?」
「構わん……だが、どうするつもりだ?」
現在のところ、まだジェノヴァからザガンを引き離す手立ては挙げられていない。
リカルドはその不明点の解決策をキサギへと求める。
その言葉にキサギはムムムと顰め面を浮かべ考え込むような素振りを見せる。
「まぁどうする、よりも、何処でやるか、なんですよねぇ」
キサギの言葉に、何やら式神らがウキウキとした面持ちで主へと視線を送る。
『おぉおぉ。御前が“ヤる“気満々じゃ』
「コクヨウ?先に貴方を消し炭にしてもいいのよ?」
『ふぉっふぉっふぉ。怖や怖や」
「ザガンって奴も運があるじゃねぇか。久しぶりにキレッキレの御前が見れるんだからなぁ!」
「アンタらねぇ……」
「お前達、口を噤め。御前が“ヤる“など……」
「……ソウエイ……」
「確実に殺す、と的確に言え」
「……うん。わかってた。わかってたわよ。もう好きにしなさい……」
「ふふふ!そのザガンとやら、紅蓮の業火に焼かれるのかしら?はたまた四肢を無惨に切り刻まれるのかしら?消し炭にされる様が容易に想像出来て楽しいですねっ」
「ビャクラン……好きにしていいとは言ったけど、嬉々として物騒な事を言わない。目の前の方々が引いてる引いてる」
旅団らの目がリカルドやバリー、そしてデスクで脂汗を滲ませるマティアスへと向けられる。
当然ながらキサギの言葉通りドン引きといっても過言ではない程、彼らの態度は旅団らをおかしなものを見るような空気を醸し出していた。
「……まぁ何にしてもザガンを引きずり出す場所です、場所。なるべく人目の付かない所が望ましいんですけど……どこか適当な場所、心当たりありますか?」
キサギの問いかけにリカルド達が思考を巡らせ唸る。
「人目の付かない場所…か」
「はい。結界を張るので危険は皆無とはいえ、さすがに街の中で暴れ回られても混乱を招きますから……」
「ならば東部端にあるエルバン平原はどうだ?あそこならば中型魔獣は多少徘徊しているが障害物もない」
さすがランテルのギルド長を務めるだけあるマティアスが、すぐさま脳内で地図を呼び起こすと該当する地名を挙げる。
エルバン平原は長閑な東部地域の端にあり、まだ戦乱があった時代の古戦場の名残りを残す広大な草原地帯だ。
小高い丘が点在するものの、周辺に村や街もなく、障害となる木々もない、今回のクエストにおいてうってつけの場所と言える。
「良いですね。そこにしましょう」
「だがどうやって引きつけるつもりだ?」
「そんな事しません。ザガンをそこへ連れて行きます」
「連れて行く?……どうやって?」
怪訝な面持ちのリカルドに、キサギはスッと目を細める。
「……方法は我々にお任せ頂けるという事なので黙秘します」
その言葉にリカルドは眉を顰めた。
「国が絡む問題だぞ」
リカルドの言い分は無理もない。
今回に至ってはただの魔人討伐という範疇を越え、友好国ジェノヴィア王国に関わる事態だ。
最悪自国や周辺諸国にも飛び火する可能性も高い。
だがリカルドの思惑がそれだけではないだろうと気付くキサギは首を横に振る。
「それはそちらの都合だわ。国に関わる問題は我々には関係ない。それに厄介なのは魔人に限りません。こちらからすれば人間も同様です。主に王侯貴族に、ですけど。黙秘は当然です」
キサギにとっても今回のクエストは通常の魔人討伐の範疇を越える可能性が高く、今後の危機回避の為にも今まで秘匿していた魔法を幾つか使わざるを得ない。
間違いなくリカルド達はそこにつけ入ろうと虎視眈々とタイミングを見計らっているのがわかる。
彼女がずっと懸念する厄介事とはまさにそれで、国の上層部は間違いなく旅団の情報掌握に躍起になっているのだろう、と。
ただの情報収集であれば放っておくが、国の利益を優先する上層部がその程度で終わるはずがない。
あわよくばキサギ達を都合良く扱おうと目論んでいる筈。
キサギにとっては、何をおいてもそれは避けなければならない事だった。
「……容認出来ん」
リカルドが少し間の空いた、どこか言い淀みの含む否定の言葉が言い放つ。
だが、キサギも折れなかった。
「それでもお答え出来ないものは出来ません」
「事は冒険者だけに留まらん。それに国の誰かが見届け人となる必要がある」
「しつこいなぁ……任せるって言った癖に」
「口外はせんと言ってもか」
「先程も申し上げました。厄介なのは人間も同じだと。信じる事は出来ません」
「……それは俺もか」
「はい」
間髪入れずにキサギが断言する。
その藍色の目には何の翳りもない。
この後に及んで王族を忌避する彼女の頑なさに、思わずリカルドの表情に苛立ちの色が滲む。
両者が一歩も引かない執務室内の空気が重くなっていく。
キサギは内心で溜息を吐く。
(……全く。こちらがおたくらの思惑に気付いてないとでも思ってるのかしら。案外この人も脳みそお花畑ね。エルバン平原なんて、カマかけに決まってるじゃない。そんなとこ行くわけないっつーの……コクヨウが言ってたように、この人達には一度しっかりわからせなきゃ駄目ね……)
今度はあからさまに大きく一つ溜息を吐き、キサギはリカルドを見据えた。
「一つだけ手があるとすれば……」
重い空気を破るように、キサギが真っ直ぐな視線をリカルドへ向けたまま言い放つと、リカルドの眉がピクリと小さく動く。
「なんだ」
「見届け人が貴方である事。まぁ王族ですから当然護衛が必要でしょうから最悪もう1人……後ろの副官の方で良いでしょう。そして、報告事項以外の事を口外出来ぬように制約魔法をかけます。それで譲歩としましょう」
キサギの口から突拍子もない言葉が言い放たれると、リカルドの背後に立つバリーが驚愕の表情を浮かべた後に憤怒へとすぐ様変える。
「殿下に魔法だと?!どういうつもりだ!」
彼の怒りがキサギへと突き刺さる。
王族を見届け人とし尊い身に魔法を掛けるなどいうバリーにとって考えられない不敬に、当然ながら憤慨する。
いくら冒険者が特殊な立ち位置とはいえ、許される事と許されない事がある。
だがバリーに睨め付けられてもキサギは怯む事などない。
「そうでなければこの話は無し。ついでに私達もこの国を出ます」
彼女は真っ直ぐな視線をリカルドへと向けたまま、平坦な声音で尚も言い放った。
その言葉にはまるで折れる事など決してない、と強い決意が滲む。
「それ程秘匿したい事なのか……」
「当然です。これが知れ渡れば不当な理由であっても、さも正当な理由のように並べ立て都合の良いように扱うか……最悪我々を消そうと水面下で動かれるなんて事は火を見るよりも明らか。そんなのは御免なんですよ」
「そのような事は絶対させないと言ってもか?」
リカルドが心外だとばかりに言い放つ。
だが彼の言葉に突然キサギの表情が変わる。
「……絶対?」
絶対零度の無表情へと変貌すると、目の前のリカルドを睨め付ける。
「絶対だと?」
そしてキサギの声音が聞いた事もない程に低くなり、明らかに苛立ちと侮蔑が込められていた。
「そんなものありはしない。そして私は旅団の者ら以外、誰1人として信用などしない」
「!?」
纏う空気と口調がガラリと変わり、リカルドだけではなくバリーも気圧され思わず大きく息を呑んだ。
全身に突き刺さる極寒の冷気のような空気に息苦しさを覚える程、彼らは呼吸が浅くなる事に戸惑いと怯えを覚える。
騎士団での戦いでも感じたこともない空気。
キサギが放つそれが、魔圧ではない事はリカルドもバリーにもわかる。
だが向けられる圧の正体が何なのか、2人には表現すら出来ない。
圧倒的な存在感で威圧する目の前の存在が、ただの15歳の美しい少女から放たれている事に、大の大人が驚愕で目を剥く事しか出来ないでいた。
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