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第2章
48.混沌の再会
しおりを挟むコツン、コツン、と平らな敷石を鳴らす靴音が響く。
キサギ達が音の方へと見やると、キサギが蹴破った入り口から1人の漆黒の髪の長いの男がゆらりとその姿を現す。
「……なんだこの魔力は?ジェノヴァとの楽しい時間を過ごしに来た筈なんだが……それよりももっと面白そうな奴がいるようだな」
男の口元にニヤリと笑みが浮かぶ。
黒のロングコートに身を包む背の高い美麗な男が、部屋に居るジェノヴァではなく、彼の横に立つキサギをしっかりと捉え、切長の赤い瞳を愉しげに細める。
顔から首にかけて右半分にはベリアルやフォラスにも見られた炎柄の刺青が入っており、長い髪が後ろで緩く1つに括られている。
「貴方がザガン?」
「ほぉ。俺を知るか、美しい人間の娘よ……そうだ、この俺こそが上位魔人にして四魔闘将の一柱、ザガン……で?お前は誰だ?」
傲岸不遜な態度のザガンから漂うのは異様な負の魔力と絶対の自信。
(これはこれは……負の魔力も余裕も間違いなくフォラスなんかとは比べ物にならないわねぇ……)
ピリピリと肌を刺す様な気持ちの悪い負の魔力を肌で感じ、間違いなく本物の四魔闘将と呼ばれる存在なのだろうと、キサギは内心結論付ける。
「ランテル冒険者組合所属、S級冒険者パーティ神楽旅団のリーダー、キサギよ」
「冒険者……私の討伐にでも来たか?人間の娘よ」
「そ。貴方がジェノヴァを狙って彼の番に呪いなんて掛けようとしたものだから、クエストが出たのよ。その番、この国のお姫様なもんだから、人間の社会じゃ大騒ぎなんだから……厄介な仕事増やさないでよね、全く」
「ふふふ……漸く目覚めた強者をむざむざと見逃してたまるか……と思ったが、存外もうどうでも良いな……お前のほうが楽しめそうだ」
「うわ。いい迷惑」
キサギとザガンのやり取りに、リカルドは汗を滲ませ息を呑む。
キサギの結界内に居るとはいえ、ザガンの負の魔力はリカルドの肌をジリジリと焼くような痛みを与える程だ。
側に立つバリーなど顔を青ざめている始末。
正直、押し潰されそうな魔圧に立っているのもやっとで、普段このような恐怖とは無縁に過ごすリカルド達は、この異様な空気に吐き気すら覚える。
なのにも関わらずキサギや旅団達は平然とザガンと対峙している。
しかもキサギに至っては、ザガンに対し軽快な口調で悪態まで吐いているではないか。
この異様な光景に呆然と見つめる事しか出来ないでいた。
「というわけで、お前はもう用無しだ」
途端にザガンがキサギのすぐ横のジェノヴァへ向かって、フワリと指差す。
刹那、膨大な負の魔力の光線が猛スピードでジェノヴァの胸の中央へと向かって、容赦なく放たれる。
光線は確実にジェノヴァの心臓を貫いた。
だが。
ザガンが放った攻撃はジェノヴァの胸に確実に当たったかと思われたが、ジェノヴァは痛みに悶えるでもなく、血飛沫をあげながら心臓を止めて倒れるでもなく、ただ悠然とキサギの隣で佇んでいる。
あまりのあっという間の出来事と、確実にジェノヴァの心臓が撃ち抜かれたのを目の当たりにした筈のリカルドとバリーは、その光景を信じられないといった面持ちで愕然としながら見つめた。
「?」
確実にザガンはジェノヴァの心臓を捉えた筈で、手応えすら感じたのに、悠然と立つジェノヴァの姿に意味が分からず首を傾げる。
「あら。気付かなかったの?ここは私の領域。私が許可したものだけが存在出来るし、許可しなければ出る事など決して出来ない。貴方はこの領域内に居て、彼は領域外に居るのだから、当然貴方の攻撃は当たる訳ないでしょう?」
ジェノヴァの隣に立つキサギが呆れたように肩をすくめ、ジェノヴァを後ろに下がらせながらザガンへと言い放つ。
「領域?……結界か?……俺とした事が抜かったな……」
周囲を見回しながらそう言いつつも、ザガンからはさしてやらかしたような気配は感じられない。
むしろ何やら嬉しげで、愉しげで。
そして視線をキサギへと戻すと、何故か愛しげで。
キサギをしっかりとその目に捉えて離さない。
「お前、キサギ……と言ったか。人間という下等生物でありながら、美しい上に俺を欺く程の強き魔力……ふっ。気に入った」
狂者の目に、歪んだ執着が浮かぶ。
「決めた。お前は俺の女だ」
ザガンの一言に、式神らが瞬時にキサギの前に縮地で移動し、壁を作る。
彼らの絶対零度の視線がザガンへと向けられるも、当の本人は最早式神らを越えた先のキサギしか捉えていない。
式神らの背後から覗く愛しげに目を細めたザガンの表情に、キサギは思わず「うげぇ」と辟易とした声を小さく洩らす。
「気持ち悪っ。気に入らなくて良いし。誰がアンタの女なのよ。てか……」
ジトリとしたキサギの目が、ザガンを上から下へと眺め見る。
「……やっぱり影じゃないの……本体で来なさいよ、本体で。仕事にならないじゃない」
辟易とした表情のままに、口を尖らせながら呟く。
「ほぅ!それにも気付くとはな。さすが俺の認めた女だ。大概の冒険者は全く気付かんからつまらなかったぞ!」
軽快で嬉々とした口調のザガンが、キサギを真っ直ぐに見つめながら大仰に両手を広げる。
まるでこの胸に飛び込んで来い、とでも言わんばかりの体勢だ。
キサギの顔が気持ち悪さに歪む。
(いや、何、あの手……ていうかコイツの気配、なんだか奇妙だわ……魔力がもう1つ?……しかも、この気配まさか……)
ザガンを睨め付けながら、キサギは彼の側から感じる別の気配に感づく。
それは彼女の知る気配。
キサギは思わず眉を顰め、己の結界のルールをそっと変更し、気付かれないように魔法を展開する。
「ククク……実験中なのだよ。その内、生身で遊んでやる」
「実験中?……何それ」
ザガンの謎の言葉に、キサギは怪訝な表情を浮かべる、
「そんなに生身の俺と戯れたかったのか?ククク……愛い奴め。ならば俺の元へ来い、キサギ。せいぜい可愛がってやろう……俺の褥でな」
ザガンから爆弾が落とされる。
刹那、ブワリと膨大な魔力と神気が容赦なく広間全体を覆い尽くした。
離れて事態を静観するジェノヴァやリカルド、バリーはまたも圧に押し潰されそうになり立っているのもやっとで、顔を歪める。
キサギの前に立つ式神ら全員の全身から放たれるそれは、彼女の結界内に居るにも関わらず、広間の壁をゴゴゴと地震のように揺らす。
天井から石壁の破片がパラパラと落ちてくる。
「こら。シュリ、ソウエイ、ビャクラン、コクヨウ」
落ちてくる破片を払いながら、壁となる式神ら1人1人の名を呼び宥めるようにキサギが声を放つも、彼らは怒りを抑える事など出来ない。
「俺のモンに手ェ出そうなんぞいい度胸じゃねぇか、小僧。死ねや」
「殺す」
「業火で消し炭にしようかしら?ズタズタに切り裂くのもいいわね」
『殺すなどヌルいわ。死よりも悍ましい恐怖を与えねば』
物騒な言葉を吐く式神らにキサギは「あちゃー」と片手で額を覆い、ゆっくり彼らの前へと歩み出る。
「鎮まりなさい」
指を己の唇に添え、やんわりと口から息を漏らすように言葉を紡ぐ。
悠然と神秘的ないつもの彼女の微笑みを式神らへと向けながら。
主からの柔らかなオーダーとその笑みが彼らの視界へとしっかりと捉えられると、漸く重々しい魔力と神気が少し収まりをみせる。
「……ふふ。いい子達ね」
柔らかな笑みを浮かべるキサギの優しい声があまりに場違いにも関わらず、緊迫する式神らの空気を和らげていく。
「こちらも楽しそうな奴らだな……しかし、恐ろしい子飼いを飼っているではないか……キサギ、お前何者だ?」
「ただの冒険者よ。貴方の討伐クエストに来た、ただの、ね」
「ただの冒険者が神気を纏う者を従えている?……何の冗談だ」
「あら。そんな瑣末な事どうでも良いじゃない?そんな事より、聞きたい事があるんだけど」
「……ほう?何だ?俺の事を知りたいのか?愛い奴め……まぁ答えてやらんでもないぞ?」
「何故、上位魔人に制約魔法をかけているの?」
「……それを知ってどうする?」
悠然と返答するザガンが、ニヤリと嫌な笑みでキサギを捉える。
刹那。
ドスッ!!
鈍い音と共に、床に何かが勢いよく転がる。
その何か……目を凝らすリカルドがそれを捉え驚愕に目を剥く。
床に無造作に転がっているのは、男の腕。
視線を転がった腕をから対峙するキサギとザガンへと戻せば、彼の右腕が肩から吹き飛ばされ無くなっている。
「!?」
何が起こったのか分からず、ザガンが左手で腕の無くなった右肩を抑えながらそこを見る。
そしてゆっくりと目の前のキサギへとまた向き直ると、彼女は己の右手を掲げ、ザガンに向けられる掌にはいつの間にか魔法陣が展開されていた。
どうやら詠唱もなくキサギが魔法を放ち、ザガンの右腕を吹き飛ばしたようだ。
「質問に質問で返さないで。ねぇ、何故?」
ニコリと目の笑わない微笑みを浮かべるキサギが、平坦な声音でまた質問をする。
「……節操の無い娘だ……なぁ!!」
音もなくキサギの側へ瞬間移動したザガンがギュンと勢いよく左手を伸ばし、彼女の白く華奢な首を掴もうと襲いかかる。
が。
バチィィィン!!
と何かを弾く凄まじい音が広間に響き渡る。
「?!」
キサギの前には先程までは無かった十重二十重の魔法陣が壁の様に広がり、ザガンの左手を易々と弾くだけではなく、その勢いのままにザガンが体を大きく仰け反らせ、倒れそうな体を何とか持ち堪えていた。
「魔人如きが、調子に乗ってくれるなよ」
表情から笑みが消え、キサギの声音がいつもよりも低くなる。
ザガンは弾かれた左手を見つめながら、何故か歓喜の面持ちでフルフルと体を小刻みに震わせている。
興奮で薄らと頬を染め、口からはハァハァと熱い吐息を漏らしながら、恍惚に潤む目を勢いよくキサギに向ける。
「詠唱もなく瞬時に魔法を展開するとは!素晴らしい!楽しい!滾るぞ!キサギ!!あぁ、ジェノヴァなど比にならん!!」
突然ザガンが狂った様に嗤い、ブワリと残った片手を広げ遠慮なく負の魔力を放つ。
「ククク…!アハハ!永き生に退屈していた!弱い者の断末魔も、もう飽いた!強き者を相手に!強き者の断末魔こそ、俺が求めるもの!!この様な楽しい時を、ずっと待ち望んでいた!キサギ、漸く見つけた俺の愛しい女……お前の様な存在を俺は待っていた!永劫に俺を楽しませてくれ!俺と共に歩み、永劫に遊ぼうではないか!!」
狂気に満ちた執着の目を一言で表すならば、狂愛。
ザガンは恍惚とした面持ちでキサギへとその狂愛の籠った負の魔力を全身から溢れさせる。
その時。
「さっきから黙って聞いてればさぁ、なぁに言ってんのぉ~。そんなの駄目に決まってるじゃぁん」
間延びした声が広間に嫌に響く。
その声の正体を知るザガンとキサギがピクリと眉を顰める。
「このコは僕のなんだからぁ。後から見つけた癖に、図々しいなぁ。勝手にお前の女呼ばわりするんじゃないよぉ、ザガ~ン?」
いつの間に現れたのか、男がキサギの背後に立ち、後ろから彼女をまるで宝物のように柔らかく抱きしめている。
見た事のあるその男は、白い肌の細身の体躯に、さらりとしつつもふわっと空気感の含まれた漆黒の髪、細く弓型にしなる赤く鋭利な瞳、ニンマリと釣り上げられた口から覗く尖った八重歯。
上半身裸の肌の大半に、炎柄の目立つ特徴的な刺青が彫られているその男は、キサギを背後から抱きしめながら挑戦的な面持ちでザガンを見据えていた。
「久しぶりぃ、キミ?会いたかったよぉ♪」
男が弓なりに細められた赤い瞳をキサギへと向け、背後から彼女の耳元に己の唇を近づけると、吐息にも似た甘く囁くような声を漏らす。
彼は久しぶりのキサギとの再会にえらくご機嫌な様子で、ニコニコとしている。
目線だけで彼を捉えながらキサギの顔がうげぇと歪み、隠す事もなく辟易とした表情を浮かべる。
「やっぱりアンタの気配だったのね……ベリアル」
ザガンだけでなく、ベリアルまでも現れるというまさかのこの混沌な状況に、キサギは思わず「はぁぁぁぁぁ」と重い重い溜息を吐き出した。
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