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第2章
50.キサギ無双
しおりを挟むキサギや式神らの思惑など知る由もないザガンとベリアルの顔には、キサギからの挑発に、戦いへの渇望と狂気と歓喜が入り混じった表情が浮かべられる。
途端に2人からは膨大な負の魔力が放たれ、周囲に禍々しい殺気が振り撒かれた。
「俺達2人を同時に相手どるとは……本当ならば俺だけが良かったのだが、折角の機会だ!大いに楽しもうではないか!」
「まぁ、仕方ないかぁ~。前は全然遊べなかったからねぇ。今日は良いとこ見せるぞぉ!ゆっくり遊ぼうねぇ♪」
歓喜に歪む彼らの両手には負の魔力の塊が集中する。
まずは小手試しにとばかりに、2人の手から禍々しい魔力の塊がギュンッと空気を裂くような音をたてながらキサギへと放たれた。
常人ならば、それを食らおうものなら確実に跡形も無く消し去る程の威力。
猛スピードで襲い来る2つの魔力の塊に対し、キサギはスッと左手を前へ優雅な手つきで掲げる。
「下らない」
上げた手を横に振り払う動作と共に、キサギの前に幾重にも魔法陣が折紡がれる。
猛スピードの2つの塊が魔法陣の手前でビタッと止まると、突然渦を巻く様に重なり合い、1つの塊へと変貌した。
そして1つになった負の魔力を覆うようにキサギの魔力が加算され、塊が更にもう一回り大きくなる。
「返してやる。喜べ。土産付きだ」
右手に持つ八咫烏を軽くヒュンと横薙ぎに払うと、その塊が今度はザガンとベリアルの2人へと勢いよく戻って行く。
激突する寸前に2人は別方向に飛んで避けた。
だが。
突然魔力の塊が2つに分割し、ザガンとベリアルの各々へ向かって襲いかかった。
「何!?」
「ヤバッ!」
2人がほぼ同時に防御魔法を展開するも、塊は容赦なく襲いかかりしっかり命中する。
ドゴォォォォォン!!
広間にけたたましい轟音がこだまし、衝撃の風と煙が立ち込めた。
煙が落ち着くと、そこには展開した筈の防御魔法が無惨にも粉々に砕かれ、爆発の衝撃で所々彼らの衣服が破れている。
だがあの爆発を食らっても怪我を負った様子がなく、それぞれ距離をとって立っていた。
両者を視界に捉えたキサギがツゥと目を細める。
「やはりな……フォラスの時もおかしいと思っていたが、負った傷はすぐ様治癒されるように体が作られている訳か。自己修復能力とは……通りで無駄に丈夫な体な筈だな。鬱陶しい」
その目に映した2人に何の感情も抱く事なく、キサギは無表情のままに平坦な声音を漏らす。
(……これ程とは……)
ザガンの表情は余裕に笑みを浮かべているものの、戦いはまだ始まったばかりにも関わらず、内心は焦燥に駆られ次の対処がまるで見つからない。
ザガンにとって、このような余裕のない事態に陥ったのは初めての経験だった。
先程までの少女らしい雰囲気とはまるで違い、目の前のキサギは冷淡な無表情の面持ちと悠然とした佇まいで、それは冷静沈着な歴戦の猛者そのもの。
最初から隙など見当たらなかったが、今は隙どころか、どの様に戦術を組み立てれば彼女を屈服出来るかすら思い浮かばない。
ザガンの額から、嫌な汗が一筋ツウと流れる。
(が、しかし!)
ニヤリと嫌な笑みを更に深め、血走らせた目をクワリと大きく開く。
「こんなヒリヒリした空気は初めてだ!これが命を賭けた戦いというものか!!」
ザガンが両腕を上げ、歓喜の叫び声をあげる。
だが。
「命?」
キサギの細められた目が鋭くなり、声音は一層冷たさを増す。
広間に充満したキサギの魔力がジワジワと重みを増して行く。
刹那。
バシュッ!
「……は?……」
ザガンの呆気にとられた掠れた声と、鈍い嫌な音が広間に広がる。
ただ呆然と眺めるだけのリカルドとバリーの目が大きく開かれ、その光景に釘付けになり、呆然と口を開けてしまう。
彼らの目に映るのは……
まるでスローモーションのように宙に舞う、驚愕と呆気に滲んだ表情のザガンの首。
ザガンの前にはいつの間に移動したのか、キサギが前傾姿勢で八咫烏を振るい上げた姿があった。
ボトリとザガンの頭部が地面に転がり、同時に頭部を失った体はドスンと力なく前のめりに倒れ込む。
キサギは振り上げた八咫烏をゆっくりと下ろし姿勢を正すと、倒れ込んだ頭部のない体へ向かって左手をかざす。
「言ったはずだ。調子に乗ってくれるなよ、と……影如きが、軽々しく命を語るな」
静謐な声音と共に、かざした左手の前に魔法陣が折紡がれる。
「開け、煉獄の門。焦熱の闇火をもって、燃やし尽くせ」
静かに紡がれる声と共に、魔法陣からブワリと膨大な闇黒の炎が現れる。
それはまるで不気味な無数の手のように連なって現れ、地面に伏す首の無いザガンの体を容赦無く覆い尽くす。
ブォン!!と轟音をたてながらザガンの体はあっという間に無惨にも焼き尽くされ、宙を舞った闇黒の炎の欠片と共に、灰は細かい粒子となって掻き消えていった。
ザガンの体が跡形も無く消え去ったその場所から、今度は転がる頭部へとキサギが向き直る。
彼女の伶俐な目に捉えられた頭部だけのザガンの表情は、歓喜とも苦悶ともわからない複雑な表情をヒクヒクと動かしていた。
頭部だけになってもまだ動いている様に、呆然と見つめていたバリーが気持ち悪さに思わず吐き気を催し、青ざめながら片手で口を押さえ、迫り上がってくる胃の内容物を必死に堪えている。
それを視界の角に捉えるも、さして興味の欠片も無いキサギは静かに歩を進めた。
ザガンの頭部の前に立つと、伶俐な目でそれを見下ろし、おもむろにガンッとザガンの頭部を踏みつける。
「この程度がヒリヒリした空気だと?ぬる過ぎて笑いも出ないな」
一瞬キサギが無防備に見えた、刹那。
少し離れた場所のベリアルが片手に魔力を集中させ、剣の様に長く尖らせる。
瞬時にキサギへと瞬間移動し、「フッ!」と強く息を吐きながらそれを振り下ろす……が。
「児戯だな。それで私の虚を突いたつもりか?」
すかさずキサギは左手を前に掲げスッと横に払うと、目の前に無数の魔法陣が壁の様に現れ、ベリアルの攻撃を簡単に弾く。
魔法障壁と己の魔力の塊が反発し合いバチィンッと衝撃音が響くと、ベリアルがあっけなく後方へと吹っ飛ばされた。
「くそっ!!」
悪態を吐きながら崩れた態勢を何とか整え、ベリアルは空中で回転をしながら着地する。
「何だ?四魔闘将とはその程度か?ガッカリさせてくれるな。ほら、休んでないで、とっととかかって来い」
キサギは冷淡な面持ちを崩す事無く、片足でザガンの頭部を踏み付けたままに、尚もベリアルに向かって煽る様に左手をクイクイと招くように揺らす。
余裕の表情だったベリアルの顔が歪んだ。
「……キミってそんな感じのコだったっけ?」
苦虫を噛み潰したように言い放つベリアルに、キサギは無表情のままに首を傾げる。
「そんな感じ?何をもってそう判断しているのかは知らんが、お前の知る私など所詮一端に過ぎん。お前が玩具と侮る私も私だが、今の私も正しく私だ」
「僕、今のキミ、好きじゃない。もっと楽しく遊べるかと思ってた」
「私はお前と楽しく遊ぶつもりなど微塵もない。それに……」
ツゥっとキサギの目が冷淡に細められ、見下すようにベリアルを見る。
「本体では無いお前に、私が本気で相手にするとでも?今の私が、本気を出しているとでも?これが私の力の全てだと勘違いしているのか?面白い冗談だ。私は1ミリも、1ミクロンも、本気など出してはいない」
キサギの顔に笑みが浮かぶ。
嘲笑という笑みが。
「……ムカつくんだけど」
「苛立つ意味がわからんな。この程度が四魔闘将とは聞いて呆れる……では、何故お前は前回も今回も影なのだ?本体なら強いというのか?ならば何故本体で来ない?……日和ったか?」
「違う!!」
キサギの煽りにベリアルがギリッと睨みながら叫び声をあげる。
「ザガンだって言ってたじゃん!!実験中なんだってば!!」
「実験中ね……それが何の実験なのか知らんし、そもそもお前達は空気を吐く様に嘘をつく。果たして真実かどうか」
「うるさい!!僕達はお前達人間に恐怖を振り撒く為に影が必要なんだよ!!」
「やめろ!ベリアル!彼女の誘導に乗るな!!」
「え?!」
「……お喋りな頭部だな……まぁ良い」
ギリッとザガンの頭部を踏み付ける力を強めながら、キサギは八咫烏の切先をベリアルへと向ける。
「本体でないお前に用はない。消えろ」
冷淡な言葉と共に、八咫烏の切先の前に無数のおびただしい魔法陣が展開される。
「開け、煉獄の門。出でよ、飢えた亡者ども。影とはいえ、まぁ多少魔力はある魔人だ。好きなだけ貪り喰らい尽くせ」
無情で非情なキサギの言葉に乗って、魔法陣の中から焼け爛れたような人型の物体が、無数に手を伸ばしながら上半身だけ這い出て来る。
それらはキサギの命令通りに目の前のベリアルの体のあちこちを容赦なく掴みかかると、グイグイと魔法陣の中へと引き摺り込もうとしている。
「なっ!!」
ベリアルは踠き抵抗するものの、逃れる事が出来ない。
彼は影とはいえ上位魔人として強力な魔力を持ち、強靭な肉体も備えているはずなのに。
ベリアルの顔が驚愕と焦燥に歪む。
その光景を目の当たりにしても、キサギはただ平然と眺めるだけだ。
「奴らは飢餓で常に腹を空かせている。だが、まぁ、この程度の魔力では腹を満たすどころか、砂漠に一滴の水を垂らす程度にしかならんがな」
「くそぉぉぉぉ!!!」
ベリアルが叫び声を上げながら、咄嗟に膨大な負の魔力を放つ。
黒く揺らぐ魔力に包まれると、ニヤリといやに余裕な笑みを浮かべる。
「ハハハ!こんな遊びはもうおしまい!僕はおさらばするよぉ!じゃあねぇ~」
赤い目を細めながら笑い声を上げる。
どうやらベリアルはこの場から逃げようと、転移魔法を発動するために魔力を放出したようだ。
だが。
パァンッとベリアルを包んでいた黒く揺らぐ魔力は突然霧散する。
「……え?」
未だに亡者達に捕まり、覆い被さられるベリアルの口からは掠れた声が漏れる。
「馬鹿か?ここは私の領域内だと、ザガンの陰で隠れながら聞いていなかったのか?ここに居る限り、私の許可なく出て行く事など決して出来ないと、お前はランテルでの先の戦いにおいて既に経験している筈だろう?……学習能力の無い愚か者が」
「……は?」
無情なキサギの言葉に、ベリアルは愕然とする。
「空っぽの脳味噌にもう一度叩き込んでおくと良い。いいか?お前がここから出て行ける唯一の手段は……」
言葉を切ったキサギの口元がニィッと引き上げられる。
「亡者共の餌食になるだけだ」
キサギが魔法陣に向かって更に魔力を流す。
緩慢だった亡者達の動きが魔力を注がれた事で早くなり、ある者はしかと掴み、ある者は首や腕、足などあちこちに噛み付いて離さない。
「所詮は影。本体は別にあるのだから、死にはせんのだろう?別に問題など何もない……だがまぁ、恐怖は残るかな。せいぜい本体に戻って震えて過ごすがいい」
「くそぉぉぉぉぉぉ!!!」
叫び声を上げながら、ベリアルは無情にも呆気なく亡者に魔法陣の中へと引き摺り込まれて行き、消え去った。
キサギに踏みつけられながらも、目の前で起こった光景にザガンが顔を恐怖で歪めガクガクと震える。
リカルドも呆然と見つめ、バリーに至ってはとうとう迫り上がってきた胃の内容物を止める事が出来ず、我慢出来ずに広間の外へと走り去って行く始末。
ベリアルを呑み込んだ魔法陣が、役目を終えたとばかりに細かい粒子を撒き散らしながらその場から掻き消えた。
広間に静けさが戻ると、キサギがツィと足元のザガンへと目を向ける。
「さて、次はお前だ。言っておくが自死したところで、残った頭部から情報を吸い取るなど容易い。まぁ、自死などさせんが」
キサギの平坦ながらも冷淡な言葉にザガンが青ざめる。
「どういう事だっ」
「お望み通り、遊んでやる。屈辱という名の遊びを、な」
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