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第2章
37.精霊王の加護
しおりを挟むドヴァール山には、裾野から中腹にかけてエルフと獣人達が住む集落が点在している。
木々が生い茂る森深くに、エリア毎でエルフの集落と獣人の集落に分かれているようだ。
亜人達の集会所は発掘現場の奥の森深くにある。
それぞれの一族から選出された代表者が理事となってそこに集まり、ドヴァールを纏めているようだ。
登山口から瞬間移動で発掘現場まで戻ったキサギ達は、アラゴス達に案内され集会所へと向かって、ただひたすら森の中を歩いていた。
道すがら、レオノアやロミは知り合いであろう人達から懐かしそうに声を掛けられては、挨拶を交わしている。
遠巻きにキサギ達を見ている亜人達は、訝しげにヒソヒソとなにやら話している様子が窺える。
だがキサギ自身は上を仰ぎ見ながら、木々の隙間から差し込む日差しや、空間に流れる清涼な魔力に心洗われる思いで満足気だ。
キョロキョロと見廻すものの精霊や精霊獣は見当たらず、「そう言えば、山頂辺りにいるんだっけか」と彼女は歩きながら思い巡らせていた。
暫く歩いて集会所へと辿り着いた一行は、アラゴスの案内で中へと入っていく。
通された一室は普段は会合で使われている部屋らしく、非常に広い。
中には既にディゴンとニコが待っていたようで、救出作業が終わり、やって来たアラゴス達に歩み寄ると状況報告をしていた。
彼女達の目の前には、亜人達にとってはご馳走である森の恵みをふんだんに取り入れた食事が、趣のある木目のテーブルの上に所狭しと並んでいる。
エルフ達は肉を食さない為、木の実や薬草、野菜などを使った食事が。
獣人達は肉を好むため狩猟で獲得したのであろう、動物の肉をこんがりと焼いた食事が。
それはそれは良い香りを漂わせる趣向を凝らしたそのご馳走に、一行は「おぉ~」と感嘆の声を上げながら目を見開く。
言わずもがなシュリは、既に手をワキワキとしながら戦闘態勢万全の様子だ。
その様子を目にしたキサギが右側から、ソウエイが左側から、彼のワキワキと動かす手をペシリとはたき落とす。
両サイドからジト目を喰らうシュリが「何だよ…」とバツの悪そうな顔で頭をポリポリと掻く姿に、アラゴスとバトが軽快に笑い声を上げた。
「さぁ、遠慮は要らない。どんどん食べてくれ」
アラゴスの声が合図となった。
「うえーい!待ってました!!」
ご機嫌なシュリの声が響くや否や、彼の手は肉を目掛けて一直線に貪りつき、凄いスピードで平らげていく。
その勢いにアラゴスらは目を見開き、キサギは呆れの溜息を小さく吐いた。
そして苦笑いを浮かべ場が和んだところで、皆も食事に手をつけ始めた。
「食事の後にでも見つかった方々へ解呪の魔法を掛けますので、後ほどご案内頂けますか?」
「すまないな。助かるよ」
亜人達で行方不明となったのは7人で、うち5名が発見されたという。
残りの2名は、恐らくフォラスの犠牲となってしまったのだろう。
それでも散々苦しめられて来た上位魔人フォラスは倒され、怪異事件も無事解決され、ドヴァールに平和が訪れた事をアラゴスとバドは安堵し喜んだ。
暫くして落ち着いたところを見計らって、キサギがアラゴスとバドに向き直る。
「まずは、今回の怪異が気になりますよね?」
漸く真相が聞けると思ったアラゴスとバドは、神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
「これは怪異などではなく、このドヴァールの精霊王の加護が発動した結果なのだと、私は思います」
「……精霊王様の加護?」
アラゴスの問いかけにキサギが静かに頷く。
キサギは見解を彼らへ述べてゆく。
まず、ドヴァールの地に足を踏み入れる前から、キサギには山全体に包まれる特殊な神気を感じとっていた。
「それはある種の結界と呼べるものですね」
「……結界……」
「はい。前回のフォラスの襲撃で危機感を覚えた精霊王が、眠りに着く前に力を奮ったのでしょう。ですがその力は全盛期に比べれば弱く、そこをフォラスに付け入られたのでしょうが……彼が何故50年も経った今になって、こちらを再び襲撃したのかはわかりませんが、それは魔人特有の気紛れとしか説明のしようがありません」
その美しい顔を顰めながらキサギが首を横に振る。
「結界は山頂から発掘現場辺りまでは、まだ強いように見えました。ですが一部の場所は、力が及ばなかったのでしょう。その為に犠牲者が出てしまう悲しい事件となってしまいました……言葉は悪いのですが、運が悪かったとしか言えません。お悔やみ申し上げます」
彼女の無念そうな表情に、アラゴスとバドは静かに首を横に振る。
「……いや。確かに犠牲者が出たのは辛い事だが、それでも我らは精霊王様にまた守って頂いたのだ……感謝の言葉しかない」
アラゴスの表情は、悲しげながらも柔らかなものだった。
「それで……何故彼らは行方不明となったのだろうか?」
「フォラスの幻惑魔法がトリガーとなる様に、精霊王が加護を掛けていたのでしょう。ただそこで負の魔力と清涼な魔力の相反する物同士がぶつかり合い、暴発が起こった。それにより、時空の歪みが発生したのです。フォラスの幻惑魔法を受けた彼らは、その暴発に巻き込まれて時空の狭間へ閉じ込められたのでしょう。ぶつかった魔力が絡まり合い、外から鍵を掛けられる様な形になってしまった為、出る事が出来なかったのだと思われます」
「……時空の……歪み?」
「はい。説明が難しいのですが、今いる空間ではない、通常の時間法則や物理法則が通用しない特殊な空間、としか言い表せません」
真剣な面持ちで説明するキサギの言葉に、アラゴスやバドは困惑の表情を浮かべるしか出来ない。
「本来ならば、制御されていない亜空間に放り出されようものなら、永遠の時の中を彷徨う事になり非常に危険です。ですが精霊王の加護により、漂う事なくその場所に留まる事が出来たと考えられます……貴方がたが崇拝する精霊王は凄い力を持つ方です。是非目覚めるまで、しっかりと御守り下さい」
優しい表情を浮かべ、キサギが微笑みながらアラゴスとバドへと柔らかに告げる。
フォラスとの戦いの前、キサギが彼らにデバフのついた結界を張った本来の理由はその為だ。
もしもフォラスが幻惑魔法の霧を発生させれば、精霊王の加護が発動し時空の歪みを発生させてしまい、彼らが閉じ込められる恐れがあった。
フォラスとの戦いのさなか魔力が弾かれる音がしたのは、発動した加護をキサギの結界が弾いたものだった。
彼らはキサギの言葉を聞き、歓喜に躍る胸を思わずグッと握り、体を震わせ少し涙を浮かべていた。
「発見された冒険者は、たまたま暴発に弾かれてしまったのでしょう。精霊王の加護でフォラスに掛けられた幻惑が中途半端だった為に、狂う事なく意識が朦朧としながらも、なんとか登山口近くまで辿り着き、そこで倒れたんですね……中途半端とはいえ、幻惑に苦しめられたのは可哀想ではありますが、本来なら狂い死ぬ運命だったのが避けられたのです。解呪の治療さえ受ければ、トラウマに苦しむ事もなく、また冒険者として活動も出来るでしょう」
安心させるように紡がれるキサギの言葉に、同じ冒険者として心配気にしていたディゴン達の表情がホッとしたように緩む。
「大型魔獣の出現は、フォラスが召喚したものだったのはご覧になっていましたよね?ですので、今後こちらに出現する心配はありません……ご安心下さい」
そう言葉を切ると、キサギはアラゴス達にしっかりと頷いてみせる。
「もうドヴァールは、怪異にも、フォラスにも苦しめられる事はなくなりました……長らくの間、本当によく頑張られましたね。もう、大丈夫ですよ」
その表情は渾身の笑みが浮かんでいた。
アラゴスやバドの目尻には安堵からの涙が浮かんでいる。
ロミは耐え切れず、既にボロボロと滂沱の涙を流していた。
ニコも安堵の表情でロミの背中を優しくさすっている。
ディゴンは口を真一文字に固く結んだまま体を震わせ、レオノアはいつもの乏しい表情を消して優しい微笑みを浮かべていた。
「……ありがとう……本当にありがとう……」
頬に一筋の涙を流し、アラゴスが深々とキサギへと頭を下げる。
「私はクエストを敢行したまで。先程もバドさんに言いましたが、私は何もしていません。全ては精霊王の加護のお陰ですよ」
困り顔で笑う彼女の優しい声に、アラゴスとバドが首を横に振る。
「何を言う。君達が大型魔獣を倒し、君がフォラスを倒したのを、我々はこの目でハッキリと見ている。そして閉じ込められていた彼らを、君の魔法で救い出す姿もだ」
「そうだ。例え他の冒険者が、魔獣やあの上位魔人を倒したとしても、あの怪異の原因を突き止め、閉じ込められた空間を見つけ、その魔法を解き彼らを助けられたかなど……わかりはしない。君だからこそ出来た事だ。そんな事、我々にだってわかる」
真剣な面持ちでアラゴスとバドが、困ったように微笑むキサギへとはっきり言葉を口にする。
「人間をこの地に踏み込ませる事は……我々にとっては非常に難しい問題なのだ。深く根付く忌避はどうする事も出来ない程、因縁が深い……だが、種族の問題などを超えて、今回君達がこうしてここに来てくれた事を、精霊王アウリスに感謝すると共に、同様の感謝を送らせてくれ。理事を代表して厚く御礼申し上げる」
アラゴスとバドがキサギの手を静か取り、両手でしっかりと握り包む。
そして深く深くまた頭を下げた。
「……その言葉、有難く受け取ります。ただ、忘れないで下さい。私は……我々はS級冒険者。あらゆる難事を恙無く解決し、皆さんへ安心を届ける為に、ただそれだけの為に高位のランカーとして存在しているのです。どうかこれからも何かありましたら、遠慮なくご相談下さい。種族など関係なく、この地位に相応しい仕事をするとお約束します」
ゆっくり顔を上げた彼らに、キサギは穏やかな声で優しく伝える。
それは絶対の安心感。
絶大な信頼感。
アラゴスとバドの胸に、消し去る事の出来なかった忌避の楔が溶け、じわじわと温かい多幸の思いが広がる。
固く手を握り合う3人は、自然と笑顔で顔を綻ばせていた。
そんな彼らの姿を目の当たりにし、ディゴンは心を射抜かれ、俯く。
(これが……このような存在が、S級冒険者なのか……)
ただ単純に力が強いだけではなり得ない存在に、彼は俯いた顔を悔しげに歪める。
傲慢な己の未熟さに体を打ち震わせながら、その視界が涙で歪んでいく。
隣に座るレオノアが、ただ静かに彼の背中をポンポンと優しく宥めるように叩いた。
「……強くなりましょう」
俯く彼にだけ聞こえるように囁く。
ディゴンは俯きながらポツンポツンと涙の粒を下へと溢しながら、静かに頷いた。
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