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第2章
38.それは気概か、打算か
しおりを挟むしばしの休息の後、キサギは別の部屋に寝かされている救出されたエルフと獣人らの元へと案内されると、無事解呪の魔法を施し終える。
まだ眠ったままの彼らだが、様子を見る限り負の魔力の痕跡は感じられない。
暫くすれば目を覚ますだろうと、キサギは満足気に軽く一つ頷く。
「これで大丈夫でしょう」
眠る彼らの側に座っていたキサギが、施術を終えてゆっくり立ち上がり、アラゴスとバドに向き直る。
「見事な腕前だ。本当に助かったよ」
すっかり種族間の柵の角が取れたアラゴスとバドの表情はとても優しげで、キサギへと柔らかい微笑みを浮かべながら礼を言う。
そして共に別部屋から退出し、暫く軽い雑談をしながら旅団やディゴン達の待つ一室へと戻って来た。
「皆、お待たせ。帰りましょうか」
キサギが旅団らへとそう声を掛けると、寛いでいた一団はゆっくりと席を立つ。
「……今から戻るのか?ゆっくりして行けば良いのに……」
「お気持ちだけ受け取っておきます。いくら我々がフォラスを退け怪異を解決したとはいえ、やはり人間が長居すると、他の皆さんやここにはいない精霊や精霊獣は落ち着かないでしょう。余計なストレスをかけたくないのです。ご理解下さい」
アラゴスの言葉に、キサギは眉尻を下げながら首を横に振る。
アラゴスとバドは顔を見合わせてから、仕方がないといった様子で苦笑いを浮かべ頷いた。
「あぁ、それから……今回はディゴンの我が儘で無理矢理同行させる事になったのだろう?しかも道案内役の体をなしていない有様だ……迷惑をかけた」
「あはは。まぁ冒険者には冒険者のルールがありますが、彼らはそれを押してでも故郷の為になりたかったのです。気持ちは分かります。道案内役はあくまでカモフラージュに過ぎません。そもそも私達に同行者など必要ないですから。でも、彼らのお陰でアラゴスさんやバドさんとの顔合わせがスムーズにいきました。大目に見るのは今回だけです」
アラゴスの背後に立つディゴンの所在なさげにソワソワとしている様子が視界に入ったキサギは、苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「……エルフも獣人もその寿命の長さと高すぎる魔力のせいで、子が成し得にくい種族だ。若い世代に対して、上の世代はどうしても甘やかしてしまう者らもいる……ディゴンは心根は優しい良い子なのだが、古い世代の考え方を刷り込んでしまったせいか、なかなか気難しい。それ故、周りとの軋轢も多いのだろう?」
「……ふふふ。申し訳ありません。私は冒険者に成り立てで、その辺りの事情に疎いのです。その問いにはお答え致しかねます」
「……ふっ。そういうことにしておこう……」
2人の間で交わされる会話に、部屋の空気はディゴンを除いて和やかなものとなる。
レオノア、ニコ、ロミの3人がバツの悪そうな面持ちのディゴンを微笑ましく見つめながら、彼の肩や背中をポンポンと慰めるように叩いていた。
「では、ディゴン達も戻るんだろう?共に下まで送ろう」
「あ、いえ。彼らはこんな機会でもなければなかなか戻って来れない、折角の故郷への帰省です。もうクエストも終了していますので、今日一日くらい久しぶりにゆっくりすると良いでしょう。我々は瞬間移動で登山口まで降りますので、見送りは必要ありません」
「え?そのような気遣い必要ないぞ?えらく急ぐのだな」
「ふふふ。ランテルのギルド長曰く、問題はいつでも山積みなんだそうです。それに、カンタバロのギルド長もこの件に酷く胸を痛めていましたし、少し気になる事もありますので、なるべく早く戻って見解と報告をまとめておきたいのです」
「……そうか」
改めてアラゴスがキサギへと右手を差し出す。
「本当にありがとう。君の……君達の道行く先に、精霊王アウリスの導きと加護が在らんことを」
「ありがとうございます。それでは、お元気で」
微笑み返すキサギがその右手に己の右手を差し出し、固い握手が結ばれる。
バドも2人の固く結ばれる両手の上から、己の両手で優しく包み込んで来た。
こうしてキサギ達神楽旅団は、瞬間移動を発動し、その場から瞬時にその姿を掻き消した。
部屋に静寂が訪れる。
ふぅっと一つ息を吐くアラゴスがディゴンへと向き直った。
「……あれが、S級冒険者というものなのだな……朝来たかと思えば、数時間後には帰って行く……何とも嵐のような者達だったな」
「……うん」
俯いたまま、掠れるような声でディゴンが答える。
その姿は何とも萎れていて、これがA級冒険者なのか?と思わずアラゴスや側に立つレオノア達が苦笑する。
それ程、彼女の放つ圧倒的な存在感に打ちのめされたということなのだろう、とアラゴスは眉尻を下げながらしょうがないなという面持ちで、溜息をひとつ吐く。
「お前も……お前達もあの姿を目指すんだろう?これは相当努力せねばならんな。特にディゴン、彼女より相当歳を重ねておきながら、その中身は彼女に劣るのを自分でよくわかっているのだろう?……生半可な気持ちでは難しいぞ」
アラゴスの言葉に、バッと勢いよくディゴンが顔を跳ね上げる。
「……え?……このまま冒険者を続けても良いのか?」
「ははっ。何を言うかと思えば!」
信じられないような表情の彼へ、アラゴスが破顔してそれは可笑しそうな笑い声を上げた。
「だって、俺達はあの上位魔人を追う為に、掟に背いて山を降りて冒険者になった!……もう奴はいない……」
ディゴンは眉を顰め、言葉尻を小さくさせながら、また悔しげに俯く。
まるで目標を失ったかのようなそんな息子の姿を目の当たりにし、アラゴスは先程とは違って大きく溜息を吐いた。
「お前の冒険者に対する志はその程度なのか?……全く、だから彼女にも苦言を呈されるのだぞ?私が知らないとでも思っていたか?」
ビクリと肩を跳ね上げ、ディゴンが隣に立つレオノアへと悔やし気に横目で睨む。
「……っぐ!……レオノアだろ、告げ口したの……」
レオノアは乏しい表情のまま肩をすくめ、明後日の方向を見やる。
そんなディゴンへ、アラゴスがおもむろに彼の額に一発デコピンを喰らわす。
「いてっ」と顔を顰め、ディゴンが額を摩りながら父であるアラゴスへと眉尻を下げ少し涙目な視線を投げつけていた。
「バカもん。そうやって子供っぽい事を言っている時点で、お前は修行が足りんのだ、全く。……お前が…お前達が里を大切に思う気持ちが強いのは知っているし、何より外への興味が強い事も知っている。きっかけは上位魔人だったとしても、外で沢山見て学んだのだろう?……だが学びが足りないから、その体たらくぶりなんだぞ?」
フンスと鼻息を荒げ、胸を張りながらアラゴスが言い放つ。
最早ディゴンは返す言葉が無く、また申し訳なさそうに萎れていた。
アラゴスの横に立つバドがククッと喉を震わせながら小さく笑い、ディゴンを始めとしたパーティらを見やる。
「世界は広大だ。もっと外を見て来い。ここに戻る事なんて何時だって出来るんだ」
その表情はとても優しげで、声音は彼らを慮る柔らかさが含まれている。
アラゴスとバドが彼らへと大きく頷いて見せた。
「父さん……」
「親父……」
ディゴンとニコは胸を打たれ、思わず声が震えてしまう。
「お前達の道行く先に、精霊王アウリスの導きと加護が在らんことを」
アラゴスがディゴンとレオノアの、バドがニコとロミの肩をしっかりと叩く。
彼らの行く道をどこまでも応援すると言ってくれているような温かさが、彼らの肩にじんわりと広がって行く。
「折角貰った休みだ。今日はゆっくり休んで皆に挨拶してくると良い。そしてまた明日から冒険者として頑張れ」
アラゴスの言葉に、彼ら4人は頷いた。
*
瞬間移動で登山口へと戻って来たキサギ達は、空がすっかりオレンジ色へと変わっている事に驚く。
昼食をとり、休憩をしながら説明をし、発見された亜人達の様子を見ていたりして、ほぼ森の中と室内にいた為随分と時間が経過している事に気付いていなかった。
キサギは朝来た時と同じように、もう一度山頂へと顔を向ける。
『……眠りについても尚、懐に入れた者を護るとは……なかなか気概のある奴じゃのぉ、精霊王アウリスとやらは』
彼女の側に立つコクヨウも同様に山頂へと顔を向けて感心げに呟く。
「そぉかぁ?俺には打算的に見えるけどな」
『シュリ、お前のぉ……その穿った見方何とかならんもんか』
「ふふ。シュリの言っている事は当たらずとも遠からず、というところだと思うけれど?」
『ビャクランまでそのような……』
「爺殿も信仰が欲しいのか?」
『ソウエイ、其方はちぃと黙っとれ』
式神達がやいのやいのと言い合う姿にキサギがクスリと軽く笑う。
「ふふふ……そうね。まぁ恐らくそれもあると思うわ」
『御前までもか!』
「まぁ、待って」
コクヨウの焦る声にキサギが微笑みながら制止する。
「彼らの祖先を精霊王が迎え入れたのは、成り行きだったのかもしれない。けれど、彼らの信仰心が精霊王の持つ魔力に神気を宿すきっかけとなり、自身を強くさせた。それにアウリスも気付いたんでしょう……最初は打算もあったんじゃないかしら。でも信仰心を向けてくれる彼らと長年共に居れば、流石に情でも沸いたんでしょ……そうねぇ、ロマンス小説が好きな女の子なら、妄想力を働かせて“亜人と精霊王の恋があった!“とか言い出しそうね、ふふふ」
キサギがコロコロと可愛らしい笑い声を上げる。
「まぁでも情でもなきゃ、フォラスの負の魔力に侵され、自分の力を枯渇させてまで守護しないでしょう。私としては、相応の対象とあらんとする姿勢には感服するわ」
『あれ程の信仰心じゃ。力を蓄えるのも早かろう。あと数十年も眠れば完全に目覚めるじゃろうて』
「そんなにもかかるの?……長いわねぇ」
『エルフは不老長寿、獣人らとて800年は生きるんじゃ。あっという間よ』
「いや、まぁ、そうなんだけどさぁ~……ま、いっか」
キサギは肩をすくめながらドヴァールへ背を向けた。
たがその顔には憂鬱げな陰が帯びている。
「さてと、もうこのまま拠点へ戻りましょ。明朝カンタバロのギルドへ報告に行かなきゃ……少し気がかりな事もあるし」
キサギの言葉に式神らも神妙な面持ちになる。
「……ただの杞憂であってくれたらいいんだけど……なんか……面倒に巻き込まれそうな予感がするのよねぇ」
そう気怠げに話すと、彼女は転移魔法を展開してその場から姿を掻き消した。
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