25 / 30
五章 アスカとルミ③
一 最低な私 ─二〇一九年 五月八日─ 一
しおりを挟む
店に届けられたA4サイズの箱。
その厚みは広辞苑も収まりきらないのに、
その重みは広辞苑にも負けやしない。
配達員から受けとる時も「重たいですよ」と
何度も念を押された。
けど、舐めてもらっては困る。
私はこの店の経営者だ。
重たいものだってたくさん持ってきた。
このくらいどうってことない。
「アスカ、なにか届いたの?」
「前、ルミに頼んでもらったビラの補充だよ」
届けられた箱の中身。
それはルミの彼氏さんの
情報提供を求めるビラ。
皮膚を切る上質な紙が
ミルフィーユのように重なり合って、
かなりの重量になっている。
この重さは、いわば事態の重さ。
そして、彼氏さんの存在の重さ。
彼の帰りを待つ人の思いの重さ。
「帰りを待つ人……か」
二〇三号室──日比野さんの旦那さんは、
家出した娘さんの帰りを今も待っている。
亡くなり、幽霊になった今もなお。
娘さんに「おかえり」と言える日を、
また家族三人で笑い合える日を、
これからも待ち続ける。
逆に、待たれる側は何を思うのだろう。
彼氏さんや娘さん。
いなくなった人の帰りを待つのは
家族だけじゃない。
友人や同僚、そして──恋人。
色々な人が不安と戦いながら、
その人の帰りを待っている。
また一緒に過ごせる日常を待っている。
「彼氏さんが帰ってきたら、
ルミはまた一緒になるのかな……」
ズキ……
「──あ、やば」
掌、紙の角が刺さる感触。
気が付くと、
ぐしゃぐしゃになった鮫島さんが
私のことを見詰めていた。
「最低だな、私……」
ため息混じりに、
シワだらけになった一番上のビラを
さらにぐっしゃぐしゃに丸めた。
さすがは良い紙だ。
折れて生まれた角が
容赦なく皮膚を刺してくる。
痛い。
目が潤むほどに、痛かった。
この丸めたビラと一緒に
この痛みも捨てられたらいいのに。
掌に残る紙の跡は
鮮やかに赤く痛々しかった。
「アスカ? 手、切っちゃった?」
「──ううん、大丈夫」
「固い紙だから気を付けてね。
って、あれ? しわくちゃだ」
「え?」
ルミが手に取った一番上のビラ。
本来なら二番目にいたはずのそれは、
消えない折れ目が無数に刻まれていた。
私が握り締めた跡が、
二枚目にも侵食していたらしかった。
「ごめん、ルミ……」
「なんでアスカが謝るの」
よくあることだと、
ルミは何の疑いも抱かずに笑っていた。
その笑顔を見てしまったら、
私はもう何も言えなかった。
その厚みは広辞苑も収まりきらないのに、
その重みは広辞苑にも負けやしない。
配達員から受けとる時も「重たいですよ」と
何度も念を押された。
けど、舐めてもらっては困る。
私はこの店の経営者だ。
重たいものだってたくさん持ってきた。
このくらいどうってことない。
「アスカ、なにか届いたの?」
「前、ルミに頼んでもらったビラの補充だよ」
届けられた箱の中身。
それはルミの彼氏さんの
情報提供を求めるビラ。
皮膚を切る上質な紙が
ミルフィーユのように重なり合って、
かなりの重量になっている。
この重さは、いわば事態の重さ。
そして、彼氏さんの存在の重さ。
彼の帰りを待つ人の思いの重さ。
「帰りを待つ人……か」
二〇三号室──日比野さんの旦那さんは、
家出した娘さんの帰りを今も待っている。
亡くなり、幽霊になった今もなお。
娘さんに「おかえり」と言える日を、
また家族三人で笑い合える日を、
これからも待ち続ける。
逆に、待たれる側は何を思うのだろう。
彼氏さんや娘さん。
いなくなった人の帰りを待つのは
家族だけじゃない。
友人や同僚、そして──恋人。
色々な人が不安と戦いながら、
その人の帰りを待っている。
また一緒に過ごせる日常を待っている。
「彼氏さんが帰ってきたら、
ルミはまた一緒になるのかな……」
ズキ……
「──あ、やば」
掌、紙の角が刺さる感触。
気が付くと、
ぐしゃぐしゃになった鮫島さんが
私のことを見詰めていた。
「最低だな、私……」
ため息混じりに、
シワだらけになった一番上のビラを
さらにぐっしゃぐしゃに丸めた。
さすがは良い紙だ。
折れて生まれた角が
容赦なく皮膚を刺してくる。
痛い。
目が潤むほどに、痛かった。
この丸めたビラと一緒に
この痛みも捨てられたらいいのに。
掌に残る紙の跡は
鮮やかに赤く痛々しかった。
「アスカ? 手、切っちゃった?」
「──ううん、大丈夫」
「固い紙だから気を付けてね。
って、あれ? しわくちゃだ」
「え?」
ルミが手に取った一番上のビラ。
本来なら二番目にいたはずのそれは、
消えない折れ目が無数に刻まれていた。
私が握り締めた跡が、
二枚目にも侵食していたらしかった。
「ごめん、ルミ……」
「なんでアスカが謝るの」
よくあることだと、
ルミは何の疑いも抱かずに笑っていた。
その笑顔を見てしまったら、
私はもう何も言えなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
近づいてはならぬ、敬して去るべし
句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら……
近づいてはいけない。
敬して去るべし。
山を降りろ。
六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。
28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。
田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。
大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。
会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。
ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。
「名付け得ぬ神」。
東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。
コウイチは訪ねることにする。
道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——
雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。
不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。
あれ? 鳥の声が、まったくない。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる