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【第2章:推進】

第31話:Next Stage

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「…負けたままで終われない…。江國に、伍代先輩に勝ちたい…!」

若越の心には強いリベンジの思いが溢れていた。
大きな屈辱を味わった上に先を進むライバルたちの姿に感化されたその思いは、この約5ヶ月程彼の心から微塵も離れる事はなかった。

若越がその思いに押し潰されそうになる時、彼は決まって天を仰いだ。


(…父さん、見ていてくれるだけでいい。俺は必ず、リベンジしてみせるよ。)


微かな風が、若越の背中を押すように背後から吹いている。
泣きそうになる感情をグッと堪えた。今はその時ではないと言う事は彼自身が1番分かっていた。

目の前にあるバーを越えることが、彼の最大の目標であり、使命である…。

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夏の暑さがまだ残る中、9月になり2学期が始まった。
とは言っても部活で夏休み中もずっと学校には行っていた若越たちにとっては、学校の授業が再び始まるだけでこれまでとは然程変わらない生活に戻った。

「…今日は200m×3本のインターバル100mジョグを3セット。その後は各ブロックで支部予選に向けた調整の時間に充ててくれ。
支部予選は来週末に迫っている。皆気合い入れていくぞぉぉ!!」

「「「はいっ!!!」」」

新入生たちが陸上部に加入して早5ヶ月が経とうとしていた。
部にも馴染み始め、先輩たちの練習にも漸くついていけるようにはなっていた。

室井たち3年生が抜けて、現状長距離ブロックを除けば2年生は男子が七槻、音木、伍代、女子は丑枝、1年生は男子が蘭奈、紀良、若越、女子は高津のみと選手層は僅か8名となってしまった。
そんな中でも、各々がインターハイのレベルの高い舞台を目の当たりにしたり、実際に経験したことで自然と皆、同じ舞台を目標に高い意識で活動をしている。

ただ…たった1人を除けば。

七槻の言っていた"200m×3本のインターバル100mジョグ"というメニューは、1周400mある羽瀬高のグラウンドのトラックを、200m間を走って100m間をジョギングで繋ぐ。それを連続3本行うのを3セット行うといったものであった。

200m間の走るパートでの走り方やペース配分やフォームの意識が重要となる他、100m間で呼吸などをジョギングしながら整えて次の走りに挑む準備が必要となる為、グラウンドを2周回り切るまで気は抜けない。

七槻率いる2年生男子3人、若越たち1年生男子3人、そして丑枝と高津の女子2人の3組に分かれて走ることになった。


「よっしゃ行くぜぇぇぇぇぇ!!!
跳哉、光季っ!着いて来いっ!」

今から総距離にして1,800mの全力疾走を目の前にして、蘭奈は相変わらず怖いくらいに元気である。

「…ったくうるせぇなぁ…。…ん?どうした光。」

そんな蘭奈の姿に呆れた若越であったが、その隣に紀良がいないことに気がつき、慌てて後ろを振り返った。

「…いや、お前ら前いけよ。速いから。」

紀良はそう言うと2人が先に行くようにと、その手で前に促した。
夏休みの期間も、これまでと変わらず共に日々の練習をこなして来たつもりであった。
しかし、夏休みを終えてからの紀良の様子が何処かいつもと違う事を、若越は薄々感じていた。

「…あ、あぁ…分かった。」

若越はそれ以上何かを言うことなく、大人しく紀良の言う通りに従った。



「…よーい…ゴーッ!!!!」

巴月が大きな声でスタートの合図をし、腕を大きく上から下に振った。
それがこの練習のスタートとなった。
先を行くのは2年男子チーム。
七槻、音木、伍代の3人は固まって走り出したが3人とも1本目にしてはかなりのハイペースで走って行った。

「よっしゃぁっ!行くぜっ!」

続けて1年男子チームがスタートラインに立った。
…相変わらず蘭奈はうるさい。

「行くよ?…よーい…ゴーッ!!!!」

巴月は再びスタートの合図をした。
蘭奈と若越が横に並び、その後ろを紀良が位置取って走り始めた。
土グラウンド用のスパイクを履いていることもあり、前を行く蘭奈と若越が地面を蹴る事で紀良に土片が飛び掛かっていた。

(…痛ってぇ…けど…。)

スタートして50m地点までは、紀良も2人の後ろに着く形で走っていたが、そこから2人と紀良の差が徐々に開いていく。
蘭奈と若越の差は、ゴール50m手前までは並走。そこからのラストスパートで蘭奈が少し前に出てゴールをした。

蘭奈と若越がゴールして5秒後くらいに、紀良が既に少し疲れた様子でゴールした。
紀良はゴールして3歩ほど進むと、膝に両手を付いて肩で大きく息をした。

「…光季ぃ!まだまだ行くぞっ!」

その紀良の様子を見て、蘭奈は相変わらず大きな声でそう言った。
紀良が顔を上げると、蘭奈も若越も顔色ひとつ変えずに既にジョグの体勢に入ってその場で足踏みしていた。

(…何で…俺だけ…こんなにキツいんだ…。)

紀良はそんな事を思いながら、ゆっくり上半身を起こすと2人に着いてジョグをしながら次のスタート地点に向かった。


そんな調子で3本の200m走と間の100mジョグをしながらグラウンドを2周回ったところで、1セット目が終わった。

「…5分後に2セット目!」

七槻がそう指示を出し、各々が水分を取ったりストレッチしたりして次のセットに備えた。

「…陸、その調子だと3セット目は俺の圧勝だな。」

「…バカ言え跳哉。こう見えても全中準決出てるって事を忘れたな?」

若越と蘭奈はそう会話を交わしながら、巴月からスポーツドリンクの入ったペットボトルを受け取った。

その様子を、2人と少し離れた場所で紀良は呆然と見ていた。

(…やっぱり、あいつらは次元が違う…。)

紀良は大きなため息を吐いて、その場にしゃがみ込んだ。

「…紀良くん、大丈夫?調子悪い?」

そう声をかけたのは、高津であった。
彼女もまた、中学時代からの陸上選手という事もあり、まだ余裕そうな表情をしていた。

「…いや、そういうんじゃない。大丈夫。」

紀良は高津の心配を軽く遇らうようにそう言った。
そんな紀良の態度は高津に全く届いてはおらず、高津は独り言のように紀良に話を始めた。

「…にしても、あの2人は化け物かってくらい全力だし速いよねぇ…。どっちも全中経験者ってだけあるわ…。私とは全然違う舞台の奴らって感じね。」

皮肉ったような口調でそう言うも、その内容は改めて蘭奈と若越の実力を認めているようであった。
しかしそれも、高津は軽い冗談のような感じで言ったつもりであったが、紀良にとって彼女のその言葉が大きな牙のように心に突き刺さった。

(…全然…違う…舞台…。)

それは、紀良自身が薄々感じていた事であった。
高校から陸上を始めた紀良にとって、部の周りの人々は皆陸上経験者であり、皆一般同級生に比べたら普通に速い連中揃いである。

そして、全国大会の様子を目の当たりにし、その感情は重く紀良自身の心を染め上げる事となった。

若越が伍代の跳躍や全国の選手たちの跳躍に感化され、己自身も全国出場を目指している姿。
蘭奈が当初から全国一のスプリンターになる事を豪語し、誰よりも全力で練習に挑む姿。試合で自校の選手や他校の選手が走る姿を、目を丸くしながらその脳裏に焼き付けるように見ている姿。

そんな同級生部員の様子に、紀良は何処か自分は蚊帳の外のような疎外感を感じていた。

高みを目指す同級生の姿に、自分の居場所がどんどん無くなっているような、そんな感覚…。


_

練習が終わり、時間は19時を回っていた。
各々が片付けや帰宅準備に向かう中、紀良が高津を呼び止める。

「…ねぇ、高津さん。」

「…ん?どうした?」

紀良と高津とまともに話す事自体、これが初めてであった。少し緊張した空気が2人を包んだ。

「…ちょっと、相談というか…。」

紀良がそこまで言った時、高津は先行して口を開いた。

「…もしかして、陸上部辞めようとか思ってる?」

高津の思いがけない言葉に、紀良は驚いた表情を見せた。

「…あー、図星かぁ…。…さっすが巴月。マネージャーなだけあってよく見てんなぁ…。
…んで、それで?辞めるの?」

高津はボソボソと言った後、ぶっきらぼうに紀良に問いかけた。

「…いや…その…。」

紀良は、高津の迫力に少々押され気味なのか歯切れの悪い返事をした。

「…私さぁ、ハッキリ言っちゃうかもしれないから傷つけちゃったらごめんね?
…確かに、私が見てても今の男子メンバーの中で圧倒的に遅いよね、紀良くんは。」

紀良の様子にイライラしたのか、高津はため息を吐くと強い口調でそう言い始めた。
その言い方と内容に、紀良は少しイラッとしたが、彼女のいう事に間違いはない。言い返せない事に尚更イラッとしていた。

「…でもさ、紀良くんだけでしょ?陸上部上がりじゃないの。
だったらしょうがなくない?先輩たちは当然だけど、若越くんと蘭奈くんなんて元全中選手でしょ?
そんな彼らに、紀良くんがあっさり追いつけるなら全国なんてそのレベルよ。私でも行けるんじゃない?」

そういう高津の言い方には、何処か彼女自身の憧れのようなものも感じられた。

「…でもそれは無理。私もだけど、彼らには追いつけない。彼らはそれだけの努力をしてるし、意識もしてる。そりゃ勝てるよ。私が陸上の神様だったら、彼らみたいな方に味方するもん。

…だけどそれは、私たちがこのまま諦めた時は、の話ね。」

高津はそう言うと、落ち込みながら俯く紀良の肩を強く叩いた。

「…ここで諦めてもいいんじゃない?だって、彼らがいる世界は、私たちみたいなのよりもっと上だもの。
…だけどそれは、紀良くんが望んだ事と反する気はするな。私は。」

高津はそう言うと、紀良の両肩を掴んで無理やり彼の体を起こした。
高津に比べれば少し大きいその身体も、高津はヒョイっと自分の方に向けて、少し高い位置にある紀良の両目をじっと見た。

「…高校生活が楽しめればいいって言ってたよね?
多分、私が思うにそれを叶えるチャンスは既に持ってると言うか、ここにあると思うよ。
…紀良くんがあの2人を追い越すまでは無いかなーとは思うけど、それでも、あの2人と肩を並べるくらいに頑張る事が、楽しいって思える時が来ると思うの。」

紀良は驚いたように目を見開いて、彼女の話を聞いた。
高津は紀良と違い陸上経験者とはいえ、その実力は若越や蘭奈は愚か、諸橋や紡井にすら現状到底及ばないレベルであった。
それが故に、高津自身も何処か紀良と同じような悩みを感じていたのでは無いかと思われた。

「あの2人はレベチ。今は自分と比べんな。
私だって思ったよ?あいつらのレベルに私は届かない。ここで陸上続けても…って。
でも、あの2人がいるから、今まで見れなかった景色、見る事ができなかった景色が見れるんじゃ無いかなって思った。
室井さんや伍代さんが、全国大会という舞台を私たちに見せてくれたじゃない?
それと同じように、あの2人もいつかそういう景色を魅せてくれるかもしれないって、私は思ってる。
だから、私もあの2人に頑張って着いていけば、自分1人じゃ見れなかったものが見れるんじゃないかなってね。」

紀良の両肩が上下するのが早くなるのを、高津は感じていた。
きっと彼が、抑えきれない感情を必死に抑えている事を感じて、高津は安心した表情を見せた。

「…こんなんでどう?ちょっとは気が楽になった?」

高津は強く両拳を握りしめる紀良の様子を、呆れつつも安心した笑顔で見守った。


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