幻想素材拾話集

卯堂 成隆

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ゴブリンの耳の行方

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「おい、シエル。 今日はゴブリンの耳を担当してくれるか?」
 その日、職場に顔を出すと、いきなり先輩からそんな指示がとんできた。

「えぇっ、ゴブリンですか?」
 ゴブリンとは、言わずと知れた雑魚モンスターで、駆け出しの冒険者が始めて討伐するモンスターの定番である。
 そしてゴブリンの耳は、その討伐の証として持ち帰る代物だが……数あるゴブリンのパーツの中でもひときわ酷いにおいがする事で知られていた。

「つべこべ言わない。 欲しいって顧客がいるんだから仕方が無いだろ!!」
「あー 付かぬことをお伺いしますが、契約冒険者からのゴブリンの耳の搬入予定なんてありましたっけ?」
「あるわけ無いだろ。 当然、ゴブリン退治を引き受けた一般冒険者もいない」
 そう、ゴブリンはあくまでも初心者向けの討伐対象であり、討伐しても報酬は少ない。
 それゆえ、初心者がいなくなると討伐するものがいなくなってしまうのだ。
 だが、供給がなくても需要が発生すれば、なんとかしろと言われてしまうのがウチの部署である。

「つまり……」
「お前が取りに行けってことだ」
 ふてぶてしい表情のまま、先輩はゴブリンの耳を収納するための密封パックを机の上に置くと、俺のほうに押し出した。

 さて、言うまでもないが俺はただの冒険者ギルドの素材管理課の職員である。
 剣のたしなみもなければ、攻撃魔術を学んでいるわけでもない。
 ならば、いかにしてゴブリンを狩るべきか?

「あーもー めんどくさいなぁ。 ゴブリン狩りなんて臭いし面倒だし、嫌なんだよなぁ」
 ブツブツと呟きながらゴブリンのいる森に赴くと、俺は地面を掘って小さな丸いキノコを採取した。
 こいつは『ゴブリンフィーバー』というキノコで、傷をつけると発情したメス犬の匂いを放つ。
 ゴブリンはこいつが大好物なのだ。
 ……ちなみに、人間からすると臭くてとても食えた代物ではない。

 落ち葉に埋もれるようにして生えるためにまともな方法ではまず見つからないが、俺はダウジングロッドという細い二本の金属棒を使ってこいつを探し当てるのが得意であった。
 おそらく先輩が俺にこの仕事を押し付けたのも、この特技あってのことだろう。

 続いて、俺はゴブリンを捕獲するための罠を作ることにした。
 素材管理課の人間は、俺を含めて全員が魔道具職人や魔法薬剤師の技術もちである。
 なぜかというと、それらの材料の仕入先が冒険者ギルドの素材管理課であり、その手の技術がないと需要にこたえることが出来ないからだ。
 どちらかというと、わけあってそれらの職人として活動できなくなった人間がこの職場に身を落とすと言ったほうが正しい。


「さてと、こんなものかな?」
 俺が作ったのは、石の檻を作り出すストーンプリズンという魔法陣である。
 こいつは中心部分に描いた円を足で踏みつけると発動し、石で出来た檻が魔法陣の中にいる存在を閉じ込めるという代物だ。
 一応は魔術ではあるものの、直接戦闘には向かない付与系の術であり、むしろ家畜を一時的に閉じ込めるために生産職で用いられる技能といったほうがいい。

 俺は魔法陣を仕上げると、キノコを傷をつけて罠を発動させるための円の中に放り投げた。
 これであと数刻もすれば、ゴブリンたちが檻の中にとらわれていることだろう。

 ……とまぁ、おれたち素材管理課の連中はこんな感じで戦闘に向かない技能を駆使して冒険者たちが受けなかった仕事を処理しているのである。
 しかも、どんなに困難な内容も業務の一環として扱われるので、賞与すら発生しない。
 なんでここまで扱いに差があるのだろうか?
 まるで波打ち際で砂の城を作っているようなむなしさに、思わずため息が出る。

「さて、罠を設置したらあとは待つだけだし……釣りでもするか」
 幸い近くにはいい釣り場もあるし、ここにいると近寄ってきたゴブリンたちに襲われる可能性もある。
 俺はそそくさと森を跡にすると、近くの川で竿をたらすのであった。


 そして昼を少し過ぎた頃。
 俺は空っぽの魚篭を片手に再び森を訪れていた。

「あー ちくしょう。 魚共め、人間様を馬鹿にしやがって」
 魚と同じでゴブリン狩りも坊主じゃなきゃいいんだが。
 一抹の不安を感じつつも、罠をしかけたところに戻ってくると……

「ギャワワワワワ!!」
「グギャアァァッ!!」
「グエッ、グエッ」
 石で出来た折の中には、ゴブリンがぎゅうぎゅう詰めになっていた。

「うわぁ、満員じゃねぇか」
 まさかここまでの成果があるとは、予想外である。

「んじゃあ、さっさと〆ちまいますか」
 俺は懐から香水瓶を取り出すと、檻の中のゴブリンに向かってシュッシュと吹きかける。
 すると、ゴブリンたちは一瞬で泡を吹いて意識を失っていった。
 ちなみに中身は清められた塩水である。
 人間にとっては無害でも、ゴブリンをはじめとする妖魔たちにとっては猛毒だ。

 そしてゴブリン共が全員くたばると、俺は魔法陣を解除してその耳をナイフで剥ぎ取る作業に入る。
 実に陰鬱で、退屈な作業だ。
 そこには名誉もなければ、冒険も無い。
 心躍る興奮のかわりに、耳が腐るような悲鳴だけがあった。

 そして20個ばかりの耳を手に入れると、俺は森の外れにある素材管理課の建物に持ち込み、商品として売るための加工作業に取り掛かった。
 まずはゴブリン専用の鍋に耳を放り込み、水を入れて火にかける。
 すると耳から赤褐色の油が浮いてくるので、それをスポイトで吸い取って瓶に詰め込むのだ。

 ゴブリンの耳には、あまり知られていない話がある。
 このゴブリンの耳の後ろから分泌されるゴブリン・グリースという物質があり、こいつがゴブリンの耳の悪臭の原因だ。
 だが、このゴブリン・グリースを薄めた上で植物性の香料にほんの少しだけ混ぜることでえもいわれぬ甘く誘うような匂いになるのである。

 なお、煮出した耳はギルドで飼育している肉食系の魔物の餌になるので、一切の無駄は無い。

「さて、こんなものか」
 俺はようやく一瓶分たまった油そのまま依頼人のところに向かう。
 依頼人は、この町でも名の知れた香水の調合師であった。

「あぁ、もう遅かったじゃない! 待ちくたびれたわよ!」
「すいません、今はゴブリンを討伐する冒険者も少ない時期でして」
 ちなみに、依頼人の性別は男である。
 最初は驚いたものだが、この業界では珍しくないらしい。

「まぁ、いいわ。 とりあえずまだ在庫が切れる前だからお客さんに迷惑はかけずにすみそうね。
 代金はあとで振り込んでおくから、次はもうちょっと早く補充してちょうだい」
 俺は依頼人から、依頼完了のサインをもらうと、やりきれない気分でその工房を後にした。

 そして仕事が終わりギルドに戻る途中。
 俺は街の中で若い女性たちとすれ違う。

 あぁ、あの工房で作ったコロンの香りだ。
 すれ違った女たちからは、なんともいえない甘い香りが漂っていた。

 お嬢さんたち、知っているか?
 その香水、ゴブリンの耳から取れる材料を使っているんだぜ?
 しかも、その材料の調達の半分は俺たちギルドの素材管理課が担っているって、知っているかい?

 ……世の中がうまくいっているように見えるときは、その分誰かが苦しんでいる。
 昔聞いた吟遊詩人の歌のフレーズが、なぜか耳の中によみがえどうしても消えなかった。
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