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蟇蛙の末路 (3)
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「こりゃまた大漁だなぁ。 一匹でよかったんだが」
戻ってくると、五匹ものジャイアント・トードが身動きできない状態のまま折り重なるようにして倒れていた。
ちなみにディオーナは意識が戻らないため、現在はアルトリノの背中に背負われている。
「しかし、20メートル近い生き物が五匹も倒れていると壮観だな」
改めてこの捕縛用の術式の有用性にため息をつく。
「下準備が大変そうですが、罠として使うならこんな恐ろしいものもないですね。
こうして効果を目の当たりにすると、どうして廃れてしまったのか不思議に思います」
「なんだ、この術のことを知っているのか?」
俺が尋ねると、アルトリノは大きく頷いた。
「昔話として、こんな術式があったということを聞いている程度ですが」
「まぁ、魔術師たちはこんな面倒で煩雑な術式は使わないし、錬金術師や付与術師はそもそも冒険に出ないから覚えようとも思わないだろうからな」
おそらく今でもこの術を継承しているのは、世界中を見回しても俺を含めて10人程度だろう。
実はそれほどに珍しい術なのだ。
そしておそらく、俺以外の使い手は後ろ暗い組織の連中に違いない。
なぜなら……誰かを監禁するのにはもってこいの術式だからである。
ちなみにこの術式は結界内に入り込んだ生き物の意思と肉体のつながりを強制的に遮断するもので、通常の魔力への耐性は意味が無く、毒と違って体の大小に関係なく効果があるため非常に使いやすい。
そしてちょうど金縛りのような状態になるため、どれだけ腕力があろうとも指一本動かせなくなるのだ。
なお、肉体の無いゴーストなどには効果が無いのだが、実はそんな相手にも有効な『ヘファイトスの寝台・裏』という術式が存在している。
こちらは精神体が自らの形やこの世界の有様をまったく認識できなくなるという効果があり、思考がそのまま動作になる彼らはそれだけでまったく身動きが出来なくなるらしい。
もともとは裏表あわせて一つの術式だったらしいのだが、あまりにも高度であるために運用が難しく、200年ほど前の賢者が効果を二つにわけて使いやすくしたのだそうな。
まぁ、この廃れ具合から考えると、あまり意味はなかったようだがな。
「で、どうするんですこれ?
全部仕留めて持ち帰るんですか?」
アルトリノは、ジャイアント・トードの山を見てうんざりしたような顔をする。
「まさか。 一匹だけ仕留めて、あとは野に帰すよ。
乱獲して絶滅なんてことになったら目も当てられない」
そして俺はクロスボウを取り出すと、矢の先端にパープルイールの血から精製した毒を塗った。
「毒……ですか。 素材が痛みませんか?」
「あぁ、大丈夫。 心配しなくても皮を変質させたりするような効果はない。
それに、この毒は加熱すると変質して無害になるんだ」
しかも、血液の凝固作用を阻害するため血抜きがしやすくなるため、非常に重宝する毒なのである。
「そんなものが……勉強になります」
「いや、こんな事を覚えてもなぁ。 あまり戦士から見て参考になるとは思わないぞ?」
まぁ、暗殺者と対峙するようなことがあるならば役に立つ可能性もあるが、連中はこんな半端な毒は使わないしなぁ。
そんな台詞を心の中で呟きながら、俺はジャイアント・トードのこめかみに矢を打ち込んだ。
見上げるほどに巨大なその生き物は、一度だけビクンと体を震わせ、そして永遠に沈黙する。
「これが……素材管理課の狩り方ですか」
「そうだ。 お前らがやるより効率いいだろ」
俺は皮肉をこめて唇の端を吊り上げ、アルトリノを横目で見やる。
「悔しいですけど、確かにそのとおりですね」
プライドの高い戦士ならば即座に胸倉をつかんできそうな台詞を吐いた自覚はあるのだが、アルトリノはなぜか乗ってこない。
おそらく二十歳前後にしか見えないのだが、この老獪さすら感じる穏やかさは少し異常だ。
「それで、どうやって運ぶんです?
見たところ台車も何も用意していないようですが」
「あぁ、こうするんだよ」
俺は懐から呪符を取り出すと、死んだジャイアント・トードの頭に貼り付けた。
すると、死んでいるはずのジャイアント・トードの体がむくりと起き上がる。
「なるほど、死霊魔術ですか」
「そのとおりだ。 こいつで素材管理課が各地の狩場にこっそり設営している小屋に運んで分解する。
あぁ、そういう施設があることについては他所で話をするなよ。
これでも、お前のことは割りと信用しているんだから、失望させないでくれ」
「……心得ておきます」
「で、そのあとは、小屋に設営されている転移門でギルドの倉庫まで転送だ」
「なんというか……あまりにも便利すぎませんか? むしろ僕たちもその施設を使いたいぐらいなんですが」
うらやましそうな顔をするアルトリノだが、その期待するような視線に応えることは出来なかった。
「悪いな。 そいつは素材管理課の有志たちで作り上げた私物なんだ。
独自に作成して自分たちの金で管理している代物だから、部外者はおろかギルドマスターや王族にすら使わせない決まりになっている」
「ずいぶんと厳しいんですね……」
素直にあきらめてくれ。
残念そうに言われても、俺にはどうにも出来ない案件なんだ。
「なにせ、俺達の部署は他の部署にはさんざん虐げられているからな。
そもそも、外での狩りは俺達の仕事に含まれていない」
その、存在しないはずの仕事を押し付けられた不満と怒りが、結果としてこのような施設を作り出したのだ。
「あと、無断で使おうなんて思わないほうがいいぞ。
歴代の先輩たちが、普段の恨みの捌け口としてこれでもかといわんばかりに凶悪なセキュリティーをかけているからな」
小屋のセキュリティーはブラックボックスの塊である。
もはやそれぞれの小屋にどんな罠があるか、俺達ですらすべては把握していない。
ちなみに……俺が前に興味本位で調べたときに見つけたのは、部外者が転移させた素材を、こっそりと倉庫ではなく火山の噴火口に放り込むという代物だった。
「まぁ、かく言う俺も部外者が小屋に侵入した際に、侵入者の半数に対して『理性が吹っ飛んで、相手の性別に関係なく目の前の人物に対して猛烈に発情する呪い』を放つ仕掛けを追加しておいたのだから、あまり人のことはいえないんだけどな」
「なんですか、そのドス黒い悪意に満ちたセキュリティーは」
「若気の至りだ」
「末恐ろしい若さですね」
アルトリノがジリジリと俺と距離をとり始めているように見えるのは、果たして気のせいだろうか?
まぁ、どうでもいいけど。
「とりあえず、俺は小屋に行くからお前さんはディオーナを連れて先にギルドに帰ってくれ。
……くれぐれも小屋には近づくなよ。
脅しじゃなくて、本当に人生終わるから」
俺がそう告げると、アルトリノは無言で何度も頷いてから、ディオーナを背負って帰っていった。
戻ってくると、五匹ものジャイアント・トードが身動きできない状態のまま折り重なるようにして倒れていた。
ちなみにディオーナは意識が戻らないため、現在はアルトリノの背中に背負われている。
「しかし、20メートル近い生き物が五匹も倒れていると壮観だな」
改めてこの捕縛用の術式の有用性にため息をつく。
「下準備が大変そうですが、罠として使うならこんな恐ろしいものもないですね。
こうして効果を目の当たりにすると、どうして廃れてしまったのか不思議に思います」
「なんだ、この術のことを知っているのか?」
俺が尋ねると、アルトリノは大きく頷いた。
「昔話として、こんな術式があったということを聞いている程度ですが」
「まぁ、魔術師たちはこんな面倒で煩雑な術式は使わないし、錬金術師や付与術師はそもそも冒険に出ないから覚えようとも思わないだろうからな」
おそらく今でもこの術を継承しているのは、世界中を見回しても俺を含めて10人程度だろう。
実はそれほどに珍しい術なのだ。
そしておそらく、俺以外の使い手は後ろ暗い組織の連中に違いない。
なぜなら……誰かを監禁するのにはもってこいの術式だからである。
ちなみにこの術式は結界内に入り込んだ生き物の意思と肉体のつながりを強制的に遮断するもので、通常の魔力への耐性は意味が無く、毒と違って体の大小に関係なく効果があるため非常に使いやすい。
そしてちょうど金縛りのような状態になるため、どれだけ腕力があろうとも指一本動かせなくなるのだ。
なお、肉体の無いゴーストなどには効果が無いのだが、実はそんな相手にも有効な『ヘファイトスの寝台・裏』という術式が存在している。
こちらは精神体が自らの形やこの世界の有様をまったく認識できなくなるという効果があり、思考がそのまま動作になる彼らはそれだけでまったく身動きが出来なくなるらしい。
もともとは裏表あわせて一つの術式だったらしいのだが、あまりにも高度であるために運用が難しく、200年ほど前の賢者が効果を二つにわけて使いやすくしたのだそうな。
まぁ、この廃れ具合から考えると、あまり意味はなかったようだがな。
「で、どうするんですこれ?
全部仕留めて持ち帰るんですか?」
アルトリノは、ジャイアント・トードの山を見てうんざりしたような顔をする。
「まさか。 一匹だけ仕留めて、あとは野に帰すよ。
乱獲して絶滅なんてことになったら目も当てられない」
そして俺はクロスボウを取り出すと、矢の先端にパープルイールの血から精製した毒を塗った。
「毒……ですか。 素材が痛みませんか?」
「あぁ、大丈夫。 心配しなくても皮を変質させたりするような効果はない。
それに、この毒は加熱すると変質して無害になるんだ」
しかも、血液の凝固作用を阻害するため血抜きがしやすくなるため、非常に重宝する毒なのである。
「そんなものが……勉強になります」
「いや、こんな事を覚えてもなぁ。 あまり戦士から見て参考になるとは思わないぞ?」
まぁ、暗殺者と対峙するようなことがあるならば役に立つ可能性もあるが、連中はこんな半端な毒は使わないしなぁ。
そんな台詞を心の中で呟きながら、俺はジャイアント・トードのこめかみに矢を打ち込んだ。
見上げるほどに巨大なその生き物は、一度だけビクンと体を震わせ、そして永遠に沈黙する。
「これが……素材管理課の狩り方ですか」
「そうだ。 お前らがやるより効率いいだろ」
俺は皮肉をこめて唇の端を吊り上げ、アルトリノを横目で見やる。
「悔しいですけど、確かにそのとおりですね」
プライドの高い戦士ならば即座に胸倉をつかんできそうな台詞を吐いた自覚はあるのだが、アルトリノはなぜか乗ってこない。
おそらく二十歳前後にしか見えないのだが、この老獪さすら感じる穏やかさは少し異常だ。
「それで、どうやって運ぶんです?
見たところ台車も何も用意していないようですが」
「あぁ、こうするんだよ」
俺は懐から呪符を取り出すと、死んだジャイアント・トードの頭に貼り付けた。
すると、死んでいるはずのジャイアント・トードの体がむくりと起き上がる。
「なるほど、死霊魔術ですか」
「そのとおりだ。 こいつで素材管理課が各地の狩場にこっそり設営している小屋に運んで分解する。
あぁ、そういう施設があることについては他所で話をするなよ。
これでも、お前のことは割りと信用しているんだから、失望させないでくれ」
「……心得ておきます」
「で、そのあとは、小屋に設営されている転移門でギルドの倉庫まで転送だ」
「なんというか……あまりにも便利すぎませんか? むしろ僕たちもその施設を使いたいぐらいなんですが」
うらやましそうな顔をするアルトリノだが、その期待するような視線に応えることは出来なかった。
「悪いな。 そいつは素材管理課の有志たちで作り上げた私物なんだ。
独自に作成して自分たちの金で管理している代物だから、部外者はおろかギルドマスターや王族にすら使わせない決まりになっている」
「ずいぶんと厳しいんですね……」
素直にあきらめてくれ。
残念そうに言われても、俺にはどうにも出来ない案件なんだ。
「なにせ、俺達の部署は他の部署にはさんざん虐げられているからな。
そもそも、外での狩りは俺達の仕事に含まれていない」
その、存在しないはずの仕事を押し付けられた不満と怒りが、結果としてこのような施設を作り出したのだ。
「あと、無断で使おうなんて思わないほうがいいぞ。
歴代の先輩たちが、普段の恨みの捌け口としてこれでもかといわんばかりに凶悪なセキュリティーをかけているからな」
小屋のセキュリティーはブラックボックスの塊である。
もはやそれぞれの小屋にどんな罠があるか、俺達ですらすべては把握していない。
ちなみに……俺が前に興味本位で調べたときに見つけたのは、部外者が転移させた素材を、こっそりと倉庫ではなく火山の噴火口に放り込むという代物だった。
「まぁ、かく言う俺も部外者が小屋に侵入した際に、侵入者の半数に対して『理性が吹っ飛んで、相手の性別に関係なく目の前の人物に対して猛烈に発情する呪い』を放つ仕掛けを追加しておいたのだから、あまり人のことはいえないんだけどな」
「なんですか、そのドス黒い悪意に満ちたセキュリティーは」
「若気の至りだ」
「末恐ろしい若さですね」
アルトリノがジリジリと俺と距離をとり始めているように見えるのは、果たして気のせいだろうか?
まぁ、どうでもいいけど。
「とりあえず、俺は小屋に行くからお前さんはディオーナを連れて先にギルドに帰ってくれ。
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