幻想素材拾話集

卯堂 成隆

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毛はまた戻り、繰り返す (4)

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 それはまるで、嵐に見舞われた海を見ているようだった。

「全員突撃!! なんとしてでもアレを手に入れるのだ!!」
 眼下では銀色の鎧をまとった男たちが、耳が痛くなるような大声と共に大きな波となってうねり、怒涛となって逆巻く。
 その姿をもう少し具体的に言うならば、盾と槍を構えた人間を先端として、ピラミッドのような三角形を描いた攻撃的な……だが、突破力に優れた陣形だ。

 彼らが目指すは、金色の球体。
 世にもまれなる秘薬の入ったそれは、冒険者ギルドのギルドマスターの手によって兵士の海の真ん中に放り投げられた。
 その姿は美しい女神たちの只中に黄金の林檎を投げ込む争いの神にも似ていたが、格調と美しさという点においては比較することすら憚られるであろう。

 そしてうまれた争いの波は互いにぶつかり合い、そして片方の波は悲鳴を上げながら押し潰されていった。
 儚く、まるで水面のように。
 白い波しぶきのかわりに、真っ赤な血が風に舞い、あたりには鉄臭い匂いと、喉がひりつくような土埃の匂いが立ち込める。
 なんという不快な空気。

 見下ろせば、痛みと恐怖にゆがんだ男たちが必死で命乞いをし、そこに笑いながら刃を潰した槍による無慈悲な一撃が振り下ろされていた。
 これを名誉だというのなら、俺は名誉というものに価値を見出す事ができないだろう。

 だが、実際に参加している連中のほとんどは、まるで水を得た魚のように生き生きとしていた。
 おそらく、そんな血なまぐさい世界でしか生きることの出来ない連中なのだろう。
 
 ふと横を見ると、楽しそうに熱狂している群集の中でディオーナもまた眉間に皺を寄せていた。
「うーん、せっかくの特等席だけど、私はあまりこういうのは好きじゃないわ」

 彼女が俺とよく似た価値観をもっていることに、おもわず安堵のため息を付きそうになる。
「まぁ、俺も好きではないな。 仕事の一環だと思ってあきらめてくれ」
 不愉快なのは俺も同じだ。
 まったく……仕事とはいえ、ため息しか出ない。

 そう、俺達はとある理由により『ブラッディー・サバス』を巡る大規模な乱戦の観戦に来ていた。
 出なければ、誰がこんなところに来るものか。
 職場で骨や皮でもいじって新商品の開発でもしていたほうがはるかにマシである。

 なお、この催しのルールだが……。
 自軍の人数に制限なしで、ブラッディー・サバスの入った金属球を最後まで持っていた勢力がそれを手に入れる事ができるというものである。

 ただしこんな馬鹿げた催しにも一定のルールがあり、刃のついた武器と飛び道具だけは使用が禁止されていた。
 飛び道具の禁止については、おもに見物客が巻き込まれないようにという配慮のはずだが、争いをより激しく華やかにするためという理由のほうがたぶん大きい。

 なお、この会場には土魔術によって作られたやぐらがいくつも林立しており、金持ちはこのやぐらの上で下界の争いを堪能するという趣向だ。
 この趣向のおかげで、ギルドの魔術師たちは、ずいぶんと小遣いが稼げたらしい。

 ちなみに金の無い連中は街の城壁に上って見学しているのだが、あんなところからでは大まかな動きしかわかるまい。
 まぁ、そのあたりも計算に入れて企画したんだろうけどな。

「とりあえず、大規模な集団戦闘というものを学ぶダメだと思って見学するといい。
 ほら、あそこ……特に面白い動きしているぞ」
 俺は気分を切り替え、ディオーナに気になる動きをしている集団を指し示した。

 掲げている旗印を見る限り、彼らは隣の国の騎士団だと思う。
 あえて金属球の争奪には入り込まず、彼らは機動力を活かしつつ大きな勢力を分断し、誰かが自分の陣地に金属球を持ち込むことを的確に阻害していた。

 その姿は消極的だが、それゆえにひどく消耗が少ない。
 おそらくは最後に漁夫の利を狙っているのだろう。

 だが、この乱れ切った場において集団性を維持するのは恐ろしく困難である。
 なぜならば、全体の動きが見えていないとすぐに乱戦に持ち込まれてしまうからだ。

「ふむ、どうやってあの動きを維持しているのか……気になるな」
「ねぇ、あれで指示を出しているんじゃない?」
 ディオーナの指し示したほうを見ると、見物用のやぐらの上で怪しい動きをしている奴がいた。

 なるほど、見物用の櫓の上から全体の戦況を見極め、何らかの方法で指示を出しているというわけか。
 ルール違反ではないし、うまいやり方だと思う。
 かつて実家の兄から、戦争とはまず数であり、そして情報であると聞いた事があるが、まさにそれを体現しているようなやり方だ。
 おそらくこのまま隣の国の騎士団が金属球を手に入れることになるだろう。
 
 そのときである。

「あ、シエル。 合図がきたみたいよ?」
「そうか。 ようやくだな……ようやくあのときの借りを返すときが来た」

 気が付くと、俺は自分の拳を痛いほど握り締めていた。
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