異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第5話 文明は遠くになりにけり

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「まずは、この湖の水がそのまま飲めるかだよな」

 独り言をつぶやきながら、俺は目の前の湖を覗きこむ。
 水場の水質をざっくりと確認する方法として、生物学的水質判定というものがあるのをご存知だろうか?

 これは、水の中にいる生物の種類で水の汚染度を測るという方法だ。
 水は全部で四つの等級に分かれていて、そのまま飲んでいいのは第一等級の水のみ。
 第四級にもなると、ろ過や煮沸を行っても飲み水にはできない。

「たしか、サワガニがいるなら第一級だっけ」

 そんなことをつぶやきながら湖の中を覗きこむのだが、サワガニらしいものは見当たらない。
 いるのは、タニシのような小さな巻貝ぐらいである。
 この状況は、第二級か第三級といったところだろう。

 もっとも、第四級の水にすむ生き物でも第一級の水の中に住んでいることはあるので、本当にざっくりとした目安でしかないのだが。

「……とりあえずのどが渇くし、無理やりにでも水はとらないとな」

 この湖の水でも、煮沸すればなんとかなるだろう。
 そうなると、必要なのは湯を沸かす道具だ。

 たしか、持っていた本の無いように、葉っぱを折りたたんでコップにする方法があったな。
 中に水を入れておけば、火にかけても焼けたりしないはず……。

 俺は手近な草むらからできるだけ大きな葉っぱを捜し、その茎から滴る汁を少しだけなめる。
 酸味が強いが、苦味はない。
 多少のエグ味は……まぁ、野生の植物ならばしかたがないだろう。
 しばらくしても手足がしびれたりしないことを確認してから、俺はその葉をコップにしようと決めた。

 片方の縁を折ってから、くるんと三角コーンのような形にすると、そのとがった先をさらに折り曲げ、最初に折り曲げた縁に挟み込む。
 そのままでは使いづらいので、適当な木の枝の先にそれを結びつけたら、簡易版の湯沸かし器の完成だ。
 焚き火の上に設置し、待つこと数分。
 クツクツと小さな泡が出てきたところで俺はそれを飲むことにした。

「うぇっ、まずい!」

 なんというか、一言でいうとロクなもんじゃない。
 最初にツンと酢のようなすっぱさが鼻と舌に突き刺さり、続いてじんわりと渋みのようなものがやってくる。
 どうやら、湯沸かし器に使った葉っぱから変な成分が染み出したらしい。

 なんとか飲めないことはないだろう。
 だが、できるだけ飲みたくない代物だ。

「ぐへぇ……ひどい味だ。
 口の中を洗いたくても、その水がないときてやがる」

 顔をしかめながら、熱でクタクタになった葉っぱを地面に投げ捨てる。
 水を飲みたくなるたびにこんなことをしなきゃいけないのかと思うと、かなりうんざりだ。

「こいつは別の方法を考えなきゃな。
 何か使えそうなものは……お、こいつがいいかも?」

 俺が目を留めたのは、陶芸についての記述である。
 本来ならば、かまどであったり、粘土であったりと高度な下準備が必要なしろものだが、ピブリオマンシーの能力タレントをつかえばその部分を省略できるのではないだろうか?

 そう考えた俺は、さっそくその思いつきを試すべく準備を開始することにした。
 まずは粘土の作成である。

 俺は土の中から白っぽい石だけを集めて粘土の材料にすることにした。
 たしか、陶器の材料の石ってこんな感じだったと思う。
 まぁ、異世界だから勝手が同じとは限らないのだが。

「粘土を作るには、まず原料となる石を十から十五ミリに粉砕します。
 つづいて、細かくなった石を臼にかけてより水と一緒により細かく粉砕してください」

 俺が本を読み上げると、目の前の石が音も無く細かな粉になってゆく。
 このあたりの状態変化のような使い方は効率がいいらしく、ほとんど負担を感じなかった。

 さて、次の工程にうつるか。
 俺は湖の水を手ですくって石の粉の上にかけるると、本の続きを読み上げる。

「続いて粘土を水に溶かし不純物を取り除きます。
 その後、水分を取り除けば粘土の完成です」
 
 記述を読み終えると、俺の目の前にはいつのまにか粘土らしきものが小さな山になっていた。
 ……よし、これで粘土は手に入ったぞ。
 あとはこれを成型して焼くだけだ。

 成型に関しては、能力タレントを使わなくても自前でどうにかなるだろう。
 この能力、何度も使用すると疲れるし。

 昔、陶芸関係の本を紹介するイベントを企画したので、そのときになんどか陶芸のワークショップに参加したことがある。
 だから、やり方はなんとなく覚えているのだ。
 そりゃプロ並みの仕事はできないだろうが、数日ほど飲み水を作る程度のものならできると思いたい。

「じゃあ、ちゃっちゃと成型するか」

 俺は粘土の山から一掴みすると、その一部をそれを大きな岩の上でピザのように丸く延ばした。
 これは器の底にする奴である。

 残りの粘土は棒状に引き伸ばし、底用の粘土の上でとぐろのように巻いた。
 このままだと隙間が出るかもしれないので、残りの粘土を水に溶かして接着剤代わりにするのも忘れない。

 さて、ここまできたら、あとはほぼ焼くだけである。
 ただし、あらかじめ水分を抜いておかないと、焼いている途中で陶器が破損するらしい。
 そのため、粘土から水を抜かなくてはならないのだが、そんなことをしていたら非常に時間がかかる。

 ……というわけで、ふたたび能力タレント発動の時間だ。

「成型が終わったら、次は乾燥にはいります。
 日陰におき、濡らしてよく絞った布などを巻いた上で1週間ほど時間をかけてゆっくりと自然乾燥させましょう。
 早く乾かしたいからと言って日の当たるところに置いたりすると、水分の分布に差ができるため反りやゆがみの原因になります」

 俺の台詞が進むにつれて、成型した粘土が急速干からびてゆく。
 いや、これ、大丈夫なのか?
 あんまり急速に変化させると割れそうな気がするんだが。
 とりあえず表面にヒビは無い。

 一抹の不安を抱えたまま、俺は石を組んで作った簡素なかまどの中に薪と成型した粘土をいれ、火をつける。
 そして再び本を読み上げた。
 
「素焼きをする場合は、窯の温度を800度前後にしましょう。
 焼き時間は、基本的に八時間程度。
 注意点として、焼きあがったあとすぐにふたを開けないでください。
 急激な温度変化で作品が割れてしまいます。
 焼き時間が終わった後は、蓋を閉じたまま熱が自然に冷めるまで待ちましょう」

 さて、うまくいったか?
 焚き火にあたりながらかまどが冷めるのを待ち、太陽が赤く染まり始めた頃を待って俺は中身を取り出す。

「おお、うまくできてる!」

 灰の中から出てきたのは、ザラザラとした素焼きの器だった。
 釉薬ゆうやくがかかっておらず、鮮やかさも無い。
 形もゆがんでいて、ひどく見栄えの悪い代物であったが、少なくとも今の俺の役には立つ。

 俺は上機嫌でそれを持ち上げると、さっそく水で洗って湯を沸かす準備をはじめるのであった。
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