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第一章
第22話 魔術は楽しい
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その日は、予定どおりスタニスラーヴァの家に泊まることにした。
……というか、もともと一週間は泊り込む予定だったのである。
まさか、こんなに早く魔術が使用できるようになるとは思ってなかったので、思いっきり時間が余ってしまった。
精霊の気まぐれにも困ったものだ。
「あ、この区画は初めてみた気がする」
案内のメイドさんについてゆくと、行く手に見慣れない庭が現れた。
いったいこの家、どのぐらい広いんだろう?
なんでも、ここは公爵家の別荘らしい。
つまり、スタニスラーヴァは公爵家のお姫様だったというわけだ。
ここには前にも一度だけ強制的に泊まったことがあるのだが、この家はあまりにも広すぎてその全容がどれほどなのかはいまだにわからない。
感覚としてはほとんど城だ。
なお、スタニスラーヴァの自宅はこの町の奥まった場所にあり、周囲にもやたらと広い邸宅ばかりが並んでいる。
たぶん、上流階級の済む区画ということだろう。
ちなみに俺が最初に町の全容だと思っていたのは一般市民が暮らす区画だけで、この上流階級の暮らす地域の五分の一の面積にも満たないらしい。
……ここは江戸かよ。
なお、やたらと広い上流階級の住宅地だが、その主のほとんどが今は留守にしているため、夜になってもほとんど明かりがついていなかった。
俺が街の規模を見誤った原因である。
なぜそんな事になっているかというと、貴族たちは王都で社交をたしなむ時期だからだ。
ちなみにこの町は避暑地のようなものらしく、夏場になると一気に人口が膨れ上がるのだとか。
お姫様であるスタニスラーヴァがなぜこの時期にこの町にいるのかは謎であったが、理由を探ったところでろくなことにはなるまい。
さて、そんなことを思い返していると、案内のメイドさんの足が止まった。
目の前には白い木造の建物。
屋根瓦はオレンジを帯びた赤で、女性が喜びそうな華やかさがある。
「こちらの離れが、本日ご宿泊していただく部屋になります」
開かれたドアの向こうを見ると、壷だの絵画だの、高そうな家財道具がぎっしり。
棚の一つ一つに彫刻が施されており、触るのもためらわれる。
うわぁ、ここに泊まるのか。
ダメだろ、こんな壊れやすそうな調度品満載の部屋に子供を一人で泊まらせちゃ。
「ありがとう。 ここまででだいじょうぶです」
「トシキ様、何か御用は……」
「特に無いです。
あと、しばらく誰も入らないでください。
機密を求められる作業をするので」
世話を焼こうとするメイドをむりやり部屋から追い出して、やっと一息。
肩こりなんかはさすがにないが、全身がだるすぎる。
魔術の勉強というより、スタニスラーヴァとの鬼ごっこで疲れ果てた体を引きずり、俺はソファーの上でゴロンとうつぶせに寝転んだ。
背中に羽根があるので、仰向けに寝ると痛くてね。
「あー、しんどい。
でも、まだやることがあるんだよなぁ」
ゾンビのうめき声のような声でそうつぶやくと、俺は改めてスタニスラーヴァからもらったばかりの魔導書を開いた。
著者は精霊ヴィヴィ・ヴラツカ。
赤い民族衣装の上着がトレードマークで、性格はかなりのいたずら好きらしい。
……おそらくわざとスタニスラーヴァをたきつけて、俺が必死で逃げ回る様子を楽しんだのだろう。
「まぁ、その代償としていただいた力と知識だ。
有効活用しないとな」
そのためには、まずスタニスラーヴァの言ったとおり魔術を何度も使うことである。
鉛のような体に喝をいれ、俺はドアの外で控えているであろうメイドさんに声をかける。
「すいません、何か重くて壊れてもかまわないものはないでしょうか?
魔法のためし撃ちをしたいのですが」
俺がそんなことを申し出ると、メイドさんは魔術の射撃場に案内してくれた。
ほんと、この家はなんでもありだな。
そしてやってきた射撃場では、この家に仕えているのであろう護衛の人たちが、弓やら魔術やらを的に打ち込んでいた。
俺もその中に混じろうとしたのだが、なんか空気が悪い。
感じ悪いなー……とおもってはみたものの、よく考えたら今の俺は六歳ぐらいの子供である。
そりゃ、そんな子供がこんな場所に着たら、普通の大人は危ないと思うよな。
むしろ追い払われないだけましな扱いということか。
いろいろと納得したところで、俺は的となる人形の品定めを始める。
ここにはいろんな的があって、木製のものから金属製、はたまたドラゴンを模しているのではないかとおもう巨大な的までもが存在していた。
ふえぇ、こんなのがあるってことはこのサイズの敵と喧嘩するんだ、この世界の人たちって。
あまりにも日本と違う常識に、俺はただポカンと口を開けることしかできない。
その様子に、周囲の兵士の兄ちゃんたちが何かものいいたげな顔をしているが、案内のメイドさんににらまれるとあわてて視線をそらす。
もしかしたらこのメイドさん、いわゆる戦闘メイドとかいうやつだろうか?
……だったら面白いのに。
そんな妄想を頭の中で描きつつも、俺はいろいろと吟味してから自分用の的を決めた。
「よし、俺の的はこいつにしよう」
「あの、失礼ですがそれはただの重石ですよ?
しかも、いらなくなった漬物石を流用したものです」
さすがに見かねたのか、メイドのお姉さんが口を挟んでくる。
「うん、そんなことだと思った。
酢の匂いがするしね。
でも、これならまんがいち壊しても怒られないでしょ?」
「まぁ……たしかにそうですが」
それでもメイドさんは納得が行かないらしい。
正直、例の魔術がどんなものかわからない以上、訓練用とはいえ高そうな人形相手に使いたくはないのだ。
「精霊ヴィヴィ・ヴラツカの左手は、かの者より留まる力を奪い去り、その威声にて追い払う」
そんな詠唱とともに手を突き出すと、パンと何かがはじめるような音と共に、突き出した手から衝撃波が放たれる。
すると、目の前の漬物石が、氷の上をすべるような動きで遠ざかって壁に当たった。
うわ……これ、なんか面白い。
あれだ、エアーホッケーをもっと大掛かりにした感じと言えばいいのか。
パンっと空気がはじけてから的が動き出す感覚が、すごく気持ちいい。
これ、癖になりそう。
その時であった。
頭の中にひとつの天啓が降りてきたのである。
――これ、自分にかけたらどうなるんだ?
……というか、もともと一週間は泊り込む予定だったのである。
まさか、こんなに早く魔術が使用できるようになるとは思ってなかったので、思いっきり時間が余ってしまった。
精霊の気まぐれにも困ったものだ。
「あ、この区画は初めてみた気がする」
案内のメイドさんについてゆくと、行く手に見慣れない庭が現れた。
いったいこの家、どのぐらい広いんだろう?
なんでも、ここは公爵家の別荘らしい。
つまり、スタニスラーヴァは公爵家のお姫様だったというわけだ。
ここには前にも一度だけ強制的に泊まったことがあるのだが、この家はあまりにも広すぎてその全容がどれほどなのかはいまだにわからない。
感覚としてはほとんど城だ。
なお、スタニスラーヴァの自宅はこの町の奥まった場所にあり、周囲にもやたらと広い邸宅ばかりが並んでいる。
たぶん、上流階級の済む区画ということだろう。
ちなみに俺が最初に町の全容だと思っていたのは一般市民が暮らす区画だけで、この上流階級の暮らす地域の五分の一の面積にも満たないらしい。
……ここは江戸かよ。
なお、やたらと広い上流階級の住宅地だが、その主のほとんどが今は留守にしているため、夜になってもほとんど明かりがついていなかった。
俺が街の規模を見誤った原因である。
なぜそんな事になっているかというと、貴族たちは王都で社交をたしなむ時期だからだ。
ちなみにこの町は避暑地のようなものらしく、夏場になると一気に人口が膨れ上がるのだとか。
お姫様であるスタニスラーヴァがなぜこの時期にこの町にいるのかは謎であったが、理由を探ったところでろくなことにはなるまい。
さて、そんなことを思い返していると、案内のメイドさんの足が止まった。
目の前には白い木造の建物。
屋根瓦はオレンジを帯びた赤で、女性が喜びそうな華やかさがある。
「こちらの離れが、本日ご宿泊していただく部屋になります」
開かれたドアの向こうを見ると、壷だの絵画だの、高そうな家財道具がぎっしり。
棚の一つ一つに彫刻が施されており、触るのもためらわれる。
うわぁ、ここに泊まるのか。
ダメだろ、こんな壊れやすそうな調度品満載の部屋に子供を一人で泊まらせちゃ。
「ありがとう。 ここまででだいじょうぶです」
「トシキ様、何か御用は……」
「特に無いです。
あと、しばらく誰も入らないでください。
機密を求められる作業をするので」
世話を焼こうとするメイドをむりやり部屋から追い出して、やっと一息。
肩こりなんかはさすがにないが、全身がだるすぎる。
魔術の勉強というより、スタニスラーヴァとの鬼ごっこで疲れ果てた体を引きずり、俺はソファーの上でゴロンとうつぶせに寝転んだ。
背中に羽根があるので、仰向けに寝ると痛くてね。
「あー、しんどい。
でも、まだやることがあるんだよなぁ」
ゾンビのうめき声のような声でそうつぶやくと、俺は改めてスタニスラーヴァからもらったばかりの魔導書を開いた。
著者は精霊ヴィヴィ・ヴラツカ。
赤い民族衣装の上着がトレードマークで、性格はかなりのいたずら好きらしい。
……おそらくわざとスタニスラーヴァをたきつけて、俺が必死で逃げ回る様子を楽しんだのだろう。
「まぁ、その代償としていただいた力と知識だ。
有効活用しないとな」
そのためには、まずスタニスラーヴァの言ったとおり魔術を何度も使うことである。
鉛のような体に喝をいれ、俺はドアの外で控えているであろうメイドさんに声をかける。
「すいません、何か重くて壊れてもかまわないものはないでしょうか?
魔法のためし撃ちをしたいのですが」
俺がそんなことを申し出ると、メイドさんは魔術の射撃場に案内してくれた。
ほんと、この家はなんでもありだな。
そしてやってきた射撃場では、この家に仕えているのであろう護衛の人たちが、弓やら魔術やらを的に打ち込んでいた。
俺もその中に混じろうとしたのだが、なんか空気が悪い。
感じ悪いなー……とおもってはみたものの、よく考えたら今の俺は六歳ぐらいの子供である。
そりゃ、そんな子供がこんな場所に着たら、普通の大人は危ないと思うよな。
むしろ追い払われないだけましな扱いということか。
いろいろと納得したところで、俺は的となる人形の品定めを始める。
ここにはいろんな的があって、木製のものから金属製、はたまたドラゴンを模しているのではないかとおもう巨大な的までもが存在していた。
ふえぇ、こんなのがあるってことはこのサイズの敵と喧嘩するんだ、この世界の人たちって。
あまりにも日本と違う常識に、俺はただポカンと口を開けることしかできない。
その様子に、周囲の兵士の兄ちゃんたちが何かものいいたげな顔をしているが、案内のメイドさんににらまれるとあわてて視線をそらす。
もしかしたらこのメイドさん、いわゆる戦闘メイドとかいうやつだろうか?
……だったら面白いのに。
そんな妄想を頭の中で描きつつも、俺はいろいろと吟味してから自分用の的を決めた。
「よし、俺の的はこいつにしよう」
「あの、失礼ですがそれはただの重石ですよ?
しかも、いらなくなった漬物石を流用したものです」
さすがに見かねたのか、メイドのお姉さんが口を挟んでくる。
「うん、そんなことだと思った。
酢の匂いがするしね。
でも、これならまんがいち壊しても怒られないでしょ?」
「まぁ……たしかにそうですが」
それでもメイドさんは納得が行かないらしい。
正直、例の魔術がどんなものかわからない以上、訓練用とはいえ高そうな人形相手に使いたくはないのだ。
「精霊ヴィヴィ・ヴラツカの左手は、かの者より留まる力を奪い去り、その威声にて追い払う」
そんな詠唱とともに手を突き出すと、パンと何かがはじめるような音と共に、突き出した手から衝撃波が放たれる。
すると、目の前の漬物石が、氷の上をすべるような動きで遠ざかって壁に当たった。
うわ……これ、なんか面白い。
あれだ、エアーホッケーをもっと大掛かりにした感じと言えばいいのか。
パンっと空気がはじけてから的が動き出す感覚が、すごく気持ちいい。
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――これ、自分にかけたらどうなるんだ?
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