異世界司書は楽じゃない

卯堂 成隆

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第一章

第31話 妖怪Again

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 戦うのか?
 その判断を促すために、ジョンが意味ありげな目でこちらを振り向く。
 いや、俺に判断を迫られても……救いを求めるように秘書官さんを見ると、彼女は小さく頷いた。

 あまり気は進まないが、やるか。
 俺はジョンと視線を合わせ、ちいさく首を縦に振った。

 そして俺たちは、ジョンの先導で魔物に向かって慎重に前に進みはじめる。
 すると、二番手であるディーイックが、意味ありげに俺と目を合わせた後、わざとゆっくりと動き……ジョンが足を置いた場所をなぞるようにして足を置いた。
 秘書官さんも、ディーイックの後ろを同じようになぞって歩く。
 
 これは何をしているか俺にも理解できるぞ。
 ジョンは足音が立ちにくい場所を選んで足をおいているから、その足跡を正確になぞれば音を立てずに移動できるのだ。

 だが、俺が後に続くよりも早くポメリィが普通に歩き出した。
 しかも、彼女はジョンの足跡をなぞっていない!?

 おい、待てよ!
 それはまずいだろ!!
 俺は横を通る彼女の腕を引いて留めようとしたが、この小さな体では彼女の動きをとめることはできなかった。

 バキィッ。
 彼女が足を置いた場所には枯れた枝があったらしく、その音がやけに大きく響きわたる。

「あら? どうしたんですか、みなさん?」

 全員の責めるような視線が彼女に集まるが、本人は足を止めただけでまったく状況がわかっていない様子。
 なんでみんな怖い顔をして自分を見ているんだろう?
 その表情を翻訳するならば、そんな感じだ。

 これはダメだ。
 一度戻って、この人置いて出直そう。

 そんな意味をこめて、俺は首を横に振る。
 そしてポメリィをのぞく全員が大きく頷いた。

 だが、その判断は残念ながら遅かったのである。

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 突然、ポメリィの口から悲鳴が上がった。
 ふと見れば、茂みの奥から緑色の肌をした鼻のでかい人型生物が顔を出して、こちらをのぞきこんでいるではないか。
 おそらく先ほどのポメリィの足音を聞きつけて、何かいると様子を見に来たのだろう。
 
 今の悲鳴で、このあたり一帯にいる魔物のほとんどが、ここに人間がいることに気づいたはずだ。
 まずい、逃げよう。
 特にポメリィの隣から!

 そう思った瞬間、秘書官さんが俺をかかえ、ディーイックに渡す。
 ディーイックは俺を小脇に抱えると、全力で町のほうへと走り出した。
 ちょっとまって、体が後ろ向きだから!
 この体勢つらいの……。

 次の瞬間、ブゥンっと音を立てて俺の目の前をトゲつきの鉄球が横切る。
 何がおきているのか?
 味方殺しのポメリィが、その本性を発揮しだしたのである。
 うわぁ、これ、むちゃくちゃ怖いぞ!!

「きやあぁぁぁぁああああああああ!!」

 狂ったポメリィが、手にした凶器を闇雲に振り回す。
 バキィッと大きな音を立て、すぐ近くにあった樹木があっけなく砕け散った。

 しかも、敵味方関係なく本能的に脅威の少ない方向を判断しているのであろう。
 ポメリィはモーニングスターを振り回しながら俺の方に向かって走り出したのである。

「ポメリィ、やめなさい!!」

 秘書官さんが止めようとするが、彼女の耳に届いているとは思えなかった。
 しかも悪いことに、すでにポメリィのポジションは俺と秘書官さんの間に入ってしまっている。

 これはポメリィの足を切ってでもとめるべきか?
 秘書官さんの視線から、そんな判断がうかがい知れた。
 しかし、彼女は一瞬だけ迷う。

 だが、その一瞬でこのはた迷惑なバーサーカーは秘書官さんの攻撃の間合いから離れてしまった。

「……しまった!」

「きゃあぁぁぁぁ! いやあぁぁぁぁぁ!!」

 目を閉じたまま、音だけを頼りに狂ったポメリィが俺に迫る。
 なんで目を開けてないのにこの森の中を全力で走れるんだ?
 おかしいだろ!!

 その後ろを秘書官さんが追いかけるのだが、ポメリィの足は獣のように速く、鎧を着込んだまま走ったのでは距離が離れる一方だった
 嘘だろ!? なんだよ、ポメリィのこの化け物じみた身体能力!?

 ディーイックも必死に走っているのだが、俺を抱えているのが負担になっているのかだんだん距離が詰まってきている。
 これは……覚悟しなければならない。

「ディーイック!
 このままじゃ俺たち二人とも死ぬ!
 バラバラに逃げよ……んぎゅっ!」

 うっ、舌をかんだ。
 ……痛い。

「馬鹿いえ! そんなことしてもどっちかが死ぬだろ!
 冒険者の意地にかけてお前の安全は守る!
 スピード上げるから、舌噛まないように黙ってろ!!」

 そうしている間にも、ポメリィの振り回すモーニングスターはどんどん森の緑と俺との距離を削り続けた。
 なんて化け物だ。
 ……まてよ、この異様な気配には覚えがあるぞ。

 そうだ!
 こいつ、あのときの妖怪だ!
 ちくしょう、俺の食料と寝床を奪ったのはこいつだったのか!!

 許さねぇ……。
 いくら女だからって、容赦する気は完全に失せたぞ。

 俺が怒りに身を震わせていた頃、俺を連れて走る二人の男も決断を迫られていた。

「ディーイック! このままじゃまずい!
 俺があの味方殺しの足止めをするから、お前はそいつを頼む!」

「くっ、ジョン、すまない!」

 隣で走っていたジョンが立ち止まり、狂えるポメリィに向かって走り出す。

「さぁ、こいやポンコツ女!!」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 ジョンは荷物の中から紐の塊のようなものを取り出すと、モーニングスターを振り回すポメリィに向かって投げつけた。
 それは空中で大きく広がると、ポメリィに絡み付いてその動きをしばし留める。

 投網か!
 ナイスだ、ジョン!!
 ――よし、いまだ!

「お、おい、坊主!!」

 俺は、ジョンの活躍を見て一瞬だけ緩んだディーイックの腕をすり抜けた。
 そして、可能な限りの早口で詠唱を始める。

「精霊ヴィヴィ・ヴラツカの左手は、かの者より留まる力を奪い去り、その威声にて追い払う」

 くらえ、これが今の俺の全力だ!!

「――突き放す左手!」

 その瞬間、まず摩擦力を失ったポメリィの手から物騒な武器がすっぽ抜けた。
 銀色の輝きが森のかなたに消え去る。

 続いて俺の手から放たれた衝撃波が、すさまじいスピードで彼女の体を後ろに突き飛ばした。

「ひぃっ!? なんだいコレはっ!?」

 ポメリィの後ろを追いかけていた秘書官さんが、弾丸のように飛んできたポメリィをよけて、悲鳴を上げる。
 そして緑の森を駆け抜ける流星になったポメリィは、破壊された木々の残骸に突っ込んでその姿を消した。

「よっしゃぁっ! ざまぁ見やがれ!」

 だが、俺はここで油断しない。
 これであの狂戦士が沈没したとは限らないからだ。

 同じことを考えたのであろう秘書官さんが『来るな』といわんばかりにこちらに掌をつきつけ、ポメリィが突っ込んだ残骸の中を確認する。
 そして危険が無いことを確認してから、こちらに向かって頷いた。

「……ぶへぇ、助かった」

「話には聞いていたが、あれは本気でまずいぞ。
 冗談抜きで味方が死んじまう」

 その場にへたり込んだジョンとディーイックの意見に、俺も大賛成だ。
 誰だよ、あんなの冒険者にしちゃった奴。

 やがて、残骸の中から気絶したポメリィを引きずり出すと、俺たちは一度冒険者ギルドに戻ることにした。

 さて、反省会だ。
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